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幽霊の少女と少年の友情を描くほのぼのファンタジーかと思ったら、意外に壮大なSFファンタジーだった。
父の仕事が多忙で面倒を見れないため、少年ハジメは母方の祖母の家でお盆を過ごすことになる。母はハジメを出産したときに亡くなっている。飛行機と空港が好きなハジメは祖母の家の近くの空港に通って毎日飛行機を見ていたが、ある日奇妙な飛行機から降りてきた少女ネムと出会う。ネムは自分は幽霊であると言う。それも最後の幽霊かもしれない、と。
なぜ幽霊たちは消えてしまったのか。母を、妻を亡くしていながらハジメにも父にも悲しみの影がないのはなぜなのか。読者も気になるこの謎が、中盤の幽霊の国に行くあたりから一気に解けていく展開は圧巻。
ちょっと北野勇作の『どろんころんど』を思い出した。
人は悲しみに耐えられず、自らの命を絶つことさえある。悲しみがなければ、人はもっと幸せに暮らせる。
愛していた人や動物を失い、その命が失われた責任は自分にある、と思ったとき、その絶望と後悔に人はもがき苦しむ。
それでも、失った人や生き物を忘れないでいることが大切なんだ。悲しみは必要なんだ、というメッセージが伝わってきた。
斉藤倫の語りが独特なので、好き嫌いはあるかもしれないけど、そのあたたかさとやさしさは、愛するものを失った人の心にもしみる。
一応児童書ということになっているけど、愛するものを失う悲しみを経験した子供より、経験した大人のほうが多いだろうから、大人が読んでもいい。
子どもは幽霊の国のなぞが解けるあたりが純粋に面白いのではないかと思う。
西村ツチカの挿絵がふんだんに入っている。幽霊の国は描写も難しかっただろう(下手に描くと文章のもつ雰囲気を損ねてしまう)が、損なうどころか読み手の想像を広げてくれるような挿絵で、さすがツチカ、これは文章を書いた斉藤倫と絵を描いた西村ツチカのコラボがあったからこそできた作品だな、と感じた。
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「かなしみ」や「こうかい」は忘れた方が幸せなのか。なんだかのっぺらぼうにみえる。引き受けるから、ずっと抱え続けるから未来があるようにも思う。でもトワイライトみたいにもし知らない間に薄められて消されたら。しかもそれが大切なものだとしたら。ぞっとする。でもこれはない話じゃないように思う。最初の展開はゆったりのんびりしてるのに最後にドラマティックな展開が待っているのは斉藤倫さんの物語の特徴かもしれない。いい意味での裏切りと驚き。
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〈大幸福じだい〉悲しみや後悔がない時代。
いいじゃない?
これは、そんな時代が終わり悲しみが戻ってくるまでの物語。
小5夏お盆、ハジメはおばあちゃんの田舎で最後のゆうれいネムに出会う。
ゆうれいがいなくなったのは、悲しみを手放したことで、亡くなった大切な人を思い出さなくなったからだという。
ネムに導かれながら、ハジメと托鉢坊のゲンゾウ、動物保護活動家のミャオ・ター、それぞれが大切な人たちを思い出す。過去の大きな悲しみと共に。そして、ハジメも。
後悔を伴う悲しみは苦しい。思い出したくない。悲しみは人を壊すこともある。
そんな辛さを味わっても〈忘れない〉そのことを選択したみんなの気持ちに胸が締め付けられた。
登場人物や物語展開はユーモアさえ感じられるのに、訴えてくるものが深い。けれどその言葉はどこまでも優しく、美しい。
西村ツチカさんの挿し絵がまた良い。
単純に描かれているネムの存在感が曖昧でゆうれいらしく(って見たことないけど)、表情や仕草がなんとも愛らしかった。
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肝心なことがわからないまま、ぼんやりとラストを迎えるけれど、最後の最後にようやく謎が解ける。
ハジメのかなしみ。
ハジメのこうかい。
優しくて切ない物語。
