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2014年から8年間、セリーグの覇者として君臨し続けた落合ドラゴンズ。文句のつけようのない実績を残しながら、ファン(実際は好きかそうじゃないか意見は分かれるところ)・フロント・ドラ番記者から讃えられるどころか、むしろ嫌われた。本書は川崎憲次郎・福留孝介、荒木雅博…12名の男たちの眼を通して語られる異端の将 落合博満の実像とドラゴンズの変貌を迫ったドキュメント。
著者は日刊スポーツの元ドラゴンズ担当記者。ドラゴンズの次期監督として噂されはじめた直後に、上司命令で〈落合氏監督招聘〉の記事掲載の断りを入れてこい!とパシリとして接触。以降、監督辞任までの8年間、落合から片時も目を離さず追い続けた。終始、番記者を寄せ付けない姿勢を取り続ける一方で、ひとりで取材にやってきた記者にはちゃんと向き合う落合。ならば、近づいてやる!と徐々にその距離も縮まっていき、禅問答ようなやりとりの中に隠された真意を見出すまでの関係に至る。落合をリスペクトはしていても、筆はオマージュには走らず偏らず、常に緊張をともなった距離感を保ちつつの筆致が清々しい。
本書は初年度の開幕戦から始まる。故障で1軍マウンドに立ていない川崎憲次郎を開幕投手に抜擢したあの試合。以降、生え抜きの立浪を控えに、優勝に貢献した投手コーチを情報漏洩の嫌疑で解任、大記録を目前にした山井の交代、名二遊間アライバのコンバート等物議を醸したあれこれに対しメディアは狂騒するも、どこ吹く風を言わんばかりにダンマリを決め込む落合。親会社が新聞社であろうが忖度せず、徹底した情報管制を敷き、また当該選手にも扱いをめぐっての説明も行わず、目指す野球の確立と目の前の試合の勝利だけに傾注する姿を活写していく。
落合が何よりも大事にしたのは契約時に交わしたオーナーとの約束と契約書。とにかく優勝の大号令と成績に応じて支払われるインセンティブ。『勝つことが最大のファンサービス、勝てばスタジアムに客は来る』と信じて疑わず、勝利に向けてひたすら確実性の高い戦法を取る。落合は自著『アドバイス』〈ダイヤモンド社〉の中で、監督在任中『なぜベテラン中心の起用だったのか?』『ドラフト会議で何故即戦力の投手に偏った指名をしたのか?』について訊かれたことについて述べている。理由は明白。監督就任を打診された際、オーナーから「毎年優勝を狙えるチームにしてほしい」と懇願されたから。もし、5年間下位でもいいから育成を…と、言われていればまったく違ったと。
選手の起用はゲームに必要なピースであるかどうか。ヘッドスライディングは禁止。低目には絶対手を出すなと徹底。相手投手に1球でも多く投げさせ、リーグトップの毎年年間450個以上の四球を取り、自滅を誘い、それに乗じて得点を重ね、計算のできる投手リレーで守り切る。打撃は良くて3割、守備なら10割を目指せると考え、打撃にロマンを求めず、ヒットやホームランを連ねなくても得点できる仕掛けを打線に施した。偶然性に頼らない、限りなく勝利の可能性を高める野球。
勝つことに徹した落合は4回の優勝をもたらす。野村克也5回、星野仙一4回と比べても何ら遜色の無い成績に加え、全てAクラスはふたりを凌ぐ。にもかかわらず名将という冠は授けられない。そこに明らかに授けたくない、意趣返しにも似た意思が働いているように思えてならない。
結局行く着くところ、著者も選手もファンも、こぞって〈落合博満とは一体何者なのか?〉という大疑問にぶち当たる。落合は常にベンチの決まった場所から無表情で試合を眺め、感情を露わにすることはまずない。投手交代時にマウンドで見せる笑顔に、温かみを感じ救われた気分になる。
2011年、監督最終の年、見事優勝を飾るも球団は首を切る。ようやくこれで呪縛から解き放たられると言わんばかりに。そう、球団は〈落合嫌い組〉の筆頭であった。著者は落合と球団の暗闘をほどほどに、筆は落合と関わった選手・コーチ・裏方…との骨太ドラマに向かう。中でも川崎と荒木の章は鼻の奥がツーンとなったほど深い愛情が溢れる。
選手は落合からかけられた短い言葉の裏に潜む『真意』をつかもうともがき、懊悩する。落合はノックで、打撃指導を通してプロ意識の注入も行う。『俺は好き嫌いで起用はしない、必要かどうかで判断。ただ必ずしもそうではない。嫌われても使わざるを得ない、圧倒的な力を持った選手になれ!』
落合は無言でプロフェッショナルとは?金をもらってプレイ(仕事)することとは?と常に問いかけたが、それをフロントにも記者にも求めた。
著者は、8年前カメラマン席にやってきた落合からかけられた言葉を思い出す。『ここから毎日バッターを見ててみな。同じ場所から同じ人間を見るんだ。それを毎日続けてはじめて、昨日と今日、そのバッターがどう違うのか、わかるはずだ。そうしたら、俺に話なんか訊かなくても記事が書けるじゃねぇか』。本書の帯の惹句〈落合がなぜ語らないのか、いつも独りなのか〉の理由がそこにあったのか…合点がいく。
本書はプロ野球というジャンルを超え、コーチングやリーダー論のテキストとしても十分に値する好著。それだけに、現在胸突き八丁の真っ只中にいる矢野くんに読んでもらいたいと切望する一冊。
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落合監督時代に何が起こっていたかを知ることができた。プロフェッショナリズムとは契約であり、技術であり、自分のことは自分で考える姿勢であり、小さな変化を見逃さない観察であり、勝つためのある意味非情な戦略のことでもあろう。極めて高いレベルの集団での戦い続けることの真摯さを学ぶことができた。落合監督の見せてくれたことがどのくらい継承されているのであろうか?
