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「自分はただ、腹立たしいほどの高みにいるあの星を、今もぽっかりと仰ぎ続けている」
偉大な絵師である父と、その父の筆を引き継ぐ異母兄。
河鍋暁翠こと”とよ”の前に立ちはだかる二つの星はあまりにも眩しすぎる。
絵師としての才に恵まれた二人に追いつこうとするも遠く及ばず、とよは己の画力に嘆いてばかり。
けれど嘆いてばかりもいられない。
時代とともに周囲から求められる画風も移ろい、時代遅れと見下される父と異母兄の絵を守るため一人奮闘する。
偉大な星の眩しさを知る者としての務めを果たせるのは、己しかいないのだから。
明治から大正を生きた女絵師の半生を描いた物語。
朝井まかてさんの『眩』とつい比較してしまう。
奔放な絵師を父に持ち、幼い頃から絵筆を持たされた女絵師。目の上のタンコブ的父の影響力は、生前はもちろん死してからも変わらずに娘の行く手を阻むもの。
肩の上に勝手に置かれた重石を取り除くことができず苦しみながらも、絵筆という特殊な武器を持った女たちは、やはりさっぱりとしてカッコいい。
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思えばもう4年前。
『火定』で初めて澤田さんの作品を読み、数年後のコロナ禍を予期していたかのような天然痘パンデミックを迫力のある描写で現代に蘇らせた力量に感動し、この回の直木賞は決まりだと思いました。
しかしよく分からない理由で落選し、その2年後。
『落花』で再び澤田さんの作品を読み、相変わらずの古代に対する造詣の深さと確かな筆致に安心感を覚え、この回はレベルが高くてちょっと厳しいかもと思いつつ、リベンジを期待しました。
しかしリベンジは果たせず、さらに半年後。
『稚児桜』で能をモチーフにした様々な物語を現代の読者に分かりやすく提示し、短編の面白さを再認識させてくれたサービス精神に好感を持ち、当時星5つをつけさせていただきました。
しかしなぜか酷評の嵐で、またしても箸にも棒にもかからずという・・・。
いい加減獲らせてあげてくださいよ。
そして今回。
天才絵師であった父親が亡くなり、残された娘が時代の流れに翻弄されながら絵師として明治・大正を駆け抜けるという女一代記の作品です。
悩み苦しみながらも前に進んでいこうとする主人公の女性の造詣が素晴らしいです。
抜群の安定感。
自身の過去作や他の候補作と比べてこれが優れてるとか劣っているとか、そんなことどうでもいいじゃないですか。
相対評価じゃなくて絶対評価で見て欲しい。
大事なのでもう一回書きます。
いい加減獲らせてあげてくださいよ。
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河鍋暁斎の娘、とよ(暁翠)の物語。
父であり師であり、偉大な絵師だった河鍋暁斎の葬儀の夜から物語は始まる。とよには姉、兄、弟、妹がいるが、姉は河鍋の家と関わりを持とうとしない。兄は喪主は務めたものの、後始末もせずに家に帰ってしまう。
他家に養子に出された弟はへらへらとだらしがなく、妹は病弱。
河鍋の家の諸々を引き受けながら、妹と細々と暮らすとよ。しかし五歳から父に手ほどきを受けた絵は常にとよの傍らにあった。
変わりゆく時代や人の心、人の浮き沈み、出会いや別れに翻弄されながらも、とよは絵をやめなかった。それは、心の中に軛(くびき)と言っていいほどの父の存在があったからだった。
本作では、絵を描くシーンの描写はそんなに多くはなく、家族や周囲の人々との人間関係や、父暁斎への愛憎、絵に対しての葛藤の要素が大きい。
それと、明治という時代柄、変化してゆく東京の景色が詳細に描かれている。時代とともに絵の流行りも変わってしまい、河鍋暁斎は過去の人となってしまう。その影響はとよの周囲の人にまで及ぶが、とよは抗う。
普通の父親らしいことは何もしてくれなかった父暁斎。兄弟との縁も薄いとよだが、特に兄周三郎とは仲が悪かったけど、不思議と通じ合うものがある事が徐々に分かってくる。
家族とは何か、血のつながりだけのものなのか。父暁斎や周三郎とは何で繋がっていたのか。とよにとっての河鍋暁斎とは、何の為に絵を描くのか。時代は大正になり、東京の景色は更なる変化を強要される。その果てに、とよはどのような答えを見つけるのか。
生きる目的を見出しにくい現代の人々の心に刺さる一冊。直木賞受賞、納得。
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有名な絵描き師の一家に生まれた主人公。始めは絵を恨んでいたが偉大な父、そして兄弟が亡くなり自分しか絵の流派を繋ぐ人はいなかった。そこで父の偉大さを感じていた。これは現代にも当てはまり、いなくなってから気付くこともある。日々を大事に生きて何かを感じる必要があり、それを次世代に受け継ぐ必要があると感じた。
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河鍋暁斎の娘、とよの生き方は何と苦しいものだろう。己の能力の限界を感じなら生きるつらさが、ひしひしと伝わってくる。
さっさと他の生業に転じれば良いものを、それができず、ただひたすらに絵師の道を進む姿がなんとも息苦しい。
その一方で、こうも人生をかけて悩み抜くようなものがあることが羨ましくもある。
いや、でも辛すぎるかな…。
暁斎の絵を眺めてみたくなりました。
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河鍋暁斎の娘、とよ。彼女の絵師・暁翠としての半生を描く。
蛙鳴く かざみ草 老龍 砧 赤い月 画鬼の家
主要参考文献有り。
奇才・河鍋暁斎の死。
当時22歳のとよが河鍋家の諸事を引き受けることになる。
複雑な兄弟・姉妹の関係にある、軋轢。
暁斎の弟子や支援者との関係。
父・河鍋暁斎の存在と影響は、死してもなお、彼女に絡みつき、
苦悩の道を歩ませる。画鬼の家に生まれた者の葛藤は半生を覆う。
