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『魔女街道の旅』が物足りなかったので、「魔女狩りの地を訪ねるトラベラーズガイド」という似たような構成の本書を読んでみました。
(原題は『Witch Hunt A Traveler’s Guide to the Power and Presecution of the Witch』)
イタリア・フィレンツェから始まり、イタリア・シエナ、ジェノヴァ、ヴァティカン、フランス・ルーアン、パリ、ドイツ、アイルランド、イングランド、スコットランド、アメリカ・ヴァージニア州、マサチューセッツ州セイラム、ニューヨークと魔女狩りの地を訪ねる。
魔女狩りの記念碑が立っていたり、ガイドツアーのテーマになっていたり、拷問具が展示されていたり、魔女術の土産物屋があったり、ホテルになっていたり、どこも観光地化してるんですね。
悪文というか、著者の独特の書き方(観光地を歩いていると、その地で犠牲になった女性の霊が現われてしゃべりだすとか、ときおり挟みこまれる皮肉めいた話し言葉とか)と、なんでこんな漢字を当てているの?という日本語訳もあり、非常に読みにくいんですが、「この場所を訪れて私はこんなことを感じた」という雰囲気は伝わってきます。
なんでもかんでもジェンダーにつなげてしまうのはどうかと思いますが、フェミニストである著者の視点から魔女狩りの歴史が語られているのもおもしろいです。
次々と夫を変えた女性が性愛魔術を使ったとして迫害されたとか、魔女とされた娼婦たちがいたこととか、エロティックで淫らな魔女の絵画に反映された男性たちの欲望とか、魔女とセクシャルは無縁ではないのですね。
特に「老婆=魔女」という、今まで読んだ魔女狩りの本では朧げに書かれていたことが追究されているのも清々しい。
著者は否定的ですがジャンヌ・ダルクのトランスジェンダー説なんかもあったり。
いくつもの論文が引用されており(さすがに欧米だと魔女狩りって研究対象なのか)、天候悪化、宗教的対立、性的差別など、迫害の対象となった女性像が論じられているのも興味深かったです。
以下、引用。(長くてすみません)
〈西洋世界における邪悪な魔女〉は、慈悲深く野蛮な地母神にも、メソポタミアのリリトゥのような女怪にも遡ることができる。このリリトゥは、ユダヤの説話にあるアダムの最初の妻にして、子供を喰らうスクブスでもあるリリスの原型だろう。リリスがアダムに性的に屈従することを拒み、真夜中に金切り声を上げると、彼女の肥沃な三日月地帯は無数の悪魔や悪霊の繁殖地となった。
魔女狩りの時代には多くのヨーロッパ人にとって魔女の女王となり、今日の多くのフェミニストや魔女術の術者にとっては反家父長制の急先鋒となったのだ。
魔女の歴史におけるもう一人の重要な古代の存在がエヴァだ。蛇の姿をしたサタンの手下に唆された彼女は、神の命に背いて知識を欲したためにアダムと共に楽園から駆り出され、おかげでキリスト教の神話では女は永遠に信用ならない、男の堕落の原因という烙印を捺されてしまった。この起源説話におけるエヴァの行為は、過去ニ〇〇〇年にわたってキリスト教のジェンダー概念に深刻な影響を与えた。
本書を通じて何度も何度も立ち上がってくる女始祖はリリスとエヴァだ。
魔法使いの概念は、現存するフィクションからもノンフィクションからも拾ってくることができる。
ウェルギリウスの『詩選』には、ラテン語文学で最初期の「魔術儀式」という言葉の用例がある。詩人はそれを、ホメロスの『オデュッセイア』に出て来る邪悪な誘惑者としての魔女キルケーに帰している。
