類太郎さんのレビュー一覧
投稿者:類太郎
集合・位相入門 新装版
2019/07/20 05:53
私が数学の道を歩む際の指標になった本
11人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
古い本に時々あるドイツ文字と, それらに対応しているアルファベットの表があり, 他書を読むにも役に立つ. 全体にわたる詳細な説明の他にも, 他の本に書かれていないことは, いくつかある.
空集合は任意の集合の部分集合であることを, 論理学の根幹にあるふたつの基礎と対偶の原理を認めるなら「証明」可能であると明記している. そして納得のいく証明がある. この部分は(1+1/3)ページ分で済ませられている. しかし抜けは無い.
「{}⊆A」は論理学の立場から観ると「自明」なのだが, 高校数学からの接続を図って書かれた大学数学の本には, 杉浦「解析入門1」の付録に本書より厳密かつ豊潤に書かれてあるくらいだろう.
(選択公理が必然的に必要で通読には必須ではないが)有限生成な群の極大な部分群の存在証明と線型空間の基底の存在証明をしている. これらを同じ本で知ることができるのは珍しいだろう. 線型代数の本で基底の存在証明には, (理論上)自明な選択公理が使われているが, 本書では無限次元の場合まで含めているのだ.
無限次元の線型空間に基底が存在することを保証するには, どうしても(自明でない)選択公理が必要になる. 選択公理を適用する具体例と有用性が, 両者により分かると思う. 他書では, 位相空間論において, 空でない位相空間の直積が空でないことなど, 位相空間の範囲で例示されている場合が多い.
ただし, あくまで「存在定理」は構成に何も言えない. 任意有限個の線型結合ではなく任意有限個の線型結合の極限(ノルム収束)の意味なら, 関数解析における(可分な)ヒルベルト空間に, 基底は三角関数あるいは多項式により構成されている. これは数理物理学からの要請による. 広く知られていないけれど, 可分なバナッハ空間にも(ノルム収束の)或る意味の基底は存在する. ノルムとバナッハ空間については本書にも説明がある.
R^nの点集合論による位相空間の前置き, 距離空間の前置き, それぞれが先々を見通しているだけではなく, 読者の理解の速さに配慮した形で語られている. 例には他書とは違い, 開基, 部分集合の特徴付け, 連続写像, 基本近傍系, などの事項もある. いきなり開集合系を与えることは最近では少なくなってきたようだが, 初版から50年を過ぎている今も読み継がれる常に好評な本書によると考えていいだろう. 距離空間の完備化などの証明を写されたことも多々ある.
読者に練習問題として任せた, 行間・事項・証明, などは, どれも何故か解いていて楽しい. 省略された内容は自ずと実力が高まる程度であり, 節末の問題には, 本文の拡充も今までの理解を確かめられる問も多い. 見たら直ぐに見当や方針が浮かぶ時も, 簡単ではない時も度々あるが, 自力で解ける時もよくある. そして何故か問題と向き合うと不思議に面白く感じる.
序文では高校生でも理解できるように説明したとある. 実際に私は高校生の時に読み始めたのだが, 難なく無理なく読み進められた. 順序対の定義は感覚的で, 写像と同値関係の定義も感覚により述べてから「逆」として「定理」の形で述べられているが, 初学者には, そのほうが分かりやすいかもしれない.
前半の写像まで読み, そこから位相空間へ進むと早く読めると感じた. 必要なら位相空間の最小限を済ませてから, 解析学の主な舞台である距離空間へ進んで前の事項を参考にしながら読む方法も, 効率が良いかもしれない. 誤植は1箇所しかない.
なお, 読みにくさについて私は気にならない程度だと思う.
集合論の初歩と位相空間論は他には
庄田 集合・位相に親しむ
内田 集合と位相
森田 集合と位相空間
がおすすめである.
微分積分 大学教養
2020/04/18 06:41
解析学の初学者向け入門書
9人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
厳密性については中程度である. 杉浦氏の解析入門や松坂氏の解析入門ほど厳密ではないが, ラングの解析入門や並の微分積分の入門書よりは, 実数論から始めたりε-論法で定理を証明したり並の本では証明が省略されがちな定理に証明を付けたりと論理面は割と強固である. 直観的な説明を先にして後から厳密に定義・証明をする形なのと, 例や例題が多いのですぐに読めてすぐ理解できる. 既に微分積分を学んだ人も理解が深まると思う. 章末問題にも理論的に興味深い内容や重要なものがある. 予備知識は特に無いと思う. ただ, 写像・像・単射・全射・全単射・逆像・逆写像の定義を知っていると理解がしやすいとは感じた.
解析学の入門書としては内容不足な印象もある. 厳密性も完全ではない. 例えば数列や関数列, 合成関数の微分, 広義積分, 一様収束や(冪)級数について物足りなさを感じた. 理論的な数学を学びたい方は, 本書を読んだあと杉浦氏か松坂氏の解析入門を読むことをおすすめしたい.
ていねいに書かれてあり具体例が豊富にあり初等的なので初学者向けである. 読んでいると大学の微分積分を必死に学んでいた15, 16歳の頃を思い出す. 純粋な気持ちになってくる. 加藤文元さんに感謝したい.
数学ガール ポアンカレ予想
2019/02/24 22:05
数学の深さと広がりがわかる本
7人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
数学の難問を説明するには, それなりにいくつもの分野から必要となる概念や定理を取り出して説明するだけではなく, それらを読者または聞き手が道具として認識できる程に理解しなければならない. そして著者または発表者は, 予備知識を殆んど仮定できない状況において, 非常に多くあるそれらを理解されるように説明しなければならない.
