私たちは快感を感じるものに、なぜハマっていくのか?
2020/05/20 09:16
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、表題にありますように、人間は「快感」と思えるものに対して、なぜ、ハマっていくのか?またそのダークサイドとも言われる依存について、様々な実験データなどを交えて語ってくれる一冊です。同書の内容構成は、「第1章 快感ボタンを押し続けるネズミ」、「第2章 やめられない薬」、「第3章 もっと食べたい」、「第4章 性的な脳」、「第5章 ギャンブル依存症」、「第6章 悪徳ばかりが快感ではない」、「第7章 快感の未来」となっており、誰もが身近に感じるテーマなので、とっても興味深く、また納得させられる一冊です!
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セックス、薬物、アルコール、高カロリー食、ギャンブル、慈善活動……数々の実験とエピソードを交えつつ、快感と依存のしくみを解明。最新科学でここまでわかった、なぜ私たちはあれにハマるのか?
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最新科学の啓蒙書なので、結論は常に留保付だけど、いろいろ興味深い。メインテーマは「依存症」。過去の恐怖の人体実験から、変態とは何ぞやといったつかみ、脳内麻薬様物質の働く様子まで、おもしろエピソードもモリだくさん。人間の脳みそは進化の過程でいきあたりばったりの増改築を繰り返した結果だそうで、まあ21世紀の現状がこんななのもしかたない気が…
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一般読者向けながら、ある程度高度・複雑な脳科学の知を展開してくれる、専門家による良書。
最初の方に出てくる実験の映像が、「快感回路(報酬系)」の原型だ。ラットの脳の或る箇所に電極を仕込み、ラット自身がレバーを押せば、その電極が特定のニューロンを刺激するように設定する。すると、電極による快感に病みつきになって、ラットは食欲も性欲もすべてそっちのけにして、ひたすらレバーを押し続ける。
ドーパミン・ニューロンを中心とするこの快感回路が、人間のさまざまな行動に関係している。・・・とはいえ、科学原理主義者ふうなど素人とはさすがに違い、この専門家は、さまざまな事象をなんでも快感回路に還元するのでなく、他のさまざまな部位のニューロンの活性化との関係をも強調する。
特に面白かった箇所の一つは、「性欲」刺激と「恋愛」刺激とが、双方とも快感回路の活性化をしめしながらも、他の異なる部位の活性化を伴っており、従って脳現象全体としては、異なった体験であることを結論づけている辺りだ。つまり、「愛か、性欲か」という、人びとを悩ませ続けた難問の一つの答えが、これである。
ギャンブル依存、ゲーム、タバコなどに関する「快感」現象についての部分も、実に興味深かった。
脳科学としてすべてを器質に還元するのでなく、社会文化的要因をもちゃんと重視しており、決して科学「馬鹿」にならないスタンスが一貫していて、とても好感が持てた。
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原題「快のコンパス」。最新の脳科学の本としてべらぼうに面白く、驚きと常識が覆る事例の数々に目から鱗が溢れだすような読書体験だった。20世紀半ばまで、人間の学習は懲罰さえあれば報酬/快楽は不要と思われていたという事実は社会的基盤を考えていく上で示唆に富んでいる。快というのを遺伝子やシナプスの働きによって解明させつつ、人間が学習や観念によっても同様に快を感じられるというのは興味深いし、依存症患者の問題は決して当人の責任ではないかもしれないが回復は本人の責任なのだという言葉も突き刺さる。文句なしのスゴ本。
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「人間の行動を脳の仕組みから知る」という点において非常に良書。
結局人間も、「快感」を追い求め、プログラムにそって「感じて」「決断して」生きてるとよくわかる。
