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南方熊楠と会えなかったのは残念だったけど、小石川植物園で、森林太郎に「パッパ」と呼び掛ける"まりちゃん"に会えたので、良しとする。
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すごく面白かった! 牧野先生の人柄がリアルに伝わってくる。植物への愛の深さ、研究の仕方や業績への執着、どれも生々しくて魅力的。
周りの人たち、大変だっただろうなとも共感してしまうほど人間関係も面白い。
ラストに至るまでの道筋も、パーっと花が咲いたかと思われてからの波瀾万丈!
大河ドラマに、きっとなる。
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生き生きとしたスピード感ある文章が、主人公の性格と合致していて、作品全体の熱量を上げていると思う。
ただ、主人公の魅力の無さはいかんともし難い…。
周囲の毀誉褒貶も意に介さず、好きだという気持ちだけで数々の発見をしていくその姿に感銘を受けるという人もいるだろう。
成し遂げた事と人間性は関係がないので、研究成果そのものは純粋に感嘆に値する。
ただ、借金も、子どもの死も、大学からの締め出しも、全てが自業自得。
主人公の口癖「なんとかなるろう」は、なんとかなっているのではなく、周りに尻拭いを押し付けているだけなので、「(周りが)なんとかするろう」の間違いでは?と思ってしまう。
それも、周りが何とかしていることにすら、うっすらと気付いていながらも見て見ぬふりを続ける無責任ぶり。
ここまで世間も周囲も気にせず好き勝手にやれたら、誰だって天才になれるのじゃないか。
いやそもそも、他のことを一切顧みずにいられるその神経こそを天才と呼ぶのか?などと思ってもみたが。
いずれにしろ、天才だからといって何もかも許されると思うのは大間違い。
主人公の生き方も間違ってはいないが、それを批判した体制側の学者や支援者も決して間違ってはいない。
皆が皆、この主人公のように学問を追求し始めたら社会が秩序を欠くのは目に見えている。
社会や所属団体の利益より、自分の好奇心や向学心を優先させる天才の生き方が悪いとは言わないし、そこからしか見えない世界や発見は必ずある。
ただ、その生き方をするのなら、社会から正しい評価や恩恵を与えられることが難しいということも、背負っていかなければいけない。
義務と権利が等価交換であることが分からず、権利ばかりを声高に叫ぶ主人公に、全く魅力を感じられなかった。
残した業績や作品そのものの勢いと、主人公への理解や共感、好感は全く別物であることを思い知った。
あるいは、社会経験の全くない、中学生くらいの視点で読んだら、もっと純粋な感動や将来への原動力に繋がったかもしれない。
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草木の声が聞こえる少年が、芽吹き始めた土佐の山を駆けずり回る。それだけで、「好きなものに突進する」ことのわくわくや嬉しさがうるうる盛り上がる。
突き詰めたいというその思いだけで猪突猛進する若者は見ていて気持ちのいいものだけど、なんせ事務処理能力が皆無。金銭感覚は破綻している。
最初の妻を顧みず、実家もほったらかして、年若い女子とぽんぽん子供を作って、その人たちのこともほったらかし(に見える)。始終貧乏暮らしでも研究のための支出は惜しまず湯水のごとく使う。これはもう今でいう経済的DVだろう。だんだん読むのが嫌になってくる。一方でこれくらい奇人変人でないと「突き詰める」のは難しいのかもしれないとも思う。
実力と縁と幸運で黎明期の日本植物学の社会で認められていくが、生来の頑固さと融通の効かなさ(良く言えば正直で筋は通っているのだけど)が災いして生活は楽にならない。気に入られ、応援されて、だがやがて疎まれる。時折降って湧く新たな役職や援助も、実力が正当に評価されたというのではない解決の仕方で、カタルシスとはいかない。
それでも、この時期を逃したらもう二度と出会えぬかも知れぬ、と全国へ出かけてゆく。牧野富太郎は「今、この時」を生きた。禅の教えのように。神戸の博物館が開館に漕ぎ着けなかったのも、無理もないと思える。
北斎に似ている、と思う。自らを画狂老人と称し、もっと先へと絵筆を離さない。引越しを繰り返して家族はほったらかし。それでも妻や娘はついてくる。そして長寿。
中盤からは早回しの年表を追うようだった。業績もエピソードも多い人だから仕方ないのかもしれないけど、もう少し工夫ができたようにも思う。伝記じゃなくて小説なのだから。
昭和天皇にかけられた言葉に泣いた。あの時代の人が天皇陛下にあんなことを言われたらもう…。
あの言葉でスエさんも子供たちも猶さんも報われたと思う。
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子供と幼稚園の行き帰り、葉っぱや木の実を拾っては、「これなあに?」と聞かれました
大きな絹さやが開いたような物を拾い、コレなあに?そばの木を見やげると大きな葉っぱ
に幹の色が緑ぽい?
