冬の夜長に何を読む？　物語の世界を旅する季節にふさわしい、とっておきの小説たち。

14世紀初頭、異端審問が嵐のように吹き荒れるヨーロッパ・イタリアを舞台に、記号論学者であるエーコの面目躍如な歴史ミステリー。神聖ローマ帝国皇帝の命を受け、山上の修道院を訪れた修道士ウィリアム。だが修道院では、不可思議な連続殺人が起こり、修道院長の依頼で、ウイリアムは若き見習い修道士アドソとともに事件を調べることになる。事件の秘密は迷宮のような図書館にあるらしい。殺人の目的は？　そして「薔薇の名前」とはなにか？

昭和9（1934）年の大晦日、「日比谷公園の鶴の噴水が歌を唄う」という、銀座のバーでの奇妙な噂話をきっかけに、安南王国皇帝の失踪、その愛人は墜落死など不可解な事件が次々と起こる。事件に巻きこまれた新聞記者・古市加十と名眞名古明警視は真相究明にたどりつけるのか。帝都・東京の30時間を小説の魔術師・久生十蘭が縦横無尽に活写する。

コロナウイルスの流行で、日本でも『ペスト』が35万部を売り上げた。その作者、アルベール・カミュが『異邦人』『ペスト』の次に書いたのが『転落』だ。暗い運河の街・アムステルダムの酒場で、パリで弁護士だった男・クラマンスが語り始める「告白」の物語。クラマンスの話はどこまでが信用できるのか？　話を聞いているのはいったい誰か？クラマンスのようにアルコールと一緒に読むのも一興だ。一緒に収められている『追放と王国』はカミュ唯一の短編集。明晰で美しい、カミュの文章を味わえる。

「シブレ山の石切り場で事故があって、火は燃え難くなった」という冒頭から、物語の強く美しいイメージに引き込まれていく。なかでも真夏の回遊式庭園で催される大茶会、「火を運ぶ女」たちに襲いかかる孔雀の様子は圧巻。能動的に物語を読むことの陶酔を感じる作品だ。長く作品を発表していなかった山尾悠子の見事な帰還であり、第69回芸術選奨文部科学大臣賞、第39回日本SF大賞、第46回泉鏡花文学賞――と、3つの文学賞を受賞した。

連載から30年、400字詰め原稿用紙3900枚の未完の小説に、架空の都市の詳細な手描き地図、500枚を超える「人名地名その他嘘八百辞典」を添えた破格の1冊。「千州最大の都市である比良野」の大学生・テツオとキイチは、市長が計画している人工島建設に違和感を持ち、自分たちの反対運動を始める。だが、一体何をどうしたらよいのかがわからない。テツオたちの親・祖父母世代の話や関連する人々の歴史にまで脱線しながら、物語は進んでいく。1995年、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が終わった、その都市の5月に向かって。