サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. 澤木凛さんのレビュー一覧

澤木凛さんのレビュー一覧

投稿者:澤木凛

66 件中 31 件~ 45 件を表示

紙の本

紙の本通貨が堕落するとき

2001/03/25 00:40

この小説はノンフィクションでも、企業ものでもない、紛れもない究極のホラー小説だ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。


 この本は少し昔の話から書かれている。近未来を描く話はよくあるが、近過去を描いているのは案外珍しい。著者の木村氏は元日銀のエリートで、今はフリーになっており、話は日本の金融情勢をかいたものだ。名前はとりあえず仮名になっているが事情をある程度わかっていて読めばそれは誰のことを書いたのかすぐにわかるというものだ。この本に書かれているのはいかに日本の金融行政がいい加減で堕落したものかが書かれている。護送船団方式で守られてきたために本当の意味での競争をしらない金融機関、そしていつまでも自分たちが日本を支えていると思っている大蔵省。癒着する政治家達、政財官の悪しき部分が最後まで残っているのが金融業界だ。

 住専で数千億の公的資金を導入した「だけ」で大騒ぎになったことを踏まえて政治家と官僚は「わざと」山一証券、拓銀をつぶして金融不安を演出し、マスコミを通じて「公的資金導入仕方なし」の世論を作り出す。そして多額の公的資金の導入、そこでつぎ込まれるのは何十兆円という単位の血税だ。もちろん、景気回復という名の下に赤字国債は止めどもなく発行される。デフレスパイラルをとめるには国債発行や日本銀行券のバラマキしかない、という考え方。著者は現在世の中で評価されている経済学者(P・クルーグマン)や経済評論家(リチャード・クー)の責任も物語の中で指摘する。まだ記憶に新しい中での実在の人物達が繰り広げる怪事件はリアリティがある故にうすら寒いものすら感じさせる。

 この小説は近過去だけではなく、最後は近未来まで描ききっている。つまり、デフレの後に待っていたのは強烈な揺り戻し、スーパーインフレだったという顛末だ。中東の政情不安からオイルショックがおき、円が一気に売られていく。通貨というものにとって一番大切なのは交換比率ではなくて「信頼」だ。円が売られると言うのは日本という国の「信頼」が売られ価値が低くなっているのだ。円が暴落したことでお金の価値が変わってしまう。円が例えば250円/$になれば今の半分の価値になり、赤字国債も実質半減する。とんでもないシナリオだが、前半部分のリアリティによってある程度確かさをもって読めてしまうから怖い。

 我々が信用しているものも実は多くの物はみせかけだけであったり、裏があったりする。そのことをずっと裏方からみてきた著者は小説という仮想空間の中で鋭くえぐってみせた。マスコミも政治も、行政も必ず裏がある。今我々が信用できるものはなんだろうか。直に通貨は堕落し、信用は暴落する。この作品は、その危機感がはっきりとわかる究極のホラー小説でもある。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本スターバックス成功物語

2000/11/19 15:44

「いかに顧客に最高のサービスをするか」を求めるシュルツ氏が執筆、スターバックスフリーク必読の一冊

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 今や国内でもものすごい勢いで増えているスターバックスコーヒー。その快進撃を作り出した敏腕経営者の成功ストーリーがこの本にはぎっしりと詰まっている。

 この本に書かれているのはニューヨークの非常に貧しい階層に生まれ育った著者がいかにして成功を勝ち得たのか、というのが前半。そのなかでスターバックスと出会い、このビジネスに賭けてみようと思い、会社を買い取って今のような姿にしていく過程が中盤、そしてスターバックスがこれからどの方向へ向かっているのかが後半という構成。そこに描かれているのは、スターバックスという元々シアトルの珈琲通のおっちゃんたちがやっていた「珈琲豆共同購入会社」に過ぎなかったのを、シュルツ氏がポリシーを持ち込んで今のような会社に育てたという過程である。そういう意味で「成功物語」というのは正しい、が正確には「シュルツ氏の成功物語」である。

 この本の中でシュルツ氏はしきりにスターバックスの珈琲文化について語っている。珈琲を通してどういう文化を社会に伝えていくのか、それが会社の真髄になっていることを繰り返し述べている。そういうポリシーを基本にすることで社員全員が誇りにもてる会社を築き上げる、それが今までの会社と違っていると著者はいう。いや、厳密に言うとそれは少し違っていて、同様に会社を誇りを持てる、自分がその組織に従属していることが一種のステータスになることで発展してきた会社は他にもある。P&G、NIKE、メルセデス等々の企業は社員にそういう共同意識、家族意識を上手にもたらすことでそれを成し遂げている。その際のイメージの象徴として使われるのがブランドである。そうここではまさしくスターバックスというブランドをどのように育てていくかが描かれている。

