電子書籍
極めて興味深い、現代的テーマ。
2024/05/18 13:07
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投稿者:うりゃ。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
環境変化が生物の生存に影響し、行動や形質の選択圧として機能することは以前から知られていた。
しかし地球の温暖化に対し、より北方へ移動するトリ、生涯サイクルを変容するイカ、サケから果実へと主食を変更するクマなど、移動可能な動物だけでなく、植物もまた退避地などへ移動するという点に驚いた。
文明の衰退や紛争の発生と環境変化との関連について言及しているところもいい。
この手の本は、概して脚注が退屈なものだが、この本に限ってはそのようなこともなかった。
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【感想】
気候変動が動植物に破壊的な影響を与えていることは疑いようのない事実だが、では、動植物たちは「何も対処していない」のだろうか?約10~20万年前にアフリカに存在したホモ・サピエンスがユーラシア大陸に向かって大移動した理由は、干ばつなどの「環境の激変」によって暮らしが困難となり、食料の豊富な場所に移住する必要に駆られたからだ、という説がある。当時の人類は、気候変動の原因や移動先の候補地といった情報は持ち合わせていなかった。いわば「現代の動物」と同じ知能・技術しか有していなかった。そんな彼らが気候変動に対して「適応」という選択をしたのならば、現代の動植物も同じような行動を取っているのではないか?
本書『温暖化に負けない生き物たち』は、急速に変化していく環境の中で、動植物が行っている「適応」の方法を解説する一冊だ。温暖化によって多くの生き物が絶滅しているが、絶滅の仕方は様々である。植物の開花タイミングのミスマッチによる食料難。単純に暑すぎるがゆえに起きる餓死・枯死。環境の激変によって被食者がいなくなった結果、捕食者もそれに合わせて姿を消す。いずれも気候変動がその地の生態系を破壊するトリガーとなり、動植物が連鎖的に影響を受けていく。
しかしながら、自然は決して無防備ではない。状況が変われば、動植物は応答していく。
温暖化への対処方法として一番メジャーなのが、ホモ・サピエンスも行った「移動」である。生息域の気温が暑すぎるならば、快適な環境に引っ越せばよい。地球上の生物はこれを自然と行っており、なんと普通は動くはずのない「樹木」ですら移動している。
例えば、オークとその種を食料とするアオカケスについて。1899年にクレメント・リードというイギリスの学者が、とうていありえないと困惑するような出来事に気がついた。ブリテン諸島は2万年前の氷期に氷河の浸食作用で岩盤がむき出しになったにもかかわらず、現在は樹木が生い茂っている。リードには、森林がそんなに速く回復できるとはどうしても考えられなかった。彼は「オークがスコットランドの現在の北限に至るためには、……1,000キロメートル近くは移動しなければならなかったはずだ。外部の手助けがなかったら、100万年くらいはかかるだろう」と述べている。明らかに、何かがオークを北に移動させている。
その見えない力が判明したのは1980年代のことだった。わずか50羽のアオカケスが、ピンオークの木立から1シーズンに15万個以上のどんぐりを持ち去り、冬の間に取り出して食べるために落ち葉の下に隠したり、土の中に埋めたりしていた。そうして運ばれたどんぐりが、湿度の高い場所や冬の気温が温かい場所に落ちれば、そこから発芽して森全体が移動していく。
こうした野外調査や研究によって、最終氷期後にオークの森を進出させる原動力の役割をアオカケスが果たしていたことが明らかになった。また、化石と花粉記録によって、オークの移動速度は10年で3.5キロメートルだったとわかった。
