EIJIさんのレビュー一覧
投稿者:EIJI
紙の本ハングルへの旅
2002/01/16 12:00
他とは一線を画した、詩人による韓国本
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
奥床しい本である。この本を紹介するのにこれ以上の言葉を知らない。著者の隣国への興味を、言語・旅・人物など様々な角度から詩人の視線で結晶させた素敵な文体である。若い日本人への「いわば誘惑の書」をねらって書かれたようだが、政治・経済・社会・文化すべてにおいて日本との軋轢が、時には大袈裟をもって伝えられることの多い韓国に、こんな柔和な応対だってあり得るのだ。心地好いいざないである。浅川巧をこの本で知れたことも嬉しい。
紙の本われらの歪んだ英雄
2002/01/10 12:17
李文烈文学の力作
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
社会構造の歪みを片田舎の小学校に投影した李文烈の代表作。時に残酷にもなる少年の視線で捕らえた抵抗・屈従・没落のアナロジー。学級の長が築いた王国の失墜を、60年の四・一九革命による李承晩政権の崩壊にダブらせている。
打倒された級長は主人公の前から姿を消すが、社会に揉まれて苦汁をなめる時、やがて記憶によみがえる。権力者の側近という果実を彼も知っているのだ。韓国の民主化は一朝一夕には遂げられず、張勉内閣を挟んですぐに朴正熙が政権を握っている。
この小説は92年に韓国で映画化された。原作では、没落した級長が警察に取り押さえられる姿を壮年に達した主人公が見て、物語が終わる。これに対して映画では、主人公が未だ級長の権力下にあるのではないか、と自問して幕を閉じる。映画公開の年に金泳三が大統領に当選している。
2002/01/10 12:13
非常下の恋愛小説
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
公開当時、韓国史上空前のヒットとなった同名映画のノベライゼーション。映画は、壮絶な銃撃戦を映像と音像で観客に激しく迫るスリリングなものだ。だから活字版の『シュリ』に果たしてどれほどの価値があるのかと思う向きもあろう。しかしこれを読むことで、いかに映画の脚本が優れているかを知ることができるはずだ。
『シュリ』はアクション映画の王道を地で行きながら、分断国家の現実を北の特殊部隊員と南の情報機関員の悲恋物語に投影した、非常下の激しい恋愛映画だった。この作品が韓国で生まれ韓国で当たった理由を、北に対する南の圧倒的な優位に求めるのが常識人的見解だといえるが、そんなことよりもまずは『シュリ』に完結しているドラマ性の高さに酔ってほしい。そしてこの本が持つ大衆性は、どんな政策制度よりも得難い説得力である。『シュリ』で韓国を知る若い日本人は幸せだと思うし、それは韓国人にも幸せなことであろう。
紙の本海峡を越えたホームラン
2002/01/08 12:32
その後、ホームランボールはどこにあるだろうか
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
関川夏央韓国三部作の2作目。日本から韓国プロ野球界に身を投じた在日韓国人選手、とりわけ張明夫(福士明夫)を83〜84年にかけて追い続けた、関川ノンフィクションの金字塔。接触して異文化を知り、その反応から自文化を知るという著者が持つテーマを、「無意識のうちに、あるいは宿命的に」余儀なくされた在日コリアン二世の誠実な観察記である。
著者の在日コリアン観は小説『水の中の八月』に現れ、その文庫版のあとがきが示唆に富んでいる。これがさらに双葉文庫版『海峡を越えたホームラン』のあとがきで確認されている。朝日文庫版の鋭利な解説は田中明が書いており、これに興味をおぼえた人には彼の『韓国の「民族」と「反日」』を強くおすすめしたい。
2002/01/06 14:48
なぜ韓国で経済危機が起こったか
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
アジア通貨危機でIMF管理下に至った韓国経済の実態と、出口のない北朝鮮に対する統一への展望に、ジャーナリスティックに迫った真摯な作品。97年末にあらわになった韓国経済危機の背景を整理しておきたい人には良書である。反面、北朝鮮についての記述は平板な印象を受けるが、統一に対して当事者である韓国の準備不足に言及するくだりは、ただ頷くだけだ。注釈がないので、予備知識なしで読むのは骨が折れる。また韓国危機を扱った部分は雑誌発表の原稿を集めたためか、同じ内容の叙述が繰り返されるのも気になった。しかし、たまにはこういう骨太な本をじっくり読むのもいいと思う。
紙の本アボジ
2002/01/06 14:46
本を読んで泣きたい人に
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
突如末期ガンを宣告された父親が最後まで父親であろうとする姿と、そしてそれを見守る周囲の人々の苦悩を描いた感動的な小説。家族愛・人間愛が主題である。しかしこの作品が魅力的なのは、実に通俗的なところである。なぜか登場人物は皆やさしくていい人ばかりで、悪人がただのひとりも出てこない。主人公にとって人間愛の象徴ともいえる女性は、非現実的にあまりにも都合よく登場する。リアリティを感じさせない設定にも感動できるのは、我々がこのような人間関係をどこかで望んでいるからにほかならない。こういうことを通俗というのである。肩に力の入っていない、こんな韓国の小説がもっと日本に紹介されることを望んでいる。
2002/01/06 14:44
KAL機爆破事件の残したもの
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
いわずと知れたベストセラーだが、確かに読む価値はあると思う。特に、幼少から学生を経て工作員に至るまでの記憶を丹念に紡いだ後半部分(下巻)が秀逸。丁寧に描かれているので、もちろんエリート層に限定されるものの、時の平壌の市民生活がうかがえて興味深い。前半(上巻)はKAL機爆破事件のリアルなドキュメンタリーで、これを読んでおくと申相玉の映画『マユミ』が分かりやすい。
読後感は、素直に痛ましいとしかいいようがない。それは普通の日本人の実感でもある。
紙の本JSA 共同警備区域
2001/12/28 16:23
ストーリーテリングの妙味
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
韓国では映画化されて空前の大ヒットとなったが、原作小説『DMZ』のプロットのほうが遥かに重く、また深い。文春文庫に収まったのはその邦訳であり、映画のノベライゼーションとは違う。
朝鮮半島の非武装地帯を舞台にしたポリティカル・サスペンス。事件の事実が次第に明らかにされていくとともに、調査を担当する主人公のトラウマと彼の父親の過去、事件を起こした当事者の心理状況、軍事訓練犬の行動様式など、物語に散りばめられた様々な要素が最後の最後に劇的に焦点を結ぶ展開は圧巻である。固定観念の長年の堆積が、かくのごとき悲劇を生む人間の業に思い至るだろう。
この話はフィクションだが、隣国に興味を持つという意味でも、広く日本人に読まれることを期待したい。もっとも、それ以上にこの物語は魅力的であるが。