 シュルツ氏は執拗に「最初からスターバックスというブランドを作り上げようとしたのではない」と語り、しかし偶然にして出来てきたブランドは大切に育てていこうとしている。彼は直感でそれを行っているといういうが、その手法はまさしく前述した企業の手法そのものである。実際にスターバックスに行ってみればいいかもしれない。私が知っている限りでは日本の店舗でもその考え方の基本は見つけることが出来る。丁寧に応対してくる店員はスターバックスに従属することを誇りに思っているように見える。

 ただ、シュルツ氏の思いが末端の日本の社員全員に届いているかは難しい問題だ。スタイルだけ米国と同じでも仕方ない。それを補うにはどうすればいいか、その一つの答えがこの本である。この本に書かれていることは一般の消費者に向けたものではない、そうこの本はスターバックスで働く社員に向けたCEOのメッセージなのだ。それをきちんと社員達が受け取って実行したとき、日本でも本家の精神が根付くであろう。そういう意味でこの本はどこのどこのスターバックスの店に行ってもおいてある。スターバックスが好きな人は必読の一冊になるだろう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本沈まぬ太陽 5 会長室篇 下

2000/11/19 15:42

国民航空再建に乗り出した人々の前に大きくのしかかる政治の世界、激動の最終巻

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 国見会長とともに国民航空の改革に乗りだした主人公・恩地であったが、その行く手には濁りきった組織の実態が待っていた。一人の熱血漢の話から始まったこの物語もいよいよフィナーレを迎える。そこにはとてつもないスケールの大きな陰謀が隠されていようとは誰も予想だにつかなかったのだ。

 国民航空の闇の部分は思った以上に深い。改革に臨む会長室の人々の前に立ちはだかるのは組織という大きな圧力と、それによりかかる閉ざされる陰の部分。そこにひしめき合っているのは航空会社をだしに甘い汁を吸い続ける政治家たちだ。多額の金が動き、人々の利権争いの中、会社は手垢にまみれたものになっている。もちろん仮名を使っているが、だれがどの政治家なのかは一わかりだ。著者はいわば名指しで彼らの不正を訴えている。あとがきで「勇気が必要だった」というのは偽らざる思いだろう。半官半民の航空会社を隠れ蓑に様々な不正が少しずつ現れる。そこにはいつの時代も変わらない、権力と金の亡者達の姿である。

 あまりにも強大な権力を前に一個人としてはあまりに無力な主人公、その姿はあまりに無惨だ。山崎豊子は一人の人間を通して会社というもの、日本というもの、国家というものを描き出し、最終的にはその中でうごめいている人というものに帰結させている。ラストには感動のフィナーレは存在しないかもしれない。しかしそこには確かに一人の人間の思いが宿っている。それは十分に読むに値する物語である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本結婚しません。

2000/11/03 00:27

無知であることが最も怖いのだ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 遙洋子氏はご存じ関西弁バリバリでしゃべる少し化粧の濃ゆい派手なおねえさんである(「トラトラタイガース」とかに出ている、といっても関西人しかわからないか…笑)その彼女の二冊目がこの本である。

 一冊目は彼女を一躍有名にした『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』という仰々しいタイトルのついた本で、この本の中で氏は東大の上野ゼミでフェミニズムについて勉強したいきさつを書いている。もともと男尊女卑が激しい芸能界にいて「なんかおかしいんとちゃうか」「納得でけへん」と思い続けていた氏が上野教授に出会って「そうか、そういうしくみで女性が身動きできないようになっとるんか」とはたと気がついたというのが一冊目であった。「知」という道具を使って、今の男性中心の社会のおかしさに氏は気がついたのである。

 さて、この二冊目ではその得た「知」を武器にして氏が世の中の不思議を切り取る作業をしている。しかもそれはごく身近な人の話である。例えば自分のこと、友人のこと、家族のこと。赤裸々に、そして鋭く分析し、男性中心の社会の矛盾を少しずつ切り出していく。どうして料理の上手な奥様が世の中で評価されるのか、主婦の哀しいサガについて、女性たちはどうして愛という名の下に搾取されるのか。それらすべては女性を家庭の中に閉じこめ、家事という名の不払い労働に専従させる世の中の仕組みと直結している。そういったことを全く意識しない男、そして女自身。しかもこの仕組みは無意識のうちに再生産される。その仕組みからはみ出そうとするには「結婚しません」という方法しかない、それがまさしくこの本の主題となっている。

