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くまくまさんのレビュー一覧

投稿者:くまくま

3,055 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

フリーター、家を買う。

紙の本フリーター、家を買う。

2009/08/29 16:05

ズキッと思い当たる節が無きにしも非ず

24人中、23人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 物語は序盤からズシッと重いものをくらわせてくれる。

 主人公である武誠治は、大学卒業後に就職はしたのだけれど、会社の体質が自分には合わないと思い3ヶ月で退職、フリーターで職を転々としながら居心地の良い実家に引きこもり、ネトゲ廃人と化す。
 まだ本気を出していないだけと言い訳して1年半が過ぎた頃、部屋に運ばれてくる三食がカップメンになったことに憤慨してダイニングに行くと、そこにいたのは名古屋に嫁いだはずの姉で、母親は重度の精神病に罹って言動がおかしくなっていた。

 姉により初めて気付かされる、母親が近所の住民から受けて来たいやがらせの数々。父親の失態と精神病への理解のなさ。自分のちょっとした言動が母親を追い詰めていたという事実。これ以上ないというほどの現実と嫌々ながら直面させられ、何とか社会復帰しようともがき始めるのだけれど、一度失ってしまった信用を取り戻すのは大変なこと。加えて、これまでは癒しの場だった実家も、常に自分の罪と向き合わなければならない場と化している。
 これはかなりつらい。

 初めに落とすだけ落としておいても、地道な努力が認められて再就職すると、段々と物事がうまく回り始めることは救いだ。自分が駄目だったことを認め、それを生かして仕事につなげていく部分では、痛快な気分にもさせてくれる。特に、人材募集のキャッチコピーは秀逸。こういうアイデアが出てくるところはすごいと思う。

 前半がダウナー系の展開なので恋愛要素はいつもに比べて少なめだが、後半から登場する東工大卒中途採用の千葉真奈美との実直なやり取りでは、おなじみ有川節が炸裂する。また、書き下ろされた後日談では、豊川視点で二人のやり取りが描かれていて面白い。

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紙の本

別冊図書館戦争 1

紙の本別冊図書館戦争 1

2008/04/13 14:30

日常にあるそれぞれの戦場

21人中、20人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 図書館革命のラストシーンに至るまでの笠原郁と堂上篤を追いかけるというのがこの本の柱です。組織の一員としてではない堂上という人間は、嫉妬やら弱さやらを抱えた人間なんですよね、やはり。キャラ好きの人には一読の価値アリです。
 キャラクター重視の方針らしいので、良化法関連の大事件は起こりません。しかし、作者らしい、社会に対する毒が各所にちりばめられており、飽きさせません。ネット連載されていた、「フリーター、家を買う」でも思いましたけれど、見過ごされがちな、社会的弱者というか、社会的少数派の人たちにスポットを当て、そこに感情移入させるのが上手いなあと思います。そういうところに偽善性を感じて嫌がる人もいるかもしれませんけれど、これからも書き続けてもらえると嬉しいです。
 キャラ重視路線でもう少しシリーズは続くようです。ボクの希望としては、稲嶺前指令のエピソードで何か一ついただければ、と。

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紙の本

ラブコメ今昔

紙の本ラブコメ今昔

2008/07/06 11:39

自衛官の人間像に迫る?

19人中、18人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 制服に代表される職業は、それが目立ちすぎるせいもあり、意外に個人に目が行かなくなるもの。警察官はそれでも刑事ドラマなどがあるからましだけれど、自衛官となるとクローズアップされるのは災害と事故の時くらい。これらは大概不幸な話なので、ドラマ化されたりして美談にはなりにくい…と、お嘆きの自衛官の皆様、あなた方には有川浩がいます。彼女まさに在野の自衛隊広報官と呼んでも良いでしょう!
 本作は短編6編(内1編は前日談)から構成されていますが、いずれも自衛官の恋愛物語。自衛官がラブラブで何が悪い、とばかりに、いずれもあま~い仕上がりになっております。ただし、自衛官であるが故の、厳しさや悲しさもあり、話はそうそう単純ではありません。もしも、の時を考えて結婚も考えなければならない。危険なところに行って欲しくはないのに、危険に立ち向かい守るところに自らの存在意義がある。揮われない方が良い力であっても不要な力ではない。自衛隊について、自衛官について、見直す機会になるかもしれません。

