オクーさんのレビュー一覧
投稿者:オクー
紙の本いちにち8ミリの。
2010/10/15 14:58
中島らもの娘中島さなえの「いちにち8ミリの。」はどうだ?
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
中島らもは好きな作家だったので、その娘のデビュー作となれば読ま
ないわけにはいかない。どういう意味だかちょっとわからないがタイト
ルもなかなか魅力的だし。
この本には3つの短篇が収められている。最初は、木の上にずっと昔
から住みついているゴリづらと呼ばれる男の子と少女の話「ゴリづらの
木」、忍者の末裔である荒巻小太郎が抜け忍の末裔の男を探し出し殺そ
うとする「手裏剣ゴーラウンド」、そして、表題作になっているちょっ
と長めの「いちにち8ミリの。」。これは簡単に言ってしまえば石と猿
の話。美澄という女性の飼い猿である壮太、その美澄に想いを寄せ、毎
日8ミリだけ彼女の家が見える場所まではいずっていく石、そんな彼ら
を待ち受けているのは?
この短編集、読んでいて、途中でちょっと困った。ここに書評を載せ
るのだけど、はてさて、どうしたものか?けなす要素はそれほどないが、
ほめるとなるとちょっと難しい。どれも設定がユニークだし、文章にも
それほど破綻はない。表題作などは、ラストに向かっての盛り上がりは
なかなかのもので一番おもしろく読めた。しかし、着地点が今ひとつだ。
会話でテーマをしゃべってしまっては身もふたもないのに、そういうこ
とをやってしまう。デビュー作だし、という思いと、デビュー作だから
こそ、という思いが交錯する。中島さなえ、期待できる新人であること
には違いない。2作目、3作目を期待して待ちたい。
ブログ「声が聞こえたら、きっと探しに行くから」より
紙の本シューマンの指
2011/04/14 18:44
衝撃のラストは成功したのか?奥泉光「シューマンの指」。
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
最初に一通の手紙とひとつの噂と共に、ある謎が読者に提示される。
高校の時に指を失った早熟の天才ピアニストが海外でコンサートを開い
ていたというのだ。彼の名は永嶺修人。わずか12歳で国際コンクールで
優勝し将来を嘱望された若者だ。この物語は、高校時代に彼と知り合い、
友人となった里橋優の手記という形で書かれている。前半は音楽論、シュ
ーマン論、シューマンの楽曲の解釈などを織り交ぜながら、里崎自身の音
楽との関わり、永瀬との交流などが描かれる。クラシックファンとは言
えない僕にとって前半はけっして読みやすくはないのだが、その抑制さ
れた語り口は悪くなく、読む進めることができた。もちろんそれは「提
示された謎」の解決への期待があればこそである。
ところが、後半、ひとつの殺人事件が起こるのだが、そこから前半の
トーンは消え失せ、非常に下世話?な物語になってしまう。さらに、犯
人探し、不幸な事故へと物語は続いていくのだが、最初の謎はそのまま
だ。そして、最後の最後に訪れる大ドンデン返し。あぁ、そういうこと
なのか…。そういう目でみればいろいろな記述は納得できる。しかし…。
テーブルクロス引き、というのがあるが、このラストをそれに例える
なら[テーブルクロスは見事に引き抜かれたけど、その前にグラスやビン
はすでに倒れてしまっている]のだ。このラストを読んでも、何というか
興ざめな感じがするばかりだ。作者がこの本を通じてやりたかったのは
シューマン論なのか、それともラストへ向けての驚くべき物語なのか。
前者のことはよくわからないが、後者はどう考えても成功したとはいい
がたい。
ブログ「声が聞こえたら、きっと探しに行くから」より
2011/07/19 17:49
マグマの部分を描ききれない、金城一紀「レヴォリューションNo.0」。
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
金城一紀は寡作な作家だが、つまらない小説は書かない。これまでの
6作はどれもおもしろかったし、脚本を書いたドラマ「SP」もいい出来
だった。そしてこの「レヴォリューションNo.0」は「レヴォリューショ
ンNo.3」「フライ、ダディ、フライ」「SPEED」に続くザ・ゾンビーズ
