紙の本
伝奇短編集
2015/01/30 16:52
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投稿者:夢の巣 - この投稿者のレビュー一覧を見る
幕末維新期を舞台とした短編小説集。
それぞれの作品の主人公は、下記のとおり実在の人物たちです。
「からすがね検校」 米山検校(勝海舟の曾祖父)と柳生又右衛門
「ヤマトフの逃亡」 橘耕斎(別名ウラジミール・ヤマトフ、増田甲斎)
「おれは不知火」 佐久間恪二郎(佐久間象山の息子)と河上彦斎
「首の座」 沢宣嘉と江藤新平
「東京南町奉行」 鳥居耀蔵
「新選組の道化師」 芹沢鴨
「伝馬町から今晩は」 高野長英
このほかにも、多くの実在人物が登場。
実際にあった出来事を題材にしていても、ストーリーは虚実が入り交じっています。
波瀾万丈の展開とミステリアスな雰囲気が、とても楽しめました。
巻末の解説も有用な情報と思います。
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幕末の妖人達(そのセレクションもまた素晴らしい)の、凄まじい生き様を描く連作集。
短編としてはどこかで読んだことのあるものばかりでしたが、この形態(具体的には、ラスト1行の有無)で読むのははじめてで、読後のインパクトが倍になるよう感じました。
後世に名を残すような偉人は、良くも悪くも関わる人間を巻き添えにするといったあたりはラストの「伝馬町から今晩は」に最も印象的に描かれているところであります。
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山田風太郎の幕末明治ものにはハズレはない。これも、圧倒的な迫力で幕末の怪人妖人たちの生きかたと死にざまを描く。山田風太郎を読むなら幕末明治ものだとはっきりと確信させられた。
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「東京南町奉行」 がお気に入り。
生きざまを貫き通す頑固じいさん、カッコいいです。
結びもまたいかしてるんだなぁ。
山田節で描かれる、万札のあの人が妙味。
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いわゆる傑作群「明治もの」長編への胎動が感じられる珠玉の短篇集。どれもが切れ味鋭くハズレ無し。長編のような情緒はないものの濃縮したアイディアがよりストレートに味わえます。全部好きですが「からすがね検校」「東京南町奉行」が特に良かったです。
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登場人物のリンクの仕方というか構成のすばらしさに目がいくが老境に入った鳥居洋蔵を取り上げるなど主役の選定が通好み。
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この短編集は、「幕末に妖星が如き輝きを放った妖人たる人物の人生と、それに振り回された周りの人々」という図式ですが、私だったら絶対に振り回される側だと思うと読書中もどっかしら落ち着かない気分でありました。。
関係者の最期については、山田風太郎の「人間臨終図鑑」参考にしました。
https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/419891477X
【からすがね検校 】
行き倒れの座頭の平蔵は、柳生の屋敷に運び込まれた。
柳生の剣の試し切りから度胸で逃れた座頭は、やがて江戸の金貸し業でのし上がる。
座頭平蔵にとっては幸運の始まりであり、
柳生家にとっては不幸の始まりであった。
***
題名である”からすがね”も”検校”も初耳だったのですが、江戸の金貸しシステムにあたる名称ということで。
短編集最初の主人公がこの濃厚さか…この本無事に読み終えるだろうか(と、山田風太郎を読むたびにいつも思う/笑)。
/幕末妖人伝第一話「男谷険校」
【ヤマトフの逃亡】
遠州掛川藩太田家の家来である立花久米蔵。
文武に秀で、弁舌は立ち、性格は豪快且つ大胆、この時代に蘭学を学び、日本の悪いところを批判する。
妻はオランダ人の娼婦の娘である美女、人前であっても西洋式抱擁や接吻を行い周りの武士たちの眉を顰めさせる。
主君から目を掛けられてはいたが、外国に対する日本の態度の批判のあまの激しさに、ついに牢に入れられる。
久米蔵は脱獄し妻と逃げ回る。患者のところを回れば匿ってくれる相手はいた。「私を密告するか?あなたがこのまま病で死ぬか?」
幕府は二人の間の娘と、妻の母を人質にとる。
17日に渡る幕府の兵と久米蔵たちの駆け引き。
10年後、ロシアに滞在した幕府の使節団の一員だった福沢諭吉は、風変わりな日本人の姿を見る。彼は”クメッセン・ヤマトフ”と名乗り、「私は流刑地にいるような気がする、日本はお伽噺のような国だった」と呟いていたという…。
***
人質を巡っての駆け引きの緊迫感。
山田風太郎ですからハリウッド映画的に「主人公はアクションを繰り広げ兵士たちをなぎ倒して家族を救い幸せに暮らしました!」…なんてもんはどうせ期待してないしーー。
「福翁自伝」に「ヤマトフという日本人がいるらしいがなかなか会えない」という記載があるんだそうな。
/幕末妖人伝第二話「日本人ヤマトフ」
【おれは不知火】
次の”妖人”は、佐久間象山を斬った河上彦斎なのですが、
