大人のためのファンタジー
2021/06/01 05:24
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投稿者:kobugi - この投稿者のレビュー一覧を見る
関係者からの聴き取りという形式の中で、一人ひとりが「泉ちゃん」を語る。エピソードから各自の「泉ちゃん」への思いが浮き彫りにされる。人は自分の価値観でしか判断できない。価値観に基づいて、相手の行動からその人の心情を慮る。「泉ちゃん」の思いは直接にはわからないが、関係者の話を繋いでいくと、こういう思いだったのだろう、と推測できる。あとがきにあった、一般的なシンデレラのイメージと異なるという読者の感想に、否をとなえたい。泉ちゃんだからこそ、リアル。シンデレラなのだ、と確信している。読んでいるうちに、脳裏にハーブの香りが漂い、バターの効いたポテトサラダを作りたくなった。わらじも編んでみたい。泉ちゃんに思い馳せながら。
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投稿者:すずかけ - この投稿者のレビュー一覧を見る
私は人を恨んだり、劣等感を持ったり、自分の生まれ育った環境を嘆いたりしてしまう時があります。
そんな、心がドロドロになってしまったときに、主人公の泉ちゃんのことを思い出すようにしています。
すると、泉ちゃんの美しさがすっと心に沁みてきて、ひねた私の心は、デトックスされたように、澄んでいく感じがします。
泉ちゃんの潤沢は、私に、幸せって、充足って何なのか、考えさせます。
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この表紙はどうよと思うけど、皆さんのレビューも良かったし、何より久し振りの姫野カオルコなんで購入。
背表紙にある短い紹介文を見て、普通に読めば、主人公・倉島泉の不遇の中にも満ち足りて生きる様に目が行って、『さびしさに対する鈍感さは、斬っても殴っても倒れない強靭さに映る』という表現に唸り、終章、彼女がある人にしたお願いの3つ目を知ると、それはもう何と言ったら良いのか、その清らかさの極みに深く感じ入る。
それだけでも十分なのだけど、このお話が単なる聖女の物語に終わらないのは、泉について語る人々の生き様の対照的な生臭さがお話に膨らみを持たせるから。
そこに描かれる様々な男と女の所業、深芳と潤一の結ばれ方、登代と戸谷の関係の持ち方、奈美と亨の堕ちていき方、滝沢や小口の泉に対する仄かなたじろぎ方など、昭和後期の日本の地方都市における田舎社会と人間関係の中にあった人の生き様を描いて生々しく、「ツ、イ、ラ、ク」をも思い起こさせる痛さやホロ苦さがしみじみ沁みる。
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なんとなく、装丁からしても、おどろおどろしい内容を想像していて最初読むのをためらったんだけど、まーーーーったくそんなことはなく、すがすがしいほどで、ものすごくおもしろく、感動した。
大好きだ!! わたしのオールタイムベスト10に入る!!
いつまでもいつまでも読んでいたい感じ。
「ハルカ・エイティ」にも似ている感じがした。
ひらたく大きく言っちゃうと、女性の生き方、みたいな感じなんだけど。
ああ、主人公泉(せん)ちゃんみたいになれるわけはないけどなりたい、こういうふうに生きられたらいいのに、と思った。いや、でも、その信じられないほどの無垢さのせいで人に恐れられるっていうのはちょっと困るかもしれないけど。
人生、すごく小さな楽しさの積み重ねがあればそれでいい。
なんだか、人生でさまざまな経験をしなきゃだめ、貪欲に生きなきゃだめ、もったいない、みたいなふうに考えてしまうけど、そうじゃなくてもいいんだ、と思えて。あと、人に必要されることや愛されることを求めなくてもいいんだ、とも思えて、励まされるような。
んー、でも、泉は結局は、人々に愛されたと思うけれど……。
最後、なぜ泉は姿を消してしたんだろう。あのままあの場所で一生を送ることはできなかったの? っていう疑問が、読後すぐの今はあるのだけれど。
でも、なにか悲しい結末になるのをすごくすごく恐れながら読んでいたので、あとがきの泉からのハガキは本当に本当に飾っておきたいくらいうれしかった。
ああ、諏訪湖に行ってみたくなった。あと、アート・ガーファンクル「ひとりぼっちのメリー」もききたい。
あとがきに、タイトルや帯で既成概念のようなものを持ってほしくない、みたいなことが書いてあったけど、だからあの装丁なのかなー?