シリーズの完結編、悪ガキ高校生集団ゾンビーズの結成前夜を描いた作
品である。となれば期待しないわけにはいかない。
ところがところが、その期待は見事に裏切られる。久しぶりに「フン」
と思った。分量的にも160ページほどで長編というほどではないが、こ
れは物語ではなくエピソードに過ぎない。結成前夜の話として、シリー
ズの読者が期待するのは、彼らゾンビーズのマグマの部分だろう。その
怒りやどうしようもない気分、暴発しなければならない理由をしっかり
と描いて欲しいのに、そこが何とも弱い。彼らの高校が「定数以上の人
数を取ったその訳は?」というのは、発端としてはおもしろいかもしれ
ないが、多くの生徒を辞めさせようとする団体訓練やその結果としての
生徒たちの行動がいちいちつまらない。マグマはくすぶったままだ。ラ
スト、なんとか「No.3」につなげようとしているのが白々しい。金城は
「SP」で大きな権力を相手にした作品を書いた。「No.0」ではなく、さ
らに大きな権力との戦いを書くべきだったのではないか。今さら高校生
たちに戻る必要などないのである。
紙の本喋々喃々
2011/05/11 17:49
夢見る乙女があこがれるプチ不倫の物語? 小川糸「喋々喃々」。
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
この本はタイトルに惹かれて読んだ。「喋々喃々(ちょうちょうなん
なん)」というのは「男女がうちとけて小声で楽しげに語り合う様子」
なのだそうだ。そうかぁ、知らなかったなぁ。なんだかいいよなぁ。こ
んなタイトルをつけるセンスの人なら物語もおもしろいだろう、と思っ
たのだ。しかし…。谷中周辺を舞台にしたこの物語、あの辺りのやわら
かな空気もちゃんと描かれているし、おいしそうなお店もいろいろ登場
して楽しいことは楽しい。でもこれ、不倫にする必要があったのだろう
か?というよりも、それがすべてを台無しにしている。実際にそういう
状況にいる人がこの物語を読んだら、なんて甘ちゃんなヤツらだ!と怒
り出すに違いない。まぁ、フツーの恋愛だったとしてもなんだかなぁ、
って感じがするけど。
つまりこれは女の子から見た、都合のいい恋の話なのだ。主人公栞の
不倫相手である春一郎みたいな男はどこにもおらんよ!家庭も何も大事
なもの全然背負っていないし、都合のいい時に都合よく登場して、ラス
トもええええっ、そうなっちゃうの!って感じだし。夢見る乙女のプチ
不倫物語、としか言いようがない。言葉の選び方がおかしかったり、ム
ダな文章が多かったりで確かこれはデビュー2作目だったはずだが、首
をかしげざるを得ない部分が多い。乙女の支持が高い作家だが、この作
品に好意的だとしたら乙女たちもちょっと情けないぞ、と私は言いたい。
紙の本ヒミツキチ
2010/12/28 17:38
「hi mi tsu ki chi」という写真集、タイトルに惹かれて手に取って見たが。
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「hi mi tsu ki chi」、つまりは秘密基地、カメラマンの西宮大策が東
京近郊で少年少女の作った秘密の場所を撮影した写真集だ。秘密基地な
のだから、ヒミツである、だから簡単には見つからない。それでも子供
たちに聞いてまわって見つけたのが20個の基地、この本ではそのうち13
個が紹介されている。というようなことが巻頭に書かれている。お〜お
〜お〜、もちろんそのタイトルを知った時からヘンにテンション高く盛
り上がっていたのだが、これを読んでさらに盛り上がった。さぁさぁさ
ぁ、見てみよう!見てみよう!
………がっくし。なんだか全然つまらない。今の子の秘密基地ってこ
んなの?僕と松石くんが作ったヤツなんて木の上にあってもっとぜ〜〜
〜んぜんカッコよかったぜ。それにビニールとかダンボールとか、そん
なもんは使ってない。木だけでできてて、しかも、そう簡単には見つか
らない。巻末に僕も好きな建築家中村好文さんの文章が載っている。そ
こには「結界」であるとか「巣作り本能」だとか「場の力」だとか、も
っともらしい言葉が連ねてある。はいはい、それはまぁ、わかりますよ。
でも、その方向でこれを語るのはちょっと…。これ東京で探したのが間
違いではないのか。都会の子より田舎の子の方が創造力があるのでは?