本書の主題がポアンカレ予想に関する解説であると考える人もいるが,「数学ガール」というシリーズの意図と著者の意向では, 数学徒内外の多くの人にポアンカレ予想について少しでも知ってもらうように著された物語風の解説書, と考えるのが正確だろう.
私も, ナビエ-ストークス方程式のミレニアム問題(流体力学の基礎となる偏微分方程式の適切な解の一意存在問題とその解の可微分性)について多変数関数の微分積分から始めて代数系や位相および測度とルベーグ積分などを必要に応じて説明し, ミレニアム問題の意味と進展まで説明しようと執筆のメモまで用意してあるが, やはり本書のように, いきなり本題に入れるのは限られた場面だけで, 最終目標に達するまでかなりの準備を要する.
「単連結な3次元閉多様体は3次元球面と同相である」という主張を数学ガールのシリーズで説明できたこと自体が高く評価されるべきなのだ. 単連結という語は「穴がない」ことであるが, 厳密に表現するには, 基本群の他でも, ホモロジーやコホモロジーあるいはコーシーの積分定理の位相幾何的考察など, 進んだ数学が必要である. 物語として不自然にならないようにしつつ閉多様体の概念を述べるのも, 数学の専門書に慣れているとは限らない読者層にも配慮するとなれば, 本書にあるような説明はかなり自然な物だと思われる. 熱伝導方程式とその解の平滑化の説明がポアンカレ予想におけるリッチフロー方程式の性質の理解に役立つのは, 本書をていねいに読めばわかるはずである.
本書は図説がとても多く, しかも見やすい上に, 文も読みやすいだけではなく, 幾何学と代数学そして解析学が融合して, さらに物理学まで関係していく様子を, 臨場感を味わいながら楽しく学べる. また, 始めあたりのグラフ理論の話も, 当然内容の理解に必須ながら, 私はここを読んで「離散数学で使われる位相が離散位相なのか…だから冪集合が定める位相を離散位相というのか」と位相を学んで8年来の疑問が晴れた. また位相の導入では自分が普段数学を教えている時と同じことが書かれていた. やはり世の中には自分と同じことを考える人がいるのだなと感じた. 位相の説明は, 位相を実際に教える上でも役に立った.
また非ユークリッド幾何学についても入り口をかなりていねいに解説しており, 多様体の計量の概念を深く理解することができた. 詳細は省くが, 或る種の複素多様体では計量が存在するか自明ではなく, その計量を未知関数とする非線型偏微分方程式の解の一意存在問題によって解かれる. このことを, より本質から理解したいので, 非ユークリッド幾何学の説明が最も思い出に残っている.
終わりにデルタ関数という超関数が現れるのも, 超関数愛好者としてはうれしかった.
幾何学のおもしろさだけではなく, 代数学と解析学と物理学のおもしろさまで楽しめつつわかる本である. 収穫は位相幾何の入門事項だけではない. ぜひゆっくりていねいに読んでみていただきたい.
私は, ポアンカレ予想を知って, また知り合いから「位相幾何でも微分形式の積分でルベーグ積分を使う」と聞いて, 位相幾何に興味を持った. その理解の第一歩となった本である.
具体例から学ぶ多様体
2020/03/24 17:03
具体から抽象へ, を意識した本
6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
実数論・位相空間論の復習から入るが, 既知のほうと思う. 群の入門も兼ねている.
同値関係と順序関係をまとめて二項関係の一種として定義しているのは違いがわかりやすいであろう.
複素平面Cの四則演算と両立するCの順序関係が存在しないことを示しているのは貴重である.
単位円S^1の章では立体射影の考えを強調し後の章にも自然につなげている. またS^1上の実数値連続関数が全射でも単射でもないことを周期性を使わず立体射影を用いて説明している.
図説がとても多く, 具体例を通して, 多様体の定義や様々な概念がゆったりと説明されている. 本書では豊富な具体例から多様体を学ぶことができる. 接束とその切断にも図説がある. 可換図式はイラスト付きなのはとても親切である.
座標変換については写像の制限を省略せずに厳密かつていねいに書いてある.
多様体の入門書では珍しく径数付き多様体を多様体の本論に入る直前に扱っており, 陰関数定理が局所的に多様体の例を与えることを明記している. これは非常によい工夫だと思う.
(体上の)線型空間の定義では加群の定義と重複しないようにするためか, 逆ベクトルの存在の代わりに「0a=0」を仮定している. これは
ベクトルx, yに対してx+z=yとなるベクトルzをyとxの差と定義しz=y−xと表す;
ベクトルaに対して, −a=(−1)a;
ベクトルx, yに対してy−x=y+(−x)
と定義すれば
0a=0 ⇒ a+(−a)=(1+(−1))a=0a=0
ゆえに−aはaの逆ベクトルとなる. また−aがaの逆ベクトルならば
0a=(1+(−1))a=a+(−a)=0
ゆえ「0a=0」と逆ベクトルの存在は上の定義をすれば同値となる. 体自身が本書の意味で線型空間であることの証明では逆ベクトルの存在を前提としており循環論法であるが, 著者の藤岡敦先生に尋ねたら, その通りであり線型代数を学んだ人を前提としている, との回答だった. また係数付き多様体については写像f:D→R^nとその像f(D)を同一視している. これから出る版では訂正されているだろうけど, 複素関数についての説明でローマンの定理(領域Dで連続な複素関数fがコーシー-リーマンの方程式を満たせばfはDで正則なこと)を紹介しているが連続性の仮定が抜けている.
