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つなさんのレビュー一覧

投稿者:つな

38 件中 31 件~ 38 件を表示

紙の本ハサミを持って突っ走る

2006/06/24 22:04

オーガステン少年の危うくイカれた、サバイバルな青春

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 これは、著者、オーガステン・バロウズの、十三歳から十八歳までの五年間の回想記。多感な時期を、まさに「ハサミを持って突っ走った」、そんな日々のお話。
 父はアル中、母は狂気の詩人。争い事の耐えない両親は離婚し、オーガステンは母親に引き取られる。しかし、母は自分のことだけで手一杯。心の病も定期的に繰り返す。また、父親はオーガステンのコレクトコールを、一度だって受けてくれた事がない。要するに、彼の周りには、自分勝手で、彼の事など全く気にかけない大人しかいない。
 オーガステン少年を持て余した母、ディアドレは、掛かりつけの精神科医、フィンチ先生の家庭へと、彼を追っ払う。フィンチ家の人々もまた、少年の母親に負けないくらい、かなりイカれているのだけれど、彼ら彼女らとの関わりの中で、オーガステン少年は少しずつ変わっていく。フィンチ家のイカれっぷりは、読んでいてかなり引く部分もあり、みんなほんとに好き勝手やっているのだけれど、しかしながらそこには裏もなく、互いに全力でぶつかるのみ。
 フィンチ家のイカれっぷりは、聖書占いや、フィンチ先生の糞便占いのエピソードなどにも良く表れている(巻きは、向きはどうだ?)。嗚呼、神は実に様々な方法で、フィンチ家の人々に啓示を与えたもう。
 イカれて、狂気の淵を歩いていて、不潔で、なのに明るく、からりと乾いて、楽しい日々。勿論、「書く」という行為により、昇華した部分もあるんだろうけど。
 その境遇だけを見ると、オーガステン少年はかなり悲惨だ。十八歳以下にして、既にマリファナ、ビール、煙草、何でもござれ。フィンチ家の人々の他、友達はいないし、学校でだって浮いてしまって不登校から退学へ、おまけに幼い頃から自覚したゲイで、十三歳にして三十三歳のボーイフレンドがいる。ちなみに、このボーイフレンドとの始まりは、無理矢理結ばされた肉体関係。また、母親と、その友人とのレズビアン的現場を目撃してしまったりもする。
「なにかを追っかけてるように感じることって、ない? なにか大きなものを。わかんないんだけど、なにかあんたとあたしだけにしかみえてないもの、みたいなんだ。それを追っかけてんの、走って、走って、走って」
「そうだね、ぼくたちは確かに走ってる。ハサミを持って突っ走ってる」(引用)
 そう、まさにそんな風に、オーガステン少年は走って、走って、走って、走って・・・。
 この会話を交わした、フィンチ家の娘、親友ナタリーとの関係は、母とフィンチ先生の長い蜜月的期間が終わったせいで、ギクシャクしてしまうけれど、彼女たちと生き抜いた日々の輝きは変わる事がない。
 どんな形であろうと、関わってくれる人がいれば、人は生き抜いていけるのかもしれない。人間は強い。