というわけでみなさん、みなさんはどう思う?本屋さんでちょっと見
てみてね。川上弘美、甲本ヒロト絶賛だって。賛否両論だな、って否は
僕だけだが。結界とか、そういう話でこの写真集を語れる人にはそれな
りにいいのかもしれないのだけど…。
紙の本のぼうの城 上
2012/03/01 10:04
100万部超の大ヒット作だが、かなりもの足りない和田竜「のぼうの城」。
12人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2007年単行本発売で現在は100万部を軽く突破している大ヒット作。
天下統一をめざす秀吉の北条家討伐、支城である忍城攻めの総大将は石
田三成。受けて立つのが父の死で城代になった成田長親だ。「のぼうの
城」ののぼうとはこの男のこと。でくのぼうを略してのぼう。身体はや
たらとデカイが馬にも乗れず、不器用で何を考えているかわからないこ
の男、領民にまで「のぼう様」と呼ばれている。実はこの三成軍との戦
い、当主の意向ですでに降伏が決まっていた。確認のために出向いた使
者にこののぼう様、「戦いまする」と言い放ってしまうのだ。2千対2
万。さて、このいくさ、どう戦う?
これは史実である。この戦いに目をつけた作者はさすがだし、のぼう
を初めとする登場人物のキャラもいい。エピソードもなかなかおもしろ
い。しかし、この小説、残念ながら「それだけ」なのだ。それだけでも
それなりにおもしろく、これほどのヒットになった。ううむ、もったい
ない。素材はいいけれど料理がヘタというか、あと100倍はおもしろく
なるのに…。特に「いいキャラ」を活かしきってないのが惜しい。のぼ
うの「得体の知れぬ将器」も見えて来ないし、他人にも強く美意識を求
める敵役三成のおもしろさも今ひとつだ。キャラが立たないからどうし
ても物語が平板になってしまう。時代物で100万部突破は確かに快挙。
でも、読む人によってはかなりのもの足りなさを感じる作品だと思う。
2010/07/14 13:07
光市母子殺害事件を描く「なぜ君は絶望と闘えたのか」が問いかけるもの。
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
こういうたぐいの本はあまり読まないのだが、このノンフィクション
は珍しく読んでみたいと思った。テレビで幾度となく見た本村さんの姿
とその言動に心を動かされていたからだ。もう一度、あの事件と裁判の
全貌を知るとともに彼の心の軌跡を追ってみたい、死刑判決が下るまで
の9年間、心の支えとなっていたものはいったい何だったのだろう?
当たり前のことだが、彼もけっして強い人間ではなかった。事件の後、
会社を辞めようとしているし、なんども自ら死のうと思っている。すべ
てに絶望した男をまさに死の淵から救い出したのは周りの人々だった。
退職しようとした彼に「労働も納税もしない人間が社会に訴えても、そ
れはただの負け犬の遠吠えだ。君は、社会人たりなさい」と諭した上司
とのエピソードが特に印象に残った。彼の闘いはけっして孤独な闘いで
はなかったのだ。
犯罪被害者、という立場について書かれている部分も心に残った。犯
人側は保護されているのに被害者は最初から実名で報道される。刑事訴
訟法には被害者の権利は書かれておらず、法廷に遺影さえ持ち込めない。
本村さんは犯人とだけではなく、様々なおかしさを正すために国や司法
やマスコミとも闘わざるを得なかった。そういう理不尽なものへの怒り
が彼を強くしたとも言えるだろう。死刑制度について考える意味でも価
値ある一冊だ。
ブログ「声が聞こえたら、きっと探しに行くから」より
紙の本蹴りたい背中
2011/05/18 18:33
そうかこれが19歳の芥川賞か、綿矢りさ「蹴りたい背中」。
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
19歳で芥川賞を取った、綿矢りさの「蹴りたい背中」。なるほど、こ
ういう話なのかぁ。内容をまったく知らなかったので勝手に韓国映画の
「猟奇的な彼女」みたいな女の子が主人公かと思っていた。けっこう元
気がいい感じの。蹴りたい、というタイトルだけでそう思ってしまう単
純さ、困ったものだ。さて、主人公の「私」だが、あまり元気ではない。
クラスでは完全にのけ者状態。理科の実験ではグループに入れない。暴
力でいじめられてるわけではないが、なんだかみんな遠巻きにしている。