とはいえ, 本書は具体例から学べるので多様体の理解が深まるいい本である. 数学は高度になると抽象論より具体例のほうがわかりにくいことがある. 既に多様体を学んだ人にもおすすめである.
多変数解析関数論 学部生へおくる岡の連接定理 第2版
2019/12/15 01:34
多変数複素解析を極めたい人へ
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
初版よりは読みやすくなったが, まだ行間や自明でない点が多い. またハルトーグス現象には触れられいても入門書には必ず書いてあるハルトーグスの正則性定理には言及がない. 8頁目で新たに未定義となった記号がある. 多変数複素解析の初学者向けではない. とはいえ入門書には書かれていないこと(前層と層の関係, ハウスドルフ空間にならない層の例, 層係数コホモロジーの詳細な説明など)で所々参考になることが書かれてあるので手元にあって損はなさそうである. 図説の位置も見やすいように移動されている. ちなみに多少の関数解析の知識も要る.
多変数複素解析の初学者向けには
培風館「多変数複素解析」
が最高であるが残念ながら絶版のようである. 他は
一松「多変数解析函数論」
若林「数学のかんどころ 多変数関数論」
倉田「多変数複素関数論を学ぶ」
をおすすめしたい.
金子「超函数入門」にも多変数複素解析の解説があり参考になる.
定本解析概論
2019/05/23 04:57
微分積分読本の古典
6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
私が見た限りでは, 数列の極限の例として挙げられている lim_(n→∞)(a^n)/n!=0(∀a>0) の証明と実数の連続性についての考察においてアルキメデスの原理を暗黙の了解で使用していること, 公理的測度論において全体集合の可測性を仮定していないこと, ルベーグ積分の構成に不可欠な「Rの開集合は(互いに連結していない複数の)開区間(の和集合)である」ことの証明の誤り, がある. アルキメデスの原理が「実数の連続性の公理に含まれる」(意訳すると下限の存在からアルキメデスの原理が出る)ことの証明は, 後の積分法の章の始めに, 古代の求積法の紹介の最後にある. 上限の存在によるアルキメデスの原理の証明も, 何か間違えていないかと考えていた. また「zの有限な値に対して」指数関数の値は 0 にならないと述べているが, リーマン球面を定義していない(無限遠点 ∞ を定義していない)ので明確な意味は無い. 「zの値が無限大」であることは, リーマン球面 C∪{∞} において意味を持つ. ここでは単に |z_n|→∞ となる点列 {z_n}⊂C に対する関数値 exp(z_n) を論外とすることを意味するのだろう.
しかし私としては, 何を伝えたいかは正確に伝わってきたし, 書き方が, 詳しいけれど冗長でもなく語りかけるようなものであって(前書きを意訳すると, 専門書の書き方と, 文庫本の書き方をうまく融合させて)解析の土台の実数論も書いてあるから, 結局は読んでいて楽しかった. 事実の本質は見抜いている. 序章と付録の, 実数論(位相的な話と実数の構成などの部分)だけでも, 読む価値がある. 私が読んだ限り, この本の全体で「解析学読本」の論理に矛盾はなかった.
やはり多くの微分積分の本の手本とされてきたくらいであり, 微分積分の使用者向けの本より詳しく, 初等的な実解析と複素関数論の入門事項が分かるので, 表記や述べ方に古い面が少しあるくらいで読む価値は下がらない. フーリエ級数の章があるのは, 出版された時代には「微分積分の本で基礎をまとめた本はこの本しかなかった」らしく, 微分積分の使用者から必要とされたからだろう.
初等関数の定義は, 読本としての読みやすさのために, 級数の理論を展開してから, log, sin を積分により定義して, このふたつから exp, cos をみちびき, これらを冪級数に展開して, 実変数を複素変数に取り替えて, 冪級数で定義し直している. ここも読み甲斐があった. なお, 先に初等関数を定義しないことは,「解析入門1」と同じく, 例として挙げるけれど論理展開には用いないので問題は無い.
最終章の測度論と積分論は述べ方も記法も古くて, ルベーグ積分を述べる前の測度論に不備がある. 今は現代的に書かれた本(「ルベーグ積分入門」「実解析入門」「新版 ルベーグ積分と関数解析」「ルベーグ積分論」「新訂版 数理解析学概論」など)を選ぶほうがいい. しかし, ひとつだけ良い所がある. ルベーグによる元々の積分の定義との同値性を証明している. 明確に言及までしているのは, この本だけだろう.
高木関数について, 原論文を工夫して読みやすく分かりやすくした解説があり, 容易に安価に手に入る高木関数(定義域全体で微分不可能な連続関数)の資料としても貴重であろう.
オイラーの贈物 人類の至宝eiπ=−1を学ぶ 新装版
2019/03/20 17:39
高校数学を学びながら読まれることをおすすめしたい
6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
帯には「予備知識一切無用」とあるが, 実際は既知としている高校数学あるいは既知でないと読めない部分は多い. e^iπ=−1に至るまでに事実上既知としている高校数学は順に以下の通りである.