姫野カオルコの作品、ほかにも読むべきなんだろーか。濃い恋愛モノは苦手なんだけど……。
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このお話を形容するには、「面白い」でも「感動する」でもしっくりしない、不思議な読後感だった。もしかすると「多幸福感」が一番ぴったりかも。
ファンタジーと言ってしまうには、現実感があるし、登場人物も、背景も舞台設定もリアル。ただ、主人公の泉だけが、ふわっと浮いていて浮世離れしている。それでも実際にこんな女性がいてほしい、そうつい願いたくなるほど魅力がある主人公の泉。
姫野カヲルコが描く女性は、時には過剰なほど生生しいけれど、この主人公はちょっと違う。他作品のような毒気が抜けた分さらにレベルアップして、一回り回って突き抜けてしまった感じかな。
泉を非常に魅力的ととる男たちと、かわいそうな女性としか思えない女たちの対比に、温かみのある意地悪さを感じた。姫野カヲルコの人間を見る目の鋭さには、いつもはっとさせられてばかりだ。
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表題に惹かれて読んでみて、「あれ?」って感じで読み終わりました。「全然シンデレラじゃないじゃん」って。でもあとがきを読んで、「そうかぁ」と考えちゃいました。
テンの話で「自分の靴で自分の人生を歩くんだ、人の靴を履いてはいけないよ」みたいな所があるんですが、ジンとしました。
「私の靴かぁ」と思わず自分の足元を見てしまいました。
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う~~ん、なんとも微妙な読後感でした。
とあるライターが「倉島泉」について、関係者に取材をしながら「泉」という女性のことを調べていきます。
美人で病弱な妹が生まれてから、理不尽な扱いを受け続ける泉ですが、本人は心から妹のためを思って生きています。
その後も真っ直ぐに自分に正直に生き続ける泉を周りはどう見ていたのか。
泉の無垢さと、関係者達の俗っぽさの対比が際立っていて、おそらく普通の感覚である関係者達の証言・回想に「なんてイヤなやつ!」と思ってしまう。それは特に女性に当てはまるんです。
畑を耕し、日に焼けて真っ黒な泉を見て「信じられない」と言う女性達。
そこには「あんな格好でむさくるしく畑仕事なんて私はしない」と上から目線がある訳で、それを読まされるとそういう事を言う女性に対して「ヤな奴だ!」って思ったりするのです。でも自分が泉みたいになれるのか、なれないまでも本心から理解できるのか、というとそれも無理で・・・
どっちにも感情移入できない故にこの読後感なのかなぁ・・・
そういう訳でもないような気がするんですが。
泉が受ける理不尽な扱いに憤慨しつつ、でも泉は不幸ではないんだなと思いながらたどり着いたラストで、突然置いてけぼりにされたような・・・そんな感じです。
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テーマはある意味でこれ以上ないくらい平凡(幸せって何だろう)なのに、その平凡を平温で描ききってなおかつ読ませる小説という離れ業。
姫野カオルコすごい。しみじみと噛みしめるすごさですよ。
主人公は、美人で病弱で歌のうまい妹の引き立て役として生まれたのでは、というくらい取り柄のない女性。本人以外のいろいろな人にインタビューして、その聞き書きが一冊の本になったという体裁。
その日常さ加減が徹底していて、本当にリアル。あまりのあるある感に「これって小説だよね?」と不思議になる。
高級料亭ではなくて、フツーの街角の定食屋で食べた日替りが驚愕のうまさで、でも、どうみても一般的な具と調味料しか使っていなくて、パンチで驚かすわけではないので最後まで旨味が後を引いて、何だろう、という読書感。
(以外、ネタばれ)
神様?がかなえてくれた三つのお願いの三つ目にほっこりする。ジワジワと染み込んできて、私のこれからの人生を豊かにしてくれそう。
「他人の幸せを自分の幸せのように感じられるようにしてください」
ズキュン、と胸を撃たれました。
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姫野さんの話を読むのは「ツ、イ、ラ、ク」以来2作目だけれど、こっちは性描写がほとんどなくて、あと泉視点で描かれていないから、ずいぶん読みやすかった。面白かったわよ。
