紙の本
予期せぬ傑作
2023/03/03 13:16
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投稿者:H2A - この投稿者のレビュー一覧を見る
癌で早く亡くなった猟師であった父から託されたCD。そこに隠されたのは極秘の原爆開発プロジェクトの存在。その極秘資料を策された大学講師の娘である美汐は資料を携えて逃避行に出る。追うのは公安と地元警察。両サイドからの視点が交互に語られスリリング。その知略も人間離れしていなくてちょうどいい加減。美汐の人物像も勇ましすぎず、大胆すぎず好ましい。逃避行の舞台になった瀬戸内の各所も総じて明るく鮮やかで明るい印象。最後にある大物と対峙しても美汐は悪びれず自分を貫く。
この原爆開発計画は戦後に現実にも存在していたということをNHKで見たのでそれほど驚かないが、ここでは驚愕の真実として描かれた。池澤の戦後史観が洗われているのか。小説の方はよく書かれていておもしろいと思った。
紙の本
監視社会ニッポンを、警察に見つかることなく逃げるアイデアが秀逸
2020/05/25 23:11
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投稿者:タオミチル - この投稿者のレビュー一覧を見る
池澤夏樹作品には、いまだかつてなかった(はずの)、ポリティカルサスペンス。戦後すぐに密かに始められた日本での原子爆弾の開発計画の証拠をめぐって、追われる正義=ひとりの日本人vs追う悪=巨大な権力を持った警察という構図がめちゃくちゃ面白い。つまり、正義あるひとりが、警察権力の裏をかきまくってゆくところが読みどころ。痛快です。
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メイドインジャパンの原子爆弾!! 国と国との間の思惑に心が冷える。そこには個人は存在しない。数としての存在、物のようなイメージしかなくなってしまう。
津波に流される家や車のニュース映像を見て怖いと思ったけれど、全体として感じていただけだった。ネットで、田んぼにうつ伏せに沈みかかっている動かない人を見た時、初めて個人個人に思いが至った気がする。油断してはいけない、見えない個人をいつも捉えていたい。
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原爆開発チーム解散後、その証跡を隠し持って、瀬戸内海の島で漁師として暮らす。
何も考えずに原爆開発に関わった後、かつて母の腹の中で原爆で被爆していることを知る。
チェルノブイリの事故を知り、福島の原発事故を目の当たりにする。
そして、癌を患い、死を前にして、娘にほんのわずかでも死期を早めること頼み、原爆開発の証跡のコピーを預ける。
自分のしたことを後悔し、原爆開発からかけ離れた、自然の中で生活することを選ぶ。しかしながら、自分たちのしたことを公表する決断まではつかない。
自分だけの範囲でなら、自分を律して償うことはできるが、他者を巻き込む大きな決断はなかなかできなかった。ほんとに普通の人。
そして、こんな普通の人が大きな事件に巻き込まれる。自分の横に危機があることを想像させられる。
しかし、この本の女性陣は強い。娘の美汐も、母も、美汐を助ける友人たちも。その強さが主題の暗さを払拭する。
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池澤さんの小説は出たらすぐ読むとかではないんだけど、ときどきすごく読みたくなる。独特の感じ、エンターテイメントであってもどこかエッセイみたいだったり、学術的だったり哲学的だったり、社会学的だったりする感じが好きで。
これは、死んだ父親が昔、日本が独自に原爆をつくる計画にかかわっていたということがわかって、その証拠をめぐって警察に追われることになった女性社会学者が主人公で、エンターテイメントミステリ風なんだけど、核兵器に関する歴史や物理学的な知識、戦後の日本の外交やら警察組織についてなどもわかるという。
登場人物が議論をたたかわせるようなシーンもあって、それはエンターテイメントとしては余計というか、テンポがさがって読みにくくさせることかもしれないけれども、いろいろ考えさせられるのでわたしは好き。
それと、池澤さんの小説というか文体なのか、ユーモアがあって、どこかチャーミングだと思う。
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まず何よりも娯楽作として息もつかせぬ展開。
そして読み終えてから自然と入ってくる思弁。
これぞ見本のような作品。
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買ってからだいぶ寝かせてたけど、読み始めたら止まらなかった!面白い〜