・自然数 ・整数 ・有理数 ・無理数 ・実数 ・複素数 ・平方根 ・整数の指数 ・組み合わせの総数nCr ・二項定理 ・総和演算Σが分配できること ・等比数列の和の公式 ・一次不等式 ・二次方程式と二次不等式 ・整式の除法 ・式の展開と因数分解の公式 ・不等式の証明 ・関数の積の微分公式 ・微分の線型性(和の微分が微分の和になり, 定数倍の微分が微分の定数倍になること) ・1からnまでの自然数の和の公式Σ(k:1→n)k=n(n+1)/2 ・数列および関数の極限についてのはさみうちの定理(はさみうちの原理) ・無理数の指数 ・弧度法 ・二重根号の外し方
また, 関数f(x)をfと略記したり, オイラーの公式のさらなる説明では実際には複素平面を知らないと理解できない箇所もある. さらにその先では平面ベクトルや行列を既に知っていないと理解しにくい説明もある. オイラーの公式の行列表現を提示するためだが, 本書はe^iπ=−1までと附録のみでも価値があり, オイラーの公式の行列表現は知らなくても良いであろう.
ただ, 高校数学を学んだばかりの人や高校数学を学んでいる人が学習参考書などを参照しながら読むと, オイラーの公式, 特にe^iπ=−1に至るまで様々な話題に触れつつ楽しみながら理解できると思う. ちなみに最短でオイラーの公式が理解できるのは青チャート数学3のコラムである. 余談ながら青チャートは純粋に数学としておもしろい話題がコラムに度々載っているので高校数学の参考書は青チャートがおすすめである.
本書の特徴は, 数学的に興味深い話題がこまめに書かれてあること, 数学用語の英訳が併記されていること, 具体的な数値による計算例を積極的に取り入れていること, 関数の定義が検定教科書や学習参考書と異なること, 附録に重要かつおもしろい話題が多くまとめられていること, である.
本文には, ラマヌジャンが発見した有理数と冪根でπを近似する公式もいくつか書かれてあり, これらはe^iπ=−1並みの美しさはある. 附録には, 自然数の素数判定法, 素数定理, ピタゴラス数, フェルマーの最終定理, 三次方程式の解の公式, 事実上の四次方程式の解の公式, 二次方程式が実解を持つ確率, 殆んど整数に等しい無理数たち, 代表的な無理数が無理数であることの初等的な証明など, 手元に置いておきたいくらい数学的に惹かれる内容が豊富である. 多くの図説は理解の助けになるだろう. 自然対数関数lnを不定積分ln(x)=∫(1→x)(1/t)dtで定義しつつも指数関数の逆関数であることが明確であり, 三角関数を, π/2未満の実数に対してほぼ三角比と同様に定義し, π/2以上の実数に対しては加法定理の計算結果をもって定義しているのは特徴的である. またオイラーの公式の導出はマクローリン展開による方法だけではなく微分方程式による方法も併記してあるのも他書にはない特徴であり良い点である. なお, 本書の三角関数の定義は, 解析学において関数や作用素の定義域を拡張していく際に現れる考え方に直結しているので重要である.
ちなみにe^iπ=−1だけではなく, これと同じくらい美しいi^i=1/√(e^π)も詳細な数値を込めて書かれてある. また, 黄金比(1+√5)/2と円周率πと自然対数の底eを連分数により結びつけるラマヌジャンの公式も実にすばらしい.
高校数学を学んだばかりの人や高校数学を学んでいる人にぜひおすすめしたい. 参考書や附録を参照しながら読むと良いであろう.
集合と位相 増補新装版
2020/04/18 06:41
集合位相の初学者向け入門書
6人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
増補新装版と旧版の内容の違いは解答の解説の量しかなく, 旧版についても載っていない解答はホームページに掲載されていますが, 解答の確認がしやすくなった, 本文の組版が新しくなりきれいになったという意味で読みやすくなりました. 値段は旧版と変わらないです.
(以下, 旧版のレビュー)
順序対の定義では組の定義がなくて感覚的に済ませています. 通常, 集合論では (a, b)={ {a}, {a, b} } と定義されています. そうすると, 組を論理で定義できて, 順序対の相等の定義は定理になります. すると写像を論理で定義できます.
写像の初等的な定義は, 普通の数学をやる上では問題ないのですが, 数学において精確性を追求するなら(「集合・位相入門」でも同じことが言えますが)「対応」「規則」を明確にしなければなりません. 写像は先にその定義域と値域を定めてから定義するのに, 導入とすぐ下の例では, 高校数学流に対応を先に定義し定義域と値域を未知の集合として求めています. しかも定義域は高校数学の範囲内で意味を持つものとしています.
集合Aから集合Bへの写像 f とはAとBの直積 A×B={ (a, b) | a∈A, b∈B} の部分集合 f⊂A×B で任意の (x, y), (x, η)∈A×B に対して (x, y), (x, η)∈ f ⇒ y=η となるものです. これは関数 f にはそのグラフ{ (x, y)∈A×B | ∃x∈A, y=f(x)} が存在することを逆に利用して定義すると考えると理解できると思います.
(二項)関係も「部分集合R⊂A×Aであり, (a, b)∈RのときaRbと書く」(aRa, aRb⇒bRa, aRbかつbRc⇒aRc, を満たすRが同値関係)が精確な定義です.
しかしこれらのことは専門的な数学に慣れていない初学者への配慮とも考えられます.
空集合は任意の集合の部分集合であることを定義とせず, なぜそうなのか説明していこと, 確率論などで現れる, 集合列の上極限と下極限および極限が説明されていること, は良いと感じました.
集合の初歩的な事項よりも位相空間論を充実させていて, 位相を多用する方々には, 最良の和書だと思います.
