投稿元:
レビューを見る
麻木久仁子さんの書評(HONZ 2015.8.24)
http://honz.jp/articles/-/41737
投稿元:
レビューを見る
少年隊東山紀之の作られ方。40歳を超え、自身で半生を語るエッセイ。2009年から1年半続いた週刊朝日の連載を2010年に文庫化。今回、あとがきに「5年後に思う」を加えて再リリースされた。結婚し、父になったヒガシの思いが加筆されている。
祖父がロシア人、幼き時に両親離婚、川崎市のコリアンタウンで育った極貧の少年時代…ジャニーさんとの運命の出会いから、芸能界の大御所とのエピなど、かなり面白く読める。これまでヒガシにはクール、無表情、完璧主義、ナルシストのイメージがあったが、不器用、アガリ症の一面も描かれ、親しみも湧く。私が好きだったカッちゃんこと、植草克秀の性格は、まさに見たままだったこともうれしくなる。
ただし、半生を振り返るだけじゃない。全編を通し、伝わってくるのは差別ない世の中への願い、反ヘイトの精神。ルーツを、あの時代の猥雑な川崎に生まれ育ったことを明かしたヒガシの、弱者に対する温かい視線、力強いメッセージが印象的だ。
投稿元:
レビューを見る
東山紀之『カワサキ・キッド』(朝日文庫)読了。
今の大学生には役者としてのヒガシしか馴染みがないのでしょうかね。
それにしても、運命的出会いがあるということを実感する。まさに偶然がもたらしたシンデレラ・ボーイ。生活の貧しさは、昭和のあの当時はいわば当たり前だった(今は別の意味で貧しい)。だから働いて生きていく方法としてジャニーズに入るのは必然だった。
覚えている方は少ないだろうが、1986年の紅白歌合戦。白組司会は加山雄三。
白組トップバッターの少年隊の曲紹介で、思わず出た言葉、「少年隊で仮面ライダー!」
これにはテレビの前で驚いたが、少年隊の面々もかなり驚いたらしい。このあたりの出来事と感想を素直に書き綴っているのが面白い。
これまでいわゆる芸能人が書いた自伝はあまり読んでいない。「ゴーストライターが書いている」というウワサがあったから。矢沢永吉『成り上がり』、山口百恵『蒼い時』ぐらい。
しかし、たとえゴーストライターが書いているとウワサされても、文章それ自体よりも内容が面白ければ、それもまた良しかなと思う。知らない世界を知ることができるのだから。
とはいえ、自分の論文を誰かに書いてもらおうなんて、これっぽっちも思ってませんけど。(笑)
投稿元:
レビューを見る
少年隊の東山さんの自伝。
以前から本書の存在は知っていたのですが、読むには至りませんでしたが、ある日書店の店頭で目についたので、これもめぐり合わせと思いまして読んで見ることにしました。
こちら側から見ると華やかな芸能人の皆さんですが、その中にはいわゆるスターの立場までたどり着くまでに過酷な経験をされている(前座時代とか以前の幼少期を含めて)方も多いようで、著者がまさにそのケース。
以前から、著者はどこか華やかさとは対照的な陰のある一面を持ち合わせているように感じていましたが、本書を読むことでその理由が分かったような気がいたします。
今年の一冊目にふさわしい、インパクトある一冊でした。
付箋は13枚付きました。
投稿元:
レビューを見る
彼には上品なイメージを持っていたので、生い立ちに驚いた。
俳優やスポーツ選手との意外な交友関係を伺い知ることができた。
山岡久乃さんの厳しい演技指導がすごいと思った。確かに焼きそばパンを食べている姿は、ちょっと…。
こういう風に自分に厳しい人の話を読むと、もっと頑張らないといけないって思う。
東山さんだって、先人の姿から学んでいるのだから、私も違う形でもこの本を読んで学ぶことはあるはず。
投稿元:
レビューを見る
東山さんのこれまでの人生。
自分に何かを残してくれた、教えてくれた出来事を明るい文体で描いている。
読むほどに、つい大好きなグループに当てはめて考えたり、ジャニーズ事務所の昔の姿を知ることが出来たのは楽しかった。
特別だと語る後輩「TOKIO」とのエピソードも面白い。
三人というグループで、植草さんが緩衝材としての役目を果たしていると読んで、つい最近あるトーク番組で見た少年隊のエピソードを思い出した。
芸能界が厳しい世界だということは何となくわかる。
その中で、ずっとアイドル事務所に所属しながら活躍を続けてきた東山さん。
結婚前に書かれたエッセイなので、当然「結婚したら」という仮定で書かれていることもある。
何よりも面白かったのは、芸能界やジャニーズ事務所内で生きていく中で学んだ多くのことが書かれていたこと。
いままさに活躍しているジャニーズ事務所所属のアイドルたちにも共通する、たくさんの心構えやプロ意識がわかりやすく理解でした。
常に先を見据え、努力を怠らず慢心せずに前に進む。
言うのは簡単だけれど、実践するのはかなり難しいはずだ。
