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  3. トラキチさんのレビュー一覧

トラキチさんのレビュー一覧

投稿者:トラキチ

342 件中 16 件~ 30 件を表示

紙の本もしも、私があなただったら

2006/07/06 00:48

テーマは尊いのだが、登場人物に魅力が乏しいのが残念。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『女は心と身体で生きる、男は目と頭で生きる。
男に好きになってもらうのが仕事の女性と、女を好きになるのが仕事の男性。(本文より引用)』
白石一文さんの書き下ろし最新長編を手に取ってみた。
主人公の藤川啓吾は49歳。
東京の勤務先を退職し地元九州に戻ってきてバーを開き6年になる。
元妻とも離婚、のほほんと孤独な生活の毎日を送っていたある日、サラリーマン時代の親友だった神代の妻・美奈から突然電話がかかってきて、内密な相談を持ちかけられる。
内省的で思慮深いのが白石さんの登場人物の特徴かもしれないが、少し懐疑的過ぎないかなと言うのが率直な感想。
話の展開的には始めは美奈を追い返そうとし、その後、タイトル名でもありキーワードともなっている6年前の別れの時の言葉「もしも、私があなただったら」から、美奈の重要性を認識して行く姿が描かれたいわば純愛物なのだけど・・・
美奈を愛することによって、思いやりっていうものが芽生えてきたのでしょうか。
何の疑いもなく啓吾を愛する美奈とのコントラストが印象的であった。
愛することはたやすいけど、信じることはむずかしいのかもしれませんね。
冒頭に引用したテーマ。
素晴らしい言葉で本当に的を射ています。
作中で白石さんの言いたいことはよくわかるのであるが、主人公の男としてのスケールが小さくって噛み合っていないというのが正直な印象。
途中で主人公が美奈の夫に会いに行く場面があります。
そこで今まで知らなかった美奈の男性遍歴を聞き唖然とするシーンがあります。
そのあとの懐疑的になる場面と、ラストの疑いが晴れる場面の安直さがちょっとどうかなと思いました。
結局、本作の主人公に作者の代表作と目される『一瞬の光』の浩介のような確固たる信念を感じられなかったのが残念である。
タイトル名は何回か作中で出てくるのだけど、相手に立場に立って考えることの重要性を謳った言葉である。
でも、本当に心が通じ合ったのであろうか?
個人的には、主人公は本当に幸せになれるのだろうか?という疑念が湧くのである。
ひょっとして尻に敷かれっぱなしになるのではないか?
通常、ハッピーエンドって読者にとっても晴れ晴れすることである。
だが、本作は・・・
いずれにしても美奈のしたたかさが目立った小説でした。
怪我をしたのも半分故意のような気もします(ちょっと考えすぎかな)
従兄弟の慶子といっしょになった方がよっぽど主人公にとったらしあわせだったのに・・・そう思われた方も多いんじゃないかな。
是非、読んで確かめてください。
活字中毒日記

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あなたも5人目のギャングになったつもりで読んでほしい。

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

面白くて当たり前。
ここ数年、直木賞候補の常連にのし上がって来た伊坂さんに対して私たち本好きの期待は膨らむばかり。
伊坂作品も10作以上となった現在、エンターテイメント性においてこのシリーズに勝るものはないと思われる。
第1章のギャングメンバーそれぞれのエピソードが素晴らしい。
タイトルもそれぞれ洒落ていて読者にとって教訓的。
日頃の仕事振り(たとえば成瀬の公務員姿)などが垣間見られ、読者にとって意外な一面が演出されている。
この各エピソードが第2章以降に勃発するある事件に絡んでくるという展開。
期待に胸を膨らませて読んだのだが・・・
ニュアンス的には前作は“痛快かつ爽快な作品”、本作は“痛快だけど爽快とはいいがたい作品”なような気がします。
なぜなら、軽妙洒脱な会話とストーリー展開の面白さが伊坂さんの魅力の2本柱なんだろうが、今回は後者においては少し平凡かなと思います。
ただし、他の作家と比べて言ってるわけじゃありません。
たとえばクドカンが書いた脚本と他の脚本家とのそれは比べにくいでしょう。
伊坂さんの場合、読者の好き嫌いは別として他の作家と比べられる段階じゃない(少なくとも同じようなジャンルの作家においてでは)と思われます。
もはやそういうレベルじゃない。
そのことが私のレビューの大前提です。
ちょっと伏線が多いというかひねりすぎているような気がしないでもない。
その結果として第1章が素晴らしすぎて第2章以降、落胆された方も多いんではなかろうか。
第2章にてお得意の銀行強盗が勃発、饗野の演説も堪能。
ただ第1章同様メインとなる話への伏線。
後の騒動はどちらかと言えば、スリの名人・久遠と演説の達人・饗野が中心。
ふたりの会話はとにかく面白い、これは前作以上で饗野のボケキャラがすこぶる心地よい。
問題点はここからである。
人質となった娘を取り返すところがポイントだったわけだけど、当の本人があんまり誘拐されている緊迫感がないのと、どちらかと言えば悪人の娘として登場している部分が読者にとってマイナスイメージだったような気がする。
前作の地道さんのようなハッとさせられるキャラの方が魅せられるかな。
いずれにしても、ギャングにつきものの仲間内において“軽い騙しあい”はあっても“裏切り”がなかったのが物足りなかった大きな要因のような気がする。
でも身構えて読んだつもりでも、柔道部員が出てくるシーンは面白かった。
あと前作から出てくるキーワードである“ロマンはどこだ!”のロマンについて自分なりの考えを記したいと思う。
銀行強盗を颯爽とさりげなく行う4人組に対してのスマートなフレーズなんだろうが(もちろん読者受けするということも踏まえて)
私的にはたとえば、前作で雪子が地道に対して持った助けてやろうという気持ちや、地道がパチンコ店に息子を助けに来た気持ちに大きな“ロマン”を感じたのである。
それに比べると、本作は全体的に希薄で安易なような気がする。
あと惜しいと思われるのはまぬけな誘拐犯2人の後半の行方が描かれていない点と誘拐された娘の父親(チェーン店社長)の存在感の無さ。
私って贅沢な読者なのかな(笑)
意外と辛口となったが、現在人気ナンバーワン作家と言って過言ではない伊坂氏の作品が新書版で読めるというのは嬉しいことだ。
普段、図書館で借りられてる方も財布の紐が緩くなって買われた方も多いのだろうと思う。
版元である祥伝社さんと伊坂さんのサービス精神を称え、本屋に直行して伊坂ワールドにどっぷりつかって欲しい。
なにっ、買わなきゃ久遠さんに財布掏られそう(爆)
久遠さんが言ってるよ。
「たくさん買えばまた強盗します」って・・・