明治から大正の時の移ろい、時代の変遷。
日本の美術界の変化と流行。
父との紐帯は画技。捉われた兄の生き様と死に様。
父と兄を憎みながらも、手放せぬ愛着。それでも絵を描く、とよ。
その紐帯は近しい人々にも影響を与えていたのか。
酒問屋の8代目・鹿島清兵衛は養子先を追われ、妾と共に生きる。
真野八十吉と息子の八十五郎、孫の松司は、絵を描く道に
捉われ、おこうは彼らに絡みつく“絵を描く事”に嫉妬する。
57歳に至るまでの、とよの煩悶の奥深きこと・・・。
読んでる自分も、その葛藤に悶々としてしまいました。
だけど、老いた清兵衛の「人は、喜ぶために生まれてくる」
という言葉に、目の前が開けたような心地がしました。
残されたのは絵だけでない。
言葉にして生きた事実を残すことも大事であり、
とよでなければ出来ないことである。それは画鬼の家に
生まれた最後の者の務め。確かに輝いていた星があったこと。
だからこそ、現在の私たちに河鍋暁斎を知る喜びを
与えてくれるのだと、思う。
村松梢風の『本朝画人傳』と、
鹿島清兵衛がモデルという森鷗外『百物語』は読んでみたい。
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1年くらい前に、美術館で暁斎の絵を見て、幅広い画業(鳥獣戯画から観音菩薩像から…)に驚きどんな人だったのか?という思いが残っていた頃、直木賞受賞を知り、この本を手に取り読み始めました。
画鬼・河鍋暁斎を追いかけ、超えようと藻搔く、兄周三郎、他の姉弟妹、父の生前から世話になっていた弟子達、それぞれの葛藤や苦悩が、手に取るように身近に感じ、大変面白く読めました。
江戸末期から明治、大正の時代、関東大震災頃まで、時代の混乱もあり、西洋の文化も急に入り込み、日本画の好みも変化する中、父の偉業を、常に背中に負いながら、絵を描いていく、とよ。
最後に残された一人として、自分の努め、暁斎の事を話す事を決めた、
清兵衛の「喜ぶためにこの世に生まれてくるんじゃないですかね。」の、この言葉に共感。
星落ちて、なお
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絵師として、父や兄を超えることができないと理解しつつ、もがきながらも自分の置かれた場所を理解し、妥協せず生きている。私はそういう生き方をする女性が好きだ。
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画鬼、河鍋暁斎の娘、とよ(暁翠)の伝記風小説。
江戸、明治、大正という変革の時代を生きたひと。
大きな時代の変化、文化の変化を生き、そこで思う家族と宿命のこと。
辛辣に明治期の美人画を見る目、偉大すぎる父の重圧、結局のところ人の人生にさだめを求めても苦しいだけだ。
どれだけ史実かわからないが、江戸の女性のほうが働き、自立していたというところ(女性は家を守るべし、はどこからきた概念なのだろう)
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西洋絵画の影響で日本画の評価基準が移ろうなか、父・河鍋暁斎から学んだ自分の絵画を貫いた娘・とよの半世を描く物語。
とよを取り巻く人々の栄枯盛衰を含め、膨大な資料に基づき書かれていると思われる力作。
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いつもでしたら、文庫化を待って購入するのですが、今回は単行本で早く読んでよかったと心底思っています。
元々、絵師が題材の時代小説は大好きです。河鍋暁斎は好きな絵師でもあります。
その娘の生涯は苦しく、足掻いても、どんなに求めても、父どころか兄にも届かない。
しかも時代は江戸から明治・大正と変わる中で己の絵と河鍋暁斎・画鬼の血を引くものとしての矜持が身を引き裂くような辛さが文面から感じられます。
こうした人生を送ることは、私のような平凡な人間からみるとある意味では幸せなのかもしれませんが、巻き込まれた己も家族も辛いのも理解できる。
それでもその人生は落ち行く星が最後まで輝くように今の私たちのもとで輝くのではないかと思うのです。
直木賞をとった取らないではなくても、この作品は胸を打ちますし、これからも何度も読み返すのだと思います。
怒涛の一気読みでした。読む手が止まりませんでした。
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河鍋暁斎の娘とよこと暁翆の物語。絵師としての苦悩、暁斎への師としての尊敬と憧れに対して父としての反感などの家族への思いを激動の明治大正の世相の中で描いている。画壇の雰囲気も伝わって興味深かった。
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苦手な歴史小説も、河鍋暁斎のことなら、と思って読んでみました。
画家の矜持の持ち方を、夫婦や家族の縁を絡めて描く、作者の力量を感じた。
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納得の直木賞受賞でした…。
お恥ずかしながら、河鍋暁斎が分からなかったんですが、あのけっこうアニメっぽいおかしみがある日本画の人だったのか…。
父と子、兄と妹、夫婦…それらを繋ぐのも、引き裂くのも、”絵”だけだった家族がいた。
芸術に狂った人間の業。
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絵を描くことの歓びに気づくの,もっと早かったらと思った.
「ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙」の芳(国芳の次女)もそうだったけど,父親の愛情をもっと信じてもいいんじゃないかと思う.
作者澤田瞳子さんのお母様の澤田ふじ子さんも作家ですよね.親子で同じ職業って,やはり人知れない葛藤があるんだろうな.