紙の本
甘美な波間を漂う物語
2016/10/24 16:31
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投稿者:ましろ - この投稿者のレビュー一覧を見る
それと知っていても、そ知らぬふりをしようとも、どうしたって向かってしまう逃れようもない宿命の影をひたひたと予感させながら、物語が進むのをただただ読むしかなかった。憑かれたように死と近しい者、それにはたと気づいた時には、自分も引き込まれている。そうして、自分の内にある倦怠を意識する以上に見せられる心地になる。止めようもなく、止まるすべもなく、彼はどこまでも彼であり、その淵に立たされ、戻るすべを失くしている。思えば、始まりすら結末を待っていた。眩暈に似た時の訪れは、物語に漂う甘美な死を痛いほど知らしめた。
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海辺のホテル・デ・ヴァーグで
ヴァカンスを楽しむ人々の間に闖入者が……。
周囲を魅了しては突き放すかのような美青年アランを見つめるジェラールの日記を、
語り手が読み、記録が途絶した後、観察・叙述を引き受ける構成。
■ホテル・デ・ヴァーグ滞在者
・語り手
・ジェラール:日記の書き手(6/29-8/24)
・ジャック :モテ男
・クリステル:淑やかな美女
・モールヴェール夫妻:アンリ&イレーヌ(クリステルの友人だが嫉妬している)
・グレゴリー:ベビーゴルフが得意なパイプ愛煙家
・アラン:グレゴリーの友人(陰欝な美青年)
・ドロレス:アランの同伴者
避暑地のラヴ・アフェアを叙景したと言えばそうなのだけど、
初夏から賑わっていたホテルが、
夏が終わりに近づくと共に客が去っていき、
段々物寂しい、荒涼とした雰囲気に変貌する、
その契機となったのが死神のような美青年の振る舞い、佇まいであった――といった話。
『アルゴールの城にて』にあった緊迫感も
『シルトの岸辺』の、終盤に向けての
ドッと堤防が決壊するかのようなインパクトもないけれど、
終始、不穏な空気を愉しませてくれる佳品……かもしれない。
でも、個人的には少し期待外れだったかな。
時間が立ってから読み直したい。
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ジュリアン・グラックが遺した数少ない長編小説のうちの1作。一番有名なのは、倉橋由美子が絶賛したことでも知られる『アルゴールの城』だろうか。
一見、ごく普通のバカンスの光景が、1人の青年・アランが登場することでまるで違う様相を見せ始める……というのは、ジャンル小説でも見られる手法。特に怪奇小説の影響が強いグラックは、『アルゴールの城』でも積極的にジャンル小説の手法を取り入れていた。
巻末の『訳者あとがき』(※筑摩書房版を再録)では、この『1人の青年』を『死』であると定義している。確かにアランには死の影が付きまとっており、楽しい筈のバカンスにはうっすらとした暗さが漂った。
『アルゴールの城』も『シルトの岸辺』も、何度も読み返したくなる作品だったが、本作もまた読み返したい1冊。