ガラスの中の少女 みんなのレビュー

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投稿者：SlowBird　-　この投稿者のレビュー一覧を見る

社会派推理小説の代表的な作家の一人である有馬頼義の、少し毛色の違う作品集。
「ガラスの中の少女」戦後に特有の風潮なのかはわからないが、若者たちの恋愛についての意識が変わってきて、親の世代とは価値観がずれてきている。認められない恋というだけでなく、そういう親との断絶、世の中の閉塞感に遭って心中という道に至ってしまう。実父が戦死して、母の再婚相手の養父も無理解な人間ではないのだが。
「名前はない」死産した赤ん坊を病院で保存していて、その生まれなかった子供を父親の願いを聞いてそれを見せるが、母親には見せられないという。そして父親は定期的に病院の地下の保管庫に足を運び、夫婦の間に静かに亀裂が入るが、長い年月を経て二人とも運命に耐えてきたのだということが了解される。その暗さの根元に出征時の体験があるのが世相だろうか。
「泰山木の頃」妻の一度だけの過ちでどよんとした雰囲気になるのだが、母親から唐突に亡父の行状が明かされ、「人の道を踏み外した」とまで言われてしまう。
「空白の青春」サイパンで米軍捕虜となり、戦後帰国して会社員として普通に暮らしている男が病死するが、その直前まで痛みの中で享楽的とも見える生活を続けていたらしい。何が彼の中の闇だったのかはわからない。
「葉山一色海岸」ご成婚した皇太子が葉山御用邸に来た日と前後して、葉山の一角に住む母子二人の行方が知れなくなる。その謎が様々な視点から探られていき、関係者の個人的な葛藤が少しずつ露わになる。一方で戦後において様々なイデオロギーが広がり、また力を持ったこの時代が、この土地の住人にも影を落としているわけだが、そこを言葉にするのはなかなか難しい。
何か原因のよくわからない事件らしきものがあって、ミステリ仕立てでその謎を探っていく中で、戦争の影をそこに見出そうとしているような作品だし、それがこの作者の本来の持ち味でもある。だがこういうプリミティブなところを掘り下げていくと、人間が根源的に持っている闇の部分にまで到達してしまっていて、戦争はそれらが表層化するきっかけでしかなかったように思える。だからと言って、戦争がなかったことにはできないし、一人一人にとっては大きな傷跡でもある。戦後多くの人が、それぞれ形が違えども、そうやって自分の中の裂け目を見つけてしまって立ちすくんだのかもしれない。
表題作の映画版は未見なのだけど、こんな結論の出ないテーマをどう扱ったのかが気になってくる。