 我々は皆、そんな社会のしくみのなかで育ってきている。そのために確実に「洗脳」を受けて、無意識のうちに女性を閉じこめることに肯定的になる。家事が「不払いの労働」であり、搾取されていることに賛同・共感する母親達も、自分の息子の嫁には家庭的(この言葉自体が差別用語なのだろう)で外にでない女性を求めていたりする。それが知らず知らずのうちに行われる、そう無意識のうちにだ。これが怖い。もちろん著者自身も社会の中、家庭の中で影響を受けて育っている。それに突如気がつく、「だめだ、これではだめだ」。

 我々もこの本を読めば今まで気にならなかった矛盾点に気がつきはじめるだろう。一番危険なことは「知らない」ということに他ならない。この本はそういう気持ちで書かれている。敷居を高くせずに、一度読んでみるとわかる。まず知ること、それが一番我々に求められている。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本奇跡の人

2000/10/30 19:36

一風変わった自分探しの旅、急展開のラストに人間というもの自体を問う力作

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 過去を清算できたらどんなにいいだろうか。そう思う人は過去に引きずられ今恵まれない人で、過去のない自分なんてわびしいに違いないと思う人は今も恵まれている人である。しかし誰もが自分のルーツを気にするように、過去が全くないとなるときっと必死に探し回るに違いない。人生は現在の連続であるかぎり、今をつなぎ止めるために過去は必要不可欠なのだ。

 真保裕一氏の「奇跡の人」は過去を無くした男が自分の過去を探し求める物語だ。8年前にひどい交通事故で死の淵までさまよった主人公は「助からない」「万が一助かったとしても植物状態は覚悟して欲しい」という医師の見立てを大きくくつがえし、意識を取り戻した。それはまさしく「奇跡」であった。赤ん坊のような状態からはじめ、少しずつ言葉を覚え、学習をして一人の人間として全く別の人生を歩き始めたのだ。その陰には献身的に彼を一から育て治そうとした母の姿があった。そして八年の歳月を経て、彼は中学生程度の学力・判断力をもって社会に復帰した。新しく始まる生活、しかしそこには彼を支えた母の姿はなかった。彼の社会復帰を待たずに母は癌でこの世を去っていたのだ。

 物語は母の看護手記を随所に挟みながら彼が自分探しの旅をはじめる構成になっている。八年前の自分は一体どんな人間だったのだろうか。そこでどのように考え、どのように生きていたのか。自分の周囲にはどんな人々がいたのか。それらを一つ一つ探していく。今生きている自分と八年前の自分は同じ人間であって同じ人間ではない。それを一つにすることが出来るのか・・・葛藤する心の中で最後まで彼は立ち向かっていこうとする。

 予想もしなかった急展開で話は幕を閉じる。最後の五十頁は夢中になって読まされてしまう。人間が人間らしく生きるとはどういうことなのか、常にそれをテーマにこの物語は描かれているが、最後に突きつけられる答えに私自身は未だにとまどいがある。あなたならどう答えるだろうか、そして真保氏の答えをどう思うだろうか。人間として、自分として生きぬくということを問う一冊である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本奇蹟のようなこと

2000/10/24 20:03

あなたにも「奇蹟」があったはず

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 藤沢周の『奇蹟のようなこと』は非常に読みやすい本である。藤沢周は芥川賞作家であると言うことくらいは知っていたけど、どうも文体が硬そうなのと、テーマが重そうなので今まで読まずにいた。しかし読んでみるとなんてことはない、すらすらと読めてしまう。読みやすかったのは文体が平易であるだけではない、ストーリーに取り込まれるのだ。