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中日ドラゴンズで監督を務めた8年間、ペナントレースですべてAクラスに入り、日本シリーズには5度進出、2007年には日本一にも輝いた。それでもなぜ、落合博満はフロントや野球ファン、マスコミから厳しい目線を浴び続けたのか。秘密主義的な取材ルールを設け、マスコミには黙して語らず、そして日本シリーズで完全試合達成目前の投手を替える非情な采配……。そこに込められた深謀遠慮に影響を受け、真のプロフェッショナルへと変貌を遂げていった12人の男たちの証言から、異端の名将の実像に迫る。
ただ、自分自身のポリシーを貫いた8年間だったことが分かる。力作であった。
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途轍もなく面白いです。面白い、というか、興味深い。勿論、落合博満というプロ野球界の稀代の傑物を描いたノンフィクションとして、大変に面白い。そうではない目線として、この一冊を書き切った、鈴木忠平という一個人の作品としても、大変に面白い。あの時代の、中日ドラゴンズの選手たちの物語としても、大変に面白い。面白い箇所が多すぎる。なんというお得な内容なんだ、とね。驚嘆します。
自分は、この本を読む前から、落合博満という野球人の完全な大ファンでした。ですので、その大の落合ファンがこれほどの力作を読んだら面白いと思うのは当然、という気もします。
それならば、落合博満という人物を一切知らなかった人が、なにかのきっかけでこの本を手に取り、読了し、果たしてどのような感想を抱くのか?ということには、興味はありますね。
落合さんファン以外の方々に、この本は、どういう存在となりうるのか?うーむ。気になる。気になるなあ。ま、自分にとっては、墓場まで持って行くレベルの超名著です。
本当に些細な瑕疵(かし)をいうならば。これは本当に些細なものです。この作品の素晴らしさを損なうものでは決してありません。あくまでも、個人的な思いです。本当にわずかな瑕疵。玉に瑕(きず)。
それは、あまりにもハードボイルドに過ぎる。あまりにもトーンが暗い。あまりにもドラマチックさを強調しすぎている。あまりにも落合さんがヘヴィーなキャラすぎる。というところ、でしょうか。これはあくまでも、僕個人が勝手に思ったことです。個人の好みですね。
落合さんという人物を描いた書籍としては、テリー伊藤さんの「なぜ日本人は落合博満が嫌いか」2010年刊行、が、どちらかというと硬軟織り交ぜた絶妙の落合博満人物論だと思います。それと比べると、鈴木忠平さんのこちらはマジでガチの硬派。がっちがち。ダイヤモンド。金剛石。剛よく更にガンガンに剛を制す、みたいな感じ。
両方読むと、バランスよく、落合さんってどんな人?ってのが分かるかなあ?とかね、思った次第ですね。
まあとりあえず、ホンマに面白い本です。超素晴らしいです。今後、じっくりと、この本の素晴らしさを書き加えていきたいなあ、とかね、思う次第ですね。
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Cool head、Warm Heart
■概要
勝負に徹して嫌われた落合。リーダーとして当然のことであり、プロフェッショナルである。
一方でそれが本当に正解なのか?落合自身にも葛藤があったのではないか?落合とはどういう人間なのか?最後まで真相は分からず、それが嫌で落合を遠ざける人は多い。それに対し、落合政権8年間の密な取材を通し、落合の考えや言動そのものと、それが組織に与えた影響を解き明かしていく。
(抜粋)
04年日本シリーズの情と失敗