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カ、カバーの女の子が光っとる(゚A゚;)!?凄い!とまず思う(^^)内容は難しい(--;)これ本当に児童書か?と思うくらいに(._.)「かなしみ」が薬で無くなってしまった世界、ゆうれいも絶滅寸前だという…(゜゜;)そんな世界があれば良いな~とも思うけれど、やっぱり「かなしみ」は必要(T-T)死後にお盆航空を利用したい(^^)
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最後の幽霊、悲しみのない世界というテーマや出てくるキャラクターはおもしろい。
なぜ悲しみがなくなったのかもっと早く教えてほしい。悲しみがない世界というのも漠然としていてリアリティがない。
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タイトルに、「さいごの」を付けるのは、ずるいなと思う。しかも、その後に続くのが「ゆうれい」ときたら、もう涙なしでは読めない作品なのではないかと、勘ぐってしまう。
私がこう思ったとき、あるわけがないと思いながらも、「永遠」というものを、信じたいのだろうし、それに縋りたいのだろうなということを、実感させられる。
要するに、最後なんて来ないでくれと、思いたいのだ。そんなわけ、ないのにね。
最後は、時に、別れということもできる。
おそらく、別れの際に生じるのは、「かなしみ」。
だったら、「かなしみ」がこの世から無くなれば、皆、幸せになれるのではという、ひとつの試みをしているのが、この作品。
ところが、無くなったからといって、幸せになれるわけではなかった。
悲しみを無くすということは、確かに別れた事実は無くなるが、その人の存在や記憶も、当事者の頭の中から無くなってしまう。
こう思い当たったとき、「あれ?」と思った。
いやいや、待てよ、だって、まず大切な人を失ったら、心が壊れるくらいの、言葉では形容しがたい、大きな痛みや苦しみ、そして、悲しみが付き纏って、とても辛いんだよ。
でも、その人の存在や記憶が、突然、私の心から消え去ってしまうことを想像すると(そもそも消え去った事実を覚えていない)、仮に失った後だとしても、それは、とても恐いし、辛く、悲しいし、それこそ、絶対に嫌だと感じてしまうだろう。
・・ということは、もしかして、この作品は、悲しみを自分の中で、自分なりに消化してゆく方法を、私に教えてくれていたのか、ということになるのだろうか。
詩人の、斉藤倫さんの作品では、これまで読んだ中で、もっとも完成度が高く、児童書の枠では収まらない、序盤の様々な伏線も見事な物語に、それぞれに過去の「かなしみ」を抱いていた、魅力的な登場人物たち(ハジメ、ネム、ミャオ・ター、ゲンゾウ)のエピソードを知ることで、改めて、「かなしみ」って、なんだろう? という難しくも向き合わねばならない課題を考えさせられ、「西村ツチカ」さんの可愛くほのぼのとした素敵な画が、物語を更に盛り上げてくれる。
また、私が特に印象的だと感じたのは、ハジメと、ゆうれいのネムの思い。
ネムが、ゆうれいは、「いる」ではなくて、「ある」が正しいと言い張りながらも、時に、矛盾した言い回しをする、その裏にある思いと、ネムが「おいしい?」と聞いて、ハジメが「おいしい」と答えた、ただ、それだけのことを、何年たってもハジメが繰り返し思い出す、その真意を、読み終わった後に理解したときの切なさは、何とも言えないものが。
しかし、結末が「かなしい」のかというと、案外そうでもなく、子供たちには、人として、ひとつの成長を感じるだろうし、大人にとっては、悲しみと寄り添って生きていくことへの、ひとつの励みになるのかもしれないし、ゆうれいという、存在を通じて、人が人を思い続けることの意義を、実感させられたことは、私にとって、最も大切なことのように感じられた。
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小5のハジメは、科学者のお父さんと二人暮らし。お父さんの仕事が忙しいので、夏休みはおばあちゃんの家に行くことになる。田舎の町には最近飛行場ができた。飛行機好きなハジメは毎日飛行機を見に出かけた。そしてお盆航空に乗ってやってきた女の子ネムとであった。ネムは、最後のゆうれいなのだという。トラのようなミャオ・ターと虚無僧のゲンゾウの4人で、消えて無くなりそうなゆうれいの国を救いに行くのだが…?