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紙の本

天地明察

紙の本天地明察

2009/12/10 16:35

解く段取りがむしろ冥利

15人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書で使われている「明察」という言葉は、算術の解答が正しかった場合につけられるので、「大変よくできました」的な意味合いがあるのだろうし、本来の意味的には「事実を見抜いた」となるのだろうが、ボクはこれに、証明終了を意味する「Q.E.D.」という言葉をあてようと思う。なぜなら、誰かに認められるという意味よりも、自らが成し遂げたという充実感を、より強く持たせたいと思うからだ。

 この作品の主人公となるのは渋川春海、本来の名を安井算哲という、本因坊道策と同時期の、将軍家お抱えの碁打ち衆の一人である。そうは言っても、囲碁の話がメインなのではない。彼が成し遂げる改暦と、それにまつわる人々の姿が主役である。
 彼が活躍した江戸時代の初期、日本では宣明暦という、八百年余むかしに伝来した暦を使用していたらしい。しかしこの暦の一日は、実際の一日とわずかにずれており、そのずれは四百年で丸一日にもなってしまう。これでは実用上、色々と差しさわりが生じてしまう。
 徳川の御世になったとは言っても、日本における権威は朝廷にある。しかし朝廷は、長い怠惰の間に暦に関する技術を失伝しており、それを隠すために暦を改めることを認めようとはしない。この状況に立ち向かうべく、数々の第一人者が期待したのが春海というわけだ。

 だが、彼は才気煥発の天才にも描かれないし、抜群の行動力を持つ英雄の様にも描かれない。どちらかというと、慣れない二刀を腰に佩いた、やさしいけれど頼りなさげな人物に見えるし、それ以上に周囲に集う人々が綺羅星のような実力をもって輝いている。特に中盤は、保科正之の、武断の世から文治の世へと舵を切る名君ぶりが目立つ。
 しかし、そんな彼だからこそ、天地を明察し、誰も切りつけることが叶わなかった権威の壁を破ることができたのだろう。なぜなら、改暦のためには様々なものがいる。算術の技術や天測の記録、お金や人材、そして物事を滞りなく進めるための人脈などである。数多くの第一人者からそれらのものを受け継ぎ、その想いを背負うことによって成長した春海が、碁打ちの本領たる先を見通す布石により、大逆転で事業を成し遂げる様は圧巻である。そんな彼を支えたえんとのエピソードも興味深い。

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紙の本

鋼の錬金術師 27

紙の本鋼の錬金術師 27

2010/12/18 00:06

エピローグが見せる作品のエッセンス

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いやあ、すごく良いラストだった。誘惑に負けてアニメの最後の方の回だけ見てしまったので、コミックスもそれをなぞる形になるのかなと思っていて、あまり期待をしていなかった分、それを良い意味で裏切られたので、感慨はひとしお。確かに、アニメのストーリーをなぞった部分もたくさんあるのだけれど、コミックスにはそこを越えているところがあった。
 偶然の産物なのか意図したものなのかは分からないが、このコミックスのエピローグは3部構成になっている。そしてこのストーリーが、まさに鋼の錬金術師という作品のエッセンスを凝縮したものであるといって良いと思う。

 生物として活動を行うにはエネルギーが必要だ。そのエネルギーは、別の生物を食べることで体内に取り込まれる。他の命を奪わない限り、生き続けることはできない。そして、奪ったからにはそれを無駄にしてはならない。賢者の石の顛末には、このような思想が通底していると感じた。
 更に人間的な特性として、歴史を紡ぐという点があると思う。この歴史は紙に書かれた記録、という意味ではなく、世代間で積み重ねられていく情報や経験のことを指している。人間が生物である限りいつかは死ぬ。だが、その人の生きた証は何らかの形となって受け継がれていく。それが進歩というものだろう。仲間の犠牲は無駄にはならない。
 無機物だって壊れたら終わりというわけではない。道具は大切に修繕しながら使い、壊れたら鋳潰して再生させる。そう、再生させるのだ。再生したものは新たな歴史の流れに組み込まれ、新しい物語を紡ぐ。この世界にはそういった循環があるのだ。