泉という女性のノンフィクションを書くことになった、私。彼女の生地へ赴き、さまざまな人に話を聞くうちに、興味がわいてきた。身体の弱く美人の妹中心の過程で育った彼女はそれでも妹を可愛がり、文句ひとつ言わず家族に尽くした。周りからも常に比較され、貶められても真っ直ぐで。彼女は幸せだったのだろうか――。
「あの○○」みたいに「あの」という形容に含まれる偏見や蔑み。子供時代に感じた兄弟姉妹間での差別。もうね、そう言ったものが胸につまされるのよ。うちは兄がひいきされまくっていたから、泉の過程とは逆だったけれど…。わたしはどうしたら兄みたいに輝けるんだろう、人望を集められるんだろう、とうやって羨んだりしたけれど、町中の人々からといっても過言ではないほど疎まれていた泉は、そんな視線にも耐えて美人で頭がいい妹をいつくしんでいた。
劇的なのは、彼女の生家周辺と東京での彼女の評価だ。え、どういうこと、とつい思ってしまったが、なんとなくわかる気がする。
ちょっとそれはないだろうというほど、真っ直ぐな泉に触れると、特に男性関係の箇所なんて、行き過ぎだろうと思ったけれど。
でもね、彼女の心情を知った時には、ああ、とつい持っていかれてしまった。
一つだけ違和感を感じるのが。いやもうこれは、作品自体には関係ないんだけど。
作者のあとがき、いらないでしょう。確かに「シンデレラ」は「幸せ」の象徴として使った、というのは「ふんふん」と思ったけれど、その中で直木賞の選評に触れる段になると、あざとくて。さらに泉のことを言及している個所には、嫌気がさしたね。
あけすけに言うと、いちいち「こう読んでください」と作者に提示される読書って、どうなの、と。言い訳がましいというか、読者を自分の思った方向に制御したいという傲慢さがうかがえるというか。いいじゃない、どんなふうに読んだって。はがきなんて載せなくて。曖昧なままで。それでも素敵な本に変わりないんだよ。態々物語を壊すような真似をしないで、と思った。
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本当の幸せとはなにか。。
題材はすごくよかった。
泉が、もともとの「聖女」やなくて、3つの願いを経て今(当時)の心境に至れた、という流れも、好感がもてた。
だからこそ、読み進めて行く中で、取材され独白する関係者の身勝手さ・エゴ・自己正当が嫌になるくらい浮き彫りになる。
途中で読むんやめよかと思うくらいでした。
反面教師にするべきなんですね。
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「あとがき」で作者自身語っているところだが、やはり本書タイトルは少し工夫した方が良かったのでは、という気がする。タイトルで損しているような気が。
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うーん、不思議な物語でした。
俗に言うシンデレラストーリーではありません。
取材と物語がランダムに繋がる構成や、時代背景(主に70年代)のわりに、戦後すぐのあたりを思わせる雰囲気。主人公泉のとる行動。色んなことに違和感ありありだったのですが…
女性の、人間の幸福って、一般的に考えられるものばかりではなく、その人の心の中にあるんだよね…と改めて感じました。
最後の頁で、お昼休みに泣きそうになりました。
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母に猛プッシュされて読んだけどぴんとこず……。色んなところに話とびすぎてて、結局シンデレラとはなんだったのか、そしてなぜシンデレラ扱いなのかわからずじまい。奈美とかに近い気分かな、謎すぎて不気味なまま終わったって感じ。
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久しぶりに一気読みした。
え、なんでシンデレラなんだろう……と思いつつ読み進むと、泉はまさにシンデレラである。どこが?と問われれば、彼女は天からギフトを受け取った人間だから。
泉は幸せであるだろう。そしてまぶしいほど美しい。
私には彼女の周りに居る卑近な人間たちの気持の方が共感できる。それが切ない。
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大好きな本。
泉ちゃんは、周りから見ればかわいそうかもしれない。でも、あんなにキラキラして幸せそうで。自分の周りの人にいいことがあったら、自分も嬉しくなるようにしてください、と願った泉ちゃん。
本当の幸せは何か?幸せは、自分で決めるのだということ、泉ちゃんのような生き方をしたいと思った。
大好きな本。本当に、大好き!
何回も読みたくなる一冊。