紙の本
人生を肯定するということ
2023/05/19 19:03
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あお - この投稿者のレビュー一覧を見る
主人公は五十六歳男性、ヘンク。ICU看護師。三年前に妻と離婚し、老齢の犬と暮らしている。趣味は読書。他に特筆すべき点もなさそうなごく普通の中年男性の、朝起床してから夜が更けるまでの一日に起こったことを描いた本作。
ヘンクは内向的で、看護師としての職責を超えて患者に共感を示してしまう傾向がある。仕事の外でも知人とのコミュニケーションはあまり得意ではなさそうだが、同時にまた内省的であり、物事を深く考え、本質を見出そうとする性質を持っている。
過去の自分が思っていたこと、そして今感じていること。それらは哲学的・詩的に、あるいは第三者が気軽に語りかけるようにして、読み手の前に広がる。
作中でもう何年もの長い歳月を追っているような気分で読み進めていたが、よく見ると実は時系列的にまだその日の午前中が終わったところだったりして、何度か時間の感覚が狂ったような気分にさせられた。裏を返せば、たった一日という尺度の中に人生のあらゆる局面が濃密に織り込まれており、とても読みごたえがある。
それは主人公と関わる様々な他者とのやりとりが、人生に起こる数々の出来事やライフステージを体現しているからのようにも思える。
長兄の壮絶な死以来、疎遠になり分かり合えなくなってしまった弟のフレーク。これから人生が始まるという段階の、良くも悪くもまっさらな道が目の前に用意されている十七歳の姪、ローザ。アルツハイマーに罹患し、断片的な≪今≫を生きる元上司かつ元愛人のマーイケ。お互い愛していたはずなのにいつの間にか愛が消えてしまい、別れてしまった元妻のリディア。
(おそらく寿命による)心不全のため生の終わりを意識され出した飼い犬のスフルク。
そして、その日ふとしたきっかけでスフルクを介抱したことから知り合い、ヘンクのヘンク性とも言える彼の本質を優しく、温かく見守る女性ミア。
なお、ローザがヘンクのことを本物の大人ではないと評する場面があるが、あるいはだからこそ、伯父と姪、大人と子供の関係性を超えて≪ヘンなヘンキー≫と≪おかしなローザ≫として対等に接し、話しにくいことも打ち明けることができるのだろう。こういった友好が、お互いの年が離れているというのも併せて何だか素敵だと思う。
また、ヘンクが物事の本質について滔々と語る様子をまるっと受け容れるミアのことが、実は≪人生の肯定≫の権化なのではないかとも思えてしまった。
人生には何があるか分からない。記憶はパッチワークキルトのように頼りなげで、自分はこれまでに何を成し得たのかと、自らを示す特性の不確かさに愕然とすることもある。
それでも、我々を生かすのは≪生気≫、すなわち何かしたい、感じたいと思うこと、それが人生の本質であり、生への肯定である。
きらきらした時間をぎゅっと濃縮して作ったスノードームのような、そんな物語。
あと個人的には、本屋イコール≪洗練さの詰まったパラダイス≫という形容にものすごい共感を覚えた。このセンスは最高。大好きだ。
投稿元:
レビューを見る
本当に、1日のことだった。穏やかなトーンの平凡な1日なのに、いろんな感情が起こる。盛り沢山だなとも思うけれど、こんなことがあってもいい、とも思う。
老犬スフルクがなんとも可愛い。
離婚歴のある56歳独身男性ヘンクが恋したのが、自分と同年代の女性というのがなぜか安心する。じんわり温かかくなる。
ヘンクと姪ローザとの関係も面白い。
弟と不仲だったり、元妻が相変わらずだったり、スフルクが病気と診断されたり、まあ50年も生きていればいろいろと面倒なこともネガティヴなこともあるよね。
だから、こんな1日があってもいいなと思うよ。
投稿元:
レビューを見る
