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九鬼周造の主著である『偶然性の問題』を中心に、彼の提唱する「存在論理学」の内実とその倫理学的意義について考察している本です。
本書では、九鬼の思想に対する影響がしばしば指摘されるハイデガーのみならず、新カント派のヴィンデルバントや独自の存在論を構想したニコライ・ハルトマンといった哲学者たちの議論が参照され、九鬼の思想との比較がおこなわれています。ヴィンデルバントは、偶然性が認識論の立場から検討されており、偶然性を学知の限界として位置づけていたのに対して、九鬼が偶然的な存在である人間のありかたに目を向け、偶然性に積極的な意義を認めていたことが論じられています。
ハルトマンは、「今ここにある現実」に立脚して偶然性をはじめとする様相的カテゴリーを規定するというしかたで議論が展開されていたのに対して、九鬼がより動的な存在のありように目を向けてきたことが指摘されています。こうした比較を通して著者は、『偶然性の問題』において九鬼が示した様相性の三体系を理解しようとしています。
さらに著者はハイデガーと九鬼の思想を比較し、先駆的決意性へと収斂するハイデガーの議論に対して、「出会いの今」に立脚して人間存在の実相を見ようとする九鬼の思索の特徴が明らかにされます。このほか、田辺元や和辻哲郎といった、九鬼と同時代の日本の思想家たちとの比較もおこなわれています。