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紙の本青い野を歩く

2011/09/26 11:09

すごく評価の分かれる作品集だと思いますので是非ご一読あれ。白水社エクス・リブリスシリーズの一冊。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

“粉々になった心を抱き、静かに生きる人々がいる。荒々しい自然と人間の臭み、神話の融合した小説世界は、洗練とは逆を向きながら、ぞっとするほどの、透明な悲哀を抽出する。放心した。すばらしい小説だ”(詩人の小池昌代さんの言葉:帯より引用)

8編からなるアイルランド人女性作家の短編集。岩本正恵訳。

表題作と「森番の娘」は印象的なのだが、全体を通して同じ訳者でエクス・リブリスシリーズの『ヴァレンタインズ』と比べてしまいどうしても満足感が得られなかった。

国境を越えても普遍的なものがあるとわかりながらも、ちょっと理解しづらい点があり、どれだけ訳者が読者に読みやすいように訳しても作者の意図が伝わらないような気がした。
たとえば母国(アイルランド)人が読まれたら、それぞれの孤独な登場人物に自分も置き換えて物語に没頭できるんじゃないかなと思う。
逆を言えば、日本人の読者が読まれ共感できたら、その方は登場人物が語る以上のことを吸収できる方で、すごく研ぎ澄まされた感受性の持ち主だと思われ、羨ましく思う。

読書に何を求めるかやあるいはその時の読者の気分によって受け止め方も違ってくるのであろうが、全体を通して絶望的すぎて希望が少ないような気がする。

ただ、日本人が想像でしか体感できないカトリック社会が根底にあり、ほとんどなじみのないアイルランドという国のことや、あるいは同じ英語圏内であるアメリカと言う国への思い(アイルランドから見たアメリカです)も理解できたらきっと作者の思いももっと通じるのでしょうが。
でも自分の乏しい読解力をフルに活用して読んでみてもそれぞれの物語も着地点があいまいなものも見受けられるのですね。
そしてかすかにわかったことと言えば、アイルランド人って“古い慣習にとらわれてつつましくかつ静かに生きているんだな”ということです。

ちょっと否定的な感想だったかもしれませんが、私が男性読者であるということが大きな原因かもしれません。
というのは総じて男性が滑稽にそして厳しく書かれてるように思えます。
一例を挙げれば、ヤギと一緒に寝てる中年の独身男性が登場します(笑)
帯に“哀愁とユーモアに満ちた”という形容が使われてますが、物語によってはユーモアを通り越して“悲惨”に感じられるのですね。

逆に都会で本当に疲れてる人が読まれたら癒されるかもしれないですね。
自然の中で生きる人々が描かれ神話や寓話も随所に織り込まれています、登場人物が抱える鬱屈した気持ちが哀愁的に感じられるかもしれません。

結論を言えば、私の守備範囲から少しだけ離れてたような気がします。
詩人の小池昌代さんが絶賛されている本作、あなたが読まれたら心に響くかもしれません。是非お試しください。

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紙の本ボート

2010/03/30 22:44

新潮クレスト・ブックスお得意の移民系作家のデビュー短編集。ただしとっても評価の分かれる作品集だと思いますので覚悟してお読みください(笑)

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

新潮クレスト・ブックスは過去にジュンパ・ラヒリを筆頭にしてたくさんの新人作家を発掘し紹介して来ました。
その多くが短編集であることはご存じの方が多いことでしょうね。

作者のナム・リーはベトナムで生まれるものの生後3ヶ月めに両親とともにボートピープルとして国外へ脱出、マレーシアの難民キャンプを経由してオーストラリア・メルボルンで育ったのち、アイオワ大学に学んで作家の道を歩みはじめました。本作がデビュー作品集となります。

この作品の評価って正直本当に難しいですね。
ラヒリの訳者で有名な小川高義さんが訳しているのですが、たとえばラヒリの訳文のような静謐さも感じないし、そして文章の流暢さも感じないのですね。

共通点はやはり移民系作家ということなのでしょうが、やはり両者のあいだには“愛国心”ということでは大きな開きがあると思われます。
いわば、本作の作者は“母国を捨てた人”なのですね。
移民系作家の本質的な特徴としては、母国語ではないが故に書きたいことを書けるという部分は大きく、読者の共感を呼ぶのでしょうね。

ここで敢えて“共感”と“共鳴”という言葉を使い分けたいのですが、私なりには次のように解釈しています。
ラヒリの『停電の夜に』には“共感”を、そして本作には“共鳴”を覚えることが出来るのですね。
これは言葉では説明しにくくフィーリングで感じ取るものだと思うのですが、なんとなくふたつの言葉の違いが微妙にふたりの作家の特徴を表しているような気がします。