07年日本シリーズの完全リレー
11年のアライバコンバート…
実は情に厚い落合が徐々に徹底的に合理的な判断をする経緯が分かる。
06年リーグ優勝と涙
11年ヘッスラ荒木への声かけ
一方で、勝負所や最後には情が残っていることも分かる。
■所感
人生の師から贈られたこの言葉。
くしくも私が師と過ごしたころ、落合がそれを最も体現していた時期だったとは。
中日ファンにとっては、黄金期の回顧録やドキュメンタリーとして読んでも面白い。しかし、それ以上に得るものというか伝わってくる何かがあった。落合だけでなく、当時の選手の心情を深く取材し、編成担当やスカウトの声もあり、当時のチーム状況と個々の心理がよく伝わってきた。
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人をくったような顔で愛想の無いコメントしか言わない独特のキャラクターが私の顔が似ていると言われていたこともあっていつも気になる存在だった。週刊文春の連載が時々ネットに流れてきて、その文章を読んだりしていたが単行本になっているのを知らずにいた。アマゾンで売り切れているのを知ってから近くの書店で探してもらったが在庫はなかった。翌週購入することができ、早速読んだ。ものすごく面白く、時には涙を流しながら読んだ。落合は不世出の選手でかつ無二の監督だった。再読に耐える傑作だと思う。
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文章のリズムが最高。
観察により、数字に現れない真実をつかむ。
自分で考えさせる。そのきっかけを作る。
契約と、自分がその履行をすることが最優先。でも、自分の判断とチームの勝利が重なったときに一番強いことを知ってる。
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入手後に暫く置いて在って、何となく紐解き始めてみれば、頁を繰る手が全然停まらないという感じになってしまう。非常に魅力的な一冊になっていると思った。
本書の『嫌われた監督-落合博満は中日をどう変えたのか』という題名自体、何やら苦笑いが洩れるような感じである…
北海道内に在って、(主にテレビ中継ながら)プロ野球観戦も時々愉しむ個人の目線では「ファイターズと<日本シリーズ>で対戦した経過の在るドラゴンズ」という記憶が在って、そのドラゴンズを率いる監督であった落合というイメージは酷く強い。そして、落合監督の指揮下で毎年のようにリーグ優勝を争って、<日本シリーズ>への進出も何回か果たしている。「監督が辞める」という理由が見当たらないような感の中で、落合監督は去った。そういうのは少々「謎」でもある…
落合は選手としては、「華々しい主流」を歩むのでもないキャリアを重ねながら、プロ野球界で打者としての確固たる実績を残し、キャリアの後半は「バットを持って、優勝請負人のように幾つかのチームを渡り歩いた」というようなイメージも在る。自身の確かな技術を駆使した実績を有する他方、プロとして他選手のプレーや試合の状況等を見詰める確かな眼も備えていたのかもしれない。
そういう落合は8シーズンの間、ドラゴンズの監督を務め続けて、その8シーズンの間には全て3位以上、リーグ優勝は4回、日本シリーズ出場は5回、“クライマックスシリーズ”で勝ち上がって日本シリーズに出場した2007年には「日本一」を掴み取った。これは凄い実績であろう。これだけの実績を上げた監督は、御本人の個人的な事情でも無ければ、解任ということにはなり悪い筈だ。が、それでも2011年の日本シリーズで敗れてしまった後、時季以降の契約をしないことになったのだった。そうなると“嫌われた監督”ということになるのだろうか?