 この作品と似たような感覚を記憶している作品がある。それは村上龍氏の『69 sixty nine』だ。別に思わせぶりなアイキャッチャーが同じ(表紙やタイトル)というだけではなくて、著者の青春時代の話が実にリアルに描いてある。しかも舞台は東京ではなく、地方のしかも小さな街が舞台になっている。そこで方言丸出しで繰り広げられる青春模様は決して華やかではないが、確かにリアルな物語だ。そして主人公の少年は青年になる直前で自分の欲していることをどうやって実現させようかと悩んでいるのも同じ。単に田舎のおっさんにはなりたくない、そういう思いが主人公にクラシックギターを習わせる。ギターをやっているときだけニュートラルになれる、自分を解放させることができる、そういうことを暗示として用いる手法も村上龍氏を思い出させるのだろう。そしてもう一つ付け加えるなら著者本人が夢中になって書いている点である。本人が本当に楽しんで書ける、これが面白くないはずがない。

 タイトルの「奇蹟のようなこと」は物語の最後でおこる青春のあるエピソードを指しているだけではなく、このような時代を生きたことを意味している。今から考えればありえないくらい純粋で素朴なあの頃、それはたしかに「奇蹟」のような事だ。「あの延長に今がある」はずだが、どうもそれが結びつかない。延長であることを示すために文章に「私は」という第三者の視線を随所に入れ、さらに細かな部分を描きこんでリアリティを出しているのだが、本当に今につながるのか、その中間部分を想像させることが難しい。だからこそこの話は「奇蹟のようなこと」なのかもしれない。ぽっかりと浮き上がったリアリティ、それによってこの物語は魅力的な作り話として完結する。まさに「奇蹟」なのだ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本沈まぬ太陽 1 アフリカ篇 上

2000/10/21 11:04

昭和中期の熱い息づかいが聞こえる

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 山崎豊子氏の長編小説、社会派と呼ばれる氏が取り上げたのは航空会社だ。もちろん、具体的に特定の企業、特定の個人を取り上げて書いている。全五巻に渡る長編になったのは主人公の境遇をじっくりと描きたかったからに違いない。フィナーレまで一気に読ませる力量あっての長編である。

 この一巻では主人公が組合の委員長を引き受けてからパキスタンのカラチ、イランのテヘランへと左遷されていく様が描かれている。著者は長編小説に読者を引き込む方法を熟知しており、導入部分はアフリカでの狩猟シーンから始まっている。このシーンが実にリアルに描かれ、読者は知らず知らずの間に冒険小説の味付けに引き込まれる。その中で徐々に過去を回想する形で物語の主流に入っていく。それも二回にわけて導入することで実に違和感なく入っていける。その後は主人公のキャラクターに読者が共感し、あっという間に話が展開していく。

 今でこそ高額の給料を取得している航空会社も開設当初はこんなに悪環境であったのかと驚くことも多い。組合運動も盛んだった、日本という国がまだ熱く打てば様々な形に変わったであろう昭和中期の躍動感がまぶしいくらいに描かれている。誰も自分たちの環境を生活を少しでも向上させようと思っていた時代、日本という国をよくしようと熱かった時代を忠実にスケッチしている。一つの航空会社の黎明期の歴史を通して当時の日本が見えてくる。そういう意味では一つの昭和史とも言える作品である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本八月のマルクス

2000/10/18 13:12

ハードボイルドと熟成されたミステリー、その絶妙なハーモニーに酔える一冊

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 新野剛志氏の「八月のマルクス」は、江戸川乱歩賞を受賞作である。著者も書いているようにこの作品はハードボイルドを目指して書かれ、非常にクオリティの高い良作に仕上がっている。話は昔とある事件で芸能界を引退したお笑い芸人が主人公である。五年という月日を振り払ってある日、相方である男が訪ねてくる。相方は自分が癌であることを告げ、これからは自分の愛する女のために残りわずかな時間を使おうと思っていると話す。夜遅くまで飲み明かし、明け方出ていった相方はそのまま行方不明になる。時を同じくして主人公を芸能界から追い出すのに一役買った芸能レポータが殺される。一体何が起こっているのか、主人公は知らず知らずのうちにその渦中に引き込まれていく。そして五年前に自分が負った心の痛みもこの渦中にあった出来事であることを最後に知るのだ。

 この作品の特長は非常に静かに語られているところにある。淡々と語られることで、著者の求めていた「ハードボイルド」タッチは成功している。そしてなによりもよかったのは最後の最後までタイトルの「八月のマルクス」という意味が出てこないところだ。八月のマルクス、ときいて何を想像するだろうか。マルクスといえば共産主義のあのマルクス、江戸川乱歩賞といえばどことなく不穏な香りが漂っている。この両者が結びつく先は一体何なのか?しかし話は日本の芸能界で生きる芸人達の生々しい話が中心、このギャップが実にいい。それでいてこの題名は確かにこの物語の中核を見事にとらえている。その種明かしが実に明快である。