本作品集は全7編からなります。最初と最後の2編が作者の生い立ちやその生き様を表した話です。
冒頭の「愛と名誉と憐れみと誇りと同情と犠牲」では小説家としてアメリカ・アイオワに住む作家志望の主人公のところにオーストラリアに住む父親が突然訪れてきます。
ここでの父親とのすれ違いが作者の境遇を示唆します。戦争を知っている父親と知らない主人公との軋轢ですね。
特に最後の表題作「ボート」はベトナムからボートに乗ってひとり逃亡する少女の話が描かれ、涙なしには読めないような感動ものですね。

2編目から6編目は世界各地を転々として描く無国籍作品ですね。
コロンビア、ニューヨーク、オーストラリア、ヒロシマ、そしてテヘラン。
ここでも作者の多彩な筆力を味わうことが出来ます、それなにりですが・・・

どの編もギリギリの状況に置かれた人々を描いています。
一貫した特徴としたら“矛盾した世界への反発心”ということになるのでしょうか。
ただ、それぞれの話はそれなりに読ませてくれるのですが作品集として考えてみると私が思うに風呂敷を広げ過ぎている感がするのですね。
スケールが大きいと言えばそうなのですが、統一性に欠けているようにも思えるのです。
逆を言えば前述した最初と最後の編のインパクトが強すぎて、それに比べるととどうしても思っちゃうのですね。

個人的にはその小説の評価を決める大きな目安として、次にその作者の新作が出た時に読みたいと思うかどうかということが大きなポイントとなるわけですが、そういった意味合いにおいてはラヒリと比べてあんまり湧かないのですね。

この作品集が果たしてエスニック小説であるか否かはここで論じるつもりはありません。
ただ広義のエスニック小説として考えてみると、根本的には大きなトレンドであるエスニック小説って理解しづらいのかなと、自分自身の読解力の自信が揺るがざるを得ない一冊だったような気がします。

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紙の本ほかならぬ人へ

2010/02/15 19:45

中篇2篇からなる直木賞受賞作。直木賞の“大衆作品”という主旨に基づく側面的な意味合いにおいては読みやすい作品でぴったしの受賞作かもしれませんが、いかんせん主人公に共感が出来なかった。むしろデビュー作『一瞬の光』のインパクトの方がずっと印象的で切ないながらも首尾一貫しているところが個人的には受け入れれたのだけど。テーマ自体は愛で深いのですが、私にはそれほど深遠な作品には感じられなかったのが残念です。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

第142回直木賞受賞作品。

前作の『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞を受賞、そして本作で直木賞を見事受賞。
これで文壇のスターダムへとのし上がった白石さんですが本作を読む限り、果たして直木賞の受賞が妥当だったのかどうか甚だ疑問を感じた私である。
過去の直木賞の受賞作を振り返ってみても、なぜこの作品が選ばれたのだろう、なぜあの作家じゃなくてこの作家が選ばれたのだろうともちろんいろんなタイミングが合るのでしょうが。

もちろんいろんな作風があってしかりなのであるが、やはり内省的で思慮深いのが白石さんの登場人物への共感が白石さんの一番の魅力なんだなと思ったりするのですね。
たとえ少し道をはずれていようが。

本作は全体的に焦点がぼやけている印象は拭えませんわ。薄っぺらいというか。

本来の白石作品というのはあくまでも個人的な意見ですが、10人が読めば2~3人の人に大きな共感を得てもらうという
前作でも強く感じたのですが、やはり作者の倫理観・世界観がちょっとはずれているような気がするのですね。
本作で言えば女性の容姿に対する人生における損得が生じる描写。
女性読者が読まれたらどう感じるのでしょうかね。

思えば以前の直木賞は良かったです。
かつて金城一紀がデビュー作の『GO』で受賞されたのが約10年前ですね。
本作が直木賞受賞できるなら、デビュー作の『一瞬の光』でもよかったのじゃないかなと強く思いました。
読者が少なくともどっぷり嵌れるレベルの作品かどうかで言えばデビュー作の方が上だったと思います。

逆に本作は普段あんまり本を読まない人は読みやすくっていいかもしれません。
少なくとも言えるのは白石作品は直木賞は取れても本屋大賞は取りにくいでしょうね。
そこら辺りが一番の直木賞の現状の問題点じゃないかなと思ったりします。

2篇ともコンプレックスを持った人が主人公ですね。
「ほかならぬ人へ」の明生は名家の三男に生まれますが、優秀な父母や兄弟に対してコンプレックスを持っています。
家からも断絶された状態で、家族の反対を押し切ってキャバクラ勤めの女性と結婚するのですがなかなか上手くゆきません。
主人公の曖昧さというか判断力のなさにイライラしつつも、3人の女性のコントラスト(美人妻のなずな、許嫁の渚、そして上司で不美人の東海)をそれなりに楽しめる作品でもあります

「かけがえのない人へ」の主人公はみはるという女性で容姿に少しコンプレックスを持っています。
彼女も良家の出で父親が会社社長ですね。エリートの男性との結婚が近いのですが、かつての不倫相手の黒木と関係を復活させてます。

エンディングどちらも悲しいです。
悲しいんだけど胸がいっぱいになって本を閉じることとなることはなかなか出来ません。

表題作はやはり親の言うことを聞かなかった主人公のなれのはて的な流れですね。
“やっぱりこうなったか”的な。

そして後者は男性作家が描くから余計にそう思うのでしょうが、みはるが真実の愛を模索しているというよりも黒木にとっての都合のいい女のように見受けれるのですね。

深みのある恋愛というよりも、人生に迷いを生じている男女の活写という作品のような気がしました。
小説を読んでいて、たとえ間違っていても突き進んでほしいという作品と、間違っているのでイライラする作品があるのですが、完全に後者に分類できる類の作品だと思います。

