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更夜さんのレビュー一覧

投稿者:更夜

201 件中 1 件~ 15 件を表示

女ひとりはさびしい?気楽?

20人中、20人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ♪京都~大原三千院~恋につかれた おんながぁ~ひとりぃ~♪
年がばれてももういいです。私は幼稚園の時はムード歌謡が大好きでありました。
ムード歌謡とは?「ブルーライトヨコハマ」「ブルーシャトー」「バス・ストップ」・・・演歌ではない、
フォークソングではない、アイドル歌謡曲でもない、大人のムゥドをせつせつと歌うジャンルです。

 と言うわけで、女一人旅。今ではそんなにめずらしくないかもしれないのですが、
「女一人旅= 傷心の旅」というイメージでした。

 益田ミリさんはイラストレーターなのですが、自分のホームページで、毎月一回どこかの県に
旅行して47都道府県を全部行ってみよう!という目標を立てます。
ミリさんは、実家は大阪で、今は東京で暮らしています。
一か月、一県というと47カ月かかります。ミリさん、独身34歳。このことは非常にこの旅に
大きく影響します。そして、ミリさん、独身37歳で無事、全国を回るのでした。

 大体、一県につき4ページ、最後に、かかったお金の清算をして、何にいくら・・・と金額が
書いてあり、旅の思い出4コマ漫画が1セットです。

 最初の旅は、冬の青森県。最初の県で、一人旅、ということにミリさんは、ドキドキと
ヒヤヒヤ体験・・・どうしても「旅行したからには楽しまなければならない」「美味しいものを
食べなければならない」「いいところに行かなければならない」という「~ねばならぬ」の
気持と、ひとりで寂しくて、同じ感動を共有できる人がいない、周りから「女の一人旅?」という
視線を感じて、うなだれてしまう・・・・

 しかし、どんどん旅を続けるごとに、成長するといいますか、「自分ならではの一人旅」を
楽しみ、経験値もあがっていく。30代独身女性全国一人旅成長記。

 ただ、小心者であるミリさんは、テレビの旅番組のように地元の人に親しく話しかけて
仲良くなったり情報を得たり、 思い出を作ったりしません。
食べ物屋に入るにも、店の前をうろうろして、一人で大丈夫な お店かな?とドキドキする。
歴史の知識もない・・・というかミリさんは好奇心旺盛の逆で、好奇心希薄なのだそうです。
趣味らしい、趣味もなく、老後はどうするんだ・・・よく言えば固執がないから素直に行った
所に感心し、時にがっかりし、時に盛り下がってしまう。それを嘘のない言葉で綴っています。

 食べ物にとても好き嫌いがあるミリさん。海鮮もの・・・が苦手なのに最初は無理して
名物だからと海の幸を食べますが、涙目に。
あまり食べ物に固執がなく、だんだん夜はお惣菜を買って、ホテルでテレビを見ながら食べるようになる。
食事代がとても安い旅です。

 しかし、47都道府県となると色々なことが起きるものです。
ミリさんのこだわりは、まず一番は「体験もの」・・・陶芸で湯のみ作り体験(でも出来たものはどう見ても丼)
絵皿やこけしの絵付け、飛行機操縦体験・・・体験、とつくと俄然はりきるその手のひら返したような熱心さ
がとても可笑しくて、笑ってしまいます。
また、どこでもこれはやります、足ツボマッサージ。これよくわかるのですが、30代にもなると
マッサージが天国なのです。
最後の清算を見ると、必ず、マッサージに5000円位かけて食事は、ナポリタン650円などと
ミリさんならではのこだわりが感じられます。

 泊まるのは主に安いビジネスホテル。宮崎県で、ビジネスホテルに必ずあるアダルトチャンネルに
こころ惹かれてしまいますが、35歳独身が、アダルトチャンネル・・・いやらしいというより
これは凄まじい・・・絶対にやめよう、と決心したり。

 神奈川では、川崎市民会館でのピンク・レディーのコンサートに行ってみる。
最後は今住んでいる東京。東京大学、国会議事堂、帝国ホテルでパンケーキ・・・そして
すべての旅が終わって

 何を得たのか・・・「人生は一回しかない」ということをひしひしと感じる、全国の地図に詳しく
なって、どこの出身の人とも話ができる。
でも失ってしまったもの。
それは可愛げかも。「行ったことあるっ!」というより「え~わたしも行ってみた~い」と言えなく
なってしまった自分というのは本当に嘘のない言葉です。

 旅行の間に考える、30代独身であることについてのあれこれ。
ひとりで街をうろうろして、初めての風景を見て、家族連れに混じってきまずくなったり、どうしても「自分は独身」を
思わざるを得ない。
滝の美しさに、なぜか「嫌いな人、合わない人を無理やり、いいところもある、と考えるより
嫌いは嫌い、合わないなら合わないって思った方がいい」と突然、決意したりします。
何があったかは書かれていなくても、そういう一種の悟りをふとしたきっかけに持つようになるのは確かな事です。

 石ノ森章太郎さんの美術館に行って、最盛期の石ノ森さんの仕事ぶりを見て
「忙しい、忙しいとやたら言う人がいるけれど、本当に忙しい人というのは石ノ森さんのような人を
言うのではないか」と正直な気持を吐露しています。

 ミリさんは、とても繊細であり、優しい人でもあるけれど、きっぱりと、さっぱりとした
ところがあって、とてもさばけた人です。目の付けどころもとてもユニークで観察力が鋭い。
私は本当に旅行に行かないので、ミリさんと一緒になって、困ったり、楽しんだり、うなだれたり
とてもとても楽しい旅でした。

 そして、全国回った結果の旅行にかかった金額、約220万円。なんだか得した気分。

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紙の本利休にたずねよ

2012/02/13 20:20

美と権力。どちらが強いか。人間の欲というものを濃厚に描く。

19人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

1989年は千利休四百年遠忌記念の年で、千利休を描いた映画が作られ公開されました。
その中で熊井啓監督の『千利休 本攪坊遺文』がとても印象に残っています。
原作は井上靖で、千利休に三船敏郎、本攪坊に奥田瑛二。
モノクロの映画で、川を下って堺に行く千利休を弟子たちが川辺で見送るシーンの山水画そのまま
のような映像の美しさは、今まで観た映画の中で一番の美しい映像です。
とにかく男たちが切腹しまくる映画ではありますが、美しい映像に男たちの葛藤を描いた映画でした。

 この『利休にたずねよ』は、とにかく出てくる人たちが、濃い。
濃厚であって、映画にするならこれはモノクロではなく完全にカラーでなければなりません。
利休が秀吉の不興を買い、頭を下げないというだけで切腹を命じられるところから始まりますが
利休の腹の中は怒りで煮えたぎっています。
そして、各章が、秀吉、利休、利休の妻、宗恩、石田三成、古田織部と周りの人の語りで
綴られますが、時間がだんだん遡っていくという構成になっています。
それを各章の最初に、日時、場所、時などを細かくドキュメンタリーの手法をとりいれ、時計は
逆さに歩きだします。

 「あの禿げ鼠に、美というものの恐るべき深淵を見せつけてやりたかったのだ」

 天下人となり、金も地位も女も何もかも手に入れたのに秀吉は、いつも劣等感から離れられません。
俗悪で、趣味が悪くて、美などというものを解せない俗物・・・利休は、慇懃にすればするほど、
その天才的な所作の美しさ、そつのなさ、美というものを見せつける・・・秀吉のいわば
一生、逃れられなかったコンプレックスを逆なでしてしまうのが、利休という存在。

 しかし、利休は利休で、おごっている部分は十分にあり、「美への欲」「自分の美意識への過剰な
自信」そんなものは、どんなに顔をつくろっていても、気配でわかってしまう。
秀吉も利休も「なんとしても、自分が一番でないと気が済まない二人」だったのでしょう。

 利休の弟子の古田織部も複雑な思いを持っています。利休にはかなわない、だからこそ、自分の
茶道、そして(後に織部焼として有名になる)陶芸の道をこれまた貪欲にさぐろうとする。
また、秀吉の側近、石田三成は武士として、一番秀吉に仕えている身としては、茶道の利休が
秀吉に取りいって口出しをするのが、疎ましくてならない。

 そんな人々を禅僧の古渓宗陳は、人間の三毒・・・貪欲、瞋恚(しんに:怒り)、愚痴(おろかさ)
にあらわすと、秀吉は貪欲の人であり、三成は怒りの人か・・・そして、利休もまた美に対する
貪欲の人なのだ、と見抜きます。

