紙の本
不安と混迷の時代に
2022/07/25 17:00
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投稿者:pinpoko - この投稿者のレビュー一覧を見る
以前読んだ『鬼呼の庭』の世界観に惹かれて、応仁の乱前夜の室町時代を描いた本作に大きな期待を持って手に取ったが、まさに期待を裏切らない力作で大いに満足できた。
前作は江戸時代の京に生きる庭師の娘が、庭の由来や屋敷の主一族の様々な事情にからんだ妖しと関わる物語だったが、より社会不安が大きい室町時代を舞台に選んだことで、今作の妖しは時代に苦しめられた庶民や権力争いに呑み込まれた幕府に関わりのある人々が変化したものだ。それぞれ恨みはあるはずだが、復讐の念に燃えるというのではなく、妖しとなることで己の無念を気付かせる・・・という静かな存在であるのは両作に共通したものである。
これら静謐な物語の中でも、特に動きに溢れ映像的にも優れていると感じたのは「鳥の段」だ。
四条河原で世にも不思議な鳥舞を披露している男女の芸人が世の評判を呼び、義政将軍によって室町御所に召し出される。その使者となったのが、土佐派の後継者と目される土佐光信、という設定からすでにその絵が眼前に浮かんでくるから期待感はいやが上にも高まってくる。
都鳥を自在に操る舞手の少女沙衣が生きてきた過去があまりにも重すぎる。それを憐れんだ僧侶の真汐が笛の吹き手となり、たった二人で乱世を生き抜くその姿がこの時代数多くいたであろう芸人たちの苛酷な人生を彷彿とさせる。
そして御所での舞の披露の際の事件の場面がとても鮮やかで、二人の隠された企みが明らかになる。
抱えきれない哀しみのために声を失い、やがてその声が妖しの卵である「声冥」を生み出す。己の無念を将軍にぶつけるために都鳥を操る術を身に着けた沙衣の哀しい人生が一方の極ならば、親兄弟を失った結果、つきたくもない将軍位についた義政のあまりにも投げやりな生き方がもう一方の極にある。
これが当時の世相だった。天災、疫病が続く中、大名は無益な争いを繰り返す。仲裁役などとっくの昔に投げ出している将軍。
なんと現代に似ていることだろう。今の世も、誰しも心に「声冥」の卵を抱えているのではないだろうか。
波乱含みの中、応仁の乱の予感を残して物語は幕を閉じる。こののちの地獄を潜り抜けた人々は何に希望を見出すのか?味わいのあるラストだった。
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図書館で借りた本。足利義政の絵師である土佐光信は幼少の時から異界の物が視える。青年になり義政から直々に依頼を受けるが、絵師の仕事以外の御殿界隈の噂を検証する時もあった。幽霊が視える土佐光信は幽霊と対話し、幽霊たちの気持ちを理解し助けたりしてきた。7つの短編構成で、好きな話は前半の風・花・雨・鳥の段。陶器や屏風や梨の木や鏡に宿る霊はありそうだが、大きな黒鯉が龍神になったり室町の庶民の悲しみの声から生まれた石などの話は不思議で良かった。
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絵師である主人公が、知らず知らずのうちに不思議なものを見てしまうという設定が新鮮でした。確かに絵師であれば将軍のそばにありながら、権力争いからも一歩引いていられます。主人公の光信は絵の才能もあり、まっすぐで妖にも心を寄せる事のできる青年です。その対比に権力の上に立って思いのままの冷徹な将軍がいて、人の欲望の深さや身勝手さを思い知らされます。室町という古い時代ですが、それがまた面白かったです。読んでいる間は室町時代、たっぷり楽しめました。
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初出 2018〜19年「小説新潮」、最終章は書き下ろし
足利義政に仕えた御用絵師土佐光信は、あやかしが見えて意思の疎通もできた。心に壁がないからだとあやかしが言う。
真魚(まな)と呼ばれていた少年の頃から、大鯉から話しかけられ、助けた礼に夢で同年代の友達と遊べたが、彼らは親の謀反で処刑されるために京に連れてこられていた。
光信が出会うあやかしたちは常に死をまとっている。
