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この世には貴方の知らない場所で様々な恐ろしいことが起こり続けている。今から紹介するのはその中のほんの一部に過ぎないが、それでも恐怖に慄くには十分に違いない。読んだ事を後悔するような話を一話でも多くお伝えできればと思う。
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久しぶりの読了かつ、大変久しぶりの大人向け怪談本。今まで児童書の怪談本を読みふけり、そろそろ大人向けに戻るかなと気軽にとった一冊だったが、正直言って死ぬほど怖かった。読むんじゃなかった、怖かった。いろいろな人が収集した珠玉の怪談話と銘打っているだけあって、素晴らしいクオリティ!私は多分今晩は夜中にトイレいけないです。 82編もあるのでその中から選ぶのはなかなかに難しかったが、厳選した何篇かをご紹介。
「隙間」
最近、近所の老婆を見ないと年金課に一報が入る。通報を受けた二日後、年金課の職員が警察官を伴って老婆の家を訪ねると、憔悴しきった様子の息子が職員を迎え入れた。息子に案内されるまま家の中に入ると、念入りにガムテープで目張りをされ、異様な雰囲気を醸し出す押入れが目に入った。母親の死を隠匿し、年金を不正に受給している可能性を考えやってきた職員たちであったが、あまりの光景に息をのむ。目張りを取り去り遺体を回収したのち、死体遺棄などの罪状で逮捕された息子の取り調べが進んでいく。事情聴取も無事終わり、一息ついた刑事が普通の犯罪者とは違う様子の息子にまだ隠していることはないかと、確認すると今まで号泣しながら話していた息子がガタガタと震え始める。そして、絞り出すように母親が死んだのち、職員が訪ねてやってくるまで息子の身の回りで起こっていたにわかには信じがたい出来事を話し始めた。
怪談は真綿で首を絞められるような怖い話が好きだがこれは本当に怖い!じわじわとやってきたかと思えば、いきなりおなかの底にズドンと恐怖がやって来る話だった。とにかく文章が迫真なのだ。
怪談において閉めたはずの押入れが少し開いていたり、引き戸が開いていたりというのは聞いた事がある。そういった怪談はいつの間にか開いていることに気が付き、それが不気味であるということが多いのだが、この怪談はガムテープがはがれるような音がしたり、取り調べの最中に息子の見ている前で開いたりとなかなか新鮮な展開。息子が実際にその光景を見て語っているのだからその様子がとてもリアルで、それがさらに恐怖に拍車をかけた。この話は怪談師の伊藤久遠さんの語った怪談であるが、この方の語る怪談話の二番手だというのにどうしようもなく怖くて、この後読み進められるんだろうかという心配が胸にこみあげた話だった。
「タカハシサヨコ」
幼いころ、公営住宅に引っ越してきた岡野さん姉妹。ある日の夜、家族でくつろいでいると突然チャイムが鳴り響く。来訪者が来るには遅い時間帯であるが、チャイムが鳴ったのは間違いない。岡野さんが仕方なくインターフォンで応対すると「タカハシサヨコちゃんはいますか?」と少女の声が聞こえてきた。聞いた事がない名前と、年端のいかない年齢と想像される少女がこんな夜に尋ねてきたことに首をかしげなが���、ここにその子はいないことを正直に答える。しばらくして、表に出てみるとそこに少女の姿はなく、家を間違えたのだろうと結論付け、そのことは忘れてしまった。
しかし、その後も夜になると何度がその少女が訪ねてきてはチャイムを押し、全く同じことをしゃべりかけてくる。しかも、応対するのは決まって岡野さんかあるいは妹であり、両親が応対したころはない。どうにも不思議な状況ではあるが、実害があるわけでもないので、岡野さん姉妹はその状況を特に気にかけていなかった。
だが、ある日の晩その少女が人知を超えた存在であることを知ることになるのである。
幼少のころから不可思議な存在がまとわりつき、追いかけてくるような不気味な話だった。岡野さん姉妹が応対するようなタイミングでやってきては同じ事を聞いてくる声だけの少女。岡野さん姉妹が目的なのかそれともその公営住宅の一室に住んでいる女児というだけで目的にされてしまうのか?何の目的があってやってくるのかが分からないので余計怖い。
少女の正体もわからない、目的もわからない、そしてそのくだんの「タカハシサヨコ」も何者かわからない。分からないことだらけで、ひたすらに気味が悪くもんもんといろいろ考えながら読んでいた。この話はラストがべらぼうに怖いのだが、読者としていえることはもう勘弁してやってくれ……。ということだけである。
絶対嫌だが自分もこんなことに見舞われた気が狂わんばかりに怖いに違いない。
「凶宅-バルコニーのある家-」
ある日、怪談の書き手である丸山さんのパソコンに一通のメールが届く。それは、差出人がかつて通っていた中学校の近くにある不審死の相次ぐ大きな白い家を調査してほしいという内容だった。怪談話を調査し、文章に書き起こすことを生業としている語り手は、その家が自分の住んでいる県内の比較的近い市だったこともあり、メールの差出人の依頼を請け負うことに。
調査の足掛かりとして、依頼主の話を聞いていくと、尋常じゃないほどの死者と行方不明者を出し続けるこの家は異様そのものであった。まさに人を喰う家といわんばかりに続いた凶事の原因を探るため、様々な手を尽くして家が抱えている謎を紐解いていく……。
なんというか最後を飾るにふさわしい壮絶な話だった。私が好きな家を題材にした怪談だったことを抜きにしても、一番読み込みぞっとした一話。
まるで映画を見ているような壮大さだった。
この家で起った数々の出来事もそうなのだが、調査を進めていくうちに、関わっただけ、関わろうとしただけで不幸な出来事に見舞われている人もいたので、この語り手や依頼主がひどい目に合わないかどうかが気が気でなかった。(調査を進める過程で、家の秘密を解明しようと画策している語り手を妨害するようなタイミングで重要人物の人死にがあったりしたので尚更だった)
最終的には真相と思しき部分まで踏み込めたのだが、抱えるものの不気味さに鳥肌が立った。語り手が考察している様にもしその家が怨念の吹き溜まりの様になっているのであれば、関わろうとしただけでひどい目にあった人がいるのも頷ける。もしこの家の事情を知らない部外者が肝試し感覚で侵入しようものなら、今までの人たちのようになるのはまず間違いがないだろう。
語り手は現役の様子なのでこの霊障には見舞われなかったようでひとまず安心。
こちらの本はこの一冊に82編も怪談がつづられており、大満足の一冊だった。
今まで児童書の怪談本を読み続けていたのだが、やはりあの本は怖くないようにマイルドになっていた。
どこかのツイートで怪談本に慣れてきたのであまり怖くないなどといっていた気がするが、真の怪談が持っている怖さは慣れるようなものじゃないと痛感した……。この感想をまとめている間も始終怖かったし、何となく後ろが怖かった。
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今紹介した話以外にもお気に入りの話があったので少しだけ紹介。
「恭平ちゃんに代わって」
語り手のスマホにかかってきた恭平という名の友人に向けての怪電話の話。意味の分からなさが怖さを掻き立てる一話。
「だるまに関する記録」
ある道沿いに据えてある大きなだるまをめぐる怪談。そのだるまが引き起こしているとしか考えられない出来事が複数語られている。めでたいはずのだるまと続く交通事故のアンバランスさが怖かった。
「赤子」
語り手が、出産のために入院した産婦人科で起った不気味な出来事。看護師が秘密裏に行っている謎の行動が気持ち悪い。