 天下人となると周りは、その顔色を伺いながら、世を渡っていかなければなりません。
天下人の気まぐれで、取り立てられ、つまらぬことで不興を買って失脚、その繰り返しです。
利休は美しい緑色をした緑釉(りょくゆう)の香合を持っている。秀吉が欲しても決して譲らない。
それには所以があり、妻の宗恩は言います。
「あなたには、わたくしよりお好きな女人がおいでだったのではございませんか」

 ひとつの道を極めるということは、時間や努力だけではできません。
映画『アマデウス』の宮廷作曲家、サリエリは、若きモーツアルトの天賦の才能を認めざるを
得ませんが、同時に、どうしようもない嫉妬の炎に身を焦がします。
まさに、秀吉はあの手、この手で利休をやりこめようとしても、利休は動じず、さらに秀吉を感心
させる結果となります。
出会ったころは、利休が秀吉に天下人の気を感じとり、また、秀吉も自分にないもの、「美の才能」を
利休に求めます。しかし、それが時を経て、お互いを見下し合い、軽蔑しあい、気持が離れて
行ってしまう様を、著者、山本兼一さんは実に剛胆で、骨太の描写、句読点、体言止めの
多い、びしっとした文章でもって綴ります。

 人の持つ業、生まれついて持った才能、欲というものの深さ、愚かさ、そして何をもって
「美」というのかという審美眼の行方、そして男女の思惑。
様々な人々の思惑を、濃く描きながら、色鮮やかな美の世界を繰り広げている、そんな
一大絵巻のような読み応えのある一冊でした。

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紙の本第2図書係補佐

2012/01/28 08:50

自分の中に「本の海」を持っている人

17人中、15人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 残念ながら私は吉本のお笑い芸人としての又吉直樹さんを知りません。
理由はテレビを見ないから(理由1:チャンネル権がない、理由2:時間がない、理由3:お笑い芸人の
世界はわからない)
しかし、又吉さんは自由律俳句x写真xエッセイの本、妄想作家せきしろさんとの共著
『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』が、わがココロの2冊の本なので
又吉さんの世界のファンではあります。

 この本は、吉本の若手芸人さんが集まる渋谷の劇場で配られたフリーペーパー「YOOH!」に
本とそれにまつわるエッセイを連載していたものをまとめたものです。
小学生の時、芥川龍之介の「トロッコ」を読んで感心し、そのうち太宰治が好きになって、次は尾崎紅葉が
好きだったという読書青年の又吉さんのとほほだけれども、しっかりと自分の中に
「本の海」を持っているのがよくわかるエッセイ集であり、本の紹介になっています。

 最初、まえがきで僕の役割は本の解説や批評ではない。自分の生活の傍らに常に本という
存在があることを書こうと思った、と書かれています。

 この本は主に学生時代の思い出と、それにリンクした本の紹介であって、あらすじもありませんが、
最後に2,3行、本に触れていますがそれが大変鋭いと思います。やはり難しい自由律俳句に
世界を出せるだけあって、その2,3行の100~200文字書評に「この本、いいよ」の思いが
つまっています。

  子どもの頃から、日記というか、内心の告白をずっと書いていたそうです。読むということと
書くということがとても好きだったけれど、きっとそれを自慢などしない人、という印象を受けます。
そして、自意識過剰の青春時代から、まだまだ食べていけないお笑い芸人になってからの
貧乏生活。それでも古本屋めぐりはやめない、お金ないから新刊買えない、でも古本屋はある。
300円の古本が高くて買えなくて、100円の棚を必死になっていいものないか、と探すというのは
もうこれは、本の虫が身体にとりついています。

 こうしてエッセイとそれにまつわる紹介本を続けて読むと、又吉さんという人はものすごく冷静で
ありながら、本の世界に没頭、完全感情移入していることがわかります。
そして、本、特に小説の中に、自分の中でもやもやしている感情を発見して、言葉であらわされる
ことに感動して、それを自分の血肉としている様子がわかります。

 安倍公房の『友達』では、強引にサプライズ・パーティに誘われて、見事撃沈する
話の後にこう結んでいます。


『サプライズ』や『募金』や『友達』という善意の臭気を含んだ語句は強制的な執行力があって
上手く付き合わないと呑みこまれてしまう。

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紙の本オリガ・モリソヴナの反語法

2011/10/17 22:05

理不尽に大小はない。強烈な罵詈雑言の影にあった真実。

12人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 今まで、驚いたことはたくさんありますが、東西ベルリンの壁が破壊されドイツが統一され、
次いでソ連邦が崩壊した時は、さすがに世の中が「驚いた」事件でした。

 この物語は、1991年ゴルバチョフ大統領辞任演説と同時に崩壊したソビエト、そしてロシアと
なって11カ月目から始まります。
主人公の志摩は、ロシア外務省資料館閲覧室でやっと公開された昔の政府の資料を探しています。
志摩は1960年、チェコスロヴァキアのプラハのソビエト学校で5年間、過ごし日本に帰り、
今は、ロシア語の通訳と翻訳の仕事をしています。

 志摩は、本当はバレリーナ志望でした。そのきっかけはソビエト学校の舞踊授業で
オリガ・モリソヴナという年齢不詳の女性の指導を受けて、踊りというものを目指したものの
日本でバレエはやっていけず、ロシア語の仕事をしています。

 強烈な言葉・・・強烈な反語法・・・罵詈雑言でもって子どもたちを指導し、学校のシンボルとまで
いわれたオリガという教師。
自分では50女・・・というものの、本当は60代、70代だったかもしれない。古風で派手な
洋服、きつい香水、派手な化粧、真っ赤な口紅、マニュキュア・・・子どもたちを
「ああ神様!おお驚嘆!まあ天才!」と大げさに叫ぶことは「うすのろっ!」という意味であることを
子どもたちは反語法などという言葉を習う以前に知っています。その後には・・・・・・
「頭ん中糞でも詰まってんのか!お前の足が重いってんだよ!蝶の舞なんだ、これは!まさか
カバの日向ぼっこのつもりじゃないだろうね!?」などなど罵詈雑言の嵐。

 ロシア語は罵詈雑言の宝庫と言われているそうで、すさまじいまでのオリガの罵詈雑言!
しかし、オリガのレッスンを受けた者はすばらしく踊りが上達し、発表会は新聞社が取材にくるほど、
バレエだけでなく、洋の東西を問わない民族舞踊を次々と編曲、振付し、観客を圧倒した教師。
なによりも、罵詈雑言になれてしまった子どもたちは、踊りが楽しくてたまらない。
志摩も日本人だからという差別は全くなく、オリガにより踊る楽しみを知る。

 ロシアになって、やっと昔の資料が公開されたと聞いて、志摩は仕事の休みをとって今までずっと
気にかかっていたオリガをめぐる人々を調べ始めます。
ソビエト政府のせいで外国人と接触してはならない、ということから疎遠になっていた、仲の良い
カーチャと再会し、2人でオリガとは何者だったのか?を少ない資料から、知っている人を探して
その過去を、真実を探っていくミステリです。

 主人公の志摩には、作者米原さんの姿が色濃く出ています。そしてこの物語はほとんどすべて
女性たちだけで進む物語です。
志摩(シーマチカ)とカーチャのおしゃべりの連続、資料、手記、話を聞きにいった人の話。
すべて女の物語であり、そして粛清の嵐を生き延びた女性たちのすさまじいまでのバイタリティを米原さんは
甘えのない、びしばしとたたみかけるようなスピード感でもって、オリガという一人の女性を通じて、
ソビエト連邦時代、実に80年に渡る庶民の暮らしを描き、また、広大なロシアという国を描き、
そのスケールの大きさは、米原さんの経験をだぶらせながらも、他に類を見ない視野の広さを
持っています。

 何よりも、誰がどうなってしまったのか、何故こんなことが、オリガとは何者なのか、という
謎のたたみかけ方が物語として一度読んだら目を離せない緊張感に満ち満ちています。
さらに志摩のロシア滞在は一週間なので、その内にわかるのだろうか、というタイムリミット感
もスリリングです。

 少ない資料に目を皿のようにする細かさと同時に、ダイナミックな話の流れ。
次々と出てくる新人物。いかに政治が人々を圧制していたかと同時にどれだけロシアの人々が
したたかに生き延びたのか、日本の歴史との違いを知り、比較文化論とも言える 記述もふんだんにあり、
芸術、この物語ではバレエの奥の深さとその歴史の移り変わりを描いています。
ロシア作家の文学ではなく、ひとりの日本人がリサーチするというぐっと一歩踏み込んだことでさらに身近な
緊迫感を醸し出しています。

