はなさんのレビュー一覧
投稿者:はな
紙の本天地明察
2010/06/07 15:24
天の理と、人のあたたかさ
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
骨の髄まで文系人間の私は、冒頭付近にある図形で本を閉じそうになったのですが、耐えて読んでよかった。
江戸時代初期。不明なことが多い分、今よりもずっと学問が、人の生きる社会に寄り添っていた時代でしょう。
日常のあらゆるところに転がっている問いを解き明かすことは、世を照らしていくことであった。
そんな中、天を相手取ってその大きな謎を解き明かそうとした強く優しい人たちの物語です。
天地明察。
なんと美しくすがすがしく大きな言葉でしょう。
天と地の間に生きる私たち。
常に迷い惑い苦しみ、とても「明察」などとは言えない生を送っています。
それは、春海の生きる400年前も、私の生きる今も同じ。
たくましく明るく希望を持って生きているように見えるこの物語の登場人物たちにしても、その生には、解き明かせぬ苦しみが多くあるのでしょう。
けれど星は巡り、地はここにあり、人の手でそれをつなぐことができる。
若い春海は、ただ算術を愛する一人の青年にすぎません。己しか見えず、世には己と算術しか存在していない。
その春海が、多くの人と出会い歓び学び、かえようもない絆と信頼を築き、その想いを背負って、天へと手を伸ばす。
その手が天に触れた瞬間感じたのは、天地の雄大さと同時に、人の限りないあたたかさでした。
天地明察。
この天と地の間で生きる人と人の心は、偉大な理が解き明かす天の働きと同じくらい、確かで雄大なものだと、心に染みた物語でした。
2009/04/23 18:38
原点にして、永久の島
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
私にとっての読書の原点であり、ファンタジーの原点である作品。のみならず、本邦ファンタジーの礎であり、ライトノベルのメディアミックスのパイオニアである作品だと思います。
数多のメディア展開、続編や番外編が世に出されていますが、作者もあとがきで述べているように基本となるのは、このパーンとディードリットを主役とする『ロードス島戦記』全7巻でしょう。この2人は私にとっての永遠のヒーロー&ヒロインです。
純朴で、無鉄砲で、正義感が強く、やたらお人好し。少年らしい単純さで英雄を夢見て旅立ち、幾多の試練をくぐりぬける中で、真の英雄へと成長していくパーンの姿はいつ見ても胸が熱くなります。可憐で美人で勝気でやきもち焼きで一途なディードリットは、私の中で究極のヒロインです。
そしてそれを取り巻く登場人物たちの魅力的なこと!数え切れないくらいいるのですが、私の中で大きな存在なのは、争いを好まず、目立つことも好まないにもかかわらず、強い意志をもってロードスの平和のために苦難に立ち向かい続ける真の賢者、魔術師スレインです。そのほかにも、とにかくカッコイイ傭兵王カシュー、パーンの幼馴染のエト、話が進んでいけば、パーンに思いをよせディードをやきもきさせる女戦士シーリスや、陽気な吟遊詩人マールがあらわれ、そして、パーンの最大のライバルとなるマーモの騎士アシュラムも欠かすことのできない勇者です。これら大勢の登場人物たちがこのロードス島を舞台にいきいきと活躍します。
しかし、これほどキャラクターが立っていて、さらに小説としての完成度がそれほど高いわけではない(やはり作者の水野良は小説家ではなくゲーム作家なんですよね)にもかかわらず、不思議とこの作品はキャラクター頼みの小説になっていません。それはやはりこの物語がTRPGからきていること、登場人物たちの冒険を作者がゲームマスターの視点で、俯瞰で見つめていることが根本にあるのではないかと思います。
個々の登場人物の個性や背景や信念が確固としてあり、それでいて物語はそれに頼らず物語としての力を持って淡々と進んでいく。そこから生まれる感動がこれほど強く深い。それを確認させてくれるという意味でも、やはり私にとってこの作品は、読書の原点であり、ファンタジーの原点です。