 作家の森博嗣氏はホームページの日記の中で「ミステリィ小説の場合、計算に飛躍があるものは、問題認識を容易にして読者を計算で悩ませる、また、計算が容易なものは、問題認識を難しくして、何を考えたら良いのか、と読者を迷わせる。だいたい、この2つのパターンに大別できるようです。」とミステリィについて計算に例えて書いているが、そういう意味ではこの作品は後者にあたるのだろう。状況を淡々と説明し、物語を構築している。しかし、実際は「事件は最初から起きていて、その一部が露呈したものに過ぎない」ということを示していく。しかも明快なヒントをそこに書き込まれた形で。つまりこの作品は捉え方によっては前者にもなる、この二重構造がこの作品のクオリティの高さを保たせている。

 著者が何年もの間、放浪の旅を続け、その中で生み出されたこの作品。よく練られたプロットと乾いたハードボイルドタッチ。それらが相まってすばらしい風合いを出している。ハードボイルドはちょっと、という人にも薦めてみたい一冊である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本iモード事件

2000/10/16 22:37

「iモード」成功の鍵は「七人の侍」にあり

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。


 日経ウーマンが選ぶ「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた松永真理氏が書く「iモード誕生の裏話」というのがこの本の内容だ。著者にとって「iモードが生まれるまで」の出来事は本当に事件だった、ということでこのようなタイトルがついているが、アイキャッチャーとしてはこの言葉は抜群の感度を持つ。さすがに長い間に渡って編集の仕事をしてきた著者のセンスが出ている。

 この本ではリクルートから「トラバーユ」してお役所のような堅いNTTドコモに飛び込んで、全くわからないIT関係の仕事を松永氏が経験していく様が実に生き生きと描かれている。それだけでも十分に楽しめる「事件」なのだが、「どうしてiモードが成功したのか?」という点に絞って読み込んでいくと実にいろいろな面が見えてくるだろう。松永氏はこの本の中でたびたび「七人の侍」を比喩として取り上げている。かの黒澤明監督の名作は実はリクルーティングがテーマになっていると氏は分析する。そして全く新しい事業を興すときに一番大事になってくるのはやはり「人材」であるということだ。

 この本のなかには実に多くの魅力ある人物が出てくる。松永氏をこの「事件」に引きずりこんだクールで包容力ある上司榎氏、財閥の御曹司でありどこか浮き世離れした秀才笹川氏、可能性を追い求めて常に情熱をつぎこむ夏木氏、他に松永氏の周囲には魅力的な人材であふれている。このビジネスが大成功をおさめたのは人材をきちんとリクルーティングできたことが最大の勝因であったとこの本を読めばわかる。

 松永氏は自分で「iモードの開発には携わったが、けっして生みの親なんかではない」と謙遜するが、iモードというビジネスを動かした人々をとりまとめたという点で著者はまさに生みの親である。「iモード」という言葉をこの世に送り出したのも著者だし、なによりも人々のアイデアを紡ぎ出す才能がある。先日、大阪で行われた松永氏と村上龍氏の対談を聞く機会があったが、無口な村上氏から見事に言葉とアイデアを引き出す「語り手」としての素晴らしさを見ることが出来た。そこには自分を触媒にして他の人々を反応させてしまう技術が存在している。この本を読んで感じられるのはまさしくそのエッセンスである。この本を読んだ人間が何か変化したとき、まさしく著者の魔法にかかったときであろう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本学校はなぜ壊れたか

2001/03/26 20:39

教師のプロが語る学校の昔、今、そして未来

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 著者の諏訪氏は知る人ぞ知る「プロ教師の会」の代表である。プロ教師の会は以前深夜のB級映画劇場でやっていた(もちろん、そんな名前ではない)映画の監修がプロ教師の会だった。この映画(タイトル失念)は学校内で起こる問題を妥協せずにプロ魂あふれる教師が挑んでいくというしろものでクールな主人公がなかなかよかったのを記憶する。主人公の教師役には長塚京三、諏訪哲二氏の写真はどことなく似ていて雰囲気を醸し出している。