その彦斎の姿を象山の息子から描いています。
この象山の嫡男である恪次郎は、母方の叔父を勝海舟という血筋。
父の仇を討つために新撰組に入り、その醜い内部粛清触れます。
恪次郎の母は、象山の仇討ちのために彦斎を知る男と再婚し、その新しい夫と、象山の元妾を息子の案内人に立てるという烈女っぷり。
青二才の恪次郎は、なんか濃厚な周りの人たちに圧倒されてしまい、この混迷の時代に仇討なんて何の意味が?とか思うようになりながらも河上彦斎を探し続けます。
そして���川藩で投獄され、まさに死刑の日を迎えようとしていた彦斎と最後の対戦が認められ…。
***
河上彦斎については、黒鉄ヒロシ「幕末暗殺」をカンニング(笑)
象山の息子は非常に凡庸な人物ですが、周りが、父、母、叔父、新撰組のみなさん、母の今の夫、父の妾…などなどあまりにも濃密で…、これではもう仇とかどうでもよくなっちゃいそうだ(笑)
/幕末妖人伝第三話「河上彦斎」
【首の座】
「ダンテの地獄篇にもあるまい、だれがこんな拷問を案出したろうか。人間の頭で生み出せる劫罰ではない」(P198)
このような目に合っているのは、佐賀の乱の敗戦後に逃亡中に、冬の豪雨の急流に嵌り込み一晩立往生した江藤新平。捕縛されたときにこの時の経験を「余は母の胎を出でしよりかくのごとき苦痛に遭遇せしことあらず」と言っている。
鉄血の人として討死するかと思われた江藤新平は、何故このような目にあってまで生命に執着したのか。
江藤新平が語る、かつて堅固な信仰心を持っていたキリシタンを転ばせた(“転ぶ”とは信仰を捨てた、という意味)時の経験。人は根底に持っている”生”への執着を持っている、それを揺さぶれば信仰も信条も揺らがせることができる…。
***
ここでは人の”生”に対する執着心を抉るように書いていまして、そうとうずっしりきますよ。。しかしそれを往生際が悪いような描き方はせず、それが生きる人間の業だとしています。
江藤新平の最期については「人間臨終図鑑」をカンニング。ここでは江藤新平に対して「人間には人を断罪することには熱情的だが、自分が断罪される可能性のあることには不感症の傾向がある」(一巻P220)と書いています。
/幕末妖人伝第四話「江藤新平」
【東京南町奉行】
「天保の改革において、渡辺崋山、高野長英ら進歩的学者をを一掃し、苛烈な粛正の鉄鞭を持って四民を処刑すること蓬を刈るがごとく、ために天保の妖怪といわれた江戸南町奉行鳥居耀蔵。」(P308)
…のことは山田風太郎の小説で初めて知った。(他の山田風太郎作品でも出てくる)
30年の軟禁の後、自由になり江戸へ出てきた鳥居耀蔵の目に映るのは、西欧に尻尾を振る日本の愚かな姿。
しかしその現実を生きている現在の人々にとっては、突然現れた鳥居耀蔵こそが、江戸時代の残滓から蘇った妖怪としか思えなかった…。
***
鳥居耀蔵がしてきた”苛烈な粛正”は30年経った今でも人々を怯えさせるもの。
しかしそれは国の為であり、私利私欲では全くなかった。だからこそあそこまでの所業が出来たのだ。
そして根っからの奉行である鳥居耀蔵は、主義や情愛より”司法の義務”の元に生きることが本能の根底だった、というその人間にとっての根底の正義と、悲哀。
/幕末妖人伝第五話「鳥居耀蔵」
【新撰組の道化師】
「新撰組の道化師」という題名の短編で語られるのは、小石川の町道場の師範代、木村継次。最初は一体誰?と思うんだが、読んでいるうちにああ芹沢鴨さんね、と分かる。(詳しい人は「日立行方郡芹ノ沢の木村」と聞いただけで分かるんだろうけど)
水戸出身の下級武士の木村継次は、水戸の天狗党と行動を共にしようとするが身分の低さから相手にされない。さらに彼には大いなる欠点があった。女に対する異常な執着だった。
浪士隊結成に際して芹沢鴨と名を変えて女断ちを誓いますが…。
まあ芹沢鴨が妾と同衾中に殺されることは分かってるので「ああ、はいはい~~」という感じで読み進めます(笑)。
新撰組初代局長として燃え続けて堕ちたその原動力は、天狗党とともにその大事に立ち会わせてもらえなかったコンプレックスの壮大な裏返しということで。
桜田門外の変の秘話なんかも出ているのですが、まさに真実は小説より奇なりです。
/幕末妖人伝第六話「芹沢鴨」
【伝馬町から今晩は】
伝馬町から「こんばんは」、なんて呑気で平穏な挨拶ですが…。
この言葉を発したのが、牢屋敷から出火による囚人の切放しにより逃亡を企てる高野長英とあっては話が違う。
三日以内に戻らないと、匿った人間悉く獄門という厳罰が下る。
牢が出火した場合の囚人切放しとは、その後逃げ延びることはほぼ不可能という当時の藩体制、警備制度だからこそできたものだった。そんな中で高野長英は五年間逃げ延びた。しかし彼が訪ね歩いた人々は、その後罪人匿いの罪で拷問、投獄、私刑、死罪、自殺、と人生を狂わされていった…。
***
高野長英の逃亡については、「顔を焼き逃亡したが捕縛直前に自害」という程度しか知らず、蘭学医というからにはインテリタイプかと思っていたのですが。
実のところは「日光も透らず、風も通わぬ陰湿なところに、数十人すしづめになり、耐えがたい熱さ、病人の匂い、汚物の臭気に満ちた牢内で、昨日まで丈夫でいた人間が今朝になって死んでいる。処刑のある時には出された囚人は立ちどころに血煙と変わる。今日は人の身、明日は我が身、怖ろしさに身の毛もよだち哀れさに涙も咽ぶばかり」(P412より抜粋)というところで牢名主にまでなり足かけ七年生きたとなったら相当豪烈な人物だったとうわけで。
/幕末妖人伝第七話「高野長英」