 志摩もそれなりに苦労したつもりだけれども、まさに理不尽な政治の、時代の暴力に翻弄された人々の
話や記録にうちのめされてしまう。
しかし、同じく苦労したカーチャは「理不尽に矮小などない」といいきります。
日本のバレエ界に失望し、それをまだひきずっている志摩には、子どものころ純粋に楽しかった、
そして強烈な指導をしてくれた恩師ともいえるのオリガを知ることは、自分の立ち位置を
もう一度確かめたいという不安からなのでしょう。
そして、それをさっと風がさらっていってしまうような、きっぱり、からりとした幕切れ。
余韻だけでなく、感動だけでなく、ただただ悲惨さにうたれるだけでなく、「底力」がわくような物語に
久々に出会いました。

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紙の本侍 改版

2011/10/16 11:16

侍というひとつの身分

13人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 2010年は、映画は時代劇がたくさん公開になりました。
「なんだか、時代劇ばかりなんだよな、公開されるのが・・・」と言いつつも いい映画も多かったと思います。
また、テレビでは『龍馬伝』が人気で、龍馬、龍馬と騒がれました。
そして、スポーツなどで日本代表を「サムライ・ジャパン」と呼ぶようになり、 日本=サムライと言うのは
もう当たりまえになってしまいました。

 しかし、私は思うのです。
侍、武士というのは、まず「身分の名前」ではないかと。
映画に出てきた武士たちは、戦場で戦う人ではなく、忠義のため、君主のため・・・・と
「身分」にがんじがらめにされたが故の苦悩だったり、行動だったりしました。

 この遠藤周作の『侍』を読むと、ますます、21世紀になってからの サムライが、どんどん本来の意味、意義から
変えられていくのが、わかるような気がしました。
遠藤周作は日本の色々な時代での基督教の宣教師や信者たちを描いていて、
この物語も基督教からみた日本の歴史、とでもいいたくなるような一連の基督教小説の一冊です。

 時代は、江戸時代になる直前。 江戸時代には完全に鎖国になるため、基督教は禁止となるのですが、
まだ、この小説の舞台となる時は地方ならまだ、いいのではないか・・・という大変、微妙な時代です。

 宣教師ベラスコは、江戸から、東北の塩釜に流されます。
そこで、藩主は、南蛮船を作り、ローマ法王と通商の約束をとりかわそうとします。
そこで、親書をローマに届けるために、選ばれたのが 下級武士たちでした。
そして、主人公は名前はあるものの、ずっと小説の本文では「侍は・・」と書かれています。
主人公に名前はあっても、あくまでも呼び名は身分である侍。

 侍といっても、先祖伝来の土地がとりあげられてしまったことを悔やむ叔父がおり、そして、君主から旅から帰ったら、
その土地を戻そうという口約束だけで異国へ旅立つ下級武士たち。

 この物語のもうひとりの主人公は、ベラスコ宣教師です。
もちろん、布教の目的で、日本に来たわけですが 母国の保護があるフィリピンなどではなく
誰もあきらめた、日本で司教になる、というものすごい野望に満ち満ちていて、俗物人物として、
臭いそうに強烈に俗と描かれています。
言葉巧みに、自分の征服欲を達成させんがために、都合のいい方へ導こうと画策する策士ぶりが、見事といってもいいくらいです。

 ベラスコ師は、日本語ができるため、侍たちにとって異国の地で頼りになるのは、ベラスコ師だけです。
そこから生じる葛藤や仲間割れ。
大事な使命ならば、何故、我々、下級武士が選ばれるのか。 ただの捨石なのではないか?
しかし、侍たちは、ひたすら君主の命を守るため旅を続けます。

 メキシコへスペインへ・・・と苦難の旅の果て・・・侍たちを待っていたのは何だったのでしょうか。
あくまでも、目的は親書を渡すためですが、そこへ、どんどん基督教徒信仰を強制される、信仰せざるをえない葛藤も
出てきます。
侍とは君主への忠義の人、正義の人、英雄ではなく、ひとりの苦悩する人間と描いています。

 侍たちの目的とベラスコ師の目的が最初から違うのですが、そこに横たわっているのは信仰というものです。
著者自身、子供のころに、洗礼を受けたものの、日本人でありながら、異国の 宗教を信仰することへの疑問、
何度もやめようと悩み、考え、様々な小説という形で 遠藤周作は、信仰と人間を問い続けます。
このローマへの派遣という事実は、あったそうですが、資料らしい資料はほとんどないそうです。
そこから、リアルなフィクションを立ち上げ、厳格で美しく、哀しい文章で描き切る遠藤周作の文才は、
他に追従を許さないように思います。

 しかし、鎖国の時代となり日本の侍が、最後に責任を取ることにするのは切腹です。
カソリックでは自殺は禁じられています。そこまで考えた上で、基督教信仰をすすめたのか。
最後はどうなるのか・・・大きな渦に巻き込まれ翻弄されたひとりの武士の中でも身分の低い侍。
それは、決してヒーローでもなんでもなく、悩み苦しみ、忠義あれ、と自分を殺しても使命を守ろうとする一人の男でした。

 スポーツは勝った負けたの戦いかもしれませんが、私は、スポーツで戦う人たちをサムライ、サムライ!と
ヒーロー扱いで安直に口に出す気にはなれません。
ただ、昔の「身分としての侍」と今のサムライは、全く違うものだ・・・と思うだけです。

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紙の本吉原手引草

2011/10/11 19:27

他人は自分をどう見ているのか。16人が語るひとりの花魁の姿。

12人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 自分がこうと思う自分と他人から見た自分が一致するということはまずありえないと思っています。
自分の声を録音したものを聞いた時、自分の声は、頭蓋骨に響いて身体の中から出てくる声と
録音された(他人が聞く)声が違っているのと同様だと思います。

 この物語は江戸時代の一文化ともいえる吉原で、一番ともいわれた葛城花魁をめぐる16人の
証言を集めたものです。
まず、誰が何のために葛城の起こした騒ぎの真相を知りたいと思うのか、いわば探偵である人物の
姿は見えません。
あくまでも、話を聞かれたものの喋り言葉のみで構成されています。
誰もが「若くてちょっといい男」と言う。

 吉原という聞いたことはあるけれど、具体的に中はどうだったのか、今となって再現は難しい
ところ作者は、吉原で働く者、吉原に通い熟知している者に語らせ、その吉原とはどんな仕組みに
なっていたのか、どういう人々が集い、どんなしきたりがあったのか・・・まるで映像を見ているかの
ように再現させています。

 手引茶屋内儀、見世番、番頭、遣手、女衒・・・といった、今で言う店の主人、女将、用心棒、花魁や女郎
たちの見張り、吉原の中にある古着屋、そして客として葛城に接した者たち。
しかし、誰もが葛城の騒ぎをあまり語りたがらない。何があったのか。それをひっぱる力がまずあります。

 花魁というのは吉原の中でも特に選ばれた者でないと、美しいばかりでなく才覚がないとなれない
いわば歌舞伎の千両役者とも言うべきで、誰かれもがなれるわけではありません。

 花魁ともなると着物、調度品、使う下の者の教育からすべて自腹でやるか、ごひいきの
力を借りなければならない。
そのすさまじいまでの厳しい競争の世界で花魁という一番の高さまで登りつめた花魁、葛城。
不思議と葛城を悪く言う人がいない。容姿も美しかったけれど、客人に媚びをあまり売らず、
おのずと人好きがするような人物である、と口ぐちに言う。
人の悪口陰口は言わず、身にまとう着物の趣味の良さ、客人との駆け引きのうまさ、賢く、書も上手い、
いやがらせがあっても動じない度胸・・・悪い所など ないように思います。

 ただ一人だけは「嘘つきだった」と話しますが、吉原の世界は嘘で固められた世界。
吉原の色恋はすべて嘘という砂でできた城のようなもの。
そして、そこで大枚をはたいて、遊ぶことは一種の金持であることのステイタスなのです。

 しかし、花魁には到底なれず年老いてしまっても吉原でしか働けない者たちの話がふんだんに
入っており、上下左右あらゆる16の角度から見た吉原です。
そして、16人が語る16通りの葛城という一人の女。本人の弁がないけれど、自称してしまえば
それも「自分がこうと考える自分」であり、一体、人間の正体というのはどこにあり、何を基準にするのか、
花魁に限らず、一人の人間が社会の中でとった行動はどう周りからはとらえられるのか。
人間と人間の間にある思いこみと決め付けいう距離をくっきりと描き出しています。

