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佐藤正午らしい読者を翻弄するギミックは健在だが、『鳩の撃退法』『月の満ち欠け』ほどの興味を掻き立てられなかった。
今さらUFO?という題材の新鮮味の無さにまず興醒めするし、マルユウ・マルセイとその周囲の人々の運命をもって何を描こうとしたのかが伝わりにくい。
偶然に左右される人生の不確かさという普遍のテーマを描こうとしているようにも思えるが、それと双子のような同級生、UFOという特殊な要素の食い合わせが良くない。
途中で語り部の正体が明かされるトリックも、人称が徹底されていない印象で、鮮やかさに欠ける。
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著者独特の不穏な気配を感じさせながら、ストーリーが進んでいく。この感じが読み手(私だけ?)にはなぜか心地よい。
今回は名称が君で始まる捉えどころのない展開。
湊先生が登場して、ようやく輪郭が見えてくる。
マルユウとマルセイの不思議な同期と一人の女性を巡る愛の物語なのだ。
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うーーーーん、直木賞というので読んでみたが、なんだかよくわからない内容だった。
中盤までは読んでいて重く暗い感じで、後半はけっこう読めたけど・・・うーーーーんとしか言えない。
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終始、不穏な空気感が漂う物語だった。
ラストはこんな感じだろうなと途中でみえてきて、実際にそのようになるんだけど、なんだかすっきりしない読後感。
でも、これが佐藤正午さんらしさという気もする。
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独特の雰囲気の中で淡々と進んでいく物語。
マルセイとマルユウの違いで混乱したり、難しめではあったけれど、謎が謎を読んで面白かった。
考察しだすときりがなくなりそうな奥深い話。
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今年の冬、彼女はおまえの子供を産む
スマホに届いたメッセージ。
丸田君には、まったく身におぼえがない。
2人の丸田君のあだ名は、マルユウとマルセイ。
読み終えたいま、頭の中を整理して
再度、ページをペラペラとめくり確かめてみる。
やはり、ハッキリとしたことは見つけられなかった。
そこは曖昧でいいのかな。
変な言い方だが、曖昧が気持ちいい。
12章 その夏、
湊先生のエピソードがしっくりくる。
P364
〈凡人も、非凡な人間も、すべての人間が悲しかった〉
メモを見た先生。
〈なぜこれだけなんだ〉
そうなのだ。
私もこのひとことを言いたい。
(マルセイ、どうして)
すべて分かったと言わなくていい。
読み方は自由なんだ。
そういう安心感がある。
やはりいいな、佐藤正午さん。
今作も、待っていた甲斐があった。
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導入のつまらなさが最後まで続いている感じ。文章も展開も持って回って読みにくくしているだけの感じが否めない。多分もう読まないだろう。
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出来事だけを追うならーーUFOをめぐる子どもたちの空想、それが遠因となって起きた交通事故と、狂ってしまった彼らの未来ーー突飛とまではいかない、実際にありそうな筋書き。
しかし現実を一皮むいた裏側では、人智を超えた「不思議」が人生の歯車を動かしている。それを知ってしまったマルユウ、マルセイたち。彼らに何があったのか解き明かそうとする語り手・湊先生もまた奇妙な運命をたどる。
SFだと思って読むうちに、こんな不思議が本当にないとは言い切れない気もしてくる絶妙な浮遊感。
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丸田くんが「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」という身に覚えのないメールを受け取ったところから物語は始まる。そこからたくさんの不思議な出来事が展開されていく。それが断片的に語られていき、その中に記憶の曖昧さ、不可思議さがある。小学生の丸田くんが同級生と体験したUFO騒動とそれを体験したことによって生じたその後の人生の変化。どこへ向かっているのかわからないまま、でも読者を置き去りにはしていない配慮のようなものが感じられる。7年ぶりに読めた著者の作品だけれどとても満足感の高い一冊。
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「今年の冬 彼女はお前の子供を産む」こんなショートメールをある男が受け取ったところから話は始まる。
彼女とは誰なのか、ある男とは誰なのか、
それは後程つまびらかにされるとしても、この物語を語っているのは誰なのか? 彼らの関係者であることはわかるのだが、第三者が語るというのはなんか現実味がないというか、つかみどころがないというか、心許ないのである。
「私」とは?