それは結局、本人が知らず知らずのうちにバリアを張っちゃっているか
らなのだが…。ちょっとひねくれ者の彼女は、そういう状況で寂しい思
いをしながらも周囲に対して、ふん!、なんて思っている。このあたり
の表現に自分を見たり、共感する読者は多いのではないだろうか。
そして、もう一人、クラスの余計者になっている「にな川」という男
の子。オリチャンというモデルの熱狂的ファンである彼は、おたく風で
外見からしてさえない。この2人が互いの孤独をなめ合うように恋にで
も落ちれば「常道」なんだろうけど、そうはならない。そのかわりと言
ってはヘンだが「私」は「にな川」の背中を蹴りたいと思う。「この、
もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい」と。2人の奇妙で微妙
な関係、そのどんよりした感じがとてもいい。こういう関係を非常にデ
リケートな言葉で表現する綿矢りさもなかなかだ。この小説、けっこう
好きだな。
2010/10/25 12:46
15回の短歌実作レッスン、万智先生は本当にやさしい。
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
俵万智×一青窈の組み合わせは何とも魅力的なので、すぐに手に取っ
た。往復書簡という形での15回の実作レッスンがあり、その間にゲスト
に穂村弘さんを迎えた本郷界隈の吟行と歌人の斉藤斎藤さんを迎えた題
詠歌会が入っている。はてさてどうなるのか?興味津々である。
「ハナミズキ」の例を挙げるまでもなく一青窈は優れた詩人である。
短歌に関してはまったく初心者と言う彼女だが、やはりどんな歌をよむ
のかと期待してしまう。しかし…。斉藤斎藤さんは彼女の短歌は「とこ
ろどころとぐろを巻いている」と言っている。斉藤氏はほめてるのであ
ろうが、ちょっと短歌をかじった程度の人間(僕です)が暴言をはくと、
とぐろの巻き過ぎっ!って感じだ。では、一青さんの歌、「野次写メラ
ー 長く伸びるは片手のキリン upupで あきはばらばら」。う〜む。
しかし、こんな歌にも万智先生はやさしい。すごいなぁ。そして、この
後、添削かと思ったら、先生は感想を言うだけで推敲して別案を出させ
るのだ。初心者にいきなり推敲っていうのはなかなか厳しいぞ。
でも、ここで一青窈はかなり大胆に最初の歌を変える。これは俵万智
もスゴい!と驚いている。とはいえ、一青さん、先生の話をちゃんと聞
いてないじゃないか、って感じもあるのだが…。そこが一筋縄にはいか
ないクリエイターってことなのか。誰もが「うまい!」っていうような
歌を作るよりは一青窈らしくていいのかもしれないが。定型に苦しみな
がらも最後の方ではちょっとクリア出来たような彼女であった。読んで
みると自分も短歌作れそう、とヘンな自信が湧いてくる一冊である。
2010/10/12 17:04
精緻で徹底したリサーチと嘘のない言葉で綴るアジアの歌姫の生と死。
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
テレサ・テンには、あまり興味がなかった。歌はうまいとは思ってい
たが日本では演歌路線だったし、きちんと聴いた事はたぶん一度もない。
作者である有田芳生さんのホームページは以前からチェックしていて、
この人の真摯さがけっこう気に入っている。本を書く時の態度もまさに
そうで、構成や文体などいろいろ悩みながら書き進めていることをブロ
グで知っていたので、この本はぜひ読んでみたかった。
その死後にスパイ説などいろいろ出たテレサ・テンだが、一番重要な
ポイントは彼女が台湾人であったことだ。中国に対する愛憎半ばする複
雑な思いが、天安門事件を境に激しい怒りへと変わっていく。その直前
には、中国から招待を受けていたのだが、事件の後は抗議のコンサート
で歌ったり、憎悪を募らせていく。台湾人だからこその「自由への希求」
がテレサにはあったのだ。スパイ説の真相、死の原因なども含めてアジ
アの歌姫の真の姿を有田さんは精緻で徹底したリサーチと嘘のない言葉
で綴っている。そこにあるのは絶望と希望の間で揺れ動く一人の聡明な
女性の姿だ。その魂の一途さに強く心を打たれた。今度は本当に彼女の
歌を聴いてみたくなった。
ブログ「声が聞こえたら、きっと探しに行くから」より
紙の本床下の小人たち 新版
2010/04/14 12:40
ジブリが映画化!「床下の小人たち」は人と小人の出会いの場が秀逸!!