これは移動が上手く行っているケースだが、もちろん、上手くいかなかった樹木もある。ジョシュア・��リーがこの典型だ。ジョシュア・ツリーはかつてオオナマケモノに種子を運んでもらっていた。ジョシュア・ツリーは背が高く、果実ができる場所も高い。その贅沢な実を高いところまで登れるオオナマケモノに食べてもらい、代わりに種子を遠くまで散布してもらっていた。しかし、1万2000年前にオオナマケモノが絶滅してしまった。にもかかわらず、ジョシュア・ツリーは実を付ける場所を高層から変えなかった。そのため今は実を捕食する生物がおらず、年に2メートル程度しか分散できていない。結果として、北方の冷涼な環境に到達できず、絶滅の危機に瀕しているのだ。
――「もし生態系全体が一斉に移動しているなら、そんなに悪いことじゃないかもしれない」とペクルはようやく言った。しかし、生物種はそれぞれ自分のやり方で応答しているので、移動速度も方向も異なるし、まったく動かないものもいる。それで、すべてが混乱してしまう。ペクルに言わせると、「生態学の規則が無効になる」のだ。移動できる種が好みの気候の場所へたどり着けたとしても、そこに定住するためには大きな試練を乗り越えなければならないのだ。馴染みのない食べ物を何とかして見つけ出したり、新しい捕食者や競争者、病気に適応したりしなければならないかもしれない。しかも、入ってくる者と出ていく者があとを絶たず、常に変動している群集の中で、それをやらなければならないのだ。
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以上は対処方法の一例であるが、他にも気候に応じて身体を「即座に(=1世代内で)」作り変える動物や、そうした形質を遺伝し進化に組み込んでいる動物など、様々な方法で対応を行っている。本書を読むと、「もしかして温暖化に対して一番遅れているのは人間なのでは?」と思えてしまうぐらいだ。自然とは本当にたくましいものであると、改めて実感できる一冊だった。
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【まとめ】
0 まえがき
進化論が発表されてから2世紀の間に、科学者や一般の人々の自然観は、「自然は不動不変である」というものから、「徐々にゆっくり変化してゆく」というものや、「突然、急激に変化することもある」というものへ変わった。
本書では、気候変動に対する動植物の変化・反応を考察する。動植物は気候変動にあたって、環境やお互いに対してどのように応答したのか?環境のわずかな変化にも弱いようにみえる種がいる一方、何百万年も存続するほど強靭な種もいるが、こうした強さは何に起因するのか?種の進化と絶滅率に変動をもたらす条件は何か?
1 タイミングのミスマッチ
温暖化は植物の開花のタイミングを変化させる。
生き物のなかには、気温の変化に応答する能力を生まれつき備えているものがいる。そうした植物は気温が高くなると、時期に関係なく葉を出したり、花を咲かせたりする。気候が安定しているときは、どの植物もそれぞれ決まったスケジュールに従っているので、この特性はあまり重要ではない。しかし、気温が上昇し始めると、この対応能力を備えた柔軟性のある植物種は、対応能力を備えていない保守的な種よりも数日から数週間早く成長して開花し、エネルギーを蓄え���ことができるので、優位に立つようになる。時期を早められなかった種の多くは遅れを取り戻すことができないので、やがてはもっと首尾よく対応できる隣人に取って代わられることになる。
植物が開花の時期をずらす一方で、そうした植物を餌とする鳥は、気温に反応して渡りを始めるのではない。夏鳥たちは、春になると長くなる日照時間に反応して渡りを始めるのである。しかし、日長は気候変動の影響をまったく受けないので、生物学で「タイミングのミスマッチ(ズレ)」と呼ばれる状態が生じている。たとえば、ハチドリが到着する前に、蜜をたくさん出す花が咲き終わってしまったり、空腹なツバメが到着しても、当てにしていた昆虫の羽化に間に合わなかったりするのがそれだ。応答する速度の違いのせいか、応答する刺激の違いのせいかはともかく、昔から作用し合うことに慣れきっている生物種同士が、次第に「適切な場所にいるのに、時期が合わない」という状態に陥りつつあるのだ。
生態系を構成する生物種は、競争や捕食、送粉に至るまで互いに作用し合っているので、種ごとに反応が変わると、その複雑な関係に大きな影響が及ぶ。生き残るのに大切なのは柔軟性であり、速やかに適応できない種は大きな困難に直面するが、なかでもたった一つの資源や協力関係に依存している種が最も危険に晒されるだろう。
