久生十蘭集 ハムレット ――怪奇探偵小説傑作選3
現実と非現実のあわいの世界と人間の狂おしい心情を描く久生十蘭。その該博な知識と彫琢を凝らしたの世界の魅力を網羅した一冊。高等遊民の男と、非常な美しさをたたえた女性との数奇...
久生十蘭集 ハムレット ――怪奇探偵小説傑作選3
商品説明
現実と非現実のあわいの世界と人間の狂おしい心情を描く久生十蘭。その該博な知識と彫琢を凝らしたの世界の魅力を網羅した一冊。高等遊民の男と、非常な美しさをたたえた女性との数奇な運命を描いた「湖畔」「墓地展望亭」、戦後間もなく発表され代表作とされる「ハムレット」と、その原型となった「刺客」等14作品収録。
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小説家魂
2004/02/18 19:39
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投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る
怪奇探偵小説、である。江戸川乱歩の短篇が印象深く、戦前戦後にまたがる時期の探偵小説というのに興味があった。そこには怪奇幻想と探偵趣味とが入り交じったいわく言い難い雰囲気があって、ちくまで精力的に刊行されているこのシリーズを手に取ってみたのである。
じっさい読んでみると、諸篇は探偵小説の範疇には収まりきらない。事件の発生とその解決という手順を踏んでいる小説は皆無である。おそらく十蘭には探偵小説を書こうという意志はなく、ただ小説を、物語を書こうとしたのだろうと思う。
作品ごとに自在に変化する文体、巧みに構成されたプロットなどが読者を飽きさせない。どれも小説を読む愉しみを味あわせてくれる名篇揃いである。つまらなかった作品は「刺客」くらいだった(理由は後述)。
この集のなかでもっとも好きなのは「予言」である。世俗に無関心だが女性に人気のある安部という絵描きが結婚を間近に控えていたとき、知り合いの男がセザンヌの絵のオリジナルを持っているという情報を聞きつけ、その男の家に入り浸るようになる。しかし、その家では主人はいつも不在で、自然夫人のところに入り浸っているという噂が流れる。その時、どうしてかその夫人が自殺してしまい、新聞にさもその関係が原因であるかのように書き立てられ、彼女の夫である石黒に多大な怨みを買うのである。
そして石黒から手紙が送られてきたが、そこには披露宴の後に行くはずの新婚旅行での道中なにがあるかを見てきたように書き立て、最後には妻と誰かを撃ち殺し、自身も拳銃で自殺するだろうという不吉な予言だった。
その時は一笑に付したのだが、いざ旅行に出て数日すると、いま自分の見聞きしているものがどこかで知っているような印象を安部は抱く。
というところから、話は二転三転していくのであるが、予言と現実とが虚実混交しはじめるサスペンスといい、ラストの鮮やかさといい、語り口とリズムがほとんど完璧に律されている文章といい、まさに珠玉である。
二十ページほどの短篇だが、流れるような展開と話の密度がそれを感じさせない。いやほんと、これ一篇で値段分は堪能した気分である。
もうひとつは「ハムレット」がやはり頭抜けている。
避暑地のホテルでまるで現代の人間ではないような仕草、風体の老人がいて、まわりの人間が不思議に思っていたところ、付き従っている男に老人の素性を尋ねたところ返ってきた答えが、この小説という形になっている。昔シェイクスピア「ハムレット」を公演した際に起こった事故から、自分がハムレットであるという狂気に落ち込んだ小松顕正という人物が、事件後数十年たったいまも本当にキチガイのままなのかを調査するために、主人公が潜入したのが、小松ハムレットのまわりで関係者がオフィーリアやレアティーズを演じる奇怪な場所であった。そこで主人公はどうやら小松ハムレットが狂人でないのでは、という疑いを抱くが、とするならば主人公のパトロンとなっている人物の指令によって小松ハムレットを殺さねばならない。
という筋書きだが、本書最後に収録されている「刺客」という短篇も本筋はほとんど変わらない、「ハムレット」の原型として八年前に書かれた作品なのである。
そこで「ハムレット」と「刺客」を読み比べてみると、その作品としての完成度の差に驚いてしまった。「刺客」が嫌になるほどつまらないのである。もともと「ハムレット」を読んでいるためにだいたいの筋書きはわかっているので、次第に謎が明らかになっていく構成の「刺客」は読み手には完全に底が割れてしまっているのである。小説としても、単に素材を羅列した以上の印象がなく、興味深い題材であるのに不完全な料理しかされていない。
それを何年も経ってから、完璧に再構成した久生十蘭の小説家魂には、頭が下がる思いがした。