 この諏訪氏はもうすぐ定年退職なわけだが現代教育にもの申すということでこの本を書いたみたいだ。生涯一教師にこだわった彼はどうやら定年まで一教師を選んだようで今も教壇に立っているが、生徒の質が1985年あたりを境に大きく変わったと指摘する。戦後間もないころは勤勉で学校に通うことが喜びですらあった「農業社会的な生徒」が大半を占め、その後団塊の世代あたりから「産業社会的な生徒」がでてくる。彼らは教師と自分たちを対等だと思い、教師の言うことが絶対だとは考えなくはなった。そして現代の「消費社会的な生徒」の出現である。これが85年あたりだという。彼らは自分の快楽や利益に直結して動く。教師の立場は三の次くらいだ。自分がしたいように動き、そのことになんの疑問も感じていない。

 「産業社会的な生徒」の最後である私が感じるのは、現在の自己中心的な生徒の出現は起きるべくして起きた現象だろうということだ。新しい種は突然出現したように見えて実は徐々に現れている。そしてある境界を境に大量に発生する。社会全体の流れは「ルールを守って組織に依存する」というしくみから「個人の利益優先、組織から独立する」の方向へ移っている。ただ、日本という社会の脆弱な部分はこの「組織からの独立」が上手く行かなかった点にある。組織にはしがみつきながら個々の利益を求めるようになったのだ。責任を果たさないのに権利を要求する、そういう風潮のみが残った。

 その中で生まれてきた新しい世代の生徒は確かに歪だと思う。自分のしたいことを求めるのであれば学校という枠組みに無理矢理入っている必要などない。皆がいくからという理由で学校などと言う旧型の組織にしがみついてその組織を無視して闊歩する。子供は大人の縮図だと言うがまさしくその通りの状況が起きているのだろう。諏訪氏はプロとして自分が出来ることがなにか常に試行錯誤してこなしている。こういうプロの仕事をしても成立できない組織、それが今の学校であるということを我々もしっかりと認識しなければならないようだ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本まどろみ消去

2001/03/31 15:41

森博嗣先生の些細な本音をかいま見られる短編集

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この短編集は習作というのが一番ふさわしい気がする。二つ目の短編集「地球儀のスライス」の方がやはり上手になっている。短編はごまかしがきかないから、余分なものがはっきりとわかってしまう。簡単にいうと優劣がわかりやすい、ということか。森先生の場合はヘタとは言わないが(笑)、コンセプトがバラバラという感じ。その点、「地球儀」の方がまだまとまりがあった。

 でも、普段書かないようなものというか「ミステリー」という枠から少しはずれたものを書いているのが特徴で、そういう意味では面白かった。でも森フリークでないとわからないトリックもあり(すばる氏って誰?とか言っているとわからないレベル)、そういう意味ではフリーク好みの「濃ゆい作品集」のかもしれない。

 個人的には最後の作品「キシマ先生の静かな生活」がよかった。森先生の本音というかそういう部分が少しだけかいま見れる。きっと今なら先生はこの作品を書かないでしょう。「いまさらこんなことを書いてどうする」と思うんじゃないかな(違う?)。でも「いつから、僕は研究者をやめたのだろう?一日中、たったひとつの微分方程式を睨んでいた、あの素敵な時間は、どこへいってしまったのだろう?」という下りは理系出身の技術者なら誰もが思わず頷いてしまうのではないか(そうでないあなたは恵まれているだろう)。そういう時代はあっという間に過ぎ去ってしまうということ。一日中、微分方程式を考えていられるというのは本当に貴重で贅沢な時間の使い方だ。それだけの集中力をもっていることと、その時間を確保できること、両方が必要だから。今は両方とも持っていない。そう思えば森先生自身が我々からすれば羨望の人なのだろう。理系のノスタルジィを運んでくる一冊だ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

読み聞かせのもつ大きな力、それは人と人が向かい合うところにあるのかもしれない。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。


 「読みきかせ」を知っているだろうか?「読み聞かせ」とは、中学生に週に一度15分くらい本を朗読して聞かせるというものからスタートした。この本では長年中学校の国語教諭をしていた著者が実践してきたその具体的な方法や効果が書かれてある。現場の一線に立ち続けた著者の実体験を綴ったこの本は内容も非常に興味深いものであった。朗読によって感動が読み手と聞き手の間に起こるというのだ。おそらく普段ちゃんと話を聞かないような生徒も読んで聞かせるという行為に聞き入ってしまうのだろう。読み終わった後に広がる沈黙の時で生徒が感動しているのがミシミシ伝わってくると著者は書いている。現場に立つ者だけが語れるリアリティがある。