 ひとり沈黙を守って筋を通した葛城の姿は夏の逃げ水のようにきらりと光るかと思うと さっと消え、逃げてしまう。
葛城本人しか真意はわからない、16人の弁から見える葛城は、ひとことで
言うととても切ないけれど、凛としています。どんなに花魁という吉原最高の地位になっても、結局、身請けされ
なければ外に出られず、一生、吉原育ちを背負って生きていかなければならない身なのです。
それを十分熟知した上でとった葛城の行動とその真意には、並々ならぬ筋が通っていて恐ろしいくらいです。

 残念ながら、誰からも好かれるは、今の時代でも無理があり、無理があるからこそ、人は悩み、
自分を客観する事が出来る人は何かしらの成長があり、自分の道をすすんでいくしかないのです。
自分の今いる立場に溺れず、常に上を目指すのではなく、周囲をきちんと見極める、そんな
難しさをつくづく感じますが、作者は、背筋を伸ばして、どんな立場、身分の者であっても、
その誇りを捨てない姿、誇りに上下も善悪も大小もないことを垣間見える葛城の姿でもって
見事に描き出しています。

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紙の本転がる香港に苔は生えない

2012/04/11 21:23

変化を続ける香港という国が激変する瞬間の貴重なルポルタージュ。

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本の作者、星野博美さんは、1966年生まれで、カメラマンです。
星野さんは、20歳の時、一年間、交換留学生として中文大学で学び、1997年7月1日
香港の中国返還の場に立ち会う為にその前の年から、一年間の予定で語学学校に通う学生ビザをとり
ますが、結局、返還をはさんだ二年間、香港で暮らしました。
その時、生で見た「香港中国返還」ルポ。

 10年ぶりの香港を目にして、その激変ぶりに驚くことから始まります。
そして自分で不動産屋をたずね、アパートを見つける。
カメラマンとしての仕事もあるので、この本も写真をふんだんに使えばいいところ、星野さんの
写真は623頁のうち、5頁だけなのです。後は全て迫力、臨場感あふれる星野さんの体験が
生々しく綴られています。だからこそこの5枚の写真は星野さんにとって大事中の大事な写真。
この本は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています。
同賞を受賞しているのが米原万理さんの『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

 米原さんが、プラハのソヴィエト学校時代から現在のロシア、東欧という流れに対して、
星野さんの香港滞在期間は比較的短いようにも思います。
しかし、星野さんは、大学時代の同級生、アパートの隣人たち、香港在住のカメラマンたち、
行きつけのお店で働く人々・・・様々な人のそれぞれの「中国返還」をびっしり書いています。
香港は期限付きでイギリスの植民地となった異例の国であり、中国(大陸)とは大変、
微妙な関係にあります。

 ひとことに「香港とは」と言ってしまう「ひとくくり」を極力避けようとしているのがわかるのが、
リアルに再現された色々な人々の言葉とそのバックグラウンドの説明です。
最初に小説か?と思うような「この本の主な登場人物紹介」があったりして、お店のコックさんから
大学で学び会社でキャリアを築いた人まで、出来る限りの「その人なりの感覚」をすくいあげよう、
という心意気がびしびしと伝わります。

 親英派も入れば、反英派もいる。大陸出身であることを誇りに思う人もいれば
大陸出身であることをひたすら隠して、香港人である事を異様に強調する人もいます。
夢を持ってカナダに行っても結局、思うようにいかず香港に逆戻りした人もいます。
星野さんの観察と分析は、日本人である自分は香港でどう折り合いをつけるべきかを
(星野さん曰く‘おとしまえをつける’)模索するためで、単なるべたべたとした
「香港大好き!」にはなっていないのですが、香港の魅力もたっぷり堪能できます。

 もともとが移民またはダイレクトに密入国の人々が多い香港。その複雑な歴史に弄ばれる
ように人々は香港に逃げてきて、そして、またカナダ、アメリカといった国へと旅立っていく。
それが当たり前で、よりよい生活を得るためには、移民は当たり前、というまさに「転がる石」
のような変化を繰り返す香港の人々。
イギリス支配下で、とにかく勉強する、英語を身につけないと「高給取り」になれない
という強力な英語崇拝教育。苦労してやっと大陸から香港に来た人にとってそんな世界、価値観に
なじめない人たちもいるという事実。

 星野さんは、香港の物価から、「いいものは高い。安いものは悪い。だからいいものが
欲しければ、金を稼ぐ。」という資本主義の基本に改めて気づき、「良いものを安くお客様に
提供」などという日本の商法は通用しない、と痛感します。
では金儲け主義一筋か、というと血縁や人の縁、人脈というものが想像以上に強い結束を
持っていることに助けられたり、戸惑ったりします。
10年前は学生として寮生活だったのが、今回はアパート一人暮らしという状況の違いからの
悲喜こもごも、苦労話から笑い話までが活き活きと描写されています。

 どこの国のパスポートを持つか?に異様な関心を持たざるを得ないような複雑な法の仕組み。
星野さんが、アパートを借りる契約の時に日本では必要な「保証人」はどうします?と聞くと
「あなたは日本のパスポートを持っているでしょう。それで十分」と通ってしまうのです。
外国籍のパスポートはものすごい威力を発する事実に、星野さんが逆に驚いてしまいます。

 星野さんは、香港の中でもいろいろな人がいて、その「違い」を明確に出そうとしています。
日本と香港は違う。香港の中でも、価値観は違う。どれがいい、悪いの問題ではなく「違い」を
どれだけ自分は受け入れられるか、それを自分に課しているような行動をとるのです。

 そして、必要なものは、「誇り」ではなくて「多様性」であろう、と書かれています。
雑多、喧騒の街、香港。そのバイタリティと過去を振り返らず、先を読もうとする欲望の数々。
この本が書かれたのが2000年。安住の地、祖国があることは安心なことですが、苔も生えてしまう。
香港は転がり続けて苔は生えない、と言えるのですが過去の法律などの不便さの悪循環の速度も速い。
そして星野さんは、日本という国に生れ、住んで知らぬうちに「自分についてしまった苔」に気付きます。
読んでいる自分も自分なりに、日本では当たり前=常識と思いこんでいた苔に気付きました。

 今、2012年、転がり続ける香港はきっとまた違う変化を遂げているということは 容易に想像できるのです。

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紙の本マイ仏教

2011/11/23 15:51

自分探しよりも、自分なくしの僕滅運動。

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

みうらじゅんさんはマイブームという言葉を作った人として知られていますが、
この本はみうらさん、一生一番のマイブームである「仏教」をおもしろおかしく、時に真面目に、
かといって説教くさくなく、それでも「好きなものを語る喜び」に満ちた本です。

 みうらさんは京都出身。子どものころ、怪獣映画を見て怪獣に夢中になりますが、お祖父さんに
連れられて見た仏像に「怪獣と同じだ!カッコイイ!」と感動。立派な仏像少年となり
寺をひとりで周り、写真をとり、スクラップして自分の仏像コレクションをしていきます。

 仏像少年の夢は「将来住職になって、自分の寺を持ち、自分の仏像を持つこと」
中学・高校は自らすすんで浄土真宗系の仏教学校にすすみます。
ただ、だんだんみうらさんにも変化が出てきます。周りも仏教大好きだろう、と思ったら
そうでもなく、みうらさん自身も音楽、映画、アートなどに興味を持つようになり、大学は
美術大学にすすむのです。

 みうらさんは、仏教信者ではなく、「仏教大好き」なのです。仏教については自分自身の考え、やり方を持っています。
それは、やはりすぐにではなく、子どもの頃から親しみ、知ろうと努力した結果だと思うのです。
いとうせいこうさんと一緒に仏像を見て歩く『見仏記』では、「京都、三十三間堂の千体仏は、
ウィー・アー・ザ・ワールド状態」「この観音は『伝来ミス』だわ」などと書いて、真面目な人たちの
顰蹙を買ったそうですが、タイム・ハズ・チェンジ。
今はむしろ、仏教大学で講演を頼まれたりして、これから住職になる人たちに新しい見方も
伝えて欲しいと「ただの興味本位ではない」が認められたそうです。