家で「牧野 新日本植物図鑑」を拡げました
運が良かった~!
「あおぎり」を見つけられました。
この本は、1ページに4種類の植物が手書きの線画で載っていて隣に説明文。
四分割されているので、説明文が多いと活字が小さくて、それも、牧野自身の「・・とるに足らない。」と思われる事も載せていて
1060ページプラス学名解説(これが面白い)
創立50周年の会社の非売品 昭和36年初版
カラーページが無いのに色に溢れているのは牧野の文才!
文章だけで植物を言い表せる至難の技!
と、ずーと神のように尊敬していました。
が、
「ほたえな」と。
「大人になっても少年のような人が好き❤️」
なんて、この本を読んでも、言えるかしら?
まあ~朝ドラの神木隆之介君、ガンバレ!
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日本植物学の父、牧野富太郎。愛すべき天才の情熱と波乱の生涯。
『日本人の手で、日本のフロラ (植物相) を明らかにする』
そんな志を生涯をかけて現実のものとした牧野富太郎さん。そこまで夢中になれるものに出会えることもすごいし、生涯貫けることが本当にすごい。
研究肌で何かを成し遂げる人って、子どものような好奇心で桁外れの熱量と集中力を発揮する。
たとえ道が閉ざされたように見えても、諦めず自ら模索し切り開いていく姿勢には感嘆する。
何があってもぶれない!真っ直ぐに、一心に己の信じる道を歩み続けるのみ。
それも陰で支える奥様方あってこそだなと切に感じました。
滅茶苦茶なところもあるけど、豊富な知識量と人を惹き付けるお人柄で、ここぞという時には手を差し伸べてくれる人が現れる。
牧野さんの偉業は、まるで奇跡のようにも思えるし、必然のようにも思える。
何かを成し遂げた人の生き様からはいつも刺激をもらえます。
かなり読み応えのある一冊でした。
2023年に始まるNHK朝ドラも楽しみ♪
『いったい、いつ役に立つか判然とせぬものを大切に見つめて考えて、この世に残していくのが学問というものです。』
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牧野富太郎博士の生涯がとても良く分かりました
研究一筋で借金まみれ。生活能力がない富太郎氏を、祖母や2人の妻が良く支えたものです
並外れた実績を上げる人は、これぐらいでないとダメなんですね
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植物好きのわたしにはとても興味あり、今度の連続TV小説にも採用とあり珍しく新刊本を購入
目指す植物は光って見えるというのにはなるほどとうなずかされる。
これだけの熱意を持って学問に挑み、私生活ははちゃめちゃ 楽しい人だ。自分の興味に突き進む 素晴らしい生き方の人です。
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まかてさんの新作は、昨年刊行された『白光』に続き、明治期に現れた偉人を扱った伝記小説だった。今回取り上げられるのは日本植物学の父・牧野富太郎。
ぼくは小学校低学年の頃、長野(山梨かも?)あたりの寺に泊まり込み、植物・昆虫採集をメインとしたイベントに(強制)参加させられ、その時に牧野さんの名前が頭に刷り込まれた。とても楽しみにページを開いたのだが……。
どうも思っていたのと違い過ぎる人物像で、物語が進むほど読む手が遅くなる。あまりの無責任さに怒りすら覚える始末だった。研究者としてはすごいのだろうけど、人としては最低だ。
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2023年度前期の朝ドラ化が決定。これ以上ないタイミングで出版された牧野富太郎の伝記小説。
植物学者牧野富太郎の生涯を描いた大作。アカデミズムの偏屈な世界に翻弄されながら研究いちずな生涯。それを支える糟糠の妻。
松本清張の作品の題材に良く似ている。学歴のないアマチュア研究者が専門家以上の実力を発揮するという流れ。
机に向かうより実地に過ごす研究者に幸あれ。
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書店で目にしてからというもの、なぜか読みたくてたまらない。ところが困ったことに植物学には興味がない。花や植物を愛でるのは嫌いではないけれど、この本を読み切れるかどうか不安ではあった。何度目に顔を合わせた時だったか、「なんとかなるろう」という本に巻かれた帯の土佐弁に背中を押されるかのようにこの本を手にレジへ向かっていた。
事前情報はゼロ。時折調べながらへぇと思いつつ先に進む。これが面白い。