人間は自分が動物にしか過ぎないという答えにたどり着いた初めての動物だろう。
科学的な本なのに、哲学な気分にさせられた
ヽ(´o`;
快感や科学に興味の無い人でも一読の価値有り。
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秀逸なサブタイトルに無性に惹かれて購入しました。
痛みと快感が一体・・・みたいな話はSMか!って思いました。「痛み」が注目するに値する、無視してはいけない出来事であるということに納得しました。
深夜のカップラーメンのような低レベルの快楽に身をやつすことなく私も高度な快感回路を身につけたいと思いました。例えば勉強するだけで快を感じるみたいなそういう人。はい。一生なれない気がします。
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が、慈善活動をしたり、税金を納めたり、未来の出来事について情報を得たりといった行動はみな、ヘロインやオーガズムや脂肪たっぷりの食品に喜ぶ快感回路と同じ神経回路を活性化することが、脳の画像研究からわかっている
私たちが生き続け、子孫を残すためには、食べたり飲んだりセックスをしたりといった経験を、快い(報いられる)ものと感じる必要がある。
。快感が私たちにとってこれほど力を持つのは、快感回路と脳の他の部分との相互連絡によって、記憶や連想や感情や社会的意味や光景や音や匂いで飾り立てられているからだ。
「自然は人間を二つの独立した支配者の元に置いた。痛みと快感だ。人間のあらゆる行為、あらゆる発言、あらゆる思考はこの2つに支配されている」
「快は確かに人間の心の働きの指針となり、美徳へも悪徳へも導いてくれる。痛みも同じだ。しかし、痛みと快は一本の棒の両端ではない。快の反対は痛みではないのだ。愛の反対が憎しみではなく無関心であるのと同様、快の反対は痛みではなく倦怠、つまり感覚と経験への興味の欠如なのである」
快感 も、 痛み も、 共に サリエンス( 顕現 性) を 示す という こと に なる。 つまり、 それ は 潜在的 に 重要 な 経験 で あっ て、 注意 を 向ける に 値する と いう こと だ。 情動 とは サリエンス の 通貨 で ある。 多幸 感 や 愛 の よう な ポジティブ な 情動 も、 恐怖 や 怒り や 嫌悪 の よう な ネガティブ な 感情 も、 どちら も、 それ は 無視 し ては なら ない 出来事 だ という こと を 告げる もの なの だ。
想像 し にくい のは、 どう すれ ば 回路 を 微調整 し て、 新た な 色合い を 持つ 微妙 な 快感 を 紡ぎ 出し たり、 快感 を 組み合わせ たり できる か だ。
のは、 悪徳 で あろ う と 美徳 で あろ う と、 人 を 反復 的 行動 に 駆りたてる のは、 神経 学的 に 同じ 快感 だ という こと で ある。 この 意味 で、 快感 は 人 の 行動 を 導く 羅針盤( コンパス) だ と 言える。
もう 一つ の 結論 は、 依存症 とは、 人間 が 持つ ある 能力 の 裏返し だ という こと で ある。 その 能力 とは、 何 でも 望み の 対象 を( 生存 や 繁殖 の 必要 性 とは 無関係 に) 快感 刺激 に し て しまえ る 柔軟性 で ある。 この 柔軟 な 能力 も 依存症 も、 共に、 脳 の ニューロン の ある 種 の 物理的・構造 的 変化 を 基盤 に し て いる。
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朝起きたてのコーヒーはうまいですよね!誰がこんな素晴らしいものを発明したんだ、と感謝したくなる(^o^)しかしなんで甘くもないし、ただ苦いだけで、栄養もなさそうなこの黒い液体を、我々はありがたがって飲むんでしょうかね?不思議だ。で、コーヒーといえば我々人間以外にも同好の士がいることはご存知でしょうか?それはエチオピアの高地に住むヤギさんです。彼ら彼女らもコーヒーが好物なようでコーヒーの実をむしゃむしゃと食べているらしいです。コーヒーの実自体には栄養があるんでしょうか?それともエチオピアのヤギさんたも我々のようにカフェイン中毒なんでしょうか?
