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内務省に務めるヴァシレ・ボルサ少佐のもとに老人が訪ねてくる。
老人は、ボルサが小学校時代に通っていたムントゥリャサ通りの小学校の元校長で第二視学官のザハリア・ファルマだという。
…いや、すぐに名乗ったんじゃなくて、ここまで話すのにすっごく回りくどい話し方をしてやっと名前にたどり着いた感じなんですが。
ファルサ元校長がボルサ少佐を訪ねてきた理由は、昔ボルサと仲の良かったゲオルグ・リクサンドルという男の消息を知っているかい?と聞きに来たんだって言う。
リクサンドルは、タタール人少年アブドゥルと、ダンヴァリという少年と一緒に、ユダヤ人ラビの息子ヨジが地下室の水の中に消え失せたその場に居合わせていたんですよ、覚えてますか?ダンヴァリは1930年に蛇の島とオデッサの間で自分の飛行機に乗ったまま行方不明ですよ。そうそう、1916年の春にはリクサンドルが空に向かって弓矢を射たらそのまま2時間待っても堕ちてこなかったことがありましたね。
読者、混乱しながらも小説の背景を整理する。
このファルマ元校長は旧体制側だったっぽい。そしてボルサ少佐はその旧体制を打倒した側のようだ。
だがボルサ少佐は、自分は間違いなくヴァシレ・ボルサだが、自分は全く学歴がなく小学校に通ったこともない!と否定する。
このファルマ元校長の話に、たまたまボルサ少佐の家にいて一緒にファルマ元校長の話を聞いた保安警察のドゥミトレスクが興味と疑惑を持ち、翌日秘密警察に呼び、供述書を提出させる。
次々にファルマ元校長の話を聞きに現れるのは、ドゥミトレスク、内務省次官エコノーム、女闘士と呼ばれるアンナ・フォーゲル女性大臣といった国家関係者達。
するとまた元校長の話は四方八方に渡りまくる。
「ある種の細かなことは、どうしてもなおざりにできないのです。一見したところ取る足りないように見えて、その実、もっとあとの方で生じる事にとっては決定的なのですから」と言って、1930年の話をする前提として、「1840年頃から1915年に渡る話しをなければ理解いただけないと思います」というファルマ元校長の話はまさしく縦横無尽、話の縦と横が繋がり結びつき途切れてまた別のところで続いて、という感じ。
大柄怪力美女のオアナの絶倫思春期から、エストニア人のコルネリウス・ダルヴァストゥ博士との結婚と自分たちの遺骸を大学に寄贈する契約を結んだ話。
オアナの祖父の森番とトルコ人領主の息子との友情と裏切り。そしてオアナの祖父が掛けられた呪い。
リクサンドルやオアナたちが見た奇術師ドクトルの幻想的奇術。それは見学人たちを箱に入れるとそれはマッチ箱ほどの小ささになり、手を叩くと皆はもとに戻ったという。まさに素晴らしい幻術!
リクサンドルの友人のドラゴミール・カロンフィレスクが話す先祖の話。
百年ほど昔の領主のヨルグ・カロンフィルの妻アルギラの弱視を不思議な美女ダンフィラが治した話。
そして領主夫婦がダンフィラへの褒美として、屋敷のムントゥリャサと結婚させ、その後この辺り一帯が「ムントゥリャサ通り」と呼ばれるようになった話。
自分はそ���ダンフィラの生まれ変わり?のように振る舞っている年齢不詳の女マリナを巡る、ダンフィラ、リクサンドル、ドラゴミールたちの話。
地下室から繋がる素晴らしい別世界の伝説。地下室で行方不明になったヨジはそこの世界に辿り着いたのだというが?
国家関係者たちがとくに興味を示しているのは、地下室に消え去ったユダヤ人ラビの息子ヨジ、ロシアに向かい消息不明になったダンフィル、全く消息がわからなくなっているリクサンドルのこと。
読者には、このとりとめのないような話の裏に動く、怪しげな政治的なものが見えてくる。
1939年に、ポーランド国家金の一部が持ち出され、ムントゥリャサの地下のどこかにあるらしい。
国家関係者たちは、互いをスパイかと疑ったり、誰かが宝を隠しているかと疑ったりしているようだ。さらに尋問者たちが失脚したり、怪しい死を遂げたりしているようだ。
色々な謎は明らかにされないまま物語は終わる。
行方不明者たちの真相は明かされなしい、空に放たれたまま落ちてこない弓だったり手品師の奇術のような不可思議な出来事の種も仕掛けも明かされない。
ファルマ元校長は国家機密に関わっているのか、ただ話をしただけなのに政治家たちが過剰に受け取っただけなのか。
最後に現れた二人は何者?