 この1巻だけを読んでも、ボクが感じた面白さを感じることはできないと思う。ここまでのストーリーの積み重ねがあるし、作者の荒川弘氏の実家の家業が酪農であると知っていることも関係しているかもしれない。
 ひとつの作品にも、それなりの歴史がある。次回作もそういった歴史が積み重ねられるものになることを祈りたい。

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紙の本

日本の食と農 危機の本質

紙の本日本の食と農 危機の本質

2009/05/05 10:46

自給率が低いのは国のせい?いいえ、あなたのせいです

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 親戚に農家の人がたくさんいて小さい頃は手伝いをさせられたりもしたので、農業にはそれなりに意識を向けてきたと思う。そして昨今の不況に絡む農業ブーム。欧米に比べた日本農業の特徴として、1件当たりの作付面積が小さく規模の経済が働きにくくてコストが高くなる、という事があるのだから、耕作地を集約して農機への投資を低く抑えるようなシステムを作れば良いのに、とずっと思ってきた。でも、先祖伝来の土地を手放すのは嫌なのだろうし、農機の共同利用は誰が先に使うかでケンカになるし、村社会でよそ者を排除しがちだし、なかなか簡単にはいかないのだろうな、とも思ってきた。しかしこの本は、そういう思い込みをぜーんぶ、打ち砕いてくれた。

 日本の農政に構造的な問題があることは間違いないことだと思う。実際、この本の中盤以降も、そういった問題点を一つ一つ明らかにして行っている。だが、そういった構造的問題が許されてきた原因は、消費者のエゴや地権者のエゴにある、と著者は言う。こういった場合、普通ならば行政の責任を追及するのが常道なのだが、あえて、普段は守られる側の消費者・地権者を断罪するのだ。
 戦後の農地改革により、日本には作付面積の小さい零細農家が数多く生まれた。そして高度経済成長期。急激な工業化により都市部の労働者の賃金が上昇することで、農村部との所得格差が問題になってくる。ここで取られた対応は大きく二つ。JAを通じた国からの補助金による所得再分配と、兼業化だ。この対応はおおむね成功し、所得格差は無くなるのだが、これらの仕組みは以後も継続してしまう。その結果起きるのが、零細農家の農政への影響力の増大と、耕作放棄地の増大である。
 JAが選挙の集票システムとして機能してきたことは周知の事実。そのJAの組合長選挙などの選挙権・被選挙権は組合員にあるのだが、組合員になるにはほんの少し農地を持っていればよい。加えて、権利は農地の広さと関係がないため、数の多い零細農家の意見が農政に反映されやすくなる。まあこれだけならば特に悪いこともないのだが、もう一つの現象と絡むと途端に悪い事が起きる。
 兼業化は、副業の主業化を引き起こす。零細農家はまじめに農業をやる必要もなくなり、耕作放棄状態になる。この状態は、JAや地域の農業委員会の指導対象なのだが、農業委員会のメンバーは地元の人。しかも、民主主義の結果として、同じ状態にある零細農家の代表が多いので、見て見ぬふりが多くなる。
 これを助長するのが、もし高速道路などの公共事業用地に指定されれば耕作放棄地が大金に化けるという事実である。農業をやりたいと思っている人は耕作放棄地を借りて大規模農業をしたいと考えているのだが、貸出中に公共事業が誘致されたりすると売り抜けられないから、地権者は農地を貸したがらない。零細農家はまじめに農業をやらない方がもうかるシステムになっているのだ。

 都会の消費者も無農薬農法に関心があるなんていうけれど、実際に雑草取りを自分がやらなければならないとなると、農薬をまきましょう、となる。見かけが悪くても買います、なんて言っていても、実際に見かけの良い商品と悪い商品があれば、見かけが良い商品ばかりが売れて悪い商品は廃棄されることになる。こうしてコストは益々上がり、価格競争力はより低下していく。

 こんな調子で、傍観者のはずの読者がいきなりバッサリ切られる本なので、自分の悪い点を見つめる覚悟がない人は読まない方が良いです。でもその覚悟がある人は、読んで決して損をすることはないでしょう。そうすれば、昨今の農業ブームというものが、40年前から繰り返されている議論だということが分かります。そして、なぜそれが繰り返されているのかも。経済原理の視点からなされる著者の政策提言は興味深く、色々と考えさせられます。