私は良い意味で“理屈っぽい白石作品”前者的な作品の方が好きですわ。
生き方を模索しているよりももっと自分の生き方を貫く主人公がいいですね。
2篇とも私の観点で言わせていただいたら“必死に恋愛していない”ような気がします。

その一因として少し作者を擁護させていただくとやはり“枚数が足りなかった”のでしょう。
白石さんは根本的に長篇作家だと思います。

逆を言えば、これは出版社の巧みさだと思うのですが、他の白石作品と比べて行間も広くて読みやすいです。
まるでライトノベルを読むような感覚で読めますね。文章自体は以前よりも読みやすいと思います。

少し苦言を呈したいのは、登場人物の出身大学名に実名を使っている点ですね。
よりリアルになるのは間違いのないところでしょうが、フィクションの世界ではどうなんだろう“掟破り”なんじゃないでしょうか。
その大学の出身の方が読まれたらあまりいい気はしないでしょうね。
具体名を出すことによって却って類型的に感じられ、小説としてのインパクトに欠けているように感じました。

皮肉なエンディングになりますが本作はその読みやすさにおいては直木賞に相応しい作品であると思います。
ただ個人的にはデビュー作のように10人が読めば2~3人の人に“大きな共感”をもたらせることもないと思います。
一番この作品に欠けている点は“主人公に感情移入出来ない”ことなんですね。

心に響く作品を書ける作家なのになという残念な気持ちで本を閉じました。

この感想を読まれたあなたも確かめてほしいなと思いますね。
そしてできれば『一瞬の光』も合わせて読んでください。

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紙の本東京・地震・たんぽぽ

2009/02/18 19:17

都会人に送る新時代の啓蒙書。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

東京に起こった地震をモチーフとした書下ろし短編集。

先日読んだ『ぽろぽろドール』と同じく、ちょっと奇妙なテイストの作品集だが、本作の方がひとつひとつの話の中で繋がりがある部分があって、それを見つけることを楽しみにして読める面もあって楽しいかもしれないなと思う。
ただ、そんなに感動的な話はなくどちらかと言えばビターな味わいのするところが予想通りというか予想に反してるというのか。
そこが豊島さんのいいところなんだろうけど。


たとえばこんな読み方もできるのであろうか?
地下鉄サリン事件。舞台は東京でした。だから関西人はあんまり実感が湧きません。
阪神大震災は逆に神戸を中心とした出来事。
東京に住んでる人は漠然としかわかりませんね。

だから敢えて東京を舞台とした地震小説を書いたんでしょうか?

この作品は地震の怖さを描いたものではありません。
地震を題材として、いろんな人生があるよということを読者に知らしめたものですね。

それも淡々と描いているところが豊島さんらしいのであろう。

都会であるからこそ感じる孤独感・閉塞感。
東京であるからこそありえる14人14通りの生き方。

すっかり都会っ子に染まった豊島作品と言えそうだ。
 
非常に微妙なところだけど、やっぱり関西人は素直に喜べない一冊だとも言えそうですね。
フィクションとして済ませれない部分がいまだに付きまとっているのですね。
怖くはないけど辛く感じるんだよね。

ただ、ひとつひとつの短い物語で綴られる作者の想いはとっても儚く読者に伝わる。

もっとも印象的な話は「くらやみ」で閉じ込められた主婦がブログに助けを求めるのであるが、その主人が「夢を見ていた」で登場。
ちょっとした都会人の心のすれ違いを描写しているところが巧みで心憎いのである。

豊島さんサイドに立って考えれば、本作は非常に意欲作であると言えよう。
常に物事が“ひとごと”であると思ってることをベースとしている都会人に、“ひとごと”じゃないんだよと肌で感じさせる効果はあったと思います。
地震という非常事態を舞台にしてますが、描かれているのは“そこはかとなく生きている都会に生きる私たち”なのである。

そう、豊島作品“登場人物すべてが読者の分身”なのである。

そこを“地震”よりリアルに感じ取れればもう立派な豊島ファンと言えるのであろう。

等身大の登場人物が豊島作品の最大の魅力なのだから。

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紙の本ぽろぽろドール

2009/02/06 20:43

変化球満載の短編集であるが・・・“黒豊島”作品。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

パピルスに不定期連載されていた5編に書き下ろし1編を加えた人形をモチーフとした短編集。
ただしそれぞれの話に繋がりはない。

豊島さんの作品を久々に今回手にしたのであるが、やはり“今度はどういった話だろう”という期待感を持って読めるところは売れっ子作家のひとりとして認識されている賜物であろうと強く感じるのである。

ただし、本作に関すればちょっと個人的には人形自体に興味がないので(笑)、そんなに物語に入って行けなかったと言うのが正直なところ。
私自身は普遍性のあるストレートな物語の方が好きなんでしょうね。
それと作品の出来にやはりバラツキが感じられたのも少し残念だったかな。
特に言葉のしゃべれない人形に依存する登場人物には感情移入し辛かった。

私はほろずっぱい青春ものが基本的には好きなんですが、読者も十人十色です。
本作が刊行されたのは2007年6月。
2007年と言えば4冊刊行されてるんですね。
だからそれぞれパターン(作風)を変えることを余儀なくされていたのでしょうね。