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
7月に上映されるジブリのアニメ「借りぐらしのアリエッティ」。原
作はかなり有名らしいが僕は未読。さっそく手に取った。
「借りぐらし」って聞いた時、「間借り」のことだと思ったがこれは
ちょっと違っていた。床下に住む小さな人たちは人間からいろいろな物
を「借りて」生きている。それを「借りぐらし」というのだ。ポッド、
ホミリーの夫婦と娘のアリエッティ、それが小人たちの一家。最初はち
ょっとグダグダした感じだし、訳が古めかしいので今ひとつ乗れなかっ
たが、アリエッティが初めて「借り」に出るところ、そして、人間の男
の子に見られてしまう場面から一気に盛り上がる。彼らにとって「見ら
れる」ことはまさに一大事。でも、世間知らずのアリエッティは動じな
い。ここでの2人の会話が何とも楽しい。「きみ、飛べる?」と男の子、
「飛べないわ、あなた、飛べるの?」「飛べるもんか!」、さらに男の
子、「妖精じゃないもん!」「あら、わたしだって、ちがうわ」、この
場面はまさに「床下の小人たち」のハイライト!そして、この出会いか
ら物語は急展開、小人たちにとって大変なことが次々と起こるのだ。
ジブリの鈴木プロデューサーは朝日新聞紙上でこの映画は「こびと一
家の父と娘の絆、借り暮らしという生活、こびとと人間の恋物語の三つ
が柱」「父と娘の物語をちゃんとうたえればいいんだ、と気がついた」
と語っている。父と娘の部分は原作ではやや弱い気がする。ジブリがど
ういう風に料理するのか、夏の公開がさらに楽しみになって来た。
2011/06/15 13:21
彼女は高野文子のフォロワーなのか…。市川春子「虫と歌」。
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
昨年度の手塚治虫文化賞で「新生賞」を受けた市川春子のデビューコ
ミック。受賞前から気になっていたのは、彼女が高野文子のフォロワー
みたいな扱いを受けているのをネットで知ったからだ。フォロワーとい
うのは、けっしていい意味には使われない。同時に、そういってしまう
には惜しい、という感想もあった。いずれにしても、高野文子は二人は
いらないし、彼女のような才能はそうそういない。迷いながらも読んで
みた。
表題作など4つの短編が収まっているが、そのうちでは「日下兄妹」
と「虫と歌」がいい。高野文子の影響は確かにある。本の帯には「深く
て、軽やか、新しい才能!」と書いてあるが、深度という意味では高野
には遥かに及ばない。高野は深海まで潜っていけるが、市川はまだ海面
付近でウロウロしている。しかも、息継ぎが浅い。めざすところも微妙
に違うだろう。「日下兄妹」は肩を痛めた投手と突然現れた異形の妹の
話。「虫と歌」は3人兄妹が暮らす家に異形の弟がやって来る話だ。こ
ういった「人間ではないもの」を登場させることでコミュニケーション
を語ることは、ある意味、常道という気がしないではない。ただ、彼ら
の関係が深まっていくプロセスには市川らしさがあって好感が持てる。
どうやら寡作の人のようだが、ちょっと後を追いかけてみたい。まだま
だ変化する可能性がこの人にはありそうだ。次回作を楽しみに待とう。
紙の本人質の朗読会
2011/04/20 13:43
人質たちは自らの過去と向き合う、小川洋子「人質の朗読会」。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
第一夜から第八夜まで、ここに書かれた8つの物語は、タイトルの通
り、ゲリラに捕まった人質たちが、地球の裏側にある土地で夜毎語った
物語だ。といっても、リアルな設定ではない。あくまで、この短篇集の
くくりとしての設定だ。これらの話を語るために、こういう設定を生み
出したのか、全体のテーマを追求していく中で、こういう設定が浮かび
上がったのか。いずれにしても、小川洋子という人はスゴい人である。
語られるのはどれもが静謐な物語だ。そして、少し奇妙。その静謐で
奇妙なところが何ともいい。「やまびこビスケット」の主人公は、大家
のおばあさんとアルファベットのビスケットでいろいろな単語を作る。
「B談話室」の彼は、ふと入った公民館で「危機言語を救う友の会」の
メンバーや「運針倶楽部定例会」の婦人たちと時を過ごす。「槍投げの
青年」では、おばさんがなぜか青年のあとを付け、その投擲を盗み見る。
ここにあるのは、語り手たちが人生の中でほんのつかの間、出会った人