なにもわからんうちに終わってしまったんだが、なんだかべらべらベラベラ喋っているだけでもちゃんと話が繋がってたり、なんだか国家の大事になっていることが伺いししれる。おそらく起きている現実は過酷なんだと思うのだけれど、元校長が語る話は幻想的で浮世離れした別世界感の煌めき。
読んでいてひっじょーに楽しかったです!ヽ(^o^)ノ
読書会にて。
・元校長は、無邪気の人?宝を探したり政治的関与がある?
⇒「忘我の観察者」知っている人ではなくて、見させられている人。幻視者。見ているが理解していない。見たということを読者に提示する役目で、解釈するのは読者。
秘密を知っている人は、物語では殺されない役割。
叙事詩では、見て、帰ってくる人が必要。
しかし胡散臭いところもあるので、イマイチ信用できない語り手でもある。
・最初に出てくるボルザ少佐は途中でスパイと疑われて死んだ。なりすましだとしたら本物は?本物だとしたら元校長の見る人に対して少佐は忘れる人なのか?
最後に出てきたボルサ少佐は本物?実はダンヴァリ??
・最後に出てきたリクサンドルは??
・消された人たちは本当にスパイ?互いに疑心暗鬼だけなのか。
・元校長が語る話の面白さ。奇術というにはスケールが大きすぎる楽しい描写。「動物と交わる呪い」を掛けられたのに嬉々として絶倫思春期を過ごしお婿さんまで見つける娘さん。
・饒舌なのに話さないようにしていることもある。「ムントゥリャサ通り」のこととか。
・エピローグは夏。寒いイメージの国で、美しい。
・神話が創られる過程を読んでいるようだ。
・東欧では奇術師つまり錬金術師がキーパーソンになったりするが、北米のピエロクラウンだとちょっと違う感覚。
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なかなか不思議な物語である。本筋はザハリア=ファルマという小学校校長の回想により進められるが、話が堂々巡りしたり、話が現実味を帯びないどこか神話的なストーリーとなっている。聞き手となる政府側の人間もファルマを軌道修正するかと思いきや、彼のノリに流されていく有様である。当時の社会情勢(共産主義政権など)や反ユダヤ主義なども薄く背景にあるように思われるが、明確なつながりも見いだせず、モヤっとしたところが残る読書となった。
ジャンルとしては幻想小説とのことだが、読み慣れている人が読めばまた違ったとらえ方になるのだろうか。エリアーデは宗教学者の一面もあるとのことなので、神話の知識などがあるとより面白くなるかもしれない。
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【あらすじ】
ある日、小学校の元校長と名乗る老人ファルマがボルザ少佐のもとを訪ねるが、少佐は彼が誰だかわからない。老人は事情を説明すべく昔語りを始めるが、語りは脱線をくり返し、どんどん本筋から逸れていく。はたしてこの老人は何者なのか。
【感想】
幻想譚が主成分のミステリー。まるでカフカの『城』のKが、物語の核心であるはずの城にいつまで経ってもたどり着かないのに似ている。話の要点だけを知りたがる聞き手たちとうらはらに、話を永遠に先延ばしにしようとする老人のしぶとさが笑えた。作品としては『マイトレイ』のほうが好み。
【ノーツ】
・だれかの説明をするために、まずそれに先立つ別のだれかの話をしようとするのは、あたかも旧約聖書の語りにおいて、子には父の名が、父には祖父の名が添えられるのに似ている。
・なにかある時点の状況を理解しようと思うなら、まずそれ以前に起こったできごとを知っておかなければ、という理屈は一見正しい。でも過去への遡及にどこかで区切りをつけないと、それは無限の後退となって終わりがなくなってしまい、肝心の現在を見失うことになる。現在を理解するうえで歴史の系譜をたどることはたしかに大切だけど、限られた人生の時間のなかで、無限につづくページを読みつづけるわけにもいかない。
・なにかを恐れ、なにかから逃れるために、次々と新しい話を作り出していく。この「次々と」という反復そのものが、本作の核心なのかなと思った。
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終始、幻想的な雰囲気の中で主人公が語る記憶譚に引き込まれた。
もう一度読み返したいと思うほどの深みがある本です。