2 暑すぎる
気候変動が多くの動植物を困らせているもっとも単純な理由が「暑すぎる」という状況だ。地球上の生き物はどの種も好ましい温度幅の中で生きており、その快適域の違いが生育環境を豊かにしている。
気候変動による温度上昇の影響は、陸上よりも海洋の方がずっと大きい。例えばサンゴ。水温が上昇すると、サンゴの本体であるポリプもそこに共生している藻類もストレスに晒され、その結果、サンゴは白化して弱くなり、たやすく病原体に侵されてしまう。サンゴが死滅すれば、その影響は生態系全体へ連鎖反応のように伝わっていく。
3 気候変動による大移動
タスマニア大学の常勤教授であるグレタ・ペクルは、「すべての生物種の25~85%が、その分布域を移動させている」と述べている。地球上の全生物の4分の1以上だ。また、海水温度の上昇や海流の変化によって、さまざまな生き物が低緯度地方の各地から極地へ向かって移動していることが確認されており、海洋生物学者はこの現象を「熱帯化」と呼んでいる。カリフォルニア北部の沿岸では、わずか4年の間にフジツボ、ウミウシ、巻貝、カニ、海藻、バンドウイルカなど、37種が平均345キロメートルも北上したことが最近の調査で明らかになった。
また、フリーマンがカリムイ山の鳥類の分布域――平均気温が0.39℃低かった50年前と現在との分散度合いを調査したところ、上限も下限も平均で百数十メートルも上昇していた。大部分の鳥は生息に適した環境を求めて山の上方へ移動することによって、気温の上昇に応答していたのである。そして、もともと山頂にいた鳥は押し出される形で消失していた可能性がある。ペルーの山頂を調査したところ、かつて頂上付近に生息していた種の半分近くが姿を消していたことが分かった。
温暖化に伴ってみられる移動傾向は2つだ。
1つは極地に向かう移動であり、北半球では北へ、南半球では南に向かう。もう1つは、標高の高いところへ向かう移動だ。
しかも、鳥類や魚類といった自らの足で動き回る種だけでなく、樹木も急速に分布域を変化させているのが明らかになってきている(ただし、必ずしも気温の低いほうに移動するわけではない。樹木にとっては気温よりも年間降雨量の変化のほうが影響が大きいため、結果として逆方向に移動する場合もある)。
4 可塑性
動植物は、絶え間なく変化する環境に対してうまくやっていくために、可塑性を持つことがある。可塑性は一時的な順応ではなく、不可逆な変更をもたらすこともある。
たとえば、2009年と2010年に海水温が著しく上昇したのち、それまでメキシコのカリフォルニア湾の漁場にいたアメリカオオアカイカが忽然と姿を消してしまった、と誰もが思った。しかし、調査をしてみると、イカはいなくなったどころか、以前よりも増えていることがわかった。そのイカは熱ストレスに対して、移動することではなく、生活史戦略を根本的に変えるという方法を採ったのだ。食物を変え、従来の半分の時間で成熟して繁殖し、寿命も半分になった。その結果、新しい成体の大きさが以前の何分の一かにまで小さくなり、従来使われていた擬似餌に食いつくことができなくなっていたのだ。漁師はたまに釣れた個体も、幼体か別の種のイカだと思って捨ててしまっていた。
また、2016年の中頃、西大西洋でサンゴ礁の大規模な白化現象が起きたために、サンゴ礁に生息する攻撃的なチョウチョウウオが、わずか「数週間」で、攻撃回数を3分の2に減らした。資源が乏しいときに競争を減らしてエネルギーを節約し、再び水温が下がってサンゴが復活するのを待ったのだ。
この結果を聞くと、可塑性は生存への利点が多いように思えてくるが、実際には環境がどの程度頻繁に変動するかによって効力が変わってくる。一般的に、特殊化(環境が安定しているときには有利)と可塑性(環境が変動するときには有利)との間に、進化の上で綱引きが生じる。サンゴ食のチョウチョウウオはこの綱引きを具現している。硬いサンゴを消化するという困難な問題を克服したことで可能性が広がり、状況が良い間は個体数の増加に寄与したが、海洋が温暖化した現在はその食性の狭さがあだになっている。攻撃的に振る舞っていたチョウチョウウオがあっという間におとなしくなった変わり身の速さは刮目に値するが、キースの研究チームはこの行動の変化をその場しのぎの対策と考えている。
