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あるヴァイオリンの旅路 移民たちのヨーロッパ文化史 みんなのレビュー
- フィリップ・ブローム (著), 佐藤 正樹 (訳)
- 税込価格:3,740円(34pt)
- 出版社:法政大学出版局
- 発売日:2021/02/26
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紙の本
無銘のヴァイオリンにある世界規模のマーケットとヨーロッパ300年の歴史
2021/05/23 21:18
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投稿者:kapa - この投稿者のレビュー一覧を見る
「偶然手に入れた無銘のヴァイオリンに愛着を感じた著者が、その来歴を探る旅」という商品解説が目に留まり読んだ。法政大学出版局という学術書専門の大学出版局が、ヴァイオリンをめぐるミステリーも出すのかと、興味もあった。しかし、「あるヴァイオリンの旅路」のタイトルに、副題として「移民たちのヨーロッパ文化史」とある。また、訳者によると、原著タイトルは「あるイタリア紀行-300年前にわたしのヴァイオリンを作った移民の足跡を訪ねて」である。著者のフィリップ・ブロームは、歴史学博士、作家、ジャーナリストであり、ヨーロッパのベストセラー作家の一人のようだ。
ブロームが本書を書くきっかけは、ある時手に入れたヴァイオリンが気に入り、今から300年前に製作されたものと推定する人物はどのような人物であったのか、という疑問に取りつかれたことにある。彼はそのヴァイオリンが幻のストラディヴァリかグァルネリであることを証明しようとしたのではない(カザルスのチェロを製作したゴフリラー製であり、名器ではある)。ブロームは、若い頃にプロ演奏家になろうとしたが、才能及ばす断念している。また、お気に入りのヴァイオリンが盗難にあうなど別れもあった。そのような経験から、生活が安定した今、新たに手にしたヴァイオリンを歴史研究者の視点で探索してみようと思ったのだろう。
ヴァイオリン名器を扱ったフィクションとしては、映画『レッド・ヴァイオリン』(1989カナダ)があった。イタリアの名工が製作した「紅いヴァイオリン」の魅力に心を奪われ、あるいは破滅していった多くの人々、そしてこのヴァイオリンの誕生の知られざる秘密、物語は、現代と過去とが時空を超えて交差しつつ、4世紀5つの国をまたいでヴァイオリンがたどってきた数奇な運命を解き明かしていくミステリー仕立ての映画。また、「アントニエッタ-愛の響き」(ジョン・ハーシー1993白水社)は、名工ストラディヴァリが晩年愛した女性のために製作した「アントニエッタ」が、300年にわたってモーツァルト、ベルリオーズ、そしてインサイダー取引に手を染めるウォール街富豪の手へと渡っていくフィクション。本書はこれらとは少し違う「自伝的文化史」である。
「わたしのヴァイオリンはなによりも、無数の糸が集合し交わる一つの物でもある-つまり音楽と楽器製作についての何世紀にもわたる鑑定と実験、樵と職人のための輸送路と流通経路、そして楽器が必要とされ演奏される社会、楽器が作られた世界、そういうものがその中に隠されている。」「たかが一挺のヴァイオリンというなかれ-小さいながらもこれは17世紀の地球規模の市場そのもの」なのである。
著者はこれまでの研究成果、気候変動(ヴァイオリン職人が生きた時代は、「小氷期」というヨーロッパ史上最も寒冷な気候が支配した苦難の時代であった)、戦争、ペストなどの疫病、経済と覇権国家の変化、器楽の発達、音楽史、文化史といった多面的歴史を総動員し、かつ、自身の過去、はたまた、鑑定業界、名器をめぐる過去のエピソードも交えて、自分の愛器を生み出した世界を再現している。全27章は300年の時空を超えた長い旅行記である。
探索は行き詰まった探索は材木の伐採年代が特定できたことで、著者が推理したヴェネツィアのヴァイオリン製造工房ゴフリラーにいたドイツ移民の「ハンス」が関わったことが明らかになる。一発逆転の展開は探偵小説のようだ。最後は工房近くにある聖使徒広場で著者がハンスのヴァイオリンを演奏して物語が終わるのも学術論文らしからぬ結末であった。そしてここから「ハンス」の長い旅が再び始まるのである。
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