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紙の本ジャガーになった男

2006/02/17 11:01

イダルゴ、トラの行く道は

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 斉藤小兵太寅吉、改めミゲル・トラキチ・サイトウ・アッチラこと、トラは男でござる、ブシでござる、イダルゴでござる。イダルゴとは、イホ・デ・アルゴ(ひとかどの人物の息子)のこと。気風、態度、文化を日本になぞらえて言えば、これ、即ち武士そのものである。
 好いたおなごが縋ろうとも、拾った従者に諭されようとも、彼の血が滾るのは、やはり戦場、戦の中。男は前に進まねばならぬ。彼とて、好いたおなごとの平穏な日々を、従者の言う名誉ではなく利を、夢見ぬわけではない。好いたおなごの幸せを、哀れな境遇にあった子供である従者の幸せを望まぬわけではない。
 しかし残念ながら、彼が生まれた、生きた時代は、ブシとしての、イダルゴとしての使命がそのまま、女子供の幸せとなる幸福な時代ではなかった。戦国の世は既に終わったのだ。支倉常長率いる遣欧使節の一員となり、イスパニヤに渡ったはいいが、日本では既に徳川家康による全国制覇がなり、頼みとしたイスパニヤとて、既に落日の国、過去の帝国であった。
 それでも彼は、イスパニヤのイダルゴ、ベニトを相棒とし、戦場を探し、名誉を求めて、また、それが好いたおなごの幸福となることを信じて、ひたすらに走る、走る。
 条件だけで人を判断し、好きになれたらこんなに簡単な事はない。そうではない所が、きっと恋情というものの、侭ならぬけれども、美しく神秘的な所なのだろう。エレナの「イダルゴだけは、愛さないと誓ったもの」という叫びは痛い。それでも、エレナはトラをその全身で愛してしまったから、彼女にはもうああなるしか他、道はなかった。
 この物語には、トラに関わる女性が何人も出てくる。女性をばったばったと見捨てていくようにも見えながら、実は少しずつ接し方が変わってきているトラ。最後は、平穏な日々に安住することが出来るのだろうか。とはいえ、やはりそうもいかずに、熱きブシ、イダルゴの血が滾るのだろうか。今度こそ、愛しいものと共に、泡沫の夢に遊ぶことが出来るのだろうか。

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紙の本

2006/02/09 18:47

回文調の物語

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 Stanley Yelnats。前から綴っても後ろから綴っても同じ名前を持つ、スタンリーはいつだって「まずい時にまずい場所に」いる少年。実は「ツイてない」のはスタンリー一人だけの問題ではなく、スタンリーに至るイェルナッツ家の四代にわたってずっとそう。ちなみに、回文調の綴りが気に入ったイェルナッツ家の者は、この名前が大好き。息子は代々「スタンリー」と名づけられた。
 初代スタンリー・イェルナッツ。つまりこの物語の主人公、スタンリー少年のひいじいさんに当たる人物のみは、その後に続く「スタンリー」のような負け犬ではなく、株で大儲けした人物だと、スタンリーの母はツイていない男どもを励ます。ひいじいさんは確かに成功したのだけれど、ニューヨークからカリフォルニアへ移る途中、無法者<あなたにキッスのケイト・バーロウ>に襲われて、身ぐるみをはがされた。ために、スタンリーたちは豪邸で生活するわけにはいかず、「ツイてない」まま貧乏生活を送っている。スタンリーの父さん、発明家スタンリー三世が現在熱中しているのは、「おんぼろスニーカーを再利用する方法」だ。
 さて、少年スタンリーは、やってもいない盗みのせいで、「グリーン・レイク・キャンプ少年院」に送り込まれる。グリーン・レイクとはいうものの、湖とは名ばかり。その昔、百年以上も前には、テキサス一のとても大きな湖があったのだが・・・。荒れ果てた不毛の大地で、熱と埃にまみれながら、スタンリーたち収容された少年は、毎日ひとつ穴を掘る。更生のためであると、所長たちは言うのだけれど、これは一体何のため?
 この「キャンプ」では少年たちは、奇妙なあだ名で互いを呼び合う。スタンリーに付けられたのは、<原始人>というあだ名。<原始人>スタンリーは、一族に伝わる呪いの言葉、「あんぽんたんのへっぽこりんの豚泥棒のひいひいじいさんのせいだ!」を吐きながら、ひたすら穴を掘り続けることになる。
 イェルナッツ一族に伝わる呪いの言葉は、実はあながち間違いではない。スタンリーのひいひいじいさん、ラトヴィア生まれのエリャ・イェルナッツと、マダム・ゼローニの約束。山のてっぺんにある、上に向かって流れる小川。更にはスタンリーのひいじいさんが襲われた、<あなたにキッスのケイト・バルトロウ>が生まれることになった、グリーン・レイクの町でかつてあった悲しい恋の話。後にケイトとなるキャサリンの作る絶品スパイス入りピーチジャム、キャサリンと恋に落ちたサムのタマネギ畑。タマネギの匂いを嫌う、恐ろしい黄斑とかげ。<巨大な親指>(ビッグ・サム)に見える、山の上の巨岩。
 一体何のことやら?、と思うこれらの断片が、全て重なり合ってピタリとハマる。
 ぐるぐる回って、ぴったりハマッて。奇妙な味わいだけれど、非常に面白く魅力的な物語。スタンリーの名前も回文だけれど、物語そのものも回文調の趣き。