々の話だ。どこか優しく温かい気持ちになれるようなそんな物語だが、
一方で、語っている彼ら自身の孤独も垣間見えてくる。極限ともいえる
軟禁状態の中で、人質たちは過去と向き合い、自らと向き合う。
第九話はゲリラグループの動向をうかがうため、盗聴器から彼らの行
動の一切を聞いていた男の話だ。彼は人質たちの物語を聞きながら、ハ
キリアリの行進を思う。「自らの体には明らかに余るものを掲げながら」
黙々と歩むアリたちのことを。「自分が背負うべき供物を、定められた
一点へと運ぶ」ことだけを考えている彼らのことを。これは深く心の奥
底にまで届く物語である。
ブログ「声が聞こえたら、きっと探しに行くから」より
紙の本話の終わり
2011/02/21 12:54
まさにマジック!?リディア・デイヴィス「話の終わり」。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「アメリカ文学の静かな巨人」ともいわれるリディア・デイヴィスの
唯一の長編小説「話の終わり」。これは自分の元から去っていった年下
の男とのことを「私」が回想する物語である。その回想がなんだかスゴ
い。めまいがしそうなぐらい精緻でこまかい。恋愛小説でのこういうこ
まかさというのはどちらかといえば苦手なので、これだけだったら途中
で投げ出していたかもしれない。ところが、ところが、リディア・デイ
ヴィス、恐るべし!、である。
この小説、地の小説の部分とは別に、それを書いている「私」が登場
して、なんだかんだと話し出す。この小説のテーマは、とか、自分の書
くことの何割かは事実と異なっている、とか、精緻な表現をさらに検証
するような部分が時おり顔を出すのだ。といっても、その部分がこの小
説の中で浮いてしまっているのか、といえばそうではない。そして、ち
ょっかい出しに出て来る「私」はイコールリディア・デイヴィスという
ことでもない。つまり、小説の部分+それを書いている作家の部分、で
この恋愛小説はできあがっているのだ。
この2つが絡み合いながら物語は終盤に差し掛かるのだが、彼と別れ
た「私」は、それでもこの年下の男のことが忘れられず、ストーカーじ
みた行動に出たり、妄想を繰り返したりする。それはちょっとおかしい
ぐらいだが、失恋や届かぬ恋というものにはここまで極端ではなくても
「そういう要素」はかなりあるので、終盤に来て「私」に対する共感は
グッと強まってくる。なんだが、リディア・デイヴィスマジックにはま
っちゃったのではないかな、私。しかし、こういう個性的な作家に出会
えるのはなんとも楽しい。短篇が評判なのでそれもぜひ読んでみたい。
ブログ「声が聞こえたら、きっと探しに行くから」より
2011/02/08 18:20
「夏子の酒」の尾瀬あきらが描く落語の世界「どうらく息子」。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「夏子の酒」の尾瀬あきらが落語の世界を描いた「どうらく息子」、
第1巻が出たので早速読んだ。このコミックが話題になっているのは落
語監修として人気の若手落語家柳家三三(さんざ)が名を連ねているこ
とも大きいようだ。ま、監修ってどこがどうなのかよくわからないが。
でも、三三という落語家はとてもいいんです。彼が関わってるだけで落
語ファンとしては何だかうれしい。
さて第1巻だが、保育園の先生をしている翔太という若者が初めて見
た落語に衝撃を受け、入門を果たすまでが描かれている。プロローグと
もいうべき部分だから、これを1巻のうちで収めたのは良かった。誰も
が読みたいのは落語家になってからの話だろうから、前段をダラダラや
られるとしらける。こういう判断は大切なのだ。というわけで、プロロ
ーグの1巻だけで善し悪しを判断するのは難しいが、主人公の翔太のキ
ャラがなかなかいいし、師匠である惜春亭銅楽、弟子である前座の銅ら
美、2つ目の錫楽など周りのキャラもキチンとしているので期待度は高
い。1巻では銅楽師匠が人情噺である「文七元結」を演じるところがハ
イライトだが、尾瀬あきらは噺の部分を実際に漫画として描いている。
これを読むと、まさに寄席で落語を聴いてるような気分になるからさす
がだ。これからいろいろな噺が登場するだろうから、これもまた評価ア
ップの材料である。
いずれにしても、すべてはこれから。入門を果たした翔太がどうやっ
ていっちょまえの落語家になっていくのか。どういう噺を好きになり実
際に演じるようになるのか。ぜひぜひ次を期待して待ちたい。