 みうらさんは、お釈迦さんの話をしながら、「自分探し」よりも「自分なくし」をした方がいい、と
それを「僕滅運動」と呼んでいます。
また、「比較三原則」といって、比較してはいけないもの「他人、過去、親」としています。
そして、それでも人間、ひがみ、ねたみ、煩悩や欲望に勝てず、因果応報になる経験はあるはず。
それを「後ろメタファー」、または、若いころの自分中心を「自分病」、中年になって将来への不安を
「不安タスティック」と呼び、そして僕滅運動を心がけることは、修行なのですよ、と書かれています。

 よく周りの人から誤解されて「好きなこと、好きな時に、好きなだけやっていいですね」と
言われてしまうのには、こう書かれています。

『「おもしろい」を簡単に考えてはいけません。「おもしろい」は大変難しいものです。
それはそれで気を引き締めてのぞまなければならないのです』

 コミュニケーションというのは、難しいもので、誰でも意見が合うわけではありません。
自己主張の中には、強引だったり、不快だったりするものもありますが、そこを
「そこがいいんじゃない!」と自分を認めながらも、自己を他人に押し付ける自分はすてる。
人前で自分を表現するもの、音楽、演劇、ダンス、アートなどでは、まず「他人を喜ばせることをまず考える」
つい、自信があると自慢したくなってしまう高慢を捨てる、それが僕滅運動。
人になんと言われようとも、「そこがいいんじゃない!」と自分を認めるマイ念仏の必要との兼ね合いの
難しさも実感を持って書かれています。

 楽器を独学で趣味でやっている人は、注意されたり、直されたりしないので、「自分大好きの
どや顔自慢屋さん」が多いのだ、と自分がギターを始めて気がつきました。
趣味のコミュニティサイトで、何か音楽、楽器の事を書くと、コメントが自慢、説教大会になってしまって
困ってしまったことがあります。
大体が自己流、独学の「自称プロ」とか「自称名演奏家」で、真実や実力は楽器だとわかりませんから
コメントのやりとりがしんどくなってしまいました。
趣味というのは動機、目的、やり方、人それぞれなので、書く人は悪気ない軽口コメントのつもりが
相手にとっては、レスに困りストレスとなる自慢、説教となり負担をかけていることに気がつかない場合があるのです。

 みうらさんは、僕滅運動の具体的な例として、「でも~」「それは違う」「だけど~」と相手を
否定する、自分を押し付ける説教言葉使いは避けるようにして、それはもう「かなりの荒行」だと
書かれています。
修行、苦行、荒行・・・そんな仏教の考え。
みうらさんは、好きなものから、いつも何かを得ている人ですが、仏教はその一番のものなのだ、
ということがよくわかる本です。

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紙の本不思議な羅針盤

2011/09/28 19:42

たおやかで、へこたれない。近づきすぎず、取り込まない。

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 このエッセイは、婦人雑誌『ミセス』に連載されたものだそうです。
読み終わってみると、それが納得のような。
『ミセス』と言えば、高級婦人雑誌なるものがあればその代名詞のようなものです。
しかし、このエッセイは女性が興味持ちそうなこと(いわゆる同年代の女性との話に出てくる話題)は
慎重に避けています。

 食べ物、料理について、旅行について、ファッションについて、家族について・・・が全くといって
いいほどないのです。
ミーハー、少女趣味、小姑根性もありません。
自分は金持です、といったことも書かない。(何がいくら・・・何万円するオペラのチケットが
など・・・値段という価値観が露骨に出てしまう事は書かない。これはとても賢明なことです)
そういうところは、川上弘美さんの文章に近い、恥じらいとためらいと良識の人で、
具体的に書かれていなくても、文章から、さりげなく「こだわり」を出すのが上手いと思います。

 梨木さんが描くのは、植物のこと、動物のこと、鳥のこと、そして、さりげない日常のあれこれ。
目次でエッセイのタイトルを見るだけでわかるような気がします。
「堅実で、美しい」「たおやかで、へこたれない」「近づきすぎず、取り込まない」「足元で味わう」
「ゆるやかにつながる」「近づき過ぎず遠ざからない」「スケールを小さくする」などなど。
ほとんどが、小さな山草、庭草などから、「たおやかさ」を見たり、鳥の生態から、近づき過ぎず、
遠ざからない、というひとつの人との接し方を考え・・・といったことが、丁寧な慎重な言葉選びで
もって綴られます。

 まさに、書くというより、綴るというのが合っているような、いそがない、あわてない、かざらない、
そんな梨木さんの随筆はほとんどもう、梨木さんの小説に近いような気がします。
しかし、言葉について、さらりとこだわりを書かれています。

 「お茶をする」という言葉は、「腹を満たすのではなく、時を満たすもの」であって欲しいし、
「お茶する」という言葉は使わないけれど、ニュアンスはわかる・・・ただ、時を満たすという
場合、いわゆる「彼女、お茶しない?」という女の子の誘いの言葉には似つかわしくない。
商談の類や生臭い色恋、キナくさい口論は禁煙席より徹底して廃すべきと、杉浦日向子さんの
言葉を借りて同意しています。

 色恋を生臭いと感じる感覚は自分にもあり、どうしてさわやかまではいかなくても、普通に
つきあってます、というカップルもいるのに、ねっとりした視線をからませあい、なんとも側にいて
居心地悪くなるようなカップルがいるのか・・・と思います。
逃げられれば、逃げるけれど、映画館などでは逃げられないし、職場でセクハラがどうのこうの
言っても、「ねっとりした男女の視線のからみあい」というのは、どうしても避けられないものなのか、と
思います。

 それは、言葉ではなくもう醸し出す雰囲気で、匂いに近いもの・・・だから生臭いのです。
そういうものには、梨木さんはきっぱりとしています。
人におしつけず、一線をあくまでも引きつつ、ぶれない自分を持っている。
しかし、タイトルの「羅針盤」というのは、やはり自分には指針となる羅針盤が今でも必要だから、
と書かれています。

 街で見かけたささやかな健気な少女、手芸店で何気なく話しかけてきた老婦人との心温まる
ような会話、夜の駅のアナウンスが「次に来る電車は・・・ああっ!」に、知らない人同士、
ホームが笑いに包まれたこと。

 つけつけと文句を言わず、怒りもせず、しかし、無礼な態度にはきっぱりと対し、いいな、と
思うことは小さなことでもすくいあげる。
謙虚さ、つつましさ、そして、とても、頑固さも同時に感じますが、梨木さんは50代で、もう50代
ならではの感性というものを、他人に流されず持っているからだと思います。
若い頃を、なつかしく思う気持と、照れるような気持がないまぜになっているから、こういう人は
自慢は書かないし、変に自分や、自分の周りを面白おかしく書くこともないのでしょう。

 書かれた雑誌からして、『ミセス』
しかし、若い人には、この洗練され、選び抜かれた文章とさりげない気配りというものを感じて
欲しいです。さりげなさ、というのはなかなか若い人にはできない所作です。
一番、共感を持った言葉は、

『子を思う親の気持ちで、若い人をみつめようと思う。いつもだとうっとうしがられ、気味悪がられる
に違いないので、ときどき』
確かに・・と思うのですが、やはり20歳すぎても幼児性が抜けない「オトナコドモ」はまったく!
などとつい思ってしまう自分への戒めでもあります。  

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紙の本向田邦子の恋文

2011/11/26 21:25

自分に激しい人のある一面

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 昭和56年8月22日。大韓航空機墜落事故で向田邦子さんが亡くなりました。
先日、向田邦子さんのテレビドラマ『阿修羅のごとく』の再放送を観て、やはりすごいドラマであり、
映画という2時間くらいの時間にはおさまらない、向田邦子脚本の質の高さを再確認しました。
このドラマは初めて観たのは中学生の時で非常にインパクトが大きく、思い返せば10年に
一度は再放送されていて、20代、30代、そして40代と話はわかっていても観てしまいます。
テーマ音楽が強烈でトルコ軍隊音楽の「ジェッディン・デデン」(祖父も、父も)であり、演出は
和田勉さんです。

 この本は、めぐりめぐって末の妹であった和子さんに託された邦子さんの手紙です。
といっても手紙の通数は5通しかありません。邦子さんの死後、20年経って、
和子さんはやっと託された手紙と日記を読んだといいます。それだけの時間が必要だったと。
手紙の日付は昭和38年~39年。邦子さん、33、34歳であり、当時つきあっていた
カメラマンN氏宛の手紙とN氏の日記が前半です。量としてはとても少ないけれど、
N氏というのは、妻子ある男性であり、13歳も年上ということは40代半ば。
病気の治療のためか、何があったのかわからないけれどN氏は一人暮らしをしています。