久しぶりに読んだ翻訳物。初老バツイチで犬と暮らす男の、それこそ朝目覚めた時から、酔って眠るまでの一日を、細やかに書いた小説。彼の独白、一人語りが主な部分だが、科学的な知識と、豊富な読書経験から波及して、彼の思考はどんどん深まっていく。あまり関係の良くない弟、良き理解者である姪、ご近所さん、別れた妻、、、互いの関係性とそれぞれとの歴史が丁寧に綴られる。そしてこの一日の中で、彼にとっての大きな出来事が、愛犬の病の発覚と新たな恋の始まり。まるで、呼吸するように物語を紡いでいく作者。読み終わる頃には、温かく幸せな気持ちが胸に満ちてくる、心地よい小説だった。全く畑違いだが、同じように一日の出来事を連続ドラマに仕立てた番組を思い出してしまった。人気の俳優を揃えながら、冗長で落胆させられる内容だった。比べるのもおかしな話だが、同じような一日の物語なのに、この満足感の違いときたら、と思った。
投稿元:
レビューを見る
犬と暮らす一人の中年男性の24時間を内面を掘り下げつつ、俯瞰的に綴っている。ご近所さんとの距離感や、愛犬に対する想いは文化が違っても同じなんだと思った。が、異性への好意の伝え方が男女ともストレートで、進行が早いのは文化の違い?これはこれで、人生の彩りとして活性化して生きられるのかも。
投稿元:
レビューを見る
57歳のヘンクと14歳の犬、スフルクを中心に、彼の人生に大きな影響を与えるとある一日を記述した物語。タイトルから、映像的な記述で物語が進行するのかと思っていたのだけれども、ヘンクの心情や過去の記憶がメタ的、内省的に語られることが中心となって話が進んでいく。
語られるべき時間が本当に1日だけなので、生じた事象のボリュームとしては10ページにも満たない。その短い出来事を印象づけるために、神の視点で内省的な記述で肉付けがなされている。
ひとつの恋の物語としてはそれなりに面白いと思うし、文章の構成も悪くない。映像では決して語れない、非映像的な部分を強調しているのも好印象。
ただ、その中心となる内省的な部分が生々しすぎるというか、私たちが普通に普段経験するような、あることを考えていたらいつの間にか違うことを考えていた、みたいなことを文章で再現するような記述が多く、とっ散らかっている印象が否めない。
頭が垂れ流す思考をそのまま文章にした、みたいな感じといえば的確なのか。
200ページ弱なので、そのあたりの欠点を我慢しながら物語自体は楽しめたんだけど、これ以上長かったらもっと印象が悪くなっていたかも。
それでも、内省的な文章が中心なだけに、含蓄のある素敵なフレーズが多かった。
それはよかったかなー。
投稿元:
レビューを見る
素晴らしい賞をとった本で 表紙の美しさに 惹かれて 購入。内容的には 50過ぎの年齢の恋愛模様でした。そこに老犬コイケルと まさに青春真っ只中の姪との日常が。年齢は関係なく人間なんだ。感想を書いてたら 良い本に思えてきた。
投稿元:
レビューを見る
オランダの作家サンダー・コラールト氏の、2020年リブリス文学賞受賞作品。
妻と離婚後、飼い犬のスフルクと暮らす看護師ヘンクのある1日が描かれている。表面的に見れば、本当にただそれだけの作品だ。目覚めて、犬の散歩に行き、買い物をして……。そんな小説を読む価値があるのかと思う。
でも、出来事の合間にたびたび挟み込まれる過去のあれこれ、スフルクへの思い、登場人物や作者を超えた語り手の出現など、予期せぬ手法も繰り出される。
哲学的な思索(そんな大層なものじゃないが)に耽りながら読み進めた。良作。
投稿元:
レビューを見る
妻に浮気され離婚し、今は14歳の老犬スフルクと二人(?)暮しのヘンクは56歳の看護師。ある日スフルクと散歩に出ると、スフルクの具合が悪くなる。そこでであった同年代の女性ミアに心惹かれる。ヘンクとスフルクの一日を描く。
赤裸々な描写に少し引いてしまう。
投稿元:
レビューを見る
1日に彼の人生が表現されていて読み応えのある1冊です。
表紙の犬種をはじめオランダの暮らしを想像して読むのが楽しい。
投稿元:
レビューを見る
56歳の看護師ヘンクの1日を独白めいた語りで描く.老犬スワルクの散歩に始り,その時スワルクに水をくれた女性ミアとの出会い,姪の誕生日プレゼントや弟との会話などこの1日でヘンクの過去から起こりうる未来までぐっと凝縮したような物語.馬の置物のエピソードなど心に残る.
