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紙の本
渾身の力で読め
2006/12/24 23:18
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
この作者の代表作と言った時に本書の名前を挙げられることが多いと思うが、それは映画化やTVドラマ化されてヒットしたというだけでなく、スピーディーで波乱に富んだ展開と、場面の迫力、人物の心情の深さ、そして背景となる日本社会の様相への鋭い切り口、どれをとっても最上の作品と言える。追い込まれていく主人公と、それを助ける諸々の要素の存在を思い描くとき、むしろ追い込まれて行くのは読者自身という不思議な構造をしているが、それは誘拐された娘を助けようとする主人公の動機が普遍的で純粋であるが故に、それに立ち塞がる世の中の矛盾と責任が、誰にでものしかかってくるのを逃れられないことを暴いているためと思える。
巨大商社(あるいは公害企業)が国家レベルの政策に強く関与し、その利益と大義、体面のために個人を踏み潰していく、本作が書かれた1970年代、経済成長が一つの頂点に達したこの時代には大きく問題視された現象の中で、それにたった一人で立ち向かう姿勢はあるいは喝采を浴びたということもあるだろう。しかしそれを為しえさせた要素が、普通の人間には聞こえない高周波の音を聞くことが出来るという幼い娘の備えた一種の超能力であったという点で、結局は現実の人間には不可能なファンタジーでしかないという無力感につながる。また社会の隅々にいた、正義や人間性を何より尊ぶ人々の助けで主人公は進むことが出来たのだが、そのように信念に従い自らリスクを負って人を助けることが、例えば自分でも出来るかと問われた時に自信を持てる者も多くはないだろうと思う。だから読者はこのストーリーに感銘を受けても、同時に生じる苦しさに押し潰されそうになる。官庁や企業に対してコンプライアンスという名で同じ問いが依然投げかけられている現代の読者に対しては、さらにこの30年間の重みを持って突き付けられる。
陰謀によって殺人犯の疑いを着せられて逃亡者となりながら、日本アルプスの上空で、北海道天塩平野の吹雪の雪原で、日本海の寒流の海で、命を賭けた死闘に身を踊らせる主人公と愛犬、それは単なる勇気の物語というだけでなく、その戦いは我々にも向けられているのではないかという怯えとともに読まざるを得ない。大冒険小説であるとともに、娘や妻との、あるいは社会との関係の中で自分を確固たる存在とする強さを見い出すことのできる作品としてまずは捉えられれば、その先は解決不能であってもいい。この物語の叩き付ける怒りに負けてしまうとしても、だから人間とは弱いものだということを感じられたら、精一杯応えたことになるのではないだろうか。
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