作者もそのあたりを認識して書き分けているのであろう。
確かに読者を選ぶ作品集ではある。
人によっては、ドキドキして読めるんじゃないだろうかとは容易に想像できる。

パターン的には劣等感やコンプレックスを持った女性(少女が多い)が、人形と係わることによって変化していくのですね。
まあ、どれもが感動的という意味合いでは期待しない方がいいですが、逆にその語り口がとっても楽しめるといったらいいのかな。

確かにスリリングな展開が待ってます。
中には官能的でエキゾチックな話もありまして(笑)
詳細は読んでのお楽しみということで。

私的にはラス前の「きみのいない夜には」がベストですね。
ラストの思い切りのいい決断には度肝を抜かれました。

誤解されたら困るので書き留めておくと、本作は『檸檬のころ』に代表される“白豊島”作品と180度違うとはいえない。
冒頭で“黒豊島”作品と評したけれど、各編の登場人物の根底には“確固たる切なさが存在している”のである。
豊島作品のキーポイントですね。
かなりというか異常に“献身的”でかつ“思いつめる”人物が多いんですわ。
要するに人物はピュアだけど味付けが黒色なんです(笑)

位置づけとすれば豊島さんを初めて読まれる方にはオススメしづらいが、引出しの多さを世に知らしめた作品だとは言えそうです。

豊島さんの場合、全作読んで作家としての展開(成長)を楽しむべきなんでしょうね。

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紙の本ブルーベリー

2009/01/14 20:33

重松氏が読者に贈る青春の12編。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

“ブルーベリーの甘酸っぱさが胸に広がる。思い出の中のブルーベリーは、甘さよりも酸っぱさのほうが強い。かすかに、苦みも混じっていた”(本文より引用)


「BRIO」に掲載されたものを加筆・訂正。
主人公は重松さん自身と言っていいだろう。
自叙伝に近いものを感じ、重松ファンはどこまでがフィクションなのか想像するだけでも楽しいとも言える。

でも本作に大きな感動を期待するのは禁物だ。

男性月刊誌に掲載のために一話一話の枚数が少なすぎて、掘り下げて書けてないような気がするのである。

だから他の重松作品のように決して涙をさそわれないので、逆にリラックスして読まれることをお勧めする。

本作は12編からなる連作短編集と言えよう。

40歳になった現在、ワセダに1981年に入学した過去を思い起こし、12通りの過ぎ去りし青春のエピソードとして読者に披露してくれている。

この作品においては他の重松作品よりもメッセージ性は少ないと断言できる。
言い換えれば、重松作品の特徴である“読者が人生において大切なものを吸収できる作品とは言い難い”のである。

たとえば、他作品では十分可能な親子で読んで語り合えるようなことはまず不可能だ。
若者が読めば、せいぜい自分のお父さんが学生時代を過ごした時代を重松氏のフィルターを通して垣間見る程度かな。

個人的には同世代として青春時代を過ごしたので共感できるというか、本当に懐かしい気分に浸れた。
特に懐かしいのはテニスのボルグ・マッケンロー・コナーズの話。
自分もテニスをしてて、特に悪童と呼ばれていたマッケンローのファンで彼がCMで出ていた車に当時乗っていたのである。

重松さんサイドから考えたら、こういった作品を上梓できるということは作家になって幸せだと強く感じていると推測したい。
肩肘張らずに書いていて、多作であるがゆえに書ける作品のうちのひとつとも言えよう。

決して重松作品の入門編としてこの作品を薦めようとは思わないが、最後に重松ファンの端くれのひとりとして、私なりに作者のもっとも言いたいことは次のように考える。

“人生は別れと出会いの繰り返し。
だから今出会っている人を大切にしよう”

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紙の本夜の公園

2006/06/20 23:24

身勝手で無責任な大人たち。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『二人を比べることはできない。二人は違う種類の人間である。
二人は、私という人間の中にある幾つかの種類の「私」のうちの、それぞれ違う「私」とつきあっているのだ。
(本文より引用)』
とっても危険な小説だ。
言い換えれば、女性の怖さを思い知らされた1冊でもある。
内容的には自由奔放に行われている不倫小説と言えよう。
リリと幸夫という夫婦がいる。
幸夫には春名、リリには暁という不倫相手がいる。
ちなみに春名とリリは親友同士。
いわば“妻”と“愛人”の関係。
春名は幸夫以外にも悟という男もいる。
独身同志だから不倫ではないが・・・
悟と暁は実の兄弟でもある。
春名は男性依存症的人物として描かれているが、本当に好きなのは幸夫であり、そのことが物語のキーポイントとなっている。
たとえば、江國香織や吉田修一の作品だったら、読者も予期して楽しめるのであるが、川上弘美が本作のような作品を書くと読者も憂鬱さを通り越して度肝を抜かれる。
少なくとも江國香織だったらもっと危なっかしく、吉田修一だったらもっとさりげないであろう。
川上弘美がドロドロな不倫を描くと登場人物達もそれなりに確固たる信念を持っているから不思議だ。
たったひとり悟という人物を除いて・・・
読者によっては悟が一番まともに感じるであろうから困ったものである。
ただ、男性読者の観点から意見させていただくと、幸夫ってそんなに短所があるように思えないのである。
どうしたんのリリさんと言いたい(笑)
少し否定的に書いたが、女性読者には凄く有意義な一冊だと思う。
終盤、春名が危機的状況に陥る時、真っ先に助けを求めるのはリリであった。
その助けをリリに求めたことによって悟が余計に嫉妬したといっても良いんじゃなかろうか。
この場面は誰もがドキッとさせられる印象的なシーンであり、奥深いふたりの友情が描かれているのである。
私的には夫婦のあり方や恋愛の本質を問うた作品としてはあんまり評価したくないのであるが、女性間の友情に関しては巧く書けてるなとは素直に認めたい。
あたかもその為に、リリと幸夫が悲運の恋であることを強調したかのようだ。
このあたり女性読者のご意見もお聞かせ願いたいなと思う。
川上作品は『センセイの鞄』と『古道具中野商店』しか読んでないので、どちらかと言えば心地よさを求めた読者の私なんで特にそう感じるのかもしれないが・・・
強く生きるってむずかしいな。
主人公リリの生き方は男性読者からして拍手を送りづらいのも事実。
なぜなら、生まれてくる子供に罪はないとまでは言わないけど、可哀想な気もする。
所詮、妊娠したのは離婚を言い出す単なるきっかけというか手段だったような気がするのであるが・・・
川上さんの真意が読み取れなかったのが残念である。
それとも男性読者にはわかりづらい世界だったのかな。
とはいえ、視点を変えて語られる各章。
それぞれの気持ちは読めば読むほどよくわかる。
だが、わかればわかるほどブルーになるのである。
一冊の作品としてのまとまって読者に語りかける何かが私にはつかみ取れなかったのであろう。
女性読者が読めば、リリが着実に幸せを手にしようとしていると受け取れるのであろう。
男と女は深遠である。
幸夫の代わりに代弁したいなと思う(笑)
活字中毒日記