ストイックという言葉はきっと東山さんのような人のためにあるのだろう。
努力は人を裏切らない。
そう信じたくなるエッセイだった。
投稿元:
レビューを見る
ヒガシのトップに君臨するための努力と意識の高さが垣間見えた。
ヘイトスピーチ対策法に罰則規定がないことから、いくつかの自治体が上乗せ条例を出し始めたという新聞記事から、以前、床屋で読んだ週刊誌のヒガシのコラムを思い出し、本になっていることを知った。そのような上乗せ条例を出している自治体のひとつがヒガシの住んでいたカワサキであり、ヒガシが差別を受けていた外国籍の方からいつも助けられていたことが描かれている。
投稿元:
レビューを見る
ジャニーズのアイドルグループの先駆けの一つ、少年隊の東山紀之=ヒガシのエッセイ本だ。
実は、彼は川崎出身だ。内容の主立ったところは、もちろん、アイドルとしての芸能界の経験などの話なのだが、冒頭あたりや端々に「The カワサキ」という場面が登場したりする。ことに川崎市の中でも、幸・川崎区は工場地帯と繁華街で、桜本のあたりはコリアンタウンだったり、大気汚染公害も激しかった地区だ。本の中には、具体的な記述は少ないが、それでも粉塵で手が汚れる、妹がぜん息で、というような場面が出てくる。川崎で生きてきた以上、そこは避けて通れない。
『カワサキ・キッド』という本は、もちろん、アイドルの半生記的なエッセイ本だ。だが、同じ川崎に生まれ育った私にとっては、あちこちに共通の記憶があり、他の誰に理解できなくても、同郷の者同士だけが持つ「わかる〜」的な思いを何度も抱かせる本だ。
いつも思う。
川崎は、横浜とは違う(当たり前だけど)。近年、いくつか川崎で若い世代を巻き込んだ事件が発生したりしたが、その特徴は、かなり「川崎」ならではの状況と実像を反映していたように思われる。
また、少し前から、川崎の若者たちからラップが生まれ出したと聞いた時、川崎なら、そういうこともあるだろう、と思った。川崎に住む者たちの中に、どこか、東京にも横浜にも背を向けて、工場地帯に向かう巨大なトラックの列を眺めながら、楽器も持たずに身体だけでリズムを刻むことが習い性になっている自分がいるのだろう。肺の奥に潜む闇と粉塵が、喉を通して駆け上ってくるのだ。
ヒガシは俳優でもあるがアイドルで(もう現役ではない気もするけど(^^;)、歌って、踊って、司会もする、芸能人・タレントだ。テレビでキラキラと輝く。
でも、その肺の奥に、やはり灰色の空と工場の煙突を抱え続けている。それが、川崎生まれ・川崎育ちの「カワサキ・キッド」の性なのだな、と思った。
投稿元:
レビューを見る
素直な文章で綴られ又東さんの少年時代のモノクロフォトも掲載されていて読みやすいエッセイに仕上がっています。
川崎での少年時代、ジャニー喜多川さんとの運命的な出会い、初めて語るおいたち、ジャニーズでの生活、芸能界での出会いや別れ等々、どの章も興味深く、時に東さんの真っすぐな文章に感動したり感心したりしつつ読み進めました。
想像していた通りのきちんとされた方と言う印象でしたが、その陰にはおいたちから始まる人知れずの苦労や挫折があったのだと知りました。
これからの更なる活躍を応援したくなる様な1冊です。
投稿元:
レビューを見る
カワサキ・キッド
東山紀之著
朝日新聞出版
2010年6月30日発行
少年隊のヒガシ君が反ヘイト本を出していた、という書き込みをフェースブックで何度か目にした。情報元は一つ(同じブログが拡散)。どんな本だろうかと早速読んでみた。
「反ヘイト本」という類の本ではなかった。
情報元の人が、自分のブログをみんなに読んでもらおう、拡散してもらおうと、そんなふうにきっと書いたのでしょう。
しかし、なかなかグッとくる本でした。反ヘイトというか、反差別的な内容がしばしば出てきていて納得できる。子供の頃の体験、貧しい生い立ち、差別の中で力強さをつけたミュージシャンや俳優たちへの思い、そして、自分自身も外国の血が入っていること。そんなことを通して文章の中に滲み出る、反差別や平和への思い、貧しい人たち、弱い人たちへの気持ち。
大岡越前以外のドラマではあまりいいと思わなかったヒガシ君のことが、すごく理解できました。あの“無表情”さの理由や、ストイックに筋肉ビルドする執着心の源泉にも、納得。
週刊朝日に2009年~2010年に連載された「これまでと、これからと」という短いエッセイに、加筆、修正したもの。幼いころの思い出から始まり、ジャニーズ事務所に入ったいきさつ、入ってからのこと、活躍してからの生活などが綴られ、最後に、書籍化するにあたり、生まれ育った川崎の貧しい地区を訪ねて書き下ろした文章が加わっている。
(メモ)-----反差別、平和、貧困に関する部分のみ抜粋
川崎駅近く、ソープランドが密集する界隈の、父方の祖父母の家で暮らしていた。祖父はロシア人の血を引いていて、大酒飲みで、昼間、理容師の母が仕事に出ている間に酔っぱらって暴れ、ポットをひっくり返して熱湯を赤ちゃんだった著者にかけてやけどを負わせた。父親も大酒飲みだった。(11-12)