聞き慣れなかったり、難しい単語がいっぱいだし、実際この逃避行はどうかな?と思ったりもしたけど、途中で飽きる事なかった
色々考えさせられる
タイトルが、もっとこう、違う感じなんだけど、なんだろう。
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・舟を出して、海の一点に行って、そこで竿を出す。なぜそこなのか、特定の場所だとしたら何の目印もない海の上でどうしてそことわかるのか。
その日の潮と風、天気、時節、ここ数日の成績、去年と一昨年、更にこの六〇年の蓄積、いくつもの条件を重ねて動きを決めているのだと理解するのに三月かかった。
初期の頃、じいさんのすることを覚えようと紙にメモしたら、奪われてまるめて海に捨てられた。
「頭じゃない、身体だ」
それだけ言う。
全身を海と風にさらして覚える。顔が日に焼けて黒くなるように、身体が海になじんでいった。それにつれて釣りの技量が増した。この道に入ってよかったと思った。コンピューター技術のことは思い出しもしなかった。
・彼は今、足場を失っておろおろしている。
「偉大な政治家である大手雄一郎にとって輝かしい事績の汚点だということはよくわかります。当時の政権党にとっても記録に残したくないことでしょう。公安警察には失態ですね」
そう言って相手を見る。
「でも、それがそのまま国の恥なんでしょうか?人と同じで国も過ちを犯します。大事なのはそこに教訓を読み取って、それを忘れずに先へ進むことなんではないですか」
二上孔明の顔からはすべての表情が消えてしまった。どういう顔をすればいいのかわからないのだろう。
・「人によって良心の値段は違います。私はこれでも自分の良心にけっこう高い値段をつけているんです」
言いたい放題!
このつけはどう回ってくるんだろう?
・「侮蔑は恐怖です。社会学を勉強していてそういう原理に気づきました」
「蔑む思いには立場逆転の恐怖が含まれている。社会学と政治学が一致したね」と言って大手雄一郎は笑った。
・たぶんこれまでにも何度も話してきたんだろう。でも、この一件は秘密にしてきた。
自分が大手雄一郎との議論に負けそうになっていると思った。国を守るためには核は必要だったの?それがないと、アメリカに見放された時に日本は滅びてしまうの?だから「あさぼらけ」だったの?
でもそれは国家の論理だ。
パパにあったのは一人の人間の論理。アメリカや中国や北朝鮮や日本など、国家の論理に対抗する人間の論理。被爆を体内に抱えて、自分の癌はそのせいではないかと疑って、遠い福島の恐怖を自分のこととして受け止めて、それで「あさぼらけ」という仕事を深く深く悔いた論理。
・「政治家は人間を数として見ますよね。有権者として見て、納税者として見て、守られるべき羊の群れとして見る。一人一人を見ていては国は運営できないと考える」
聞いているのかいないのか、老人は目を閉じていた。
ただ疼痛に耐えているのかもしれない。
鎮痛剤の量を増やして眠ってしまえばいいのに。
私と話すために無理をして起きているんだ。
「でも一人一人には考えも、思いも、意地もあるんです。数でまとめられないものがある。私は今ここであなたに人間としての倫理で勝ちたい」
老人はかすかに顔を動かした。
聞いているのだろうか。
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好きな作家、池澤夏樹の小説。
彼には珍しいサスペンスという形式。
今日届いて手に取ったら、文庫本で460ページもあるよ…
同時並行で他の本読んでるのに、いつ読み終わるやら…と思っていたら、今日のうちに一気に4時間で読み終えてしまった。
この物語は、サスペンスという形式をとった池澤夏樹のメッセージだと思う。ちょうど、音楽がメロディーに乗って大事なメッセージを広く永く伝えるように、この作品は人を惹き込むサスペンスの中に、原子力やこの国の仕組みについての「視点」を書き伝えている。
きっと池澤夏樹は、サスペンスという、自身があまり用いないが多くの人に口当たりのよい形式を、「伝える」ことを優先してあえて選んだのだろう。
感想は、純粋に「面白い!」だ。今日のところは。
ただし時を経るにつれ、きっと、
「この国のこの動きはどういう意味を持つか」とか、「工学とはどうあるべきか」とか、「必ず漏れてしまうものに人間は手を出すべきなのか」とか、考えるようになるのだろう。そういう、様々なトリガーが散りばめられた、興味深い作品だ。
読んでる間に思ったこと、それは、
池澤夏樹がこの作品を、自分の人生の1つの集大成として書き残したのではないか、ということだ。
池澤夏樹は大学で物理学を専攻し、その後作家となっていて、その姿はエンジニアを辞め漁師としての人生を選んだ主人公の父、宮本耕三と重なる。