特に関数解析と実解析において, 関数空間が或る他の関数空間で稠密であること及び埋め込み写像 (A⊆Bへの連続な包含写像 i:A∋i(a)→a∈B), 距離空間の完備化は, 多くの関数空間に適用されます. 完備化の存在証明は, 現代的に書かれた本の中では最も記号が少なく, 多くの結論を出す証明とは違って無駄がありません. 有向集合と有向点列による点列の収束の証明つきの話は非常に参考になりました. 線型位相空間の理論と合わせると, 超関数の連続性の定義につながります. (「新訂版 数理解析学概論」)
これらの理論の土台として誕生した実数論について, 有理数からの実数の構成と連続性が付録で簡潔にまとめられているのは, 他書にはない特色です.
本書によると昔の高校の教科書では関数の連続性は点列連続性で定義したそうです.
写像空間の章にある「一様収束⇒連続」の「逆」である「ディ二の定理」はおもしろいです. 写像空間は関数解析と多変数複素解析にもつながります.
誤植が少なくて分量も多くはないので, 初学者にも最適だと考えています. 位相空間の前に距離空間を置いているのも, 他の本とは理解の仕方が変わってくると思います. 独特な論法で, 位相論の内容は薄くとも充実していて, 有名な「多様体の基礎」「代数概論」と, 初歩の実解析の復習から始まる高度な実解析による関数空間論の和書第1号「ベゾフ空間論」の3冊の参考文献にも挙げられています.
代数系入門 新装版
2019/07/20 05:55
語り口は入門者向け
5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
準備としては, 最初に, 集合の記号と写像の復習から始まる. ベクトル空間の章では線型代数の復習から始まる. 「整数の性質」の「復習」と本書による「追加」は, 初等整数論への入り口にもなるだろう.
常に初学者のために細かく説明しながらも, ガロア理論のために, 読者や問題に回している事項も多い. しかし, そうすることで代数系の理論と相対的に貧しくならないように工夫している. 回されたものは, 理解を深めるために過度には難しくない上に楽しいものが大半である. N, Z, Q, R, Cの代数的構成と行列の論理的な定義さらに関数による例は感動した. 復習は充分あり例と応用で実感が湧く. テンソル積に触れられていないのも, ガロア理論と初学者を意識したからであろう. ちなみに本書でも群Gの単位元の定義は「或るe∈Gが存在して任意のx∈Gに対してex=xe=x」という正確な形である. 誤植は殆んど無い. なお本書では環Rの0以外の全ての元が単元であるときRを斜体といい, 可換な斜体を体と定義している.
解析学では体を公理的に定義してRの本質的な一意存在と連続性公理を仮定して論理展開することが多いのだが, 代数系の理論による体の定義は本書で初めて知った. 新鮮に感じた.
私は, 本書と「代数概論」「多様体の基礎」「多様体入門」などを併読している. 多様体論と代数系に実解析の初歩と関数解析の知識も要る, 多変数複素解析と表現論が少しずつわかっていくので, 楽しく感じて飽きない.
環論の章に, 積分論に基づく例がふたつある. 可積分関数の空間L^1につながる「乗法の単位元を持たない(可換)環」「ルベーグ測度」・解析的整数論と表現論につながる「ハール測度」が, 「加法群(演算が加法の群)」「有限群の位数(元の個数)」「convolution(たたみこみ)」「数え上げ測度(集合にその元の個数を対応させる測度)」(を本質的に含む問題)に隠れている. 積分論からは, 実解析全体や調和解析へ接続している. ちなみに与えられた局所コンパクトな位相群Gが可換群であり距離化可能ならば, G上のハウスドルフ測度はハール測度になる. また, 急減少関数の空間Sに対してリトルウッド-ペイリー分解の各項はSの「既約」ユニタリー表現を与える. )
逆数学 定理から公理を「証明」する
2019/03/09 00:15
幾何学や解析学の基礎に触れながらの逆数学入門
5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
最初の幾何学な説明については, 三平方の定理の証明や球面幾何および双曲幾何について初歩的なことを知っていると良い. 後者二つは「数学ガール ポアンカレ予想」が参考になる. 解析学についても基礎的なことから説明されており, また全体的に読みやすい印象である. 読み物としても楽しめるのではないだろうか. ただZFCと選択公理から証明されるいくつかの定理を知っていないと理解は厳しいかもしれない. また数の厳密な定義は「新訂版 数理解析学概論」を読んだ私にとって復習になったが初学者には特に実数の定義がわかりにくいであろう. 論理について杉浦「解析入門1」の附録や足助「線型代数学」の序章に書かれてある程度の論理学は既知としている. さらに高校数学Aでも扱われているユークリッドの互除法をアルゴリズムとして理解していないと読めないかもしれない. Nの冪集合P(N)=Rも本文の理解の補助になる. 説明自体は多少厳密性を犠牲にしつつもていねいであり夢中になっている. 例えば縮小閉区間列がひとつの実数を定めることにはπの十進小数展開を先取りして説明しており, またRの部分集合S上の連続関数の定義にはSがRの通常の位相で開集合であるという仮定が要る.
私は, 逆数学とは知らずに, 選択公理から証明される関数解析において重要なハーン-バナッハの定理の何らかの派生から, 選択公理を証明できないか考えたことがある. 結果は既知であった(Twitterの選択公理botに既知の事実のツイートがあった)のと新たに作れなかった(作れたつもりだが誤りがあった)ので失敗に終わったが, この本と出会う良いきっかけになった. なお関数解析におけるハーン-バナッハの定理の重要性は宮寺「関数解析」が参考になる.
また本書を読んでいて自己検査問題がラッセルのパラドックスに似ている気がした. 何か関係がありそうな気がする.
ちなみに誤植はかなり少ない.