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紙の本

告白

紙の本告白

2011/07/05 11:45

きれいごとでは済まされない

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ベストセラーは基本的に寝かせてから読む主義なので、こんな時期になってしまった。すでに映画化もされているため、内容についてはよく知っている方が多いかもしれない。
「第一章 聖職者」「第二章 殉教者」「第三章 慈愛者」「第四章 求道者」「第五章 信奉者」「第六章 伝道者」という六章は、全て事件に関わった人々の独白で語られる。娘を殺された教師、犯人の級友、少年Bの母親、少年B、少年A、そしてまた教師と、独白する人は移り変わっていく。

 物語は、事故でプールに転落ししたと思われていた幼児が、実は中学生によって殺されていたのであり、その母親である教師が終業式後の教室で犯人を指摘するシーンから始まる。第一章~第六章で一連の事件と、それに関わる人々の心境を語りながら、各章がひとつの短編として成立している。

 娘を殺された怒りを聖職者という枠で押し殺したと見せながら、犯人の恐怖を喚起する復讐を成し遂げていく教師。教師の復讐後に発生するいじめから、悲劇のヒロインの様な役を演じ始める女子生徒。ひきこもりやニートなどと名付けて正当化する姿勢を嫌う公正な人間であると思いこみながら、子どもが殺人者という枠に納まった途端に自分の行動を正当化してしまう母親。自己を確立しようとして自分を見失っていく少年。自分を母親に認めて欲しいばかりに、自分が馬鹿にする様な人間になってしまう少年。
 自分がなりたくない人間像を否定しながら、結局、自ら選んだかのように自分が否定するような人間に堕ちていく過程が描かれる。

 終わり方に救いがないという人も多いだろう。しかし、自分の大切な人を失うという怒りと悲しみは、きれい事では済まされない。普段は物分かりの良い様な事を言っていても、実際に自分がその立場に落とされれば、自分が否定していた様な行動をとる。もしくは自分が信じたいように自分で信じ込む。
 そういう人間の心理を描いている作品だと思う。もっとも、こんな文章もきれいごとなのかもしれないが。

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紙の本

構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌

よく逃げ出しませんでしたね

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日本の政策決定プロセスの詳細に踏み込んだ貴重な資料だと思う。同時に、表舞台で事を成し遂げるには、どれだけの人が裏方で泥をかぶらなければいけないのかも実感させられた。著者がどれだけ苦労して、どんな手法で改革を断行したかはじっくり読んで頂くとして、ここでは、政治を報道するマスコミのあり方という視点から見ていきたい。
 ボクはマスコミの人間ではないから本当のところは知らないが、想像で言えば、政治部記者のニュースソースというのは、特に親交のある、政治家、官僚、評論家などだろう。現在進行中の政治に対して、本音で話してくれるような人間は、記者個人と相当の信頼関係が築かれていると考えるべきだ。そんな関係を、多方面、多思想にわたって構築するのはとても困難だろうと思うので、信頼できるニュースソースは、ごく少数の、ある程度思想の似通った人たちなのではないかと思う。
 事実の報道は、特定の思想に偏るべきではない。一つの政治問題を報道するためには、様々な立場・理論の見地から検討し、ソースの政治的利害関係を考慮に入れた上で、情報を公正に評価する必要があると思う。しかし、報道番組を見ている限り、特定の局に出演する評論家は大抵いつも同じであり、とても様々な立場から評価しているとは思えない。
 本書では、マスコミの見解の朝令暮改ぶりが冷静に指摘されている。このような問題は、ソースが特定の政治的立場に偏っているから、政治的理由によって起こるに違いない。国民に正しい政策内容が報道されるには、本書で提言されているように、政治的影響を受けない、第三者による政策評価機関の設立が求められると思う。