 実はこのことは家族、妹和子さんにも邦子さんは話さなかった「秘め事」でした。
しっかり者で、自分の愚痴は一切、家族には言わなかったという邦子さん。
長子としていつも向田家の子どもたちの先頭を走っていた邦子さん。
会社勤めを経て、フリーになりラジオ番組の台本をたくさん抱えていて、ホテルに缶詰めになることが
多く、書く仕事をたくさん抱えていた、まさに作家、向田邦子の出発点にあたる時期。
手紙はすべてホテルの便せんに書かれています。

 邦子さんの手紙は、むずかしい漢字は書かず、逆に漢字で書くところをひらがなにしたり、何を食べたか、仕事はどうか、といった近況、世間話のようですが、なによりもN氏の体調を心配している言葉が多いのです。
甘えているというより、ホテルでの締め切りに追われて・・・という日々の為、あまり書くことはないので
しょうが、ちらりと弱音を吐く・・・映画『切腹』(橋本忍脚本)の脚本を読んで
「逆立ちしても、こういうピタリと構成や計算のとどいたものは、私には書けないでしょう」

 決して、親を心配させず、弟、妹たちの面倒をよく見て、仕事を抱え、多忙な日々。
和子さんが回想している邦子さんは、「いつもしっかりしている姉」「頼りになる姉」「強い姉」
しかし、手紙の中の邦子さんは、くにゃくにゃしています。そうとしか形容しがたい、N氏への
気がねしない、くにゃくにゃ話。
もちろん、相手は妻子がいて・・・という事もあって、全く気兼ねがないはずないのですが、
その辺の事情は今となっては誰も真相がわからないことです。そこまで邦子さんは沈黙を守りました。

  しかしこうして見ると邦子さんは、3日おきくらいにN氏宅を訪ね、料理を作り、多いに話し、
酒を楽しんでいたのです。
そして泊まることなく、夜、ホテルに飛んで帰っていく。
N氏は家で邦子さんが台本を書いたラジオ番組をすべて聞き、出来はどうだったか、が必ず
日記の最初に書いてあります。
邦子さんも手紙を速達で送っている。はやく、届け!邦子さんの気持がわかるようです。

 決して、月並みな幸せなつきあいとは言えなかったのでしょうし、「優等生の姉がこんなはずは」と家族が心配する
気がねもたくさんあったし、悩みもあったのでしょうが、強烈な連帯を感じる2人です。
向田さんの脚本には家族というものがいつも強く出ていて、父の浮気というより「よそ見」に
気をもむ娘たち、浮気された妻の立場という家族の隙間風を描くのが上手かったのです。
ただの想像でこんな微妙な心理は描けなかったでしょう。
しかし、邦子さんはそんな自分の思いを相談したりせず、口に出さず、すべて脚本という
作品にたたきつけていたのだ、というのがこの本でよくわかります。

 写真(おそらくN氏が撮った)もありますが、どの邦子さんも凛としています。
写真から出るオーラが、凛としていて思わず惹きこまれてしまいます。
読後改めて、見ると激しいという言葉も浮かびます。
しかし、その激しさは他人に向けられるのではなく、自分自身に向けられた激しさです。
時々、今、向田さんが生きて現役で、小説や脚本を書いていたら・・・と思うことがあります。
昭和の時代でその生涯を閉じてしまった向田邦子という激しい人のある一面。
早すぎた死が悔やまれると同時に、手紙の中の気兼ねない、ひょうきんな面は滑稽で、仕事に打ち込む姿は
うらやましい、という様々な余韻が残ります。

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紙の本留学 改版

2011/10/14 20:59

何を何のために学ぶかに深く迫った物語。

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 遠藤周作は、戦後すぐ、カソリックの留学生としてフランスに留学しています。
まだ、国交もなく、教会の寄付で、基督教を日本に普及させるための特使として渡ったフランス。
結果として、結核を病み、日本に戻ることになります。
遠藤周作は、文学に自分の姿をあちこちに投影させていますが、この『留学』という本は
まさに、遠藤周作が留学経験がなければ、書かれなかっただろう小説です。

第1部「ルーアンの夏」
第2部「留学生」
第3部「爾も、また」
という構成ですが、その配分は、第3部が全体の4/5を占めるので、第1部、第2部は
大変、短いものです。

 第1部では、戦後すぐカソリックの留学生となった工藤という青年のフランスでの戸惑い。
これは完全に遠藤周作の自伝的なものです。
熱心なカソリックでもないのに、海外に行ける・・・と行ってしまったものの、のしかかる
「日本に基督教を普及させる、第一歩となる日本人」としてのプレッシャー。
なんとしても、日本に基督教を普及させなければと信じて疑わない熱心な教徒たちは
だんだん単なる「英雄主義」ではないかと思わざるを得ない。

 第2部では、荒木トマスという文献がほとんど残っていない、日本人初の留学生で、
なんとしても、日本に基督教を普及させるためには、日本人司教が必要・・・と教育を海外で受けるものの
さあ、日本で活躍してくださいっ、と言われても、聞こえてくるのはキリシタン弾圧の話ばかり。
カソリックで自殺は禁止ですが、信仰ゆえに殺されるのは「殉教」として崇められる。
荒木トマスが、日本に帰ることは「死にに行け(殉教しろ)」という事なので 荒木トマスは苦しむ。
これが後に『沈黙』という小説になる原型のような短編です。

 第3部は、昭和40年代になって、フランス文学を学ぶためにフランスに留学した田中の物語。
このころになると海外留学は、出来る人がたくさんいて「留学」というのは
インテリ層にとって、一種の「勲章」「冠」・・・自慢の種となっています。
田中自身も、大学講師としての虚栄心が強く、留学の目的は、将来、自分のキャリアに
フランスで留学という勲章があれば、大学での地位が上がるという計算がありました。

 そして、出会うフランスでの日本人留学生たち。
田中は、マルキ・ド・サドの研究のために、渡仏したのですが、
「日本人が、サド文学を語ることになんの意味がある」とフランス人研究者から、門前払いをくらう。
西洋という大きな壁、そして文化と歴史の違い・・・フランスに来ても、なじめなく、
逆に打ちのめされることの多い日々。
何かにつけて思い知らされる「自分の小ささ」「外国文学者としての迷い」「日本人が外国を知る難しさ」

 しかし、田中は、虚栄心が捨てられないものの、次第に、研究にのめりこむ。
そんな田中を遊び半分で来たような、または世渡り上手にフランスに溶け込むインテリ層は 笑い者にする。
先にフランスに来ていた同じホテルの向坂という男が、田中に語る部分があります。
巴里に来る日本人には三つの型がある。
その重みを全く無視する連中。
その重みを小器用に猿まねする奴と・・・巴里で押しつぶされ撃沈してしまう者と。
そして、西洋と日本の間にある河は、決して渡れないと。

 遠藤周作は、留学した経験を決して自慢してはいません。
実際、結核でやむなく帰国しなければならないほど、フランスで体力を消耗させた苦しい思い出があるのでしょう。

 今では留学するのは、この本の時代よりも簡単になっているのかもしれません。
ただ、話を聞くと、向坂が言った三つのタイプ・・・今もたいして変わっていないと思います。
金さえあれば、観光気分で簡単に留学できる時代。
最近、会社に入社してくる人たちで大学時代留学経験があると言う人がとても多いのに驚きます。
しかし、何を専攻、勉強したの?と聞くと、どうにも曖昧な答えしか返ってきません。

 観光地に行ったとか、滞在した家の人たちと仲良くなったとか・・・楽しかった思い出をいきいきと話します。
何を学んだのか、はさっぱり聞こえてこないので、つい、何しに行ったの?と聞き返したくなってしまう時があります。 
それでは長期観光旅行と同じではないか、と思ったりもするのですが、とにかく英語ができれば即、仕事ができる
という短絡的な考えや憧れ、だから留学したいと言えば親が金を出してくれる(らしい)
最近は一年、半年休学すると就職にひびくということで留学、特に英語圏への留学は人気ではないとも聞きました。
確かに、若い時に海外の価値観、違う文化に触れることはいいことだし、できるなら自分もしてみたかったことです。
しかし、若い人の話を聞いていると、留学という言葉自体がとてもむなしく響きます。

