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レビューアーランキング
先月(2017年8月)

本門寺四十郎さんのレビュー一覧

投稿者:本門寺四十郎

4 件中 1 件~ 4 件を表示

大いなる旅立ち 上

2002/03/15 22:24

シーフォート君危機乱発!

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 殖民星へと向かう国連軍宇宙軍艦ハイパーバーニアは、その道行きの半ばにして艦長以下全士官が死亡し、残るは士官候補生のみという大災厄に襲われる。かくして17歳の士官候補生が船の指揮を執るという非常事態に陥った。だが、その災厄はまだ始まったばかりだったのだ!

 という、「奇絶怪絶また壮絶」というか、「シーフォート君 危機乱発!」といった風情のSF青春軍隊物である。なにしろ、上巻の半分に至ってシーフォート君が艦長に就任すると、上巻の残りでトラブルは一応解決するのである。これで下巻に書くことがあるのかと思って読み進むと、さらにとんでもない事件が待ち受けている。その事件も下巻の半分近くまで来てなんとかクリアして、さすがにもう書くことはなかろうとのほほん読み進むと、なんと、ここからさらに信じられない大事件が発生するのだ!

 とにかく、こちらの予想を越える事態が次から次へと、しかも後になればなるほどテンポを速めて襲い掛かってくるのである。ジェットコースタームービーならぬ、ジェットコースターノベルというべきであろう。この展開は文句なしに面白い。

 とはいえ、もちろん手放しで誉めるわけにはいかない。光速通信より宇宙船のほうが先に着く情報的に断絶した宇宙を、無線のない18世紀の海洋にたとえて描く、という手法は珍しくないが、ここまでそのままというのはどうなのか、という気もする。また、SF的ガジェットも乏しく、SFならではの気の利いた設定も感じられず、だったら「ホーンブロワ-シリーズ」を読んでいればいいのでは、という気にならなくもない。

 そういった意味では、面白いがそれだけでしかない、という評価に落ち着かざるを得ない。

 だが、ステレオタイプではあるがキャラは魅力的で、「エンダーのゲーム」のビーンたちに感情移入できた人なら必ずや楽しめる1冊だ。とにかく100ページまで読み進んだら、もう最後まで本を置くことはできないだろう。SFとしては評価はしかねるが、お金と時間を損させない、エンターテインメントとして、高く評価する。

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紙の本人はなぜ歴史を偽造するのか

2002/03/09 10:18

自分を正当化するための偽りの歴史

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 現在の自分を正当化するために、あるいは正当であると思い込んでいる自分を取り戻すために、偽史はあちらこちらに出現する。「ユダヤの議定書」はその中でも代表的なものだが、日本においても偽史は数多く存在する。いや、この著者の言葉によれば、日本こそ偽史の本場と言えるかもしれない。

 たとえば、西欧との比較で職人たちの法の制定の仕方を対比すると、西欧ではギルドが当初権威を守護聖人に求めていたのが、やがて自分自身を根拠として職業の格付けを確立するように努力しだす。これとあわせて、徹底した文献批判が行われ、偽文書・偽証明書・偽契約書を破棄し、その作成を厳しくする法律を制定して、今日に至っている。これに対し日本では、各職種の慣習を法としてまとめたはずの式目が、天皇綸旨の形で成立している。もちろんこれは偽書なのだが、にもかかわらず天皇という権威を根拠にその正当性を主張しているのである。

 この二つの違いは、緩いながらも天皇の権威が千数百年も保たれた日本と、すべての権威がリセットされ、自らの権利は自らで守るしかなかった西欧との環境の違いによるものといえるだろう。それゆえ、日本においては偽史は決して真正面から否定されるものではなく、その奥に秘められた意向を尊重すべき存在と見なされてきたのだ。

 そうした「偽史に甘い」日本において、果たしてどのような偽史が形作られてきたのかを述べたのがこの本だ。中盤、やや事例が繰り返しになる嫌いがあるが、それでも日本がさまざまなフィクションに基づいて運営されてきた国だというのがよくわかる。そのときやりたいことに対して、それにふさわしい偽史がすっと提示される。そしてその偽史に基づいて、自分の望むことを成そうとする。そういう国の動きがこの本には描かれている。