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紙の本

満州移民 飯田下伊那からのメッセージ 改訂版

よく証言してくださいました

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 満州移民が最も多かったという飯田下伊那の郷土史として、満州移民が何によりもたらされ、何をもたらしたのかを、満州移民からの聞き取り調査をもとに検証している。
 養蚕で世界経済と密接に結びついていた飯田下伊那は、1930年代初期の大不況により困窮してしまう。折しも、満州に移民を送ることで農産増強とソ連との緩衝地帯化を検討していた人々は、村への補助金支給をエサに、移民を出すことを要求する。
 補助金に目がくらんだ地方指導者層は、渡りに船とばかりに移民の約束をするが、その後徐々に景気は回復し、移民の希望者はいなくなってしまう。国との約束を果たすために指導者が行ったのは、学校・教師を利用して理想を説き、少年を青少年義勇軍に仕立てあげたり、地主に小作人から土地を取り上げさせ移民せざるを得ないよう状況にしたり、とにかく無理やりに移民者を増やすことだった。そうすることで、満州と郷土での一人当たりの耕作面積を増やし、農業の効率化も目論んでいた。
 一部には開拓者の意気込みを持ち移民した者もいたが、与えられた土地は既に開墾されていた。中国人が耕作していた土地をただ同然で無理やり購入し、開拓地としていたのだ。五族協和という理想はそこになく、実際には地元民をいじめ、搾取する現実があった。

 それも長くは続かない。ソ連が参戦し、移民を守るべき関東軍は、家族を引き連れて遼東半島に逃げる。それは一年も前からの計画だった 残された移民は、綱紀が緩むソ連軍の暴虐と、恨みに燃える中国人の略奪に震えながら、死の逃避行を行う。
 本文中から体験者の語りを抜粋してみよう。一つ目は集団自殺の様子、二つ目は腸チフスの蔓延の様子だ:
「(略)…紐を子供の首へかけて、…(略)…苦しくなって、ウワッとふんぞり返っちゃう。…(略)…そり返ったところをもうひとりがみぞおちを蹴ると、苦しがっとったのが、パッと奇妙におさまってしまうんな。そういう要領で、俺としては二十何人かは手をかけた。」
「(略)…お母さんを看とったら、死ぬ二日ばか前にね、しらみが服の外へ出てくるの。しらみっつうのは、肌についとりゃあったかいもんで肌におるんだけど、外へ出てくるの。…(略)」
 しらみが服の外に出るという日常的に思える光景にまで、死のにおいが染み付いている。これを乗り越えて収容所までたどり着いても、食料はなく寒さをしのぐ防寒具もない。生き延びる可能性を少しでも上げるために、女・子供が中国人に売られていく:
「中国人の夫婦が、暗くて寒い収容所に現れて、妹を預かりたいと言った。…(略)…彼女はやせ細った小さな体で精一杯抵抗して連れ去られるのを嫌いました。私は背を向けて体を丸めて、最後まで振り返ることなく彼女を送りました。…(略)」

 満州に行くときは万歳三唱で送り出されたにもかかわらず、ようやく帰国して報告に出向いた県庁では、乞食扱いをされる:
「忘れもしません。通る人々のさげすむような眼が…(略)…県庁からの連絡で、洗いざらしの毛布一枚と、湯呑み一コが渡されました。こんな物を受け取りに来たんじゃないと、皆は怒り、そして叫びました。」
「(略)…妻の実家についたがその子は帰り着いた内地の床のなかで、「ナイチイク、ナイチイク」(内地行く)と言って泣きつくのです。…(略)…どんな内地というものはいいものかと、幼心に想像していたのでしょう。…(略)…でも日に日にその声は小さく、細くなってゆきました。…(略)」
 食料も満足に手に入らず、頼るべき人も既にない人々は、再び鍬を手に取り、西富士の開拓地へと向かっていくのだ。

 こうして描写すると、満州移民は被害者の様に思えるし、実際に国策の被害者ではあるのだが、中国人から見れば自分たちの耕作地を奪い取った加害者であることも確かだ。そしてその報いは十分以上に移民たちの上に降り注いだ。いまなお、身内を手にかけた悔恨に苦しむ人もいる。
 一方で、1970年代に建立された満州移民の慰霊碑には、英霊としての称賛の言葉が並ぶ。そして、その言葉を刻んだ知事は、戦中に人々を満州に送り込んだ責任者だったりする。行政における責任という言葉の虚しさを覚えざるを得ない事実だ。