まあこれも後程明らかにされる。
小学校時代からの幼馴染少年と後から加わる、少年と小女のつながり話が中心になって、ある二つの出来事が合わさって話が展開されていく。
幼馴染の少年二人の名前を「丸田くん」と言いこれがキーワードにもなっているし、ややこしい。
佐藤正午は昔から全部読んでいるけど、だんだん難解になっていくなぁ。
今作も何が言いたかったのかなぁ。感じ取れなくてすみません。
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二人の登場人物を巡る数奇な物語。
周囲が同じ「丸田」という名前のしかも小学生まで似ていたという二人を混同しながら話すため、中盤くらいまで(わざとそのような書き方をしているのだが)どっちの話をしているのか混乱するような構成になっている。
いくら似ているからと言って間違えるのは流石にないでしょう、と思いながら読み進めると実は本当に入れ替わりのようなことが起きていた…という展開。
終始核心にはなかなか触れず、想像の余地を残したまま終わる。
SF的なテーマの中で、家族との別れによる孤独、虚しさといった苦しみが書かれているのが印象的だった。
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丸田優(まさる)と丸田誠一郎は小学生の頃からの親友でいつも一緒にいた。二人は髪型も背格好も履いている靴まで一緒。まるで双子の兄弟のようで同級生や先生たちもよく二人を間違えた。
転校生の佐渡くんは 二人の丸田くんを前にして困惑した。そして二人に「マルユウ」「マルセイ」と渾名をつける。三人はすぐに仲良くなる。
高校生になったマルユウとマルセイは同じ高校に進学するも、部活や趣味の違いから段々と口もきかなくなり 卒業してからは思い出すこともない程に疎遠になっていた。
大人になった「丸田くん」の携帯に1通のメールが届く。
『今年の冬、彼女はおまえの子供を産む』
全く身に覚えのない内容、差出人のわからないメール。『彼女』とは誰のことなのか?
その頃、佐渡くんは「丸田くん」の葬儀に参列していた。
小学生の頃『UFOの子どもたち』と呼ばれる経験をした三人。
そして十年後、不思議な体験を再現しようと集められた三人を襲った不運な交通事故。
第三者の目から語られる「マルユウ」と「マルセイ」の数奇な人生。
【自分の人生の記憶は、本当に自分が経験してきた人生なのか?】
✎┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
うーむ。実に不思議な物語だった。
これは「マルユウ」と「マルセイ」どちらの人生の話なんだ?と何度も混乱した。 この話を語る「私」の正体も途中までは明かされず。そして訪れるUFOの存在。読んでる間ずっとモヤモヤと霧のかかったような感じだった。いや、話の核心にふれてからも「『事実』とは一体 何なんだ?」と思っている。
一読しただけでは読みとれない。(でもきっと再読はしない笑)
常識では説明のつかない不思議な出来事。それは普通の顔をしてとなりにあるのかもしれない。それに気づくか気づかないか。
UFO見たことある?