講座数学の考え方 8 集合と位相空間
2019/02/24 22:02
図が多く文章も読みやすく読み飽きない入門書
5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ドイツ文字は小文字の l, m, n, o, p だけなので初学者に読めない文字はない. 読者が自然な理解を得られるように文体と例が工夫され所々に図説がある. 常に他分野とのつながりを意識しているので読み飽きない.
高校数学程度の集合と論理の知識(青チャートの裏表紙が集合論的背景から理解している程度)があり, 複素平面と多変数関数に慣れていれば, 難なく読めると思う.
距離空間Xの完備化X*から定義される埋め込み写像(包含写像)i:X→X*は, X⊂X*がX*において稠密でなければ連続ではない(※). 本書では埋め込み写像の連続性まで示しており, また実数体Rの完備性の証明, リーマンのゼータ関数, 帰納的極限など, 他の本に書かれていない内容がいくつも含まれている.
位相の開核作用素による特徴付けなど, 位相の概念の使用者にとっては本質的ではないことが演出問題に回されているのも良いと思う.
松坂の「集合・位相入門」(コメント参照)と内田の「集合と位相」と比べ中間程度の分量だがこちらも読みやすく, また本書が最も厳密かつ記述も現代的だと思う.
私は本書もかなり読み込んだので本書にも思い入れがある.
(※)
例えばユークリッド空間の真部分開集合Ωにおける台がコンパクトなC^∞級関数全体の成す空間((C^∞)_0)(Ω)をソボレフ空間のノルム||・||_(k, p)から定まる距離により完備化すると(W^(k, p))(Ω)ではなく定義より((W^(k, p))_0)(Ω)となる.
i:((C^∞)_0)(Ω)∋φ→i(φ)=φ∈(W^(k, p))(Ω)
が連続であれば, 任意のu∈(W^(k, p))(Ω)に対して列{φ_n}⊂((C^∞)_0)(Ω)が存在して(W^(k, p))(Ω)の位相でuに収束するが, ((C^∞)_0)(Ω)は(W^(k, p))(Ω)において稠密ではないので, 或るuに対して{φ_n}は存在せずiは連続ではない. 詳しくは関数空間とその間の埋め込みについて述べられた解析学の本を参照してほしい.
2019/02/24 21:54
数学の深さと広がりがわかる本
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
数学の難問を説明するには, それなりにいくつもの分野から必要となる概念や定理を取り出して説明するだけではなく, それらを読者または聞き手が道具として認識できる程に理解しなければならない. そして著者または発表者は, 予備知識を殆んど仮定できない状況において, 非常に多くあるそれらを理解されるように説明しなければならない.
本書の主題がポアンカレ予想に関する解説であると考える人もいるが,「数学ガール」というシリーズの意図と著者の意向では, 数学徒内外の多くの人にポアンカレ予想について少しでも知ってもらうように著された物語風の解説書, と考えるのが正確だろう.
私も, ナビエ-ストークス方程式のミレニアム問題(流体力学の基礎となる偏微分方程式の適切な解の一意存在問題とその解の可微分性)について多変数関数の微分積分から始めて代数系や位相および測度とルベーグ積分などを必要に応じて説明し, ミレニアム問題の意味と進展まで説明しようと執筆のメモまで用意してあるが, やはり本書のように, いきなり本題に入れるのは限られた場面だけで, 最終目標に達するまでかなりの準備を要する.
「単連結な3次元閉多様体は3次元球面と同相である」という主張を数学ガールのシリーズで説明できたこと自体が高く評価されるべきなのだ. 単連結という語は「穴がない」ことであるが, 厳密に表現するには, 基本群の他でも, ホモロジーやコホモロジーあるいはコーシーの積分定理の位相幾何的考察など, 進んだ数学が必要である. 物語として不自然にならないようにしつつ閉多様体の概念を述べるのも, 数学の専門書に慣れているとは限らない読者層にも配慮するとなれば, 本書にあるような説明はかなり自然な物だと思われる. 熱伝導方程式とその解の平滑化の説明がポアンカレ予想におけるリッチフロー方程式の性質の理解に役立つのは, 本書をていねいに読めばわかるはずである.
本書は図説がとても多く, しかも見やすい上に, 文も読みやすいだけではなく, 幾何学と代数学そして解析学が融合して, さらに物理学まで関係していく様子を, 臨場感を味わいながら楽しく学べる. また, 始めあたりのグラフ理論の話も, 当然内容の理解に必須ながら, 私はここを読んで「離散数学で使われる位相が離散位相なのか…だから冪集合が定める位相を離散位相というのか」と位相を学んで8年来の疑問が晴れた. また位相の導入では自分が普段数学を教えている時と同じことが書かれていた. やはり世の中には自分と同じことを考える人がいるのだなと感じた. 位相の説明は, 位相を実際に教える上でも役に立った.
また非ユークリッド幾何学についても入り口をかなりていねいに解説しており, 多様体の計量の概念を深く理解することができた. 詳細は省くが, 或る種の複素多様体では計量が存在するか自明ではなく, その計量を未知関数とする非線型偏微分方程式の解の一意存在問題によって解かれる. このことを, より本質から理解したいので, 非ユークリッド幾何学の説明が最も思い出に残っている.
終わりにデルタ関数という超関数が現れるのも, 超関数愛好者としてはうれしかった.
幾何学のおもしろさだけではなく, 代数学と解析学と物理学のおもしろさまで楽しめつつわかる本である. 収穫は位相幾何の入門事項だけではない. ぜひゆっくりていねいに読んでみていただきたい.
私は, ポアンカレ予想を知って, また知り合いから「位相幾何でも微分形式の積分でルベーグ積分を使う」と聞いて, 位相幾何に興味を持った. その理解の第一歩となった本である.