児童書らしい空想物語などと思ったら大間違い。悲しみとは何か、人を思う気持ちとは…奥が深い話だった!
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やっぱり斎藤倫さんは素敵だ。
表紙と題名だけだと内容の予想がつかない。
まあゆうれいは出るだろうなあっとは思ったけど。
今時期に読むのにぴったりじゃん、と読みながら思う。
お盆航空の飛行機に乗って帰ってきたネム。
最後に明かされるその名前の由来にわああああっっっとなる
かなしみや後悔がないってどんなかな
それを大幸福時代と呼ぶ、と言う言葉の使い方に感動。
さすが詩人
忘却は悲しみを癒すくすりだというけれど
文字通りその薬ができてしまうとは。
悲しみを手放して、幸福に生きる。
悲しみで体をいっぱいにして、どうしようもない笑みを浮かべつつ生きる。
どっちを選ぶのか。
沈んでしまいそうなほどの悲しみってどんなだろう
できればそんなもの感じずに生きたいようなきもするし、
それほどの悲しみを生み出すほど誰かを愛したいような気もする
さいごのゆうれいは
さいごにはならなかった
死んでしまったものは誰かが思い出さなければ死んだままだが、思い出す人がいる限り、消えはしないんだよなあ。
かなしみやこうかいを手放して生きる 幸福な生き方が
権力にとって操りやすく都合がいい、というのにちょっっとなるほどなーーっと。
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最高な物語です。最初読んだ時は、どういうわけかわからなかったけど読み終えた時に読むとなるほどと思えました。
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「かなしみ」という言葉がもはや死語となっている時代に生きるぼく。
小五のなつ休み、父親が仕事で忙しいため田舎のおばあちゃんのお家に預けられた。そこはすぐ近くに飛行場がある。飛行機を見るのが好きな僕は、毎日毎日、飽きもせず飛行機を見に飛行場へ行った。
ある日、見たことのない飛行船のような機体が遠くから降りてきた。それは滑走路を外れて着陸した。様子のおかしい飛行機をじっと見ていると、開いた機体からたった一人の小さな人影が降りてきた。その子は自分のことを「ゆうれい」だって言う。
途中で断念しそうになりましたが、最後まで読んで良かったです。
自分はファンタジーがあまり得意ではないのだなと改めて分かりました。入り込むのに時間がかかりました。
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表紙と本文のイラストに惹かれて読み始めた。飛行機が大好きな少年が、祖母のもとで過ごした夏休みの不思議な出来事。
イラストが物語を優しく解説してくれて、内容が理解しやすかった。クライマックスで一気に伏線が回収されていく。切ないが、前向きになることを教えてくれる小説だった。
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小5の夏休み、ちいさなゆうれいと出会う。さいごのゆうれいかもしれないと告げられたぼくが選んだこと。
かなしみって何だろう。かなしみはない方がいいのか。かなしみをなくすために忘れた方がいいのか。西村ツチカの挿絵と共に、静かに問いかけてきます。
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ほんとうにこの人の「誰もが感じているけど気付いていないことを、言葉で掬い取る」力にはまいる。
夜に車の中から見えるガードレールを「振り下ろされて、でもずっと叩かない鞭」に例える表現には鳥肌立つ。
この〈大幸福時代〉の先、私が生きたいのはそこ。
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読み終わったけど…なんというか…
すごいとしか…
ゆうれいの数が減っている原因がとてつもなく切なくて…
斉藤倫さんの心理描写も綿密で、ゆっくり味わいました。