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紙の本オリガ・モリソヴナの反語法

2006/02/03 10:38

オリガ・モリソヴナとは何者か?

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 約三十年前、チェコスロバキアはプラハ、ソビエト大使館付属八年制普通学校に通う、志摩たち生徒を虜にしていたのは、ダンスの授業を受け持つ女教師、オリガ・モリソヴナだった。オリガ・モリソヴナは、自分の年を「五十歳」と言い続けているが、七十歳にも八十歳にも見える年齢不詳の女性。服装はとびきり古風で、一九二〇年代には間違いなく新鮮で格好よかったであろうファッションに、そのスラリとした肉体を包む。
 悪ガキ達も一目置く、オリガ・モリソヴナの授業では、反語法を駆使した濁声が飛び交う。「ああ神様!おお感嘆!まあ天才!」。「これぞ想像を絶する美の極み!」。勿論、子供たちはこういう言葉、身振りにはいつだって夢中になる。しかし、子供たちを夢中にしたのは、ただその言葉、身振りだけではなく、そのダンス教師としての天分だった。盛大に祝われる樅の木祭りにかけては、そのダンスにかける情熱で、学校中のほとんどを支配下におく。オリガ・モリソヴナのレパートリーはあらゆるジャンルを網羅し、全八学年各クラスの群舞、ソロやグループ・ダンス、いずれもオリガ・モリソヴナが振り付け、稽古、編曲、伴奏をこなすのだ。
 魅力的な教師であり、また謎めいた人物でもあるオリガ・モリソヴナ。謎といえば、オリガ・モリソヴナと仲の良かった、エレオノーラ・ミハイロヴナもまた謎の人物であった。美しい銀髪を高く結い上げ、十九世紀風ドレスに身を包み、ほとんど絶滅した美しいフランス語を操る、エレオノーラ・ミハイロヴナ。彼女は志摩を見掛けるといつも、「まあ、お嬢さんは中国の方ですの?」と小首を可愛らしく傾ける。教師を両親に持つ、親友のカーチャに言わせると、この二人の教師はかなり異色の存在でもある。風変わりな教師であるこの二人は、一体どうやって審査をパスしたのだろうか?
 オリガ・モリソヴナに夢中だった志摩は、親友カーチャ、光速の伝達速度を誇るスヴェータとともに、オリガ・モリソヴナの謎解きに夢中になる。オリガ・モリソヴナとエレオノーラ・ミハイロヴナを「ママ」と呼ぶ、転校生の美少女ジーナ、凍るような美しい緑の瞳を持つ、志摩の初恋の少年、レオニードを含め、謎はより深まってゆく。謎解きといっても、そこは子供のすることでもあり、いくつかの断片を嗅ぎ取ったものの、やはり謎は謎のまま、志摩は日本に帰国することになる。
 そしてこれは、大人になった志摩が語る物語。オリガ・モリソヴナによってダンスの魅力にとりつかれた志摩は、ダンサーを志したが、今ではその夢を諦め、少女時代に親しんだロシア語を生かして翻訳者をしている。少女時代、個性を重んじ、興味深い授業が展開されたソビエト学校時代から一転、画一的な日本の教育現場に放り込まれた志摩を助けたのは、生き生きしたオリガ・モリソヴナの白昼夢だった。ソ連邦が崩壊し、生活にも心にも余裕が出来た志摩の心に再びのぼったのは、少女時代に夢中になった、オリガ・モリソヴナの謎。彼女は再びオリガ・モリソヴナの謎に迫る。
 オリガ・モリソヴナとは、一体何者だったのか? ここまで長々と書いてきたけれど、実はその本質にはほとんど触れていない。気になったあなたは、是非この物語を読んでみるべきだ。非常に面白く、引き込まれる物語なので、きっと損はないはずだ。「面白い」と書いたけれども、実はこの物語には、「オリガ・モリソヴナ」の苦難の多い人生が隠されている。しかし、この苦難、困難を乗り越えた、「オリガ・モリソヴナ」の強さ、凛とした生き様が実に魅力的であり、それを踏まえて読むと、オリガ・モリソヴナの濁声の反語法もまた、更に魅力的に思えるのだ。