圏論の基礎
2019/02/06 07:13
数学を本気で学ぶ人ならきっと感動する本
5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
私が圏論を意識し始めたのは「新訂版 数理解析学概論」の線型位相空間の章における超関数の構成を読んでいる時だった. この本では超関数の定義域となる線型位相空間D(Ω)を帰納的極限により定義している. 帰納的極限の定義は図式を描いて理解することができた. ちょうどかつてTwitterのタイムラインでたまに見ていた, 圏論における可換図式のようなものだった.
その時から圏論が気になり始めた. そして「新訂版 数理解析学概論」のAmazonのレビューで圏論の言葉を使った説明を思いついたのでそれを書いてから, 圏論を本格的に学びたくなってきた.
森田の「代数概論」の最終章はおまけ程度であり, 必ずしも圏論の概念の本質が分からなかった. インターネットも参考にしたが, 次に読んだのは「圏論 原著第2版」である. しかしこれは日本語訳がひどくて18ページ目で読む気が失せた. 群論においてケイリーの定理というおもしろい定理があること, 関手は可換図式を可換図式に写すこと, のふたつだけは新たに学べたのでそれは良かったが, この本はおすすめできない.
結局, 何かと見聞きする本書と「ベーシック圏論」を読もうと決めた.
私は, 本書は初学者でも読めると思う. 訳者による多数の脚注も含めて, 説明がていねいで詳しく, 言い方を変えた繰り返しもあるからである. 私は本書で圏論の概念の本質が少しずつ見えてきた. 「新訂版 数理解析学概論」の説明で使った圏論の言葉にも新たな理解が得られた. そして, 位相空間論・群・環・多様体・公理的集合論などで学んだことを縦横無尽に使い本書を読んでいくうちに, 圏論の考え方が数学の殆んど至る所で使われているのだと実感した. 全ての数学は, 集合・数学的構造・集合の間の数学的構造を保つ写像, によって記述される. ゆえに本書であらゆる数学の見え方が変わってきた. また「ベーシック圏論」と併読すると理解が進んだ. 互いに説明不足を補っているように感じる.
また, 第1章で代数的位相幾何に基づく説明があり, それ自体は理解できなかったが, さらに簡単な例がすぐに続いており, 群論的考察からおおまかな理解はできた.
本書を読んで得られるものは, 楽しみと感動である.
なお, 月刊雑誌「数理科学」2007年4月号によると, 圏論は量子力学とも関連があるようである. 私見ではあるが, その記事において「自然な」操作と「双対性」が前半において強調されていることからも, 圏論は量子力学に数学的基礎付けの意味で関連がある. これらは本書でも理解できるように圏論で定式化されているからである.
以下, 本書を読む際にわずかでも参考になった本でおすすめの本を分野別に挙げておく.
幾何学(特に多様体):
松本「多様体の基礎」
松島「多様体入門」
代数学:
佐武「線型代数学」(特にテンソル積の部分)
松坂「代数系入門」
森田「代数概論」(特に加群とテンソル積の部分)
雪江「代数学2」(特にテンソル積の部分)
堀田「代数入門」(代数学の初歩と指標群について)
解析学:
金子「偏微分方程式入門」(特に超関数のテンソル積)
高橋「新版 複素解析」(特にホモトピー同値の説明)
北田「新訂版 数理解析学概論」(特に超関数の構成)
河添「群上の調和解析」(特に指標群について)
集合論:
北田「新訂版 数理解析学概論」(特に集合論の公理系と順序数について)
位相空間論:
内田「集合と位相」
森田「集合と位相空間」
北田「新訂版 数理解析学概論」
位相群について:
大島他「リー群と表現論」(特にリー群の定義)
圏論
邦訳「ベーシック圏論」
多様体 第2版
2020/02/19 20:28
抽象論が好きな方や複素幾何を学びたい方へ
4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
本書は入門書ながらコホモロジーや線型接続や複素多様体について詳しく, 調和形式についても触れられており, 具体例は抽象論の理解に最低限必要な程度に厳選されている. 複素幾何をやるのに無駄がなく近道になりそうである. 概念の定義も極力導入の意義を説明しており天下り的な記述は少ない. 「非線形問題と複素幾何学」によれば偏微分方程式論という解析学の分野と複素幾何という幾何学の交叉がある. これは実に美しい.
松島氏の「多様体入門」でも本書でもパラコンパクトな多様体のリーマン計量の存在証明で暗黙のうちに
多様体は局所コンパクト,
コンパクト集合の閉部分集合はコンパクト
を使っているが, 局所コンパクト性は解析学以外ではあまり見かけない気がするし, 自明でない気がする. 松島氏の本には位相多様体は局所コンパクトとある. リーマン計量の記法についても松島氏の本が参考になる. 単位の分割の存在証明でも後者を使っている. 線型代数としては双対空間や商空間も既知としているが線型代数の入門書で双対空間と商空間の両方をきちんと説明しているのは齋藤氏の「線型代数入門」と佐武氏の「線型代数学」しかない.
p次ド・ラームコホモロジー群がp次特異ホモロジー群の双対空間とみなせるというド・ラームの定理はおもしろかった.
外微分作用素にはその転置作用素が存在し余微分作用素で与えられることや, ホッジ-小平の定理, ホッジの定理も美しい.
ホッジ-小平の定理(本文では小平-ド・ラームの分解定理)は, コンパクトな向き付けられたリーマン多様体の上のp次微分形式の成す実線型空間が, p次調和形式の部分空間と, p−1次微分形式の成す部分空間の外微分dによる像と, p+1次微分形式の成す部分空間の余微分δによる像の直和に分解されるというもので,「ベクトル解析からの幾何学入門」にも本質的に同じことがより初等的な形で書かれてあり以前それを読んだことがあったので理解が深まった.