 この本の時代と今の時代は大きく違う部分はありますが、遠藤周作がタイトルに’留学’とつけただけあって
海外で何を「学ぶ」か、海外という場で生活することはどんなことか、その本質の部分を鋭くついていると思います。 
何を、何のために、外国で学ぶのか、そして日本人の自分と正面からむきあうという留学の意味に真面目に取り組んでいる
大変、骨太であり、考察の深い一冊です。

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紙の本冬の灯台が語るとき

2012/03/08 16:53

冬は雪に閉ざされる島での古い家をめぐる歴史と秘密を丁寧に描く

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

スウェーデンから橋一本でつながるバルト海に面した島、エーランド島。
ここは、夏は海と気候のすばらしさで別荘地としてたくさんの別荘がある島です。
「プライベートが守られる、あこがれの田舎暮らしはいかが?リフォーム要だが、
夏はゲストハウスとしても有効な広い屋敷」

 そんな広告を見つけて、ヨアキム・ヴェスティンと妻、カトリン、娘のリヴィア、弟のガブリエル
4人家族はストックホルムの喧騒を逃れて、その家を買い、移り住んできました。
双子灯台という2つの灯台が近くにあり、北側の灯台は古くて灯をともしません。

 しかし、この古い家、ウナギ岬の家は、1984年に作られた古い屋敷なのですが、
荒々しい、バルト海で沈没した船の木材で作られた家なのです。
たくさんの死者によって見守られているような家。ヨアキムたちはそんな事は知らない。

 リフォームが趣味で出会って結婚した、というくらいの夫婦だから、家のリフォームは
喜んでやるところですが・・・・・・・妻、カトリンが海に溺れて死んでしまう。
喪失感にさいなまれるヨアキム。しかし、警察は足をすべらした・・・と判断しますが、
どうも釈然としない。

 そんな時、女性警察官、ティルダがこの島に赴任してきます。のどかな島とはいえ
ドラッグや空き巣などの犯罪が都会よりも多いのが現状なのでした。

 物語はゆっくりと家の昔の物語、伝承物語とヨアキムたちが少しずつ、妻、子供たちの
母の喪失感から抜け出していく様子を描きますが、警察官のティルダは大叔父にあたる
イェロフ老人から昔の話を聞き、テープに収めています。
死んだ妻のカトリンも、ティルダももともとはこのエーテル島の出身でした。

 しかし、だんだん、ヨアキム一家にまた危険の予感がやってきます。
物語は十月から始まりますが、夏は海のある別荘地でも冬はブリザードに次ぐ、ブリザードで
雪に閉ざされた孤島になってしまう。

 物語はじっくりと人々の様子を描き出し、また、エーランド島の自然や海の素晴らしさ、
海の怖さ、スウェーデンという北欧の冬の厳しさなどと丁寧に描きこみながら、
事態は意外な結末へと導かれます。

 まさに読者は、導かれるというのが適切だと思うくらい、派手な事件、ショッキングな事件は
起りません。しかし、人々が暮らすというそのこと、日々の生活、そして積み上げられた
島の歴史がからみあって、クリスマスを目前にした吹雪と暗さの中でのある決着へと
集約していく様子は実に確実に、自信を持って、ある意味、急がず展開していく。
特別、特殊な人々は出てきません。ごく普通の人々の間に起きる「ずれ」

 そして少しずつヨアキムが、わかってくる「古い家の持つ歴史」
また、この家には、人には知られないたくさんの秘密がありました。
荒れた海の近く、難破船の多いところには幽霊話がつきものだ・・・不動産の物件情報には
全くそんなことはうたわれません。様々な幽霊話が出てきますが、この物語では幽霊話は
メインではありません。幽霊のせいにしたがる人々の心の変化を、難破船の木材でできた家
という形にしました。

 とても静かな物語ではあるのですが、その底に情熱のようなものを感じ、また、ブリザード
北欧の冬の厳しさをノンフィクションのように丁寧に描き出したからこそ、意外な結末を
知った後の余韻はさらに大きくなっていると思います。

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働くという冒険

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本は初版が1975年だったというのが驚きです。
『つづきの図書館』の柏葉幸子さんの本ということで読んでみましたが、私が子どもの頃出会って
いてもおかしくない作家だったのです。
子どもの頃、出会わなかったのが非常に残念です。遅すぎた出合いです。

 一種の異界ものと言えばそうなりますが、小学生6年生のリサが夏休み、初めての
一人旅でやってきた、霧のむこうのふしぎな町。
おとうさんはただ「むかえにきてくれるから」と言われたのですが、誰も迎えなど来ていない。
そうして傘に導かれて、霧のむこうのふしぎな町にたどりつき、ピコット屋敷に
下宿することになります。

 出てくる人たちが個性的で、いきなり毒舌たっぷりのピコットおばあさん、同じ下宿人の
発明家のイッちゃん、料理がとても上手いジョン、謎めいたキヌさん、おおきな「ねこらしき
もの」ジェントルマン。
ピコットおばあさんは、いきなり「下宿する以上は働らかなければいけない」といって
リサは町の色々なお店で働くことになります。

 この物語に出てくるユニークで個性的、無国籍な人々は、ヒュー・ロフティングの
『ドリトル先生』シリーズの屋敷の住人に似ています。
世話好きで口うるさい、アヒルの家政婦ダブダブ、物知りでおだやかなオウムのポリネシア、
さわがしいブタのガブガブ、賢い犬のジップなどが、転がり回るように生活しているのを彷彿させます。

 児童文学、特に欧米での児童文学にあるのは「試練」かもしれない、とこの本を読んで
思いました。
子どもたちは、もちろん働いてはいないのですがその分、試練をくぐりぬけて冒険、成長の
ような物語が多かったりします。
この物語はリサが働くということが、冒険なのです。

 働く、といっても最初のお店、古本屋のナータは本を売るというより、本当に読みたい人が
「むちゅうになってたいせつにしてくれる。それがわたしへの代金。」というように金銭がどうの
という話ではないのです。ただ、ナータはたくあんにマヨネーズをつけて食べるのが好き・・・
強烈なキャラクターは罵詈雑言の塊、白いオウムのバカメ。ああ言えば、こう言う、こう言えば
ああ言う・・・だんだん、最初はお母さんがなんでもやってくれていたリサが少しずつ、
「働くという人づきあい」を身につけていくのが微笑ましく描かれています。

 新装版の解説は、翻訳家の金原端人さんで、ファンタジーのことを「やわらかい心」と
評されていて、まさに、この物語は「口は悪いがやわらかい心」の物語なのでした。
やわらかい言葉を使う人が、やわらかい心、と思いたいのですが、バカラやわがまま王子の
ように最初は、リサも不快に思うような人々が出てきますが、その口の悪さの影に照れや、
感謝の気持が見え隠れしたりするところの描写がとてもすんなりしています。

 図書館の新刊で若い作家の大学生ものを少し読んだのですが、その「今時若者言葉」に
困ってしまい、この本を読んだのですが、40年近く前の文章なのにまったく古びていないし
きっとこれからも読まれるだろうという文章です。
感心したのは、リサが下宿の窓から見るサルスベリの花が「オペラピンク」という言葉で
私は知らなかったのですが、調べてみたら、まさにサルスベリの花はオペラピンクです。
ああ、子どもの頃、この本を読んでいたら、今頃、さらっと「きれいなオペラピンクね」などと
言えたのに。今更、遅いが、これから使うとしましょう、オペラピンク。

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紙の本プラテーロとわたし

2011/12/10 08:19

幸せと懺悔の散文詩

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 長らく絶版になっていたヒメーネスの『プラテーロとわたし』が岩波文庫で復刊されました。
絶版、復刊を繰り返してきたこの珠玉の散文詩は、最初、中学生の時、岩波少年文庫で
『プラテーロとぼく』というタイトルで読んだのが最初です。

 『プラテーロとぼく』(Platero y yo~Elegia Andaluza)は、若い詩人だったころの
ヒメーネスが、ノイローゼになってしまい、生まれ故郷のアンダルシア地方のモゲールという
村で、静養をした7年間の思い出を138編の散文詩で謳いあげたものです。
副題に「アンダルシアのエレジー(哀歌)」とありますが、アンダルシア地方は
紺碧の空、真っ白に石灰を塗った家、果物がふんだんにとれる自然豊かな村であり、
素朴な人々、美しい花や木々、自由に遊ぶ子どもたちを、美しい白いロバ、
プラテーロと一緒に詩人である「ぼく」が、鳥の歌を聞き、松林の中を散策し、
ワインや果物を楽しみながら、人々と触れ合い、 美しい自然の中でその弱り切った神経が、静まっていく・・・
そんな様子が美しい、豊かな言葉で語られています。