牧野富太郎の植物への溢れんばかりの愛情に比例するように、こちらは本に対する愛情が湧いてくる。愛おしくてたまらなくなる。
この時代を振り返ってみると、人が、そして社会が、とても窮屈になりつつある時代なのだなと思う。その渦中にある富太郎からしてみれば「なぜだ!」と声を荒げたくなることもあるだろう。
富太郎がつぶさに植物を観察しているが如く、ひと文字ひと文字を取りこぼさないように丁寧に読み進めなくては時折意味がわからなくなるため、とても時間がかかった。
それでも、明治から昭和まで、日本中の野山を駆けずり回った富太郎とともに生き、一生をそばで見守ったことで、小旅行にでも行ったような楽しい気分を味わわせてもらった。
これはもう、朝の連ドラで取り上げるべきものではないか!と思っていたら、2023年に牧野富太郎を主人公としたものを放映することが決まっているらしい。そちらも楽しみだ。
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生涯植物に情熱を注ぎ続けた男、牧野富太郎。学歴や金、権力には無欲で自由気儘。いち読者としては彼に振り回された猶やスエに同情し憤りを覚えた。牧野富太郎の成功は彼女らの愛に支えられたお陰。
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植物学者牧野富太郎の生涯。
生まれながらに植物好きで、無我夢中に植物の観察や分類を続ける。
学位とも長い間無縁で、家族は散々の貧乏生活をする事になる。
お金がなくても植物の研究は止められない。
そんな生涯はとにもかくにも本人には幸せだったに違いない。
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文学者の「名も無き花」という文に「名も無き花などない。名も知らぬ花と言え。」と噛みついた逸話(出典不明)のある植物学者・牧野富太郎の一生を描いた作品です。そういえば子供の頃に我が家にあった牧野植物図鑑を調べた記憶があります。
土佐の素封家の家に生まれ、幼くして父母を亡くし、家業には見向きもせず植物に打ち込む富太郎を容認する祖母。結婚してもその性情は変わらず、本、機材、果ては印刷機、必要と思えば金の事など一切考えず購入。その結果、若くして実家を食いつぶし、離婚。
その後、愛人だった壽衛(すえ)と結婚し13人もの子をなしますが、給料を貰ってもその日のうちに全額本に費やし、子供はボロを着て満足に食事もできず(そのせいか成人したのは6人)、月給の1000倍もの借金を抱える。家族に対して愛情は有るのです。しかし「欲しい」と思ったら後先考えられない。
この行動はギャンブル依存症(=ギャンブルにのめり込んでコントロールができなくなる精神疾患の一つ)に似てますね。いわば学問(or植物orフィールドワーク)依存症。ここまで来ると精神疾患と言っても良い。
500ページほどの本。シチュエーションは違えど同じようなエピソードが延々と続きます。主人公は物語の中で闊歩していまずが、一種の生活破綻者だし、読み続けるのは少々キツイ。
ただ、上司・学閥に媚びず、学位にも興味なくひたすら研究と在野の人との交流にのめり込む富太郎には、一番の理解者だった妻・壽衛や友人たち、さらには経済的な支援者も次々に現れて、迷惑だけど魅力的な人物だったようです。
そういえば、朝井まかてさんは『類』という作品も有ります。
牧野富太郎とは逆に、森鴎外の息子・類は生涯何も為さずフワフワと生きた人でしたが、子供らの食費にと奥さんが嫁入り道具を質に流すのを傍らに、一人で行った東京でウナギなどを食べたりします。悪意は無いのです。妻を愛してるし、子供らも可愛い。でも金持ちだった癖が抜けず、今では過ぎた贅沢と感じる感性が無い人でした。
どちらも家族に迷惑そうな人なのですが、意外に家族からは愛されている。朝井さんはそういう主人公が好きなのかな。
「凄いな」と思う人も「何だこいつ」と投げ出す人も居そうな主人公の設定です。小説なのですから脚色すればもっとプラス方向に描けると思うのですが、朝井さんはそれをしないのですね。
しかし朝井さん、植物絡みの作品が多いな。『ちゃんちゃら』千駄木町の庭師一家、『ちゃんちゃら』シーボルトの薬草園の園丁、『御松茸騒動』御松茸同心、『落陽』明治神宮の森の造営、『花競べ 向嶋なずな屋繁盛記』腕の良い花師、『すかたん』大坂でも有数の青物問屋など(順不同です)
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いやー、人としてはどーなんだろうか。
学生時代には植物図鑑にお世話になりました。
だけど、あまりにも、、、
なんて感じる人は凡人で天才にはなれないって事ですかね。