佐藤正午さんの本は初読みでした。
「鳩の撃退法」が本棚にあるんだけど、下巻しか持ってないから読めない笑
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https://www.nikkei.com/article/DGKKZO79643250Z20C24A3MY5000/
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僕は、UFO(未確認飛行物体)を見たことがある。
小学5年生の冬、夕方5時ごろ、運動場でサッカーの練習をしていた。
「あれ!」
と、友達が北の空を指さした。一斉に見上げる子供たち。円盤状の物体が5~6機、直線状に飛んで行った…という僕の記憶がある。そして、同窓会のたびに、この話になる。
「あれって、絶対UFOだったよね」
「うんうん、北から飛んできた」
「いや、南から丸いのが」
「いや、四角の物体だよ」
などと、それぞれに記憶は違っており、話すたびに記憶は捏造され、今となっては、本当にUFOを見たのか怪しいし、単なる同窓会のネタとなっている。
また、同窓会ではこんなことも起こる。
「山口君って、今フィリピンにいるらしいよ」
「うそ、東京じゃないの」
「いやいや、長崎で商売しているよ」…。
クラスに何人もいる苗字だと混乱して、どの山口君のことを話しているかわからなくなる。
さらに、欠席している場合は、いろんなことを言われる。
「浜田君って、水害で流されて…」
と、僕は浪人時代「死んだ」ことになっていた(苦笑)。インターネットもSNSもない時代だから、同窓会はある意味、噂や物語が生まれる場所だったのだ。
今回の佐藤正午(佐世保市在住、直木賞作家)の作品も、そんな同窓生の記憶の曖昧さや噂話から生まれた物語。3人の似たような名前の同級生が、小学生の時にUFOを見た体験が核になって物語が展開される。時間が経つにつれ、同級生やその友達、先生の記憶が交錯し複雑化する。たびたび同窓会の場面もあり、読者は「あるある」とうなずきながら、日常から不思議な世界へ引き込まれてゆく。
直木賞受賞から7年ぶりの長編となる本書について、彼はあるインタビューでこう述べている。
「人は感情を解放して泣いたり笑ったりしないと生きていけない。だから、どうしても感情をコントロールできなくなるような出来事を書きたかった」
なるほど。大人は、子供の頃のように無邪気に泣いたり笑ったり、青春時代のように純粋に人を好きになったり嫌いになったりすることは難しくなる。むきだしの感情を取り戻したいがために、人は同窓会に行きたくなるのだろう。
さらに、佐藤は、こうも言う。
「誰にでも書けるストーリーを誰にでも書けるようには書きたくない。読むのに忍耐力が必要かもしれないけれど、こういう小説を書く今の佐藤正午のままでいいと思う」
同意!と、佐藤ファンの僕は深くうなずくが、新刊が出るまで7年は長すぎる。せめて、4年に1回くらいは…と、願っている。
先日、久しぶりに同窓会の案内状が届いた。出席すればUFOの話をし、欠席すれば今度も抹殺されるかもしれない(笑)。さて、さて、どうするか…ホッホホ~~次回をお楽しみに。
(※以上は2024年3月24日掲載の長崎新聞記事「この本読んでみた!」を再編集したものです)
PS:
佐藤正午は、筆一本で生きてきた。それだけ本が売れて稼いで食べてきたということなのだろう。ある芥川賞女性作家が、日本には純粋に書くことだけで食べていける純文学系作家は両手の指くらいだろう…といっていたが、それが本当なら、佐藤正午はその中に入っているのだろう。
彼は、テレビに出て新刊を宣伝したり、YouTubeやSNSで情報を発信することはない。たまにインタビュー記事は見かけるが、ほとんどマスメディアに出ない。自分自身も、筆一本で生きてきた、と述べている。カッコいいし、凄いと思う。
土曜日のTBSテレビ「王様のブランチ」は毎週観ている。作家が出て、インタビューされたりして、新刊本を宣伝するのだが…、ちょっと寂しい気もする。本が売れない時代だから、それも必要なのだろう。出版元の要請もあるのだろうし、出たがりの作家も増えたのかもしれない。SNSを頻繁に更新する作家もいる。もちろん、それで本が売れたら、それはそれでいいと思う。
でも、僕はなんとなく、作家のことを知って本を読もうと思ったりしないし、本を読んで、その作家のことを知りたいとは思わない。書き終わった作品は、作家の手元から旅立ち、読み手のものとなる。読み手が手に取るのは偶然だし、読んでしまえば、それぞれのイメージを持つ。それが、本なのだ。と言っても、やっぱり売れないとね……(苦笑)…ホッホホ~次回をお楽しみに。
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なんとも不思議な物語だった。これは誰が語っているのか?マルユウ?マルセイ?と頭の中でグルグル回ってた。UFOが出てきたり、謎のメッセージが届いたり謎だらけの物語で解読が難しかったけど、これは解読しなくてもいいのかもしれない、この世界を楽しんで読むことにしようと考えた。そしたらやっぱり再読したいと思った。