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紙の本天女湯おれん

2006/02/15 01:55

気軽に読めるエンターテイメント時代小説!

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

週刊現代に連載されたものの単行本化。
読者層が男性サラリーマンにほぼ限定されている為に内容も娯楽作品に徹している。
舞台は江戸八丁堀の真ん中にある湯屋・天女湯。
ヒロインは23才の女将おれん。
この天女湯には表の顔(銭湯)だけじゃなく、裏の顔がある。
なんと男女の仲を取り持ちも行っている、男湯には隠し階段、女湯には隠し戸。どちらも裏の隠し部屋につながっていてまさに桃源郷の世界。
人情艶話・・・この作品を語るのにはこの言葉で十分であろう。
物語の設定からして読者層を強く意識しているといえよう。
たとえば他の作家が色事を描くと小説としての品が落ちると言えそうだが、作者が描くとより主人公が華やかに写る。
前半は辻斬り事件に対しての犯人探しに興味が尽きない。
おれんが惚れる正体不明の謎の武士が犯人かどうかにめくるページが止まらない。
後半は天女湯と大黒湯との長年の確執が描かれる。
おれんのまわりの登場人物も個性的で読んでいて楽しい。
のっぴきならない事情で働いている天女湯の人々の団結心の良さ。
岡っ引きの栄次郎の変化や小童の杵七の存在感。
少し無難にまとめたという感も拭えないが、なんとなく小説内の長屋の住人のひとりに加われたような気がしたのはアットホームな雰囲気が伝わったからだろう。
読んでいて胸を打つところって他作に比べて少ないけど、気軽にかつワクワクしながら読めること請け合い。
諸田さんも肩肘張らずに楽しく執筆できたような気がする。
匿った武士との恋はどうなるかという楽しみもあるのだけど、やや期待はずれかな。
他作に見られる狂おしいまでの女心の描写を得意とする作者の小説を希望される方には物足りないかもしれない。
特に女性読者の方の反応がどうであるか興味深い。
どうしてもおれんの“恋心”というよりおれんの“色事”にウエートが置かれているのは、男性読者を前提として書かれているからその点を考慮に入れて読み進める必要があろう。
事実、私もおれんの桃源郷での場面を楽しみにして読み進めたのである(笑)
おそらく作者にとって男性週刊誌への連載は初の試みだったに違いない。
新境地開拓・・・作家の冒険と変化に拍手を送りたいと思う。
女性雑誌に連載された『恋ほおずき』と合わせて読まれたら同じ作者の作品であることにハッとさせられ、それとともに作者の筆力の高さに驚愕させられることであろう。
活字中毒日記

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紙の本バスジャック

2006/02/12 10:05

すごく読み手によって評価の分かれるレビューアー泣かせの作品。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

わずか3ページからなるショートショートから90ページ弱の中篇まで合計7篇からなる短編集。
大別するとSF系と恋愛系に分かれる。
とりようによってはバラエティに富んだ短編集とも言えるのかもしれないが・・・
デビュー作で直木賞候補ともなった『となり町戦争』で登場した舞坂町やとなり町を彷彿させる東都や南都という独自の地名がいくつかの篇に登場する。
非日常的な世界を描くのが得意な作家でまるで試行錯誤の時代を揶揄しているようだ。
個人的には「しあわせな光」「二人の記憶」「雨降る夜に」の恋愛系が印象的であった。
どれもが短いので読後に読者の空想に委ねている部分が大きいのであるが、独特の世界観を構築していることに気づいた。
男性作家らしからぬ“繊細さ”。
言い換えれば作者の誠実な人柄が文章に滲み出ているのである。
個人的には恋愛(純愛)小説の方に力を入れて書かれたらもっと能力を発揮出来ファンも増えるのであろうかと思うのである。
ここからは三崎さんに対する期待は大きいという前提で語りたい。
本作もデビュー作に続き賛否両論ある作品と言えそうである。
少なくとも本作で“個性的で不思議な世界を描ける作家”としての地位を固めたといっていいのであろうが、それが褒め言葉かどうかは読者によって捉え方が違うと思われる。
個人的にはアイデアの斬新さは認めるとしても、評価が分かれたデビュー作『となり町戦争』の二番煎じ的イメージがいつまでも脳裡に焼きついて離れなかったのである、少なくともSF系の作品においては・・・・
少し不満点を述べたが、星新一のショートショートを思い起こさせる「二階扉をつけてください」やバスジャックが社会的に認知されている世界を描いた「バスジャック」が他の篇より純粋に楽しめた方は(ちなみに私は逆でした)非日常の世界にドップリ浸かれたのであろう。
ちなみにSF系では私は最長の「送りの夏」が一番良かったです。
テーマは“死と人に対する思いやり”ということでしょうか。
テーマ自体が胸を打つというのはいつまでも印象に残りますよね。
でも、枚数が足りなかったような気もします。
その結果『となり町戦争』のようにディテールが十分に描けてない。
やはり基本的には長編で読ませて欲しい作家ですね。
活字中毒日記