 さすが詩人だけあって、大変短い散文でも、豊かさと英知を感じさせる言葉使いで、
スペイン語の原語だと、もっと響きを重視し、韻を踏んだ美しい音楽のような散文詩なのだと
思いますが、長南実さんの訳も大変美しく、何度読んでも、どこから、どこを読んでも
うっとりとするような響きを持っています。

 プラテーロというのはロバの名前ですが、スペイン語でプラータ(Plata)とは銀のことで
日本語にすれば、しろがね(白銀)という意味合いになります。

 第1章は「プラテーロ」となっていて、プラテーロの美しさを歌いあげています。

『プラテーロは小さくて、むくむく毛が生え、ふんわりしている。
見たところあまりやわらかいので、からだ全体が綿でできている、骨なんかない、とさえ
言えそうだ。真黒な瞳のきらめきだけが、まるで二匹の黒水晶のかぶと虫みたいにこちこちしている』

 プラテーロとぼくはいつでもどこでも一緒です。
動物を飼うというより、動物と暮らす、そんな喜びに満ちている様子が全体を貫いています。
ただ、スペイン語でロバといのは、愚か者という影の意味もあるそうで、詩人のぼくはそんなことにとても憤慨したりします。
美しいだけか、というと村の役人の威張った様子をひやかし、また、動物を擬人化している
寓話の愚かさを嘆き、プラテーロはロバであり他の何物でもない、といったことも書いています。
書いている、というより詩人はいつも一緒のプラテーロに語りかけています。
美しくて強いものを賛美するのではなく、美しくて弱きものに、優しいまなざしを向けています。

 最初、読んだ時は、長新太さんによる挿絵だったと思うのですが、
なんとなく、3年おきぐらいに読みたくなって、図書館で借りるを繰り返していました。
数年前、神保町の古本屋で、たまたま、岩波少年文庫の挿絵がラファエル・アルバレス・オルテガと
言うスペインの画家によるふんだんに挿絵の入った本を見つけ、購入しました。やっと手元に来たプラテーロ。

 日本では、やはり海外の詩や散文詩というのは伝わりにくいのか、絶版になったり
復刻されたりを繰り返していますが、スペインでは、有名でヒメーネスが後年を過ごした
アメリカでも人気で、'Platero y yo' または'Platero and I'で検索すると
ものすごい量の本が出版さてれており、今、スペインのモゲールにはプラテーロの銅像があります。

 ヒメーネスは、ノーベル文学賞を受賞したスペインの国民的詩人です。
クラッシック・ギターでも、やはりギターといえばスペイン、アンダルシアといえば
フラメンコなのですが、スペインでは2人の作曲家が、ギター組曲を作曲しています。

 マリオ・カステルヌォーヴォ・テデスコは、28編を選び、作曲していますが、
これは、原文の散文詩を朗読するBGMという条件のもとで作曲されています。
そして、もうひとりは、エドゥアルト・サインス・デ・ラ・マーサという人が、 音楽だけの『プラテーロと私』を
作曲しています。こちらは8編で中でも「散歩」は ギター曲としては有名です。

 私が、初めて生の演奏で、聞いたのは、どちらかというとマイナーなデ・ラ・マーサ版でしたが、
まさか、あの『プラテーロとぼく』が、ギター組曲になっていたことに驚き、
何年も何年もいつも、プラテーロと一緒にいた「ぼく」のように、読んでいた本が 音楽となって出てきたのに驚きました。

 一回読んで、面白かったと忘れてしまう本もあるのですが、何度も何度も、
繰り返して読む、日本で知名度が低くても、絶版になっても私のココロの中のとても大切な一冊です。

 音楽が好きな友人は、どんなジャンルであってもいい、と思った音楽を
聞いていると「懺悔している気持になるんだよね」と言っています。
私も、この『プラテーロとぼく』を読むと、美しくて、思わず、懺悔したくなります。
罪、というより、なんだか普段の生活で、なんとなく色あせてくすんでしまったような味気ない気持、
汚れちまった哀しみってやつを、懺悔して洗い流すような心持になります。

 そういう本が、一冊でもあることを幸福に思います。
絶版だったのが復刻になり本屋の店頭に並んでいるのを見るだけで幸せを感じました。
自分の中で死んでしまったものが生き返ったようです。


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紙の本夢宮殿

2012/03/13 23:22

夢が真実なのか、真実が夢なのか。

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この物語の著者、イスマル・カダレはアルバニアの人です。
アルバニアとはどこか?地図で調べてしまいました。ごちゃごちゃとしたヨーロッパの地図。
ようやく見つけた、イタリアに面し、ギリシャ、セルビアなどに隣接したバルカン半島の小さな国。
首都はティラナ。

 舞台となるのは曖昧な表現になっていますが、だんだん、オスマン=トルコ風の街であり、
しかし、ティラナにある「夢宮殿」タビル・サライ。
様々な民族がひしめきあう国民の夢を集めて、解読し、分析し、膨大な夢の中から
解析され、選ばれた夢(親夢)が、「国家を占う予言」として皇帝に奉じられる。
原作はアルバニア語で書かれたそうですが、この本はそのフランス語訳からの翻訳です。
原題は「夢宮殿の職員」というそうで、色々な夢が語られるのではありません。
主人公のマルク=アレムは、国家秘密機関である夢宮殿、タビル・サライの職員に採用されます。
そこにはマルク=アレムは過去、大臣や政治家を輩出した伝統ある名家、キョプリュジュ家の
一員だからが大きいようです。

 タビル・サライは、様々な部署に分かれています。マルク=アレムは最初「選別課」に配属
されます。仕事は筆記された夢をひたすら読んで、これは解析に値するかどうかを仕分ける。
そして、その夢を実際、解釈する「解釈課」へ栄転。しかし、ある夢にひっかかる。

 アルバニアという国は独裁政権の国だったそうで、よく会社の社長などが、占い師に
依存してしまって判断を誤ってしまう・・などという話を聞きますが、この物語はもっと壮大で
ファンタジックで悪夢のようです。
タビル・サライで働くということは、国家公務員として最高に近いのですが、働く人々はまるで
死んでいるかのように、生気が無い。能面のような人々。
豪華な宮殿のような巨大な建物の中で、ひたすら国民の見た、報告された夢を読む。
そして地下には過去、報告された夢が分類され、保存されていています。
地下にひっそりと眠る、人々の夢。

 夢は占いでなく、真実。
中国の胡蝶の夢という話は、あまりにも鮮やかに蝶になった夢を見たので、
もしかしたら自分は蝶で、蝶の自分が人間である夢を見ているのではないか、という話ですが、
夢宮殿はまさに「胡蝶の夢」を政治的に組織化してしまった、という設定になっています。
文章が、よどみなくまた、流麗な文章(それは翻訳の村上光彦さんの功績も大きいと思います。
大変、美しい日本語)、または不安をかきたてるような情景のたたみかけ方の上手さ。
誰もヒステリックな人は出てきません。なんとなくどんよりとして、なんとなく不安で、いつも
皇帝へ捧げられた夢への恐怖=独裁政治への恐怖に街は灰色になっています。

 夢をただ占いにするのではなく、「仕事として、政治として、判断基準にする」という一見
無謀なようだけれども、同時に幻想的な世界。
著者、イスマイル・カダレは、反体制の人だったのか、というとそうでもなく、独裁政権下で
国会議員にまでなってしまった政治家でもあります。
複雑な民族、歴史、宗教観、日本にはなかなかニュースが入ってこないアルバニアという国の
古い石畳、寒い冬などの雰囲気を幻想文学でもって一気にその世界に引き込む力を感じます。

 夢というのは、自分の自由にならない、とても不便な、不思議な世界です。
こんな夢が見たい、と一富士二鷹三なすび、というように縁起のいい初夢などなかなか見られない。
しかし、人間である以上、誰もが毎晩、夢を見て、そして忘れていくの繰り返し。
まさに、地球規模で夢を集めれば、どんな資料も、書物もインターネットですら追いつかない
情報がたくさんあるように思います。
夢宮殿で働く者は、ほとんどが不眠になるという。人の夢をのぞく、読むことは、あまりしては
いけないことなのでしょう。それは、隠しておきたい人間の秘密を暴きたてるようなものだから。
脳科学では解明できていない世界である夢。
文学はそんな壁を楽々と飛び越えます。

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