義政から難解な絵のテーマを出されて相談した老人は、中国からもたらされた古い瓶の精で、幼い日の義政がのぞき込んで天変地異と戦乱の未来を見て驚いた過去を見せてくれた。
改築中の室町御所に現れる半身血だらけの女の正体が「呪詛屏風」と呼ばれる屏風だと教えてくれたのは、建て替えのために伐られようとして梨の木の精で、光信は屏風の上にを新たに極楽図描きこの女たちを絵に残して義政に渡す。
鴨川の河原で、光信は老婆から嘆きの声を吸った石のような卵がかえると声冥というあやかしになり、自分の声と引き換えに不思議な力を手に入れられると教えられるが、その力を使った鳥舞の娘たちが義政の命を狙い、かばった光信が形に矢を受ける。
義政から評判の占い師を呼ぶように言われて光信が行った先で逢ったのは、少年の自分の世話をしてくれた住み込みの弟子で、彼に憑いていた願いを叶えるという童子は、義政に乗り移ってしまう。赤松満祐の子だったために腕を切られた元の弟子とその子、そしてその妻だった義政の占い師(託宣する桂女)が殺されかけるのを光信が願ったために義政(に憑いた童子)は赦す。
そして物語は「応仁」に改元されるところで終わり、義政が何を願ったのかが暗示される。
この作家さんの作品を読むのは2作目だが、なかなかに面白い。新しい登録のカテゴリを作った。
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久々に気持ちよく最初から最後まで一気に読んでしまった。描かれる世界がとても雅で美しい。人ではないものが見える主人公の実直さ、将軍家のドロドロした感情なんかがとても良かった。
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続いて絵師の話だが、こちらは時代物ファンタジー。
妖物が次々出てくるのだが、怖いというよりは物悲しさの方が強い。
室町幕府八代将軍・義政に仕える土佐光信が主人公。
門井慶喜さんの「銀閣の人」では文化の力で政治に勝とうとした義政を描いてあったが、この作品での義政もまた美の感性は鋭い人という設定。
だが更にそこに伝奇的要素を加えることによって、大飢饉や災害、戦などで民が苦しむ中、作事作庭に没頭した身勝手な将軍という印象に対して納得できる理由付けをしているのが興味深い。
「銀閣の人」でも、岡田秀文さんの「応仁秘譚抄」でもある種諦めの境地のような部分が描かれていたが、夢や託宣、呪詛といったものが信じられていた時代ならこういうことがあってもおかしくはないかもとも思えてしまう。
一方の光信は『心に壁がない』ために様々な怪異を見ることが出来る人という設定になっている。
瓶、梨の木、鏡、鯉といった様々なモノと交信できるし、人の悲しみや願いを元に生まれたというモノも見ることが出来る。いちいちたじろいだり戸惑ったりしないのがすごいが、決して大物っぽくはないし、義政に取り入ったりも逆に堂々渡り合ったりもしないところがまた興味深い人物だ。
義政から様々な怪異の噂や人物を探るように命じられ、それを探っていけば最終的には人の苦しみ悲しみに気付き、あるいは人の世の醜さにたどり着くというのが切ない。それに比べれば妖物は何と純粋で美しいのか。
と言っても彼が妖物の世界に取り憑かれてしまうわけではないし、彼は絵師として義政の命令に決着を付けていて満足できる内容になっている。
終盤の義政はいよいよ妖物の世界に入り込んでいる。彼の願いがこの通りなら、後の応仁の乱は正に彼が望んだことということだろう。
『人の世の不幸は人が招く 人の世が乱れるのは人が望むから』
妖物の世界を描きながら、結果的には人の心の奥底を描いている、歴史からも逸脱しない面白い絵巻だった。
続編があれば読んでみたいが、どうもこの一冊だけのようだ。
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【収録作品】風の段/花の段/雨の段/鳥の段/影の段/嵐の段/終の段
室町時代、八代将軍足利義政の治世で起こる怪異を、お抱え絵師・光信が調査する。彼は人の眼には見えない妖を見ることができた。
とはいえ、怪異と対決・退治するわけではない。事情を知り、絵の力などで解決に導くが、どちらかというと観察者・記録者という感じの立ち位置。人の世のことは人が起こす。トップが絶望した人間の場合、誰がただせるのだろうか。