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民衆思想史の名著と名高い『日本の近代化と民衆思想』著者による、主として方法論に関する論考をまとめたもの。
まずは「はしがき」において、著者自ら自身の研究の軌跡を振り返りつつ、本書全体の見取り図を簡潔に示してくれる。「歴史家とは、史料と「事実」とを特定の場における時代性とのかかわりで理解・解釈する立場を選んだ者と考える」
収録されている文章は、1960年代のものから90年代にまで亘っている。
色川大吉の『明治精神史』が数編の論考で紹介され論じられているが、作品の画期的性格、生き生きとした叙述の素晴らしさを率直に評価しつつ、方法論に特異な性格を見出だしている。
第四章の「『民衆思想史』の立場」は、著者の"通俗道徳"論に対する批判を受けての反批判なので、著者の方法論的立場が鮮明に分かる文章となっている。
第十二章「日本の近代化についての帝国主義的歴史観」、第十三章「反動イデオロギーの現段階」は、「近代化論」に対する批判の言である。戦後歴史学の主流であった講座派マルクス主義=戦後歴史学に対抗する形で、近代化論が日本の論壇を覆い始めた。高度成長という時代もあり、日本の近代化に対する肯定的評価が出てきた。それらの見解のバックボーンとして、圧倒的影響力を持ったのがロストウやライシャワーであり、彼らの論におけるアメリカ帝国主義のイデオロギー性を、著者は鋭く剔抉する。
この辺りについては時代を感じるが、著者はソ連崩壊もあった30年後の単行本化での〈追記〉として、「この小論でとりあげられているような近代化論が一方的に勝利すれば、それは人類にとってもっとも悲惨な結果をもたらすだろうと考える点では、いまの私もたいして変りばえしていない」と言う。その矜持が素晴らしい。