本書は、名古屋に拠点を有するスポーツ新聞で、ドラゴンズの話題を綴る記者として活動した経過が在るライターが、落合監督自身や、落合監督がドラゴンズの指揮を執った時期に活動した選手や球団関係者の同時代の、または後年に振り返っての証言も挟みながら、更に筆者自身の当時の記者としての活動の事も加えながら「“嫌われた監督”たる落合が目指したモノは?落合が生きた価値観は如何いうモノだった?」ということを綴っている内容だ。雑誌に連載した内容を、単行本として世に送り出す際に、少し手が入っているようではあるのだが、一寸だけ夢中にしてくれる何かが秘められている一冊だった…
本書は、落合がドラゴンズの監督を務めていた期間の出来事を、ドラゴンズの取材をしていた立場で、色々な人達の挿話を多く織り込みながら綴っていて、「一つの時代を綴る一つの物語」として巧く纏まっていて、そういう辺りに引き込まれて素早く読了に至った。
「強いチームというより勝てるチーム」、「勝つ試合を観たいのがファンではないか」というような考え方が一貫、徹底していたのが落合がドラゴンズの監督を務めていた時代だ。それを“嫌う”というような人達は確かに在ったのであろう。が、本書で描かれる「落合監督」、本書に出て来る様々な関係者が語る落合��率いたチームの人達の様子は、何か魅力的であるような気もする。
少し面白い出遭いを経験する一冊ということになった。
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大学のときに落合の采配を読んで、野球のこと読みたいのになんでこんなにサラリーマン(社会人)のことばっか書いてんやろ?おもんないな。って思ったけど、この本読んで落合のこと少しは知れた気がする。球団と色々あったのは知っていたけど、思っている以上に壮絶やったと思うけど、自分の軸がずっとブレへんのは、プロフェッショナルとしてめっちゃかっこいいと思った。自分に真似できるとは全く思われへんけど。
最終盤は中日ファンでもないけどめっちゃ胸が熱くなった。
采配ももう1回読んでみたいな。この本読んでから読むから色々気づくことがありそう。
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落合博満とは何者なのか?を観察し、考え続けた筆者が綿密な取材をもとにまとめた各章は実に読み応えあり。コアなドラゴンズファンはもちろんのこと、落合博満に少しでも関心がある方は必読です。
低迷するいまのドラゴンズの現役選手にも読ませたい。
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ドラゴンズファンとして、確かに落合監督時代のドラゴンズは、強かったが面白味に欠けるという感想を持っていた。ただ、この本を読んで、舞台裏の話や落合の心の内を少し見ることがてきて、見方が変わった。
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【はじめに】
著者は新卒の日刊スポーツ記者時代に落合付きになったフリースポーツライターの鈴木忠平。現在は単行本にもなっている、Numberに掲載された『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』の著者だ。今も最多記録として残る甲子園での通算本塁打数。その本塁打を打たれた側にインタビューをしてまとめた記事だが、覚醒剤の問題を起こしていた清原をあえて取り上げたことと、その記事を読んだ清原から著者にお礼の電話がかけられたというエピソードが印象に残るスポーツノンフィクションの名著だった。
既成の記者と監督という関係を無視し、選手との距離も取り、勝負に徹する落合。古参の記者が距離を置くところをそれまでの蓄積もしがらみもなかった著者は落合との距離を逆に詰めることができた。中日を去る落合は、「お前がこの先行く場所で、俺の話はしない方がいい。するな」と著者に告げた。落合のことをよく思わない人が多いであろうということともに、「この人間がいなければ記事が書けないというような、そういう記者にはなるな」という忠告でもあった。
Number専属記者となり、そしてフリーとなり、『清原和博への告白』も世に出した今、ようやく落合に迫る著作を出せたというところなのかもしれない。
【概要】
各章は、落合監督時代の年代期のようになっているのだが、ドラゴンズに在籍したそれぞれの選手や球団関係者に着目をしてそれぞれの章が進んでいき、とても読みやすい。取上げられた人物は、川崎、 森野、福留、宇野、岡本、 中田スカウト部長、吉見、和田、小林、井出球団取締役編成担当、トニ・ブランコ、荒木の12人。
監督就任初年度、高額FAで中日に移籍したものの怪我で成績を残せず、またその怪我も癒えない川崎を開幕投手に選んだところから始まる。正確に言えば、キャンプ初日に紅白戦を実戦形式で行うと宣言したところから始まる。その二つの選択の意図は後に明かされるのだが、物語の始まりとして相応しく、また落合の他人と迎合することのない人となりを示すものだ。
有名な日本シリーズで八回まで完全試合を続ける山井を最終回に岩瀬に代えた試合。その顛末が書かれた章は、山井でもなく岩瀬でもなく、その三年前の初の日本シリーズで谷繁と立浪の進言を受けて続投し、そして打たれた岡本の名前が付された章となっている。
そのミスター・ドラゴンズ立浪は落合監督時代の2009年に引退しているが、森野を引き上げることでアンタッチャブルともなっていた立浪に引導を渡すこととなった。これを立浪の目線ではなく、森野の目線から描いているのも印象的である。