ホッジの定理はホッジ-小平の定理と同じ仮定のもとでp次調和形式の成す空間とp次コホモロジー群が同型であることを示すものでこれまた美しい.
ポアンカレ双対性についても触れているのも良いと思う.
微分形式は天下り的な記述だが微分形式の初等的な話は色々な本に書いてあるからだろう. 例えば
「曲線と曲面の微分幾何」
「ベクトル解析からの幾何学入門」
「ベクトル解析と幾何学」
「解析入門(下)」
が参考になる.
多様体M上のC^∞級ベクトル場の成す集合X上の交代形式とM上の微分形式が同一視できることにまで言及している. X, Y∈Xに対するリー微分作用素L_X, L_Y, 内部積作用素i(X), i(Y)と外微分dについてのカルタンの公式
[L_X, i(Y)]=i([X, Y])
[L_X, L_Y]=L_[X, Y]
d(i(X))+i(X)d=L_X
はなかなか美しい.
局所的議論では局所座標近傍
(U; x^1, …, x^n)
について点x∈Uに局所座標系x^1, …, x^nのxにおける値x^1, …, x^nを対応させ
x=(x^1, …, x^n)
と同一視し
U⊆R^n
f(x)=f(x^1, …, x^n)
とみて説明を簡単にしている.
特に微分形式の積分の説明が他の本と比べてわかりやすかった.
多様体の線型接続については「曲線と曲面の微分幾何」の共変微分と測地線の節が理解の参考になる. 特に問にあるベクトル場の共変微分の公式と測地線の方程式の変形版を知っておくと消化が早まる. 初めは長い計算による証明は飛ばして論理展開をつかむ読み方でないと理解が進まないだろう.
ベクトル場Xのベクトル場Yに沿った共変微分(▽_Y)Xの定義も天下り的だが「改訂新版 ベクトル解析からの幾何学入門」に初等的な解説があり参考になる.
曲線と曲面の微分幾何 改訂版
2020/01/28 04:53
現代幾何学への入門書
4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
現代幾何学を何も知らなければ, まず本書か
「数学ガール ポアンカレ予想」
「多様体の基礎」
を読んでみるとよい. どちらも位相空間論の知識は仮定していない.
本書は厚くはなく厳密性より初等的なわかりやすさを重視している. なので曲線論や曲面論や多様体の知識が必要な方なら数学徒ではなくとも読めると思う. 現代幾何学のあらゆる考え方や概念((偏)微分方程式との関連・測地線・微分形式・リーマン計量・ベクトル場・共変微分・多様体・幾何学的不変量など)が初等的に書かれている.
多様体の線型接続については本書の共変微分と測地線の節が理解の参考になる. 特に本書の問にあるベクトル場の共変微分の公式と測地線の方程式の変形版を知っておくと情報の消化が早まる.
最初は細部の計算過程や必要最小限以外の具体例や問あるいは証明は適宜飛ばして論理展開をつかむ読み方だと理解しやすい.
私は本書で初めてフルネ-セレの公式の本質や基本形式やリーマン計量の本質がわかった.
また, 本文を読んでいて気づいたが, 曲面p(u, v)上の曲線p(s)の法曲率(κ_n)(s)とリーマン計量(ds)^2と第二基本形式の間に
(κ_n)(s)(ds)^2=L(du)^2+2Mdudv+N(dv)^2
の関係がある. ゆえに曲面p(u, v)上の曲線p(s)の法曲率(κ_n)(s)を考えるには各点p(u(s), v(s))における単位法ベクトルe=((p_u)×(p_v))/|(p_u)×(p_v)|が必要不可欠なことがわかる.
xyz-座標空間において方程式
z=αx^2+βy^2
がαβ>0のとき楕円放物面, αβ<0のとき双曲放物面, αβ=0のとき放物柱面またはxy-座標平面を表すことは知っておくと理解がしやすい.「改訂新版 ベクトル解析からの幾何学入門」を先に読んでいると全体的に理解が早く深くなる.
三角形の内角の和がπであることや四角形の内角の和が2πであることを含むガウス-ボネの定理にも詳しく, 興味深い.
予備知識は微分積分(重積分まで)と簡単な線型代数(行列・数ベクトル空間・固有値など)で充分であるがコーシー-リーマン方程式までの複素解析も知っていると, さらなる広がりもわかる. ただガウス曲率と平均曲率の二つの定義が一致することの証明では2×2(正則)行列P, Qに対し
det(PQ)=det(QP)
det(P^(−1))=(det(P))^(−1)
tr(PQ)=tr(QP)
が成り立つという地味な命題が使われている. 直線は半径が無限大の円とみなせることも知っておくと曲率の理解が深まる. 常微分方程式の初期値問題の解の存在と一意性(例えばコーシー-リプシッツの定理)について知っているとなお良い.
ちなみに本文に「使って便利で正しい結果が出てくる概念, 記号, 式などは当初曖昧な点があっても, 後できちんと定式化されるということは数学の歴史が示している」とある. 典型的な例が微分形式と超関数である. 超関数はカレントという概念に拡張され複素幾何で用いられている. そして超関数の厳密な定義は
「新訂版 数理解析学概論」
が参考になる.
幾何学が数学徒だけの物ではなくなった現代において本書は幾何学の入門書としてますます価値が高まりそうである. 誤植は殆んどない.