ホラティウスの『諷刺詩』は、カニディアというキャラを通じて妖婉なキルケーをパロディ化している。彼女は恐ろしい老婆で、独自の復讐的でエロティックな呪いを掛ける。
ルカヌスの『内乱記』(それと、遥か後の、ダンテの『神曲』とゲーテの『ファウスト』)に出て来るテッサリアの魔女エリクトーもまた恐ろしい老婆で、降霊術関係のよからぬことをやらかす。
一世紀には大プリニウスが『博物誌』の特に乱暴な悪口で魔術を「あらゆる術の中でもっとも詐欺的」と断じていて、これは魔術に興じるペルシア人やブリトン人などの下等な異邦人を婉曲に貶しているのだ。
占星術の異教的な過去を上書きする過程で生まれたばかりのキリスト教は黄道十二宮の意味を変え始めた。一ニの星座は、イエスの一ニ人の弟子を表すようになった。太陽はキリスト自身で、日曜日に崇拝される。黄道十二宮のキリスト教化には何世紀も掛かったけれど、改宗者ヴェローナの聖ゼノは、四世紀にキリスト教神学と占星術との間の緻密な繋がりを提唱した。
「通常、[占星術の]人気の形態はもっぱら月相と関係するもので、他の天体の動きによるものではなかった。その理由は単純で、月の方がよく目立ち、その動きも解り易いからである」
「詳細な図によって、さまざまな活動に対して月齢のどの日が善いとか悪いとかが示されていた」
カード占いは古代中国とエジプトで行なわれていたけれど、今日の私たちが知るタロットはイタリアのカード・ゲームであるタロッキの直系の子孫だ。
魔女術の告発は、しばしば占いの告発と同じ口から発せられた。イタリアでは、性愛魔術の実践者とホロスコープや占いの提供者はしばしば記録上で重なっている。彼女らはほとんど常に女性だ─そしてヴェネツィアやローマ、モデナ、シエナなどの都市では、彼女らはしばしば娼婦でもあった。
本書は魔女たちについての本だけれど、ある意味、聖女たちについての本でもある。両者は同じコインの両面なのだ。
最近の研究では、最も恐ろしい魔女狩りの嵐が吹き荒れたのは、カトリックとプロテスタントが信者数を巡って熾烈な争いを繰り広げていた地域だと判明している。
『ゲーム・オブ・スローンズ』のタースのブライエニーなんて、まさにジャンヌ・ダーキタイプの典型。
時にジャンヌは、自分が男装するのは神の御意志だから着替えることはできませんと言った。またある時には、男装の方が性的暴行から守られていると感じるという事実をほのめかした。
過去数十年の間、ジャンヌのジェンダー不適合は彼女がジェンダークイアもしくはトランスジェンダーだったことを示している、と論じた人も���た。
ミシュレニよれば、魔女狩りは特に女性を弾圧するための手段で、魔女は実際には賢明な薬草学者、占い師、性的に啓蒙された存在であって、キリスト教の敬神と禁制によって痛め付けられてきた人たちなのだ。
「ミシュレにとって魔女とは、封建領主とカトリック聖職者の下での性暴力と慢性的飢餓によって過激化したごく普通の農民であった」
魔女はまた、性的に放蕩で、羞恥心という枷を外れて自由に跳ぶことができる。彼女は望まぬ妊娠をした哀れな少女に堕胎の薬草を提供するけれど、妊娠できない女性にも同じように薬草を与える。
国立博物館 リシュリウ
ペール・ラシェーズ墓地
魔女はだいたい女性で、何故なら「魔女術は肉欲に由来するものであり、女の肉欲は飽くなきもの」だから。
ゲーテ『ファウスト』
「ドイツの魔女狩りにおける魔女は、先ず第一に天候魔術師であった」
「魔女のサバトの唯一の要諦は、魔女に集団で天候魔術を行なう機会を与えることであると見做されてきたと思しい」とディリンガー。
「極めて多くの事例で、不作の地域や村を襲った雷雨や霜は魔女狩りを引き起こした」。