来年度は、その立浪が中日ドラゴンズの指揮を執ることとなった。落合を是とするのか、星野を是とするのか、興味をそそるところでもある。
【所感】
選手時代から監督時代を通して、周りには全く迎合することなく結果を出し続けてきた落合博満。『嫌われた監督』とのタイトルの通り、落合は選手にも球団にも記者にもファンにも好かれることはなかった。勝つためには好かれる必要がないからだし、嫌われることが勝つことにつながるのであれば常に好かれる��とよりも嫌われることを選んだ。器用であるように見えて、ずいぶんと不器用である。それはビジネスにもつながるものなのかもしれない。最終的に受け入れる結果も含めて。
落合は著者にずっと同じところからグラウンドを見ておけと言った。そうすると選手には見えない違いが見えるので、皆が聞きに来るというのだ。果たしてそういうことが起きたのかどうかはわからないが、定点観測から逆に自分を知ることでもあり、また自分の軸を持つということでもあり、著者の心にも残る深く鋭いアドバイスだった。実際に落合は、荒井を井端に代えてショートにコンバートしたのもベンチの同じ場所から見たときにはじめてわかる井端の守備の衰えを感じ取ったからだという。
途中にそっと置かれた御守り紛失事件は中日ドラゴンズ監督としての戦記としては不要ではあるが、落合の物語としては必要なパートだ。特にこのエピソードも含めて信子夫人にも好感を持つようになった。
スポーツノンフィクションとして、構成も内容も一級品。とても楽しめたとともに、「嫌われた監督」落合博満のことを好きになった。お薦め。
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『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』(鈴木忠平)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4163905782
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強かったり弱かったり一定せず、負けた理由は「気持ちが足りない」。そんな、よくわからない野球をしていた過去の中日に対し、落合野球は明らかに異質だった。あの頃の中日は本当にプロの野球をしていたのだと思う。自分自身はあの強かった中日に、落合の野球に、惚れ込んでいた。その頃のことを思い出しながら読んだ。
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薦めてきた家族が「面白いからすぐ読んで」というので読み始めたら、言われた通りすごく面白いのであっという間に読んでしまった。
私が野球をちゃんと見られるようになったのが2007年頃で、ちょうど落合政権真っ只中だった。贔屓チームの攻撃では塁に出ることも難しいのに、裏になればアライバのしぶといバッテイングと進塁、それを和田や森野が返し、じりじり試合を見守るうちに浅尾・岩瀬が出てきて望みはぷっつり絶たれる。敵地であるナゴヤドームは乗り込んだチームの覇気や運のようなものをすべて暗闇に吸い込んでいくような、不気味なイメージだった。でもこの本を読んでみれば、その一種絶望的な空気は相手チームのみならず中日の選手たち、そして他ならぬ落合監督を絡めとっていたのだと分かる。落合監督は攻撃では確実性だけを追い求め、守備では常に100%の完璧を課した。他人に理解されることははなから諦めきっていて、心の揺れは身の内で焼き殺し、情を捨て……。読み始めればただならぬ緊張感がずっと漂い続けていて、目を離すことができなくなる。落合監督に関わっていく中で、選手たち、コーチ、記者……みんなどこかに孤独を抱え対峙するようになる、その様子がそれぞれの視点から克明に記録されていた。おそらくインタビューなどから構成したのだろうが、こんなに緊迫感と臨場感で張りつめた文章で読ませてもらえるなんてと感動してしまった。
落合監督は最後に野球は契約が全ての世界だとして、「自分で、ひとりで生きていかなくちゃならないんだ」と語っているけど、それは野球の話だけではなくて、生きていくうえで骨身に染み付いた哲学なのが伝わる。それは物悲しくも聞こえるけれど、その孤独は開放や救いをもたらすものでもあるのだ。だからこそ夫人のような、人に寄り添う明るさも沁みるのだろう。
本人の心境が直接的に語られることはないのだが、それがかえってその孤独な存在の苦悩や哲学を浮き彫りにしていて、本当に面白い本だった。
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プロ野球中日ドラゴンズの黄金期を築いた監督・落合博満氏に迫る話題のノンフィクション。描かれる落合氏の人物像は、戦い続けなければならない現代人に刺さるのではないか。
落合氏の言葉はどれも印象深いが、とくにこれだ。
「球団のため、監督のため、そんなことのために野球をやるな。自分のために野球をやれって、そう言ったんだ。勝敗の責任は俺が取る。お前らは自分の仕事の責任を取れってな」(p449)
個と集団をどう考えるか。落合氏には確固とした哲学がある。だから、ヘッドスライディングはするな、と。予想を超える力を突然出すよりも、むしろ予測可能なプレーを毎日やる方がいい、と。しかしだからこそ、監督最終年の2011年、ある選手の、選手生命を失いかねないホームへの走塁が胸を打つ。そのプレーを見て、落合氏は「何かを言う必要はないんだって、そう思ったんだ」と振り返る。
落合氏は、孤独に勝ってきた。そして、一人で来た記者には話すと言った。そういう人物を長年追い掛けたからこそ、筆者は「列に並ぶことをやめていた」。そう、周りの人間と同じことをやってちゃいけない。落合を見よ、である。