 同化は何世代もの長い時間をかけて、ゆっくりと進めなければ成功しない。この時には、血が混じり、文化が融合していくことが重要だ。古代ローマのカエサルはこれを熟知していたから成功した。しかし、満州移民という政策には、性急さと強引さしかなかった。
 現代にも似たような状況は残っている気がする。イスラエルとパレスチナの問題だ。過去の苦い経験は、これからの課題を解決する教訓となり得るのか。

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紙の本

21世紀の歴史 未来の人類から見た世界

21世紀の歴史 未来の人類から見た世界

2009/08/17 16:44

未来を見通す目は歴史を振り返ることで育まれる

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 人類の誕生から現在までの歴史を概観することによって教訓とすべき歴史的事実を明確にし、これまでの市場経済を支配してきた9つの"中心都市"の興亡を見ることによって、21世紀の世界の歴史を予測している。最初の2章で過去を振り返り、残り3章で、未来に達するかもしれない、超帝国、超紛争、超民主主義という3つの状態について紹介している。
 後半3章は著者の予測であり、内容が正しいかどうかはその時にならないと分からない。一方、前半2章は歴史的事実に対する著者の見解を示しており、著者の思考方法が垣間見えるので、今後の世界の変化に対して自分で考察する場合の参考になると思う。

 前半のポイントはいっぱいあると思うのだが、自分なりに重要だと思った点をいくつか挙げてみると、(1)人類は本質的にノマド(遊牧民)である、(2)サービスを産業品に置き換えることで経済成長してきた、(3)歴史は繰り返す、になる。
 (1)は、自分たちが定住している現状を考えると矛盾しているように思えるが、人類の黎明期においては住みやすい土地を求めてさまよい歩いたこと、優秀な人材は生まれた国に拘わらず"中心都市"に集まること、現在もモバイル製品が売れていることなどを考え合わせると、意外に納得できる。(2)は、人馬による輸送が自動車に、会計事務がシステムに、足で稼ぐ情報がインターネットに、という時代の変遷を思い浮かべれば理解できる。そして、これらの積み重ねが(3)なのだ。これが繰り返されると仮定すると、訪れる未来は次の様になるらしい。
 いずれは社会保障や治安維持などの公的サービスも民営化され、市場経済の枠組みに取り込まれる。市場は、アダム・スミスが論じた様に、見えざる手が理想の状態に導いてくれないらしいので、経済格差が生じる。この様なサービスを提供する企業は巨大になり強い力を持つ一方で、税収を減らすことになる国は影響力を低下させる。この状態を超帝国と呼ぶ。そして、軍事的影響力の低下は地方勢力や犯罪集団による紛争を招く。また、影響力の回復を狙って軍備拡張に走り、武力解決を頼みにするようになり、超紛争に至る。だが、著者の理想とする世界では、いずれ利益を求めずに働ける人たちが国際機関を組織し、全ての人類が必要財を手にできる、超民主主義が成立する。

 この予測を読んでボクが想起したのは『易経』である。易は、坤から乾まで、爻という横棒が順次、陰陽変化しながら状態を遷移していき、六十四卦を生み出す、というのがボクの理解だ。だから、ある状態から移れる状態は限られており、いきなり変な状態に飛んだりはしない。そして、これを社会と結びつけることにより将来を占う。社会がいきなり変な状態に飛ばないのは、例えばナチスが登場するまでには、第一次世界大戦の戦費負担による経済悪化、閉塞感を打破するためのナショナリズムの高揚、不満を纏め上げる扇動者の出現、の様な段階を踏んでいることから明らかだ。
 この様に考えると、先ほどの超帝国・超紛争の流れもいきなりその様な状態になるわけではなく、初めは何か小さなきっかけが、放って置くとドンドンずれが大きくなって、取り返しのつかない状態に至ってしまうことになる。だから、今のうちから世の中の流れを注視し、少しでも違和感を持ったら早期に対応することが重要になってくるのだろう。