 読み聞かせは中学生だけに有効なのではない。小さい子供の頃から「読み聞かせる」ことによって本が好きな人間になっていくという。そういえばボクも幼少の頃、母親にずっと「読み聞かせ」をしてもらったようだ。そのおかげかどうかわからないが、本は好きだ。もちろん、読書を美徳とする雰囲気で育てられたことは非常に重要な要素だろうし、本好きに育ててもらったことを本当に感謝している。本が好きかどうかで人生の損得ではかなり違っていると思う。そういう意味ではこの「読み聞かせ」という行為はなかなか重要である。

 この「読み聞かせ」、著者は老人ホームにもいいのではないかと提案している。一人が読んでそれを皆で聞くというのは確かに素敵な時間を過ごすことができると思う。考えようによっては非常に贅沢な時間の過ごし方だ。老人ホームで文字を読むのが億劫になった年輩の方々相手に読むのもきっと有意義だろう。著者の提案は些細なことだが、大きな輪を作りつつある。興味ある人は是非、読んでみてはどうだろうか。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本毎日がテレビの日

2001/03/31 15:40

タイムマシーンに乗って過去をのぞき見する面白さ、「愛していると云ってくれ」から「ロングバケーション」までの裏話満載の一冊

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 北川氏はいまや多くの人々が知っている売れっ子脚本家であるが、このエッセイはその北川氏がまだブレークする直前ぐらいに雑誌に連載していたものをまとめたもの。(単行本にまず出版されて、それが文庫になってから読んでいるのでかなりタイムラグがある)時期にすると95〜97年くらいで作品で言うと「愛していると云ってくれ」から「ロングバケーション」が終わるくらいに該当する。

 読んでいて面白いと感じたのは、北川氏の書いている時と我々が読んでいる時に間があるということだ。当たり前といえば当たり前なのだが、この「時間差」が思った以上に面白い。つまり北川氏が書いているときというのは、あくまで雑誌に連載目的で書いているのであって、ほぼ「現在進行形」である。その「時々」を切り取って書いているのだ。それに対して我々が読んでいるのは、今ではその「時々」は既に過去になっているわけで、ちょっとおおげさに言うとタイムマシーンで昔に行ってみている、みたいな感覚がある。

 後に大ヒットとなる「愛していると云ってくれ」や「ロングバケーション」がこうやってつくられているのか、ということも当時はまだ「キムタク」になっていなかったキムタクの様子、常盤貴子嬢の部屋にいって彼女の生活を垣間見た話、その二人で後に大ヒットする「ビューティフルライフ」がつくられることも、当時は誰も知っていない(当たり前だが)。そういうのは振り返ってみると「ああ、こういうことがつながっているのだな」と思うのだ。

 そういう意味で日記や随筆というのは面白い。その時間を切り取って書く作業だからに違いない。きっと「あのときの自分(または彼、彼女)はこう考えていたのか」という「過程(プロセス)」が後の「結果」と見比べることが出来るからだろう。それ故に結果が見えない過程は興味があまりわかない。十分に時間が経過せず、まだ結果が出ていない日記は面白くないし、逆に時間はたっていてもアウトプットとして結果が出ていない日記も面白くない。

 だからこそ結果が出ている北川氏のこの作品は十分に面白い。タイトルの通り、毎日がテレビの日というくらいの読者にはたまらない一冊だろう。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本ダーティー・ユー

2001/03/31 15:38

育というものを帰国子女という黒船来航で切り開く。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 主人公は米国からの帰国子女で、日本語は堪能だが考え方が米国人といういわゆるバナナな奴(外見は黄色が中は白い)である。この主人公が今の日本の中学校という環境にはいるとどうなるか、いやもっと具体的に言うと「いじめ」というものをどのように見るか、という視点で描いているのがこの本の切り口だ。

 確かに米国ほど日本の中学校は危険な環境ではない。スクールポリスが徘徊していなければいけないようなことはないし、学校に銃が持ち込まれることもない。しかし、米国の場合はそういった現実を受け止めて防衛策をとっている。そして子供達は「自分の身は自分で守れ」ということがきちんと身に付いているのだ。もちろんありとあらゆる差別が存在し、それがどうしていけないのか、ということを自分たちの範疇で理解している。