 ただ、それだけではこの本は過去を振り返るだけの本にすぎなかったろう。一番見事なのは、最終章であり、あとがきである。偽史に彩られた日本という国の現在も、また日本国憲法の作成という偽史によって大いにゆがめられている。どうゆがめられているかについては、この本をぜひともご一読願いたい。

 とにかく現在の日本の問題は、そもそもどこに原因があったのかを明確に指摘する良書であることは間違いない。

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文字通り、リアルに網野善彦の「足跡」を辿る

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 網野善彦といえば、対馬や能登、瀬戸内の海民を中心に新たな中世の見方を開発/紹介してきた人だが、一般にはその発見の結果しか知られていなかった。ところが、なぜそうした発見に到ったのか、なぜそうした資料を読み続けなければいけなかったのかが、この本の中で語られる。

 話は敗戦間もない1949年に始まる。当時「漁業制度改革を内実あらしめるため」「全国各地の漁村の古文書を」「蒐集、整理、刊行する仕事を推進し、本格的な資料館、文書館を設立」するために、全国の漁村に古文書蒐集のために人員が送られた。その中のひとりに網野善彦があったのだが、この企ては5年あまりで頓挫し、全国から集められた古文書は返却されることも研究されるなく、ただただ死蔵されて続けていた。

 30年あまり経って、ようやく神奈川大学で常民文化研究所を立ち上げ、それなりに自分の力を振るえるようになって、この古文書の返却が始まる。あちこちに頭を下げに行き、それを急ぎ研究しては返却するということを繰り返す。そのたびに、古文書から新しい発見があり、それが網野史観の支柱となっていったことがわかる。特に能登の時国家の項では、新たな発見がどれほどの興奮を生んだかがリアルに伝わってきて、実に面白かった。

 文中には「災い転じて福となす」というセリフがたびたび出てくるが、まさに網野善彦の実感であったろうと感じられる。

 正直、戦後の混乱した時期の民俗学・歴史学の裏面史としては広くアピールするようなものではないと思うが、網野史観の本を数冊読んでいれば、「ああ、アレはこれのことか」と楽しく読むことが出来、通り一遍の記述の背後にこういうリアルな動きがあったのか、と肉付けでき、これまで読んだ歴史が血の通ったものとなるに違いない。

 網野ファンには必読の、だがそうでない人にはさほど役に立ちそうにない一冊だ。

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紙の本天才伝説横山やすし

2001/08/09 09:53

谷町筋の私小説

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 『おかしな男渥美清』を読んだときも感じたのだが、小林信彦の、この対象に対する妙な距離感の取り方が、読んでいてすごく煩わしい。のめり込みもせず、かといって冷静なわけでもなく、物語の登場人物が冷静に書こうと努力して失敗しているような筆致で、『日本の喜劇人』や『世界の喜劇人』にあるような、愛情と評価の両立ができていないのだ。要するに対象への距離を取るのに失敗しているのであり、評論やノンフィクションとして読むとはなはだバランスが悪い。というのも、これは結局周囲の知人を扱った私小説であるからだ。年をとって「文学」に戻った小林信彦は、どうも好きになれない。

 で、これは映画『唐獅子株式会社』で横山やすしに迷惑を掛けたなという思いと、だからといってなつかれても困るという困惑が混ざった、小林信彦から見た一人の漫才師の記録である。文中、萩本欽一やビートたけしによる芸人による芸人評があって、そこのところは面白かったが、基本的には私小説なので、重く読後感がよくない。小林信彦の私小説が好きな人以外にはお勧めしがたい。横山やすしについて読みたい向きには、むしろ巻末に収められている『吉本興業を創った男 笑売人 林正之助伝』や『吉本興業女マネージャー奮戦記“そんなアホな!”』などの参考資料のほうがはるかに役立つだろう。

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