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紙の本喪失記

2005/12/06 12:05

縛られる

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 子供の頃、自分は自分ではない何者かに縛られてはいなかっただろうか。例えば親から押し付けられた価値観、例えば親戚や近所の人の心無い一言、例えば級友の何気ない言葉。
 主人公の白川理津子は、33歳のイラストレーター。テレビのトーク番組に出たり、CMに出演したこともある。雑誌の取材だって受ける、華やかだと思われがちな、彼女の私生活は、しかし本当は静かなもの。
 三十三歳の今、「ビジンはビジンを売り物にしていい」と言われても、高校生の時に後輩に「きれいな人」と言われても、多分それは彼女に何の感傷も呼び起こさない。彼女にとって、繊細で小さな身体を持つ他の女性は、殆ど怖れを抱くような存在で、それに比して自分はあまりに頑丈な骨組みを持つ「鉄人28号」。料理が出来る事を男に話すことすら、はしたないと感じる彼女は、あまりに潔癖だ。
 顔の造作に関わらず、彼女は自分にブス、範囲外の烙印を押し、資格がない、分不相応だと、全ての享楽から目を背けている。それは過剰な自意識のなせる業で、負ける前に勝負を降りているような所がある。
 さて、彼女の自己を律するこの強さはどこから来ているのか?些細な事がきっかけで知りあった、食べ物の好みと食べ方がぴたりと一致する、大西という男との毎夜の食事の中で、それが語られる。
 近所の美少女に、「剥げキャロ」と呼ばれた五歳の頃の話、彼女が家の事情で預けられていた、イギリス人神父コートネイさんのもとでの暮らし、その後一緒に住むようになった両親のこと、高校生の頃の話、デザイン学校に通っていた頃の話、卒業後の話、ホストクラブでの雑誌取材の話・・・。
 そこに浮かび上がるのは、あまりに淋しい一人の女性の姿。「愛」を感じ取る事が出来ないまま、「愛」を受け容れる事が出来ないまま、言葉だけを受け取ってしまった者は、多分その言葉のみに縛られる。彼女を縛ったのは、キリスト教の言葉、周囲の言葉。
 この本の中での大西との連続した食事の最後は、外食ではなく彼女の部屋で作ったトマトソースのパスタと、茹でた茄子とキュウリにチーズを絡めた付けあわせ。大西は、彼女が料理を作ることを見破った、初めての男。二人は互いに好ましく思い、相通じるものを感じるが、それは男女の愛ではない。大西もまた、何かが欠けた男であった。友愛と欲情とは異なる。
 大西の言葉により、彼女は眠っていた女としての小さな願いに気づく。願いに気づき、目を向けた彼女は、今度はその願いから逃げず、恐れず、幸せになれるのだろうか? 三十三歳処女。理津子の「女」としての人生は、これからが始まりだ。