「バルドゥングの下劣な魔女は、男たちが必死に拒絶しようとするあらゆるものを提示することで、彼らが実際には熱望するものを立証している」
「一五世紀から一七世紀には、民間療法が地下に駆逐され、多くの女性治療師が魔女として迫害された」
ブリテン諸島では、しばしば「カニング・フォーク」と呼ばれた民間治療師は、明瞭な魔術=医療階層の一部だった。
「カニング・フォークは常に……医療、魔女、占術のさまざまな側面に向けられた名もなき術を扱っていた」
動物の使い魔はイングランドの魔女術特有の特徴
ヨーロッパの悪魔や魔女は時々動物の姿をとると信じられていたけれど、使い魔が動物というのはイングランドだけだ。
「ヨーロッパの魔女は悪魔の愛人であるが、イングランドの魔女は悪魔の母なのだ」
「あるいは恐らく、むしろ、イングランドのコンテクストにおいては、性と母性と悪魔は複雑に一体化している」
女たちの間での魔女術の告発は、イングランドでもどこでも全く良くあることで、だから一部の学者はそれを、魔女狩りの原動力がセクシズムではないことを示すものとして挙げている。だけど、現代のジェンダー理論家の見解によれば、システムとしての家父長制は男性のミソジニー、それと内在化された女性のミソジニーによって規定され具体化されたものだ。このセクシズム体制の中では、女性は生存のために他の女性と戦うよう社会化される。
女性同士の間での魔女術の告発は「男性の体制と繋がりを持ち、それを補強──もしくは、再構築するために作用していた」
この絡繰りはまた「がみがみ女の馬勒」とも呼ばれていて、歯に衣着せぬ老婆や噂話に耽る女性に対して使われた。口をつぐまないと、文字通りこいつに黙らせられることになる。
「一五五〇年以前の数世紀、人々は既に魔女を信じていた。良からぬ呪いを掛ける邪悪な老婆は、標準的な民話のキャラクター��あった」
北欧では、魔女は嵐を起こすことができると一般に信じられている。
ニューイングランドの魔女術実例では、騒々しい喋り方はしばしば、その女が魔女である証拠として採用された。
「裁判記録によれば、この三人のチェサピークの旅人たちはいずれも老齢である」
「もしかしたら、これらの女性たちの行動上の何か──身体的特徴、病気、不随意な痙攣、呟くような祈り、迷信的な行動、あるいは不快な気性──が、魔女の証拠のように思われたのかもしれない」
「すなわち魔女とは老婆であり、特に海に対して悪さをするに違いないという先入観である」
嵐を起こす魔女は、初期近代のイングランド、スコットランド、スカンディナヴィアの魔女伝承に見出すことができる
「天候の魔女」はドイツの魔女の間でも一般的であった
一六四〇年代に内戦がエスカレートすると、イングランド東部で魔女狩りは血みどろのたけなわを迎えた。
宗教的覇権を巡る戦いで互いにプロパガンダの限りを尽し、互いに相手を悪魔化せんとする議会派と王党派
「私たちの社会は、人々を〈他者〉として迫害することに長けています」
ハロウィンのルーツはヨーロッパの燃えるような収穫祭にある。例えばサムハイン、ケルトの「夏の終り」の祝祭で、冷たく暗い半年に備える死と再生の時だ。
グッドは乞食で、無法で攻撃的な話しぶりで知られていた。オズボーンはほとんど教会にも参列しない宿なしで、ティテュバはパリス師がバルバドスから連れてきた奴隷女だった。
アーサー・ミラー『るつぼ』
ホーソーン『七破風の家』
ジュディ・シカゴ〈ザ・ディナー・パーティ〉
魔女狩りの原因の長いリスト
世代的、性的、経済的、宗教的、階級的対立。イングランドから持ち込まれた宗教的悪意。食料汚染。寒冷な気候下の温室的宗教。ティーンエイジのヒステリー。詐欺、税金、陰謀。政治の不安定。インディアン襲撃のトラウマ。そして魔女術それ自体。