動物といえばこんな話も。シベリアに住むトナカイはベニテングダケという幻覚作用をもたらすキノコが大好きらしい。これこそ栄養のためではないらしい。なぜならベニテングダケを摂取しても神経に作用するのはほんの一部で、ほとんどは尿として体外に排出される。で、その尿をめがけて他のトナカイが、えらい勢いで集まって集団でラリるということ(笑)。こうなってくると、ベニテングダケが栄養を求めてベニテングダケを求めるのではなく、摂取することによる、何らかの神経的作用つまり「快感」を求めている、って事なんでしょうね・・・・というような面白ネタが書いてあるのが今日ご紹介する本。
【快感回路 なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか (河出文庫) Kindle版デイヴィッド・J・リンデン 】
www.amazon.co.jp/dp/B0105RNC9S
昨日は「幸せ」についての本をご紹介しましたが、その幸せってものも、考えてみれば、何らかの意味で「快い」からこそ、幸せを感じるんでしょうね。つまり「幸せ」という現象の成分は「快楽」からできている、とも言えるのではないでしょうか?で、人間は個体として生き延びる、または種の存続に対して、マッチした行動をとると「快楽」というご褒美を得るように設計されている。食べたり、寝たり、セックスしたり・・は気持ち良い。でも、この「快楽」っていうご褒美、いわゆる「品性方向」な行動以外にも「快楽」というご褒美がもらえたりするところがなんともトホホですよね。
どういうことかというと身体に良い美味しい食べ物を食べれば快を得るのは当然だけど、また同時に不健康極まりないジャンクフードを食べても快を得る。しなくちゃいけない事を全部うっちゃってベットの上でゴロゴロするのも快だし、また誰に頼まれたわけでもないのに身体を酷使して運動をするのも快を得る手段。そして悪知恵を働かせてムカつくライバルを蹴落としても快を得る事ができるし、自分の利を捨てて他者に貢献する事でも人は快を得る。そう考えると「快楽」っていうシステムは謎だらけ。で、その訳のわからない「快楽」の暴走によって、ギャンブル依存症とか、ドラッグ中毒っていう問題が生まれてくる。本書では、過食、ギャンブル、ドラッグなどの依存症になりやすいものについてからも「快楽」を考察しています。
そのあたりの謎の一端を解こうと、専門的な神経科学の情報をもとにこの本では研究しています。私そちらの方面詳しくないので理解できているのかとい���れると厳しいですが全体的には面白い一冊でした。特に最後のほうで著者が面白いことを書いてます。それは将来野球帽のような「快楽誘発帽子」みたいなものが実用化されるのではないのか?という発想。その帽子をかぶって、どんな快感が得たいかと指示すれば、帽子に埋め込まれたセンサーが作動することによって、その快感を引き起こす脳の一部分を刺激して、お望みの気持ちよさを体験させてくるという装置。そんな帽子が発売されたら皆さん被りますか(笑)ただ著者はそのアイデアに自分ツッコミをいれていまして、そんなに簡単に快楽を得られるようになったら、なんにも気持ちよくなくなるかもね、ということ。確かにそれはあるかもと私も。快楽ってたぶん、なかなか手に入らないものが、どうにか、こうにか、手に入れて、そこで初めて本当の意味で満足して気持ちよくなる、つまり「幸せ」になるんじゃないのかな・・・と。
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「快感」とは何か、なぜ人は快感に「依存」してしまうのかを、神経科学的視点(主に脳の腹側被蓋野とドーパミンの働き)から解き明かす。快楽というと真っ先にクスリ、アルコール、セックス、ギャンブルなど非道徳な行いが思い浮かぶが、ジョギングや冥想、学究に至るまで人間の「動機」あるところ、必ず快楽があると言っても過言ではない。本に出てくる事例では、慈善や寄付など真に利他的と思われる行動であっても、その行動を行なっている本人は快楽を感じている(と解釈できる)研究例が示される。
また、「禁*セラピー」の Allen Carr は「依存に遺伝や大切は関係ない。依存していないように見える人は、依存の程度が軽いだけ」という立場に立つが、最新の神経科学の結果は、「どうやら依存しやすい遺伝形質というものがあるようだ」という結論だ(もちろん Carr は科学者ではなく、依存から脱却するために最も適切な考え方を示しているだけなので、間違っているわけではないのだが)。
将来は快楽と依存を切り離し、依存にならないようにしながら、様々な快感を自由にブレンドして味わえるようになる…のだろうか? それは、ソーマだな。