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紙の本

ソードアート・オンライン 1 アインクラッド

恋をするのは心か、身体か

16人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 脳からの信号をインターセプトして肉体との接続を切り、仮想空間での五感の再現を行う技術。そしてそれを背景とした多人数参加型のネットワーク・ロールプレイング・ゲーム、「ソードアート・オンライン」。1万人限定で運用が開始された仮想世界は、同時に管理者によって現実世界から切り離された。一度ログインしてしまえば、ログアウトするにはゲームをクリアするしかない。現実世界でゲームのインターフェースを物理的に外そうとすれば、神経信号を送受信している装置が発生する強力な電磁波により脳を破壊されてしまう。いわば自分の体を人質に取られた状態で、ゲームの進行を強制されるプレイヤーたち。
 ある者は絶望して死を選び、ある者は何もせず呆然とし、ある者は徒党を組み、そしてある者は一人ゲームのクリアを目指す。現実の体は病院に繋がれたまま2年が過ぎた頃、世界は唐突に動き出す。ある少年と少女の出会いによって。

 自分の意思で抜けられない(仮想)世界で生き抜くことを強制された人たちの物語、と要約できるだろう。この仮想世界では完全に五感が再現されているため、主観的な認識の範囲では、それを現実と呼んでもかまわないと思う。
 もちろん、一般に言う現実世界とはルールが違うし、現実の体が生命活動を停止すれば仮想世界でも消滅してしまうという制約がある。しかし、ここで考えてみたい。
 現実の世界のルールは誰が作ったのか?物理法則は自然、もしくは神という存在が決めたのだろう。国家や法、経済というルールは人間自身が決めた。そしてこの構造は、仮想世界でも同じではないのか。物理法則や世界を支配するルールはゲームの設計者が決めるのだろうし、ゲームの参加者が社会のルールを決める。
 死だってそうだ。現実の世界では病気や老衰、つまり生物の細胞に異常が生じる事で死に至るが、昔の人が考えたように、寿命を決めるのがどこかに存在するろうそくの長さではないと誰もいいきれまい。現実世界での死は、その原因まで理解しているようで、実は理解していないのかも知れない。そうだとすると、仮想世界での絶対寿命が現実世界の寿命に制限されるのと構造的には同じではないか。自らの経験に基づいて世界を判断する限りにおいて、その経験が自分にとって完全なものでありさえすれば、そこがリアルであろうとバーチャルであろうと本質的には関係がないと言える。

 この世界の主人公であるキリトやアスナは、リアルよりバーチャルの方が良いと賛美しているのではない。またその逆に、バーチャルを卑下しているのでもない。2年間過ごした"現実"を現実として認識しているだけだ。だから、バーチャルでの経験は、リアルに戻っても続いていく。失われた2年間にするのではなく、別の世界で経験を積んだ2年間と捉えているのだ。
 第1巻と銘打たれていますが、この巻でバーチャル世界からの脱出は完了します。この後はどういう方向に進むのか、楽しみです。

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紙の本

三匹のおっさん 1

紙の本三匹のおっさん 1

2009/03/14 14:08

諦めなんて知らない、自分たちで出来ることをする

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 タイトルを見てあらすじを読んで、年配の人が現代社会の愚痴をこぼしたり上から目線で説教する内容かとも思ったのですが、その思い込みはちょっと違いましたね。三匹のおっさんは、身近な犯罪を見つけ出し快刀乱麻と断つ正義の味方なのですが、その前に被害者なり、何なり、相手の懐にスッと入り込んでいる。だから、部外者による断罪ではなく、身内からの救いの手なのです。それが傲慢さではなく、やさしい気持ちを感じさせる理由の気がします。

 昔は三匹の悪ガキと称された、還暦近くのおっさん三人組が、周囲のジジイ扱いを嫌い、本業の傍らご町内の自警団を結成します。剣道師範のキヨさん、柔道の猛者シゲさんという武闘派と、機械いじり大好き情報収集担当の頭脳派ノリさんという圧倒的な個性の三人組に加え、キヨさんの孫の祐希やノリさんの娘の早苗など高校生も登場します。
 ご家庭内の問題から、強盗・痴漢の撃退、中学校の動物虐待や催眠商法など、身近な人たちがかかわる事件を、時には圧倒的な武力で、時には情報戦で解決していきます。はじめはおっさんたちがメインなんだけれど、いつの間にやら祐希や早苗が舞台に躍り出て、いつものような有川ワールドが展開されたりもします。