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紙の本反自殺クラブ

2005/05/08 13:06

少しマンネリした感は否めないが、あいかわらず石田さんの時事ネタに対するリサーチ振りには唸らされる。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

石田衣良の看板シリーズの第5弾である。
池袋のトラブルシューター、マコトの独特の語り口で爽快な読後感をもたらせてくれるのがこのシリーズの特徴である。
(本シリーズ未読の方は第1弾から読まれることをオススメします)
今回はちょっとテーマが重すぎるという感は否めない。
全4編からなりますが帯の宣伝文句をご紹介します(多分、石田さん本人が考えられたのであろう)
●風俗スカウトサークルの罠にはまったサンシャイン通りのウエイトレス
●伝説のスターが夢見た東池袋のロックミュージアムの行方
●深玩具工場で過労死した姉の仇を取る中国人キャッチガール
●集団自殺をプロデュースするネットのクモ男VS.自殺遺児のチーム
最初の「スカウトマンズ・ブルース」と2編目の「伝説の星」が従来のIWGPシリーズの流れをそのまま保った作品であろう。
「伝説の星」なんかはひねりも効いていてなかなか面白い。
マコトのお母さんも活躍するのが嬉しい限りだな。
3編目の「死に至る玩具」がもっとも感動的である。
感動的である反面、今私たちが住んでいる日本という国について考え直す機会を否応なしに与えてくれた作品でもある。
表題作の「反自殺クラブ」が頗る重い内容である。
長さといい、最後に持ってきたのはわからないことでもないが、一読者として本編を読み終えて本を閉じる瞬間“予想外”の気持ちに襲われたと言わざるを得ない。
もう少し“希望”というものを与えて欲しかったなというのが正直な感想。
帯の大きな文字である
群れて死ぬより、ひとりで生きよう!
というメッセージが果たして読者に伝わったのであろうか?
全体を通しての特徴というか物足りなかった点を述べたい。
やはり第一にレギュラーである、タカシやサルというサブキャラが彼らの個性発揮とまでは行かない点がやはり物足りないかな。
読者を飽きさせないためには、そろそろ古いキャラの大きな変化、あるいは新しいキャラの登場が必要不可欠となって来たような気がする。
あるいは思い切って長編を書いてみるとか・・・
あと、それぞれの事件が店番をしているマコトのところに人が訪ねてくるシーンでほとんど始まるのである。
パターン化されたというか、マコトが有名になったので喜ばしい所なのかもしれないが、第1弾の単行本が出て6〜7年経った現在、もう少し変化をもたらせてくれた方が楽しめたような気がする。
いい点は何と言っても“時事ネタ”を次々と使ってる斬新な内容である。
これは石田さんの旺盛なリサーチの賜物である。
私は“今”の日本の姿を描いてる小説を1冊選べ”と言われれば迷いなく本シリーズをあげたい。
ここで言う日本の姿とは“正義感の欠如しつつある姿”である。
それほど石田衣良の作品はリアルタイムで読み取り何かを感じ取れる小説であると言える。
本作は1年か1年半に1冊のペースで刊行されている。
少し不満点も述べたが本作をずっと読み通してる人間の心の底にある熱き想いだと受け取って欲しいな。
本シリーズのファンはきっと下記のように思っている。
池袋に行けば“マコトに会えるかもしれない”
なぜなら、誰もがマコトを愛しているから・・・
活字中毒日記

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紙の本きことわ

2011/11/14 17:59

文章の美しさに陶酔し、そして読者自身の幼少期と現在、そして未来を照らし合わせてみる格好の機会を与えてくれる一冊。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

第144回芥川賞受賞作品。芥川賞作品なので短いですが、じっくりと腰を据えて読まなければ少し難解かもしれません。
というかこの作品の良さがわかりづらいと思います。なぜなら現実と過去の出来事が25年間の歳月を越えて語られるのですが、どこまでが夢でどこまでが現実がわかりにくいからです。
それてにしてもひらがなを多用した文章、作者の気品の高さの表れでしょうか、登場人物も柔らかく感じられます。
夢をみる、みないという表現が作中で使われテーマとなっていますが、私的には貴子と永遠子の四半世紀ぶりの再会そのものが夢を叶えたと読むべきだと思います。
2人を断ち切ったのも、再会させたのも春子なのでしょうね。

内容自体は本当に単純な話です、それを作者が味付けしてるわけですね。
葉山の別荘を引き払うことになって25年ぶりに再会する貴子と永遠子。
当時貴子が8歳で永遠子が15歳の7歳差でこの差がお互いの記憶の差を如実に物語っております。

そして再会の現在、15歳だった永遠子は40歳に。8歳だった貴子は亡くなった母・春子の享年と同じ年になっています。
永遠子の娘の百花が、くしくも25年前の貴子と同じ年齢であるということも物語に影響を与えていますね。


敢えて曖昧というかわかりづらく書くことによって、より幻想的にして想い出を永遠のものとしているのでしょうか。
もっとも印象的なのは再会のシーンですね、挨拶もなく「百足が出た」という言葉で始まります。