だから、勝手な解釈だが、かつて池澤夏樹自身が興味を抱き、そして離れた理工学の世界について、3.11を目の当たりにして、文理両面に通じる彼の運命・立場から、残すとともに、自身の人生の総括をした上で、メッセージを残したのだ、と思ったのだ。
池澤夏樹編の、「日本文学全集14巻」に入っている宮本常一は、この作品を書く取材の過程でためたのか、あるいは材料があったのでたまたま宮本常一を引き合いに離島を舞台にしたのか、どちらだろうか。
主人公の常人離れした言動や、性格、そしてアナロジーの体言止めという池澤節など、少し口直ししたくなるところもあったが、やはり面白く、興味深く、そして考えることを促す、素晴らしい1冊だと思う。
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他の方の感想を見てたら、池澤夏樹は宮本耕三に自分を重ねたんじゃないかと書いてあってなるほどと思った
瀬戸内の島々が懐かしい。この人々の造形は取材や過去に池澤が移り住んだ各地で出会った人々に依るものなのか。
美汐の側の人々は、基本的には人対人で繋がっている。人の情みたいなもの。 竹西と三崎の釣り船屋の湯浅も同じようなもの。
対して、警察組織や公安、その裏にいた政治家などは全て権威と恐怖?みたいなもので繋がっているというか成り立っている 。そこの差なんだろうな、物語の結末は。
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何故、何十年も前の今ではどこの国も持つ技術やありえる事実を守るプライドでこんなに執拗に追い回すのか理解に苦しんだが、最後に更なる真実がわかり納得ができた。作者の言いたいことには私も賛成だが、この小説の醍醐味は美汐の逃亡劇にあり。
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瀬戸内海の島で漁師をやっていた父が亡くなり父が娘に遺したものはなんと昔に行われた国家機密の実験のデータ。父が亡くなった瞬間に公安から追われる身となった娘。このデータを公表するか、しないか…。悩みながらも父の遺言に書いてあった真相を知る人物に会いに行くことに。主人公が公安の目、監視カメラの目をかいくぐっていきながらの逃亡劇が入念に書き込まれていてめっちゃ面白かった。テーマは核。国が持つべきなのか、人類が持つべきなのか…。立場の違う視点で考察されていてよかった。読者にも問いを投げかけるタイプの文章はとても好き。
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反原発小説
震災当時から文壇で流行してゐる、非当事者による反原発テーマ小説。毎日新聞に連載したもの。
新聞小説なので、純文学の池澤なのにエンタメ的で軽すぎる文体だ。しかも内容も通俗的すぎるエンタメだった。
いちばんの欠点は、池澤夏樹の左翼的なイデオロギーが露悪してゐることだ。結末は、日本の原爆製造計画が北朝鮮に流れたといふ荒唐無稽でトンデモである。さらに、原爆と原発は核しか共通点がないのに、核=悪といふイメージを増長してゐる。よもや反原発プロパガンダ小説ではあるまいかと思ってしまった。
池澤は『終わりと始まり』でも、沖縄の普天間基地を馬毛島に移転させたらどうかと本気で書いてゐて、目を疑ふ。
芥川賞の『スティル・ライフ』や谷崎賞の『マシアス・ギリの失脚』はまだよかったのに、それ以降の通俗に流れたり、左翼イデオロギーを流露したりする転落ぶりには目も当てられない。師匠の丸谷才一は政治的な批判をめったにしなかったのに。井上ひさしや大江健三郎、島田雅彦にでもかぶれたのだらうか。
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瀬戸内海を舞台にした、ある女性の逃亡劇。
何から逃げているか、どうして逃げているのかは、あまりあらすじを目に入れず、読んでからのお楽しみにしておくのが吉。
池澤夏樹の作品らしく逃亡劇としてのエンターテイメント性はしっかりと担保され、素直に面白い。
科学の専門用語が沢山出てくるが、それを理解出来なくても物語の本筋にはスムーズに入り込めるので、とても読みやすい作品だと感じた。
ただ、作品を通して扱うテーマがテーマなせいか、登場人物の会話から池澤夏樹の感情が常に溢れ出している。
そこから何を感じ取るかは人それぞれだと思うが、先ずは難しい事を考えず、上質な人間関係の駆け引きとその行方を楽しむのが良いんじゃないだろうか。
読後、この作品のテーマに少し思いを馳せてみる。
答えの出ない問いに、これは中々難しいよなぁなんて独りごちたりする。
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題名から何となく原発か核爆弾に関連するのかなと思いながら。社会問題を考えらせられる要素が多かったが、主人公の逃亡劇がハラハラして面白く、単純にサスペンスものとして楽しめる小説だった。