5 進化と遺伝
カリブ海に浮かぶタークス・カイコス諸島に生息するトカゲは、この地を襲った2つのハリケーンに対応するように進化を遂げていた。高木や低木にしがみついて嵐を切り抜けることができたトカゲは、指球のある足裏部が有意に大きく、前肢が長かった。強い握力を生み出す形質だ。一方、後肢は短くなっていた。それによって、風が非常に強いときに体を後ろになびかせて、抗力を減らしやすくするようだ。調査地のトカゲの個体群はわずか6週間の間に、役立つ形質を備えた個体が有利になるという「適者生存」を行っていたのである。しかも、次世代のトカゲは、ハリケーンに役立つ形質を親から受け継いでおり、ハリケーンの頻度が高い���域ほどトカゲの足の指球部が大きいことがわかった。
フィンランドに生息するモリフクロウの体色には、灰色と赤褐色のタイプがある。以前は自然選択が灰色型に有利に働いていた。深い雪に覆われている長い冬の灰色は隠蔽色になるからだ。しかし、温暖化に伴って積雪が減り始めたために、灰色の隠蔽効果が徐々に低下して、過去50年間に褐色型の頻度が200%近くも増えた。
6 生態系の回復力
種の生息場所を決定しているのは気候――気温や降水量、標高などである。気候によって各生物の「ライフゾーン」が規定される。気候変数をライフゾーンの限界範囲(エンベロープ)から逸脱させすぎると、生態系全体が崩壊の危険に遭う。
鳥類学では、気候の変動要因と、1億4000万件を超える鳥の観察データを組み合わせることで、ある鳥の生息域がどの変数に対して特に反応し、その結果将来の生息域がどう変化するかのモデルを作成している。
たとえば、雨量よりも気温の変化に反応する種もいれば、霜の降りない日数や地形の起伏、湿地の有無に反応する種もいる。こうした「最適」モデルが構築され、それぞれの種について入念に点検すれば、予測は「地図に落とす」という単純な作業になる。たとえば、キクイタダキが特定の気温と湿度の範囲内にある森林環境だけに生息しているとすれば、地球が温暖化したとき、そうした環境があるだろうと思われる場所を特定するだけのことだ。標準的な気候変動予測によって、さまざまな将来の気候のシナリオに応じた答えが得られ、オーデュボン協会はその結果を公表した。
気候変動がもたらす問題は気温の上昇だけではないし、それに対する動植物の応答も移動だけではない。重要だと思われるがモデリングに向いていない、潜在的な変数はたくさんある。たとえば、予想外の可塑性や急速な進化、さらに捕食や送粉、寄生といった重要な関係における変化がそれである。現実の世界は複雑なので、どんなモデルでもあらゆる要因を漏らさずに組み込むことはできない。そこで、実地に似た自然環境を施設の中で作り上げ、二酸化炭素濃度や湿度といった気候変数を変化させることで、生物たちが気候変動に対してどう振る舞うかを観察・予測する研究が進められている。
グリーンランドの氷床コアを解析した結果、生物の分布域の変化、適応行動、生物群集の大幅な再編成の事例が見つかったが、そのほぼ全期間において、絶滅の事例はほとんどなかった。生物の種や群集は耐えられなくなる間際まで、柔軟性を発揮して急激な変化に耐えてきたのだ。
最終氷期の末に氷河が後退して、地球が現在と同じくらいまで暖かくなったとき、150種を超える巨大動物が突然絶滅した。こうした種はそれまでにも、同等かもっと大きな気温の変動を生き延びてきたはずだから、気候変動だけが絶滅の原因ではないと専門家は考えている。もう一つの大きな要因と見なされているのが、攻撃的な人類による乱獲、「更新世の過剰殺戮」だ。その相対的な影響力については激論が続いているが、おそらく種や状況によって異なっただろう。しかし、真に大事な教訓は、人間と生物の間に相互作用があったという事実そのものにある。
生態系の回復力に関しては、背景の状況が大きなカギを���っている。それが現在の危機の気がかりな点だ。生態系は今のところ人間によるストレスに耐えている。しかし、現代人がもたらすストレスは、槍を持った原始の狩猟民と比べてはるかに大きいのである。
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環境に与えているダメージの大きさを思い知らされる。
地球人として、できることは何でもやることだ、に尽きる。