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紙の本風をつむぐ少年

2006/02/03 10:47

風の人形

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ブレントは同級生のパーティーで、気になる女の子に肘鉄を食らわされ、赤っ恥を掻かされた。ハイスクールの二年生であり、転校生でもある彼にとって、これは死ぬほど恥ずかしいこと。今回の学校は、父親の仕事の都合で転校を繰り返した挙句の初めての私立校。今度は金持ちの仲間入りを果たしたと思ったのに! 結局彼ら金持ちは、ブレントのような平凡な人間を受け入れてはくれないのだ。ブレントはアルコールに酔ったまま、家へ向かうハイウェイをひた走る。そんな彼の心に、みじめな人生でいるよりも、この苦しみを終わらせてしまいたいという気持ちがよぎる。気付けば、彼は交通事故を起こしていた。
 しかし彼は死なず、代わりに彼の事故の巻き添えを食った、後続の若い女性が亡くなっていた。自分が死ぬはずだったのに、若く優秀な彼女を死なせてしまったことに苦しむブレント。また、単なる飲酒運転による事故だと思い、様子がおかしいブレントを心配する両親や医者に、自殺するつもりだった、と打ち明けることも出来ない。
 被害者リーの母親、サモーラ夫人は報復はまた新たな報復を生むだけと、彼に憎しみをぶつける事はしない。代わりに、償いとして、リーの顔をした風で動く人形を四つ作るように望む。それにリーの名前を書いて、アメリカの四隅、ワシントン州、カリフォルニア州、フロリダ州、メイン州にたててくれという。リーはもういないけれど、彼女がもし生きていたならば、大勢の人に微笑を贈ったはず。リーの代わりに、風で動く人形で、それをして欲しいのだ。サモーラ夫人にグレイハウンドのパスを渡されたブレントは、初めての一人旅、人形作りを経験する。
 旅先で様々な人に出会い、その場所に風の人形を贈る事で、固く縮こまっていたブレントの心は再び呼吸が出来るようになる。ブレントは背負った重みを忘れることはないが、その心はようやく再生へと向かう。物語は一章ずつ、シーンが切り替わって進む。ブレントが語る部分に、風で動く人形が、見知らぬ誰かに何かを伝えた話が挿入される。風は誰かの思いをのせて吹き、人形はそれにあわせてくるくると回る。爽やかな鎮魂と再生のロードノベル。

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紙の本猫城

2006/02/09 18:55

どこかにあるかも?猫の世界

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 無宿人となった詩人である「我輩」は、K大学での講演を切っ掛けに、九州の泉都である、とある温泉地に流れ着く。そこで「我輩」は、隻眼の大きな虎猫(「政宗」と名付けた)に出会う。政宗は、町のそこここに貼ってある、お霊符(「此処に犬猫を捨てるな その家に禍が起こります」&呪いの字を書き付けた霊符)を剥がそうと試みており、彼に助力を請われた「我輩」は、お霊符を引っぺがしてやった。
 政宗達に品定めをされた「我輩」は、どうやらそれに合格したらしい。講演料も底を尽きた「我輩」は、彼ら猫の導きにより、神乃輪の「くじら荘」に宿を移す。後からやって来た老人(”猫ひげ”とでも呼んでくれ)には、毎晩美味い料理を振舞ってもらえることになる。
 さてさて、うまい話には、通常の場合、裏がある。彼ら猫族の望みとは一体何か?それは猫文字で書かれた巻物「万猫譜」(猫神からはじまって、かくれもない猫族の系譜が綴ってある)に、「神乃輪の猫の歴史」の続きを書けということ!
 「我輩」は勿論人間だから、「猫文字」を簡単に解するわけではなく、「猫文字」を理解するまでの努力もまた、涙ぐましい。
 更に「万猫譜」とは、実は天のお役人にご婚礼の儀を願い出るための書類であった。天官様に楽しんで頂く、口語体の部分が終わったら、次は駢儷文”ニャンスクリット”で上奏文を書かねばならない。お輿入れまでの時間が迫る。鍋島の猫姫様の嫁入りには、果たして間に合うのか?
 またこの輿入れにより、神乃輪の猫達が強力な後ろ盾を得て、猫城が建つことを快く思わない、葱坊主のようなバケモノ<アラダマ>の妨害から逃れ、無事神乃輪の猫達の願いは叶うのか?
 話は荒唐無稽だけれど、温泉の描写、”猫ひげ”の作る料理、美麗な駢儷体”ニャンスクリット”、「万猫譜」に記された猫の話などが、独特のリズムある文体で語られ、実に面白い。 南伸坊氏による装丁の、すっとぼけた風のある、「猫殿様」の絵もいい味を出している。