ヤケドの影響で左足が変形、今も時代劇で雪駄を履くと痛む。18か19才ごろ、踊っていると股関節に激痛。長年、ヤケドで痛めた足をかばい続けて足の軟骨が減っている。もう増やせないので筋力で補うしかない、と言われた。筋力トレーニングの始まり。(12-14)
両親離婚の前、一家は川崎を離れ全国を転々、表向きは転勤と聞いていたが、今思うに父親の借金のせいかも。借金取りに土下座していた母は、しばらくして父親に土下座し、「お願いですから、別れてください」。(16)
1970年代に入るころ、母と著者、妹の3人での生活が、川崎・桜本のアパートでスタート。コリアンタウンの一角。まだ本名を容易に名乗れない時代、日本名を名乗る在日コリアン母子が焼肉店を近所で営んでいた。著者と妹が毎日、そこに上がり込むと、おばちゃんがいつも店の豚足を食べさせてくれた。貧しくてお腹をすかせていた著者たちは、それにかぶりついた。遊んでもらい、食べさせてもらう、なんと親切なことか。著者の母親もその母親と話があって仲がよかった。苦労人同士、分かり合ったのかも。(18-19)
著者の祖父は、クオーターか8分の1だか分からないがロシア人の血が。(19)
著者が少年時代に大きな影響を受けたのは、王貞治、ブルース・リー、マイケル・ジャクソン。(30)
王は国籍問題で国体に出られなかったことに黙って耐えたと知ったときはジーンときた。その凄まじい特訓で「人は努力によって報われる」ということを学んだ。(32)
役者としてバイブルのように繰り返して見ているのが、アレックス・ヘイリー原作の米国ドラマ「ルーツ」。演技の上でのリズムの大切さを教えてくれた。(37-38)
ブルース・リーは、人種差別があるアメリカで生まれ、ハリウッドではアジア人ということで主演が叶わなかった。死ぬほどまでに肉体を鍛えあげた。彼にとって肉体は、厳しい人種差別をはねのける強さの象徴だった。つまり、すさまじい反骨精神の表れだったと言える。(40)
13才の時、あまりのカッコよさに震え上がったマイケル・ジャクソンについて調べる内、黒人のタップダンスにたどりつく。奴隷として鎖に繋がれてアフリカから連れてこられた人々は、運動不足にならないように足踏みさせられた。そこでリズムを刻むのが唯一の自己表現。生き残った人々は道端に落ちていた王冠を足につけ、リズムを刻んでささやかな楽しみにした。(76)
2曲目「デカメロン伝説」のイントロ「ワカチコ、ワカチコ」は、黒人音楽のドゥーワップ(スキャット)のコーラスバックで使われているのをニシキがピックアップしたもの。ジェームス・ブラウンやマイケルらの曲からの影響。お笑い芸人が「ワカチコ」をネタにしているが、今は説明しづらい。(122)
大河ドラマ「琉球の風」の時に、沖縄の人たちの底抜けの明るさと優しさに驚いた。17世紀から悲劇の歴史があったのに、どうして明るく親切でいられるのか。その裏には、底知れぬ悲しみがあると思った。それを経験している人々の強さと優しさなのだ。(144)
国の金をどう使うかが問題となっているが、農業や食の再生に力を入れてくれるならば僕は大いに歓迎したい。(199)
広島、長崎で二重被爆した山口彊(つとむ)氏の本を読んで興味を持ち、広島でのコンサートの後、原爆資料館へ。元々、はだしのゲンを何度も読んできた。資料館の解説やその後に読んだ本で、日本がアジアでした戦争を知った。不謹慎と言われるかもしれないが、韓国人の被爆者の人生に関心がある。差別のなかでさらにまた差別を受けた人々はどんな人生をどんな人生観で生きたか。演じることが許されるなら演じてみたい。伝える必要があるからだ。(220)
大好きな「ヨイトマケの唄」を聞くと、1960~70年代の川崎の工場地帯で働く人々の汗と涙を呼び起こす、懐かしく、母に捧げるのに最もふさわしい歌だと思える。かつての自分なら、この曲をバックに過去を話すなんて恥ずかしくて考えられなかった。クール、ストイックという決まったイメージで語られることに違和感を覚え、ありのままに自分を出そうと思い始めた40代。「ウエストサイドストーリー」がそうであるように、差別のなか、貧困のなか、人間の屈折や弱さが抑えきれないエネルギーへと向かっていくところに惹かれる。(226)
最近は韓流ブームが起こり、韓国には日本人観光客が何十万人も行く時代になった。一方、高等学校の無償化から朝鮮学校だけ外されたというニュースが入ってきて、いまも変わらない日本の社会の器の小ささも感じる。(236)
以前、住んでいた市営住宅。錆びたドア。団地生活でどうしても苦手だったのが、便所こおろぎ、正式名カマドウマ。そして、部屋によく出てきたゴキブリ。押入に生み付けられていた卵を見たときの恐怖と言ったらなかった。(242-244)