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快とか依存症とかについて科学的に説明している本。結構化学の用語があって難しい。ともかく、メカニズムを知ることによって、快感に囚われてしまっている自分をメタ認知して再考できるようになることが大事。
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ど文系の私には科学的に書いているから少し難しい所もあったが、実験のまとめ、何を意味しているのか、本題とどう関連しているのか、を丁寧にまとめてくれている親切な本。また、哲学とも絡めている点が良い。最後の「快感がありふれたものになった時、私たちは何を欲するのだろうか」は考えさせられた。
え!そうなの!みたいな新発見、私がずっとしていた誤解がかなり見つけられたので、個人的には大満足。
個人的には第4章の性的な脳が面白かった。男女で姓に関する働きが違うのはおもしろい〜
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肥満した若い女性と痩せた若い女性を被験者として、チョコレートミルクセーキを飲んでもらった。
その結果、肥満の被験者の方が痩せた被験者よりも、チョコレートミルクセーキの一口が引きおこす脳の活性化が小さいことがわかった。
これは快楽回路が鈍感になるという結果だ。
さらに、肥満の人はミルクセーキを飲む前、飲もうとしている時に、快感回路が比較的に大きく活性化する。
つまり皮肉なことに、彼らは大きな報酬を望んでいながら、実際には小さな報酬しか得られないようなのだ。
そもそも肥満の人は、痩せようと思いダイエットをして体重が減っている時は
飢餓状態にあるため、ダイエットをしていない人よりも食事が魅力的に見える。
昔は、今のように食物が豊富にないため、栄養を蓄える必要がある。その記憶が刷り込まれているため
現代の人類が体重を大幅に落としてそれを維持しようとする時、その努力は、数百万年すみ重ねられた進化に抵抗することなのだ。
これを考えるとダイエットを成功させた人というは、並みの精神ではありませんね。。。
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薬物、高カロリー、ギャンブル、セックスや慈善事業に至るまで、反復的行動に駆り立てる欲求は全て、神経系上の同種の反応によってもたらされる快楽によるものだと、膨大な実験結果を元に書いた本。
久しぶりに比較的新しい本を読んだ気がする。
カロリーやセックスは必要なので先天的にそういう回路を組み込まれてるだろうし、直接神経系に関与する薬物も分かるけど、ランナーズハイや慈善事業なども繰り返し学習することによって同種の反応が見られるようになるって話は面白かった。
ギャンブルで得られる金銭はカロリーにならないが、それにもたらされるカロリーに期待し、報酬系が発達していく。
不確実性や、他者比較などに晒される環境下では加速的にその発達が促されることは分かっているが、ではランナーズハイ等により得られる快楽の発端は?という点はまだ不明な感じだった。
遺伝子の話もそうだけど、こういう本を読むと「意志」とはなにか?と考えてしまう。結局遺伝子とそれによって形成された神経系によって支配されてるよなぁと。
そこに社会性が絡んでランダム性が加速すると、結果あまりに多様化するので、我々は一見「自由」に見えるんだろうなと思う。
意志などないし、ましてや生きる意味なんてないよね。という所をベースにすると、それでも人はそれを求めて悩むのはやめられない性なので、結局一生かけて自分を納得させられるストーリーを紡いで、それを生きる意味とするしかないんだよなと強く思う。
自分を納得させるロジックを積むことが出来るのは、人間だからこそできることだと思うので、そこそこスッキリとする考えである(当社比)
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脳に電極を埋め込んでマウスや猿、人間を使った実験が多かった。かなり脳のニューロンや化学物質に踏み込んだ話が多いので読み応えがあった。
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脳内物質の放出や脳内部位の活性化の観点から快感について解説する本
依存症患者は強い快感を得ているわけではなく、快感の閾値が高く、そこに達するための渇望のために、依存に陥るというのは、非常に勉強になった。
また、惜しかった結果は、達成したものと同じような快感に感じることなど、パチスロのようなギャンブルは工学的によく計算されたものであることが分かった。
具体的な報償ではなく、情報を得ること自体も快感になっている点については、身につまされた思いで、私も依存症患者の1人なのかもしれないという心持ちになった。