 こういう問題って、若い世代が悪いとか、年配の世代が悪いとか、行政が悪いとか、誰かに責任を押し付けて、それで解決したような気分になってしまいがちです。でも、時代は変化していくものだし、変わったこと自体が悪い訳ではないのだから、限られた条件の中で解決策を模索していくしかないのです。
 このお話は、祖父世代もゆっくり変わるし、孫世代も少しずつ歩み寄る。物語だから都合の良い展開もあるけれど、理想にだけ流されることもない。そんなところが良いと思います。

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紙の本

シアター! 1

紙の本シアター! 1

2009/12/16 08:12

演劇で真剣に生きる

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 借金300万円を抱え解散の危機を迎える小劇団「シアターフラッグ」。劇団を主宰する春川巧は、子供の頃からずっと世話になりっぱなしの兄である、春川司に借金を頼みに行く。司が出した借金の条件は、二年間のうちに劇団の収益のみで借金を返済すること。
 声優である羽田千歳を迎え、お金の稼げる劇団を目指すことになったシアターフラッグは、鉄血宰相・司の下で経営再建(構築?)に乗り出していく。

 作者が仕事の関係で知り合った人から、次の仕事のネタを拾っていく。物事が上手く回る時は、こういう良いサイクルが発生するのだろう。その結果生まれたものが面白いならば、さらに文句はない。
 演劇の内容自体というよりも、劇団が生息する業界、劇団内部の人間関係や演劇に真剣に向かい合う人々の姿を描いた作品だと思う。劇団の常識を一般社会の常識で塗り替えていくのだけれど、全てにそれを押し付けていくのではなくて、演劇の世界と経済の世界の境界線をきっちりと引いて、そこを踏み外さない。司の理解の良さとバランス感覚が巧みだ。

 演劇さえやれていれば幸せというか、演劇にひたって夢を見ていられれば良いと考えていた人たちが、劇団解散の危機をきっかけに演劇で生きていくための術を知る。あるいは自分のいる場所を作っていく。その出発点の物語。

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紙の本

百姓貴族 1 (WINGS COMICS)

"当たり前"の違う生活

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 酪農家の家に生まれた子供の視点から見た生活や、農業高校の生活における常識を、1話10ページで描いたエッセイ漫画。
 おそらく、農家の人ならあるあると思うのだろうが、そこまで農家に詳しくないボクには、少ししかそう思えない。でも、そういう考え方もあるのか~という意味で素直に面白い。
 家畜に対する考え方とか態度とか、自然に学んでいくんだなあ、と感じた。

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紙の本

ちはやふる 6

紙の本ちはやふる 6

2009/09/12 23:39

畳の上に飛び散る汗の価値を知る

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 競技かるたは正月の新聞やテレビのニュースくらいでしか知らないし、小倉百人一首にしてもせいぜい十首知っているかというところ。"ちはやふる"と言えばどちらかというと落語をイメージしてしまうボクだけれど、この作品は面白い。

 面白いという感情は、自分の常識、こうあるはずだという思い込みの斜め上を現実がいくから感じる。だから、全然知らないことを知った時に面白いとはあまり感じないと思う。それは知識を得るというだけに過ぎない。
 では、この作品で外される常識は何か。それは、かるたが地味で暗いという、何となくのイメージである。だがここで知らされるのは、競技かるたが記憶力を競うだけでなく、聴力や反射神経、集中力や体力などを必要とする、れっきとしたスポーツであるという事実である。
 そして明るさ。主役の一人であるちはや自身の華やかさも一役買っているのは事実であろうが、和服やそれを着る者の美しさであったり、何より、短歌自体にすら色を見せてくれる。初めに登場するのは、ちはやの唐紅。今回登場するのは、なにわえの芦の緑。無味乾燥に思える短歌を鮮やかに彩り、その背景に潜むエピソードまで引き出してくれる。

 この巻で一押しのストーリーは、かなちゃんと机くんの対戦だと思う。もちろん、ちはやや太一たちの勝負も良いのだけれど、高校からかるたをはじめた素人の二人の対戦という事で、それぞれの努力の跡や必死に戦術を練っている様子が分かりやすい分、競技かるた自身に引き込まれる感じがする。やっぱり、負けて、悔しがって、それでも一番を目指して挑戦する姿は格好良いなあ。
 競技かるたは、若い方が有利そうではあるけれど、老若男女対等に競える種目の様です。

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