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紙の本赤目のジャック

2006/01/26 09:53

パンドラの箱

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

これは、「ジャックリーの乱」を題材とした物語。「ジャックリーの乱」とは、「1358年に百年戦争中のフランスで起こった大規模な農民反乱」であり、「叛乱の名前は当時の農民の蔑称ジャック(Jacques)に由来するとされるが、当時の年代記作者によって、当初、指導者名がジャック・ボノムと誤って伝えられたことに由来するという異説もある」そうだ(wikipediaより引用)。佐藤賢一氏による、本作「赤目のジャック」は、この「ジャックリーの乱」に『「ジャック」が本当にいたとすれば、一体どんな男だったのだろう』(あとがきより引用)と想像して書かれた本。惨たらしい描写の数々がなされ、人間の暗部がこれでもか、と描かれる。蓋が外された時、そこには何が立ち現れるのか。
北フランスの寒村、ベルヌ村に住む、十八歳のフレデリは絶望していた。彼が生まれ育った村は、傭兵たちにすっかり蹂躙されていた。フレデリが頼ったのは、村にいつからか住み着いた、乞食坊主「赤目のジャック」。ジャックの色素が薄く、時に赤く光る目は、村人たちに「魔眼」として恐れられていたが、その闇の知恵ともいうべき世渡りの術は、村人たちに一定の信頼を得ていた。ジャックは言う。この惨状は誰によってもたらされたものか? それはひとり直接手を下した傭兵たちによるものではない。村人たちは貧しい中から、領主たる貴族に年貢を納め、賦役をこなしていた。それは本来、「守って貰う」代償としてのもの。「守って」くれない貴族に存在意義はあるのか? 戦に負け、傭兵たちを招きいれたフランスの貴族、騎士たち、彼らは一体何ほどのものなのか。
ジャックの魔眼が光り、杖に付けられた、帆立の貝殻が鳴る時、善良であった村人たちの良心は凍る。ジャックは村人たちに刷り込まれた、貴族に対する畏怖の念を破壊する。農民たちの人数は膨れ上がりながら、「世直しの十字軍」を名乗り、貴族を嬲り殺し、奥方、娘を犯し、およそ人が考えうる限りの残虐行為と略奪を繰り返す。より酷いことをしたものが、より高い地位につく。
フレデリがジャックの他に、もう一人神としたのは、赤毛の貴族の女、ブリジット・ドゥ・ベラトゥール。彼女は過去ジャックとも因縁のあった、冷血の爬虫類にも似る美しい女。彼女に弄ばれたフレデリは、正しい農夫としての人生を否定されたと感じ、貴族の女に対する憎悪の念を深める。
フレデリはジャックを破壊の神と崇め、自分を壊したブリジットを、屈服させるべき偶像、女神として、突き進む。
農民による蜂起は各地に広まったけれど、勿論貴族たちがそのまま手をこまねいているはずもない。これといって策もない農民たちの乱は鎮圧される。偶然にも鎮圧を逃れたフレデリであるが、心優しい旅芸人のジェローム、貴族の娘、金髪のマリーを捨ててまでも、「赤」目のジャックの謎、「赤」毛のブリジットの謎、二つの謎を解くために、再び渦中へと舞い戻る。そこで彼が見た真実とは。
プロローグとエピローグでは、二十年後のフィレンチェにおけるフレデリの姿が描かれる。「赤目」は何度でも現れ、暴徒と化した労働者の群れが、今度は花の都フィレンチェを駆け抜ける。「赤目」はしかし、その威力を信ずる人があってのもの。一番恐ろしいのは、それを信じて疑わないフレデリではないか、と感じた。むしろエピローグがない方が、「希望」を感じたように思う。繰り返される破壊、信仰が、人間の真実なのか。
佐藤賢一氏の入門としてはお勧めしない本であり、既に氏のファンであり、氏の色々な著作を読みたい人向けの本。このテーマ、この話を読み切らせる力量は流石と思うが、他の作品で見られるような爽快感は、ここでは全く見られない。

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