だらだらした関係でなく、距離感を保っているところが高貴な雰囲気を作品全体に醸し出しており、読者も身を委ねてしまうんだと思います。
ただし、ちょっと男性読者は入り込みにくいかもしれません。

ラーメンを作る3分を長く感じさせて、25年間という2人のかかわらなかった時間の膨大な長さを読者に示唆しているのでしょう。

正直言って、少し読み取りづらかったのですが、根本的に芥川賞作品に物語性を求めること自体問題があるのだと思います。
作者の独自の世界観を味わい余韻を楽しむべき作品である、それが私なりの結論です。

私的には本作で過去の自分を懐かしみ、そして未来に対して少しですが工夫をすることを教えられた気がします。
それはまるで作中で永遠子が貴子に知らない蓮根の料理法を教え、それを貴子が父親に帰って伝授したように。

言いかえれば、総じて男性読者はその世界観にどっぷりと漬かりにくいですが、ちょっと傍観者的な貴子の父親の立場で娘の幸せを見守りたいと思い本を閉じました。
ちょっと私の感想もわかりづらいですね、作者に感化されたのかもしれませんね(笑)

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紙の本いちばんここに似合う人

2011/10/10 15:45

読者の想像力を掻き立てる作品集。

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

岸本佐知子訳。16編からなる短編集。
フランク・オコナー国際短編賞受賞。

作者のミランダ・ジュライは1974年生まれのパフォーマンス・アーティストで、映画監督や脚本家としても活躍しています。
読者の想像力を掻き立てる作品集なのですが、やはり女性向きと言えるのでしょう。
凄く感性豊かな作家だと思うので、一般的に感受性の強い女性が読まれたら満足できるのでしょうか。
そして女性が読まれたら各登場人物に自分の中の似た部分を感じ取り投影出来るでしょう。
そうですね、作品中に“自分の物語”を見つけることができる楽しみがあるのでしょう。

逆に男性読者の私はちょっと共感できないところがあったのですが、どの編の主人公も自分の世界というものを持っていて、その自分の世界というのが孤独という言葉と紙一重であって、そこをどう見極め楽しめるかがこの作品の
評価が決まるのだと思われます。
作品の内容が肌に合うかどうかは別として、作者の発想の斬新さには度肝を抜かれます。
そうですね、お洒落と感じるか退廃的すぎると感じるか微妙ですね。
作者本人がきっとキュートな人なのだろうという先入観があって、登場人物が総じてキュートじゃない点が。
男性読者は贅沢です(笑)

それにしてもいろんな人生がありますよね。
各編、孤独で妄想的な主人公が登場します。
とりわけ印象的なのは「水泳チーム」ですかね。
水が一滴もない場所で老人たちに水泳を教える主人公、滑稽ですよね。
でも滑稽では片づけれない何かがあるのですね。
それ以外の各編も奇妙な話が多いです。
凄く柔軟性のある頭脳を持ち合わせてなければ書けないなという内容のものが多くって、少々面食らいました。
ついていけない部分もあります。
そして現実逃避的ともとれるような話が多いのですが、読者によっては作品集全体を通して自分自身のアイデンティティー探しに一役を買うような作品集になりうることも可能かなとも思われます。
私の場合はちょっと無理だったのですが(笑)

少し余談ですが、岸本さんの訳は上手すぎてあまりにもすんなりと入ってくるのですが、本作に関しては多少なりとも英語をかじったことのある人間であれば原書で読んでみたい衝動に駆られます。
どのような言葉を用いて書かれてるか興味をそそられるのですね。
たとえば日本人作家が同じように描けばジュライが描くようにお洒落に感じないと思います。
そのお洒落さを味わうためにも機会があれば原書に挑戦したい一冊ですね

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紙の本男は敵、女はもっと敵

2006/09/08 22:40

作者にとっては新境地開拓の作品なのであろうが・・・

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

マガジンハウスの月刊文芸雑誌“ウフ”に連載していたものをベースに単行本化した連作短編集。
正直言って、傑作と言って良いであろう『凸凹デイズ』を読んだあとすぐに手にしたので読み終えるのが辛かったのは事実。
こういった少し男女間のドロドロな部分をコメディタッチ兼ユーモラスに書けるのは吉田修一さんか平安寿子さんに任せておいたほうがよかったかもしれないなと思う。
山本さんが描くと吉田さんほどサラッとお洒落に書けないし、平さんほど毒がない。
平凡な作品に終始してしまう。
他作と比べるとどうしても全体的なまとまりにも欠け、読後感もすっきりしないのである。
物語は36歳でフリーの映画宣伝ウーマンである高坂藍子が主人公。
藍子は美人ながら離婚して半年で、現在オトコはいない。
彼女を中心にいわば彼女の影響で人生を翻弄される男たちと、さらにその男たちの妻や恋人たちの実態を描いている。
出版社のイメージからして私が想像するに、作者は藍子をカッコいい女性として描きたかったのであろうが、少し不完全燃焼のような気がする。
私はどうしても藍子自身に不幸感を見出さずにいられなかったのである。
少し否定的に書いたが、キラリと光る部分もある。
終盤に不倫相手だった西村の息子の良太が藍子に会いに来るシーン。
これはちょっとドキドキそしてかなりジーンと来ましたね。
西村のだらしなさを少し嘆きつつも、良太君にエールを贈らずにはいられなかったのである。
ここからは少し飛躍した意見かもしれませんがご容赦を・・・
タイトルの『男は敵、女はもっと敵』を私は『男の敵、女のもっと敵』と読み替えています(笑)
そう、主人公藍子のことですね。
意外と上手くまとまるような気がしませんか?
少し手厳しい感想となりましたが、これは山本さんへの大きな期待の表れであるとご理解願いたい。
活字中毒日記

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