読書好きの人にはグッとくる言葉もあって,考えさせられた.
投稿元:
レビューを見る
離婚歴のあるくたびれた独身50代男・ヘンクの、日常の延長でありながらもちょっとしたサプライズに見舞われる、ある一日を追った作品。
飼い犬である老犬のスフルクは、タイトルから類推するに、ストーリーの柱を為す重要な要素として使われているのかな、と思っていたが、意に反して、ミアとの出会いを演出するきっかけや、ヘンクの生活におけるささやかなスパイスとして控えめに登場するに過ぎず、どこまでいっても”人間の物語”である。
テイストとしては、特に自身がこの年齢になると好みの部類なのだが、如何せん文化の違いもあってか、存分に入り込むことができず、共感度合いは高くなかった。
また、物語の中では描かれない未来における結末や出来事をちょいちょいと予言めいた種明かしのように入れ込んでくる手法は、個人的に好きではない。
「一冊読むごとに自分のなにかを失う。」
投稿元:
レビューを見る
コーイケルホンディエという犬種を初めて知った。
かわいい。
記憶に残ったのはp64〈瞬間の鋲〉のくだり。
動物と人間の違いとして、物語として物事を記憶してしまうから忘却から締め出されて、連綿と連なる時間の流れに放り込まれるというところ。
「子どもはあまりにも早く―そうニーチェは書いている―〈昔々〉を理解するやいなや、忘却から叩き起こされてしまうから」
物語を教えられないで育った子どもはどうなるのだろう?という興味が湧いた。
投稿元:
レビューを見る
中年男ヘンクは、離婚して老犬と暮らすICUのベテラン看護師。かわいい姪の誕生日の朝、散歩中、へばってしまった老犬をすばやく介抱してくれた女性がいた。その名はミア。恋などというものからは遠ざかって生きてきたヘンクだが、久々にときめいている自分を発見する。戸惑う彼の背中を、17歳の姪がどんと押す。人生の辛苦をさまざまに経験してきた男が、生きるよろこびを取り戻していくさまをつぶさに描いたオランダのベストセラー長篇。
文学賞取りそうだな、というか取ったのかと納得するけど、正直まわりくどくて苦手だった。完全にタイトル買いでした。多分感情移入できないのは、私がまだ人生の経験が浅くてヘンクやミアの心境が分からなすぎるから。読書は大好きだし本屋に行くと気分があがるけど、ヘンクの他の時間が色あせすぎていて、他に興味ないの?って思ってしまった。いくら久しぶりの恋とは言え、私がミアサイドだったら引いてしまうと思う。まあでもお互いが好きで幸せならいいのか。
投稿元:
レビューを見る
「ある犬の飼い主の一日」https://www.shinchosha.co.jp/book/590188/ しみじみした小さな佳品。オランダは急進派というかものすごい自律的な国と思っていたけどこういう本がベストセラーになるなんて感受性の幅が広い(いやもしかして一番無慈悲なの日本かもだな)原題は「ある犬の暮らし」だったそうでわたしは原題のほうが好きだな、人間が主人公だったとしても。犬が犬を表しているとも限らないし