 それに対して日本という国はどうだ?全ての人が平等、皆等質故に差別なんてないと「いうことになっている」。差別は本当にないのか、悪しき平等主義にかくれておきていないのか、と考えることはない。そしていじめ。学校に暴力はないと教師が思っている(自分たちが体罰を放棄したからだろうか)のだから、いつまでたっても「いたちごっこ」。日本社会の本音と建て前をそのままもちこんだ学校という閉鎖空間で主人公はもううんざりと感じてしまう。きっと外からみれば日本という国はこんなにも閉塞しているということなのだろう。大人も子供も同じである。

 主人公の偶然仲良くなった友人がいじめを苦にして自殺してしまう。なにも出来なかった自分を友人の死後、何ができるのか考えた主人公はいじめた連中を相手取り訴訟を起こそうと考える。このいかにも米国的な手法を読んでいるものはどう感じるだろうか。荒唐無稽だろうか。いや日本の常識でものごとを処理できるのにも限度があるのかもしれない。ここは日本だ、といいきっても世界の中のだろ?といわれればそれまでではないか。鎖国をしているわけではないのだ。

 しかし、この本の著者はその構造をなんども指摘する。日本の学校教育は鎖国状態であると。つまり学校というシステムには自由競争がないという。一度教師になったらずっと同じ地位を与えられる。義務教育という名の下に決められた学校へ通わなければならない。選択の余地はないのだ。こんな状態でどうして教師が努力し、よりよい学校運営を考えるというのだと主人公の父親は怒る。「文部省と日教組が日本の教育をダメにした」父親のこの言葉はおそらく著者の叫びそのものだろう。競争なき社会をいつまでつづけるのか、それが続く限り鎖国は変わらないのかもしれない。鎖国を解くには…やはり黒船来航しかない、ということか。いつまでたってもこの国の島国根性はかわないのかもしれない。

 扱っている問題は奥が深いが、文章は非常に滑らかで展開も計算が行き届いている。我々が無意識に抱えている問題を上手に書き出した一冊。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

紙の本最強のプロ野球論

2001/03/31 15:36

辛口コメンテータ二宮清純氏のプロ野球論。理論派にはうってつけの一冊。

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 二宮清純氏はスポーツライターで最近ではNHKのサンデースポーツにコメンテータとして出演している。辛口のコメントはなかなか聞いていて小気味いい。今のスポーツ界にあえて苦言を呈する人がいないから、彼のような理論派がどんどん厳しく言っていくべきだろう。

 その彼が「プロ野球はけっして偶然で起きていることではなく、ミリ単位の微妙な駆け引きのなかで成り立っているものすごい世界だ」とその奥深さに切り込んだのが今回の著書である。いろいろ興味深い話は書いてあるが、江夏の21球を引き合いに出した上で「好投手はどこまで球を制御できるか」ということをイチロー対松坂の初対決を取り上げている。松坂対イチローは最初3打席連続三振を松坂が奪い「今日で(プロでやっていける)自信から確信にかわりました」と言わしめたので有名だ。二つ目の三振が捕手が構えたところと逆のコースに行っていることに二宮氏は注目している。イチロー自身もおもいも寄らないコースにきたことで全く動けず見逃しの三振にとられていることをあげて「松坂が投げる直前に感じてわざと逆球を投げたのではないか」と確信犯であることを取り上げている。そこにはモーションに入ってからも微妙な投球変更が出来る「ミリ単位の技」を二宮氏は絶賛する。それは出来るだけボールを長く持つ投手のみが可能にし、どの時点で球筋を変えることができるかがポイントだという。出来るだけ遅くまで変更がきく、それが究極のプロの技だというのだ。

 江夏豊がどうして日本シリーズであのスクイズをはずすことができたか、それは江夏にその技術(投げる途中でコースを変更する技術)があり、それを捕手であった水沼も十分にわかっていたからだという。だからスクイズにでたとき、あわてずにあえて「ゆっくりと」立ち上がって江夏と意志疎通をした、そう決して偶然ではない。ゆっくりとたちあがることで「はずせよ、お前ならできるだろう」意志疎通をしたのだ。あわてて立ち上がっては捕手が動揺したに過ぎない、ゆっくりとたちあがることで二人で「確信犯」になったのだ。

 けっして偶然から生まれるものではない、その素晴らしさに気がつくかどうかで野球観戦というモノはかわってくる。理論派の野球観戦者には必読の書である。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

66 件中 31 件~ 45 件を表示
×

hontoからおトクな情報をお届けします!

割引きクーポンや人気の特集ページ、ほしい本の値下げ情報などをプッシュ通知でいち早くお届けします。