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紙の本
音楽を模倣する書
2000/12/29 20:14
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る
読者の力量に応じて、というより読み手の側の音楽体験の広がりと深度(震度というべきかもしれない──魂の震え=律動の度合いといった意味で)に応じて、深くも浅くも(面白くも面白くなくも)読み解くことができる不思議な書物だ。文章は平明かつ平易なのだが、そこで展開されている議論はきわめて高度だと思う。
著者は「あとがき」で「本書の計画をたててから、あっという間に何年か経ってしまいました」と書いている。だからという訳ではないのだけれど、この書物はかなり周到に考え抜かれた構成と射程をもっていて、「音楽の倫理」という(特異な?)テーマに関して考えられるかぎりのアクチャルな素材を収集整理し、それぞれの項目ごとに(展開可能性という意味で)刺激に満ちた序説的考察を加えている。
たとえば著者は、モーリス・ブランショやジャン=リュック・ナンシーの書物からインスピレーションを得て、ひとつの音楽が通じるイマジネールな共同体──「音楽が始まる前にも後にも存在しないが、音楽がそこにあるときだけは仮想的にありえてしまう共同体」(37頁)──について語り、ひとつの音楽はひとつの制度でもあることから、複数の音楽に共感できることが複数のそのときだけの共同体を実現することにつながり、ひいては複数の制度のあいだを行き来し通路をつなげることでもあると書いている。
これは実は本書の問題系の中心あたりに位置する論点なのであって、以下、音楽と場所の関係(57頁)や音楽が生まれ育つ共同体(80頁)の話題、また、音楽はひととひととの「あいだ」にある(143頁)とか、音は何かと何かが出会って発される(154頁)といった議論、さらには、生物におけるリズムの内在化(232頁)や音楽的記憶(256頁〜)をめぐる議論等々へとつながっていくのだが、それぞれの叙述に際して、性急な理論化や概念語の使用を禁欲し、具体的な現象や体験に即した思考に徹しようとするそのスタイルは、穿った見方をすれば音楽の模倣、とりわけ「思考の道の音楽」(インド音楽で即興的な音楽を意味する「マノダルマ・サンギータ」のこと。これに対して既製の音楽=作品は「カルピタ・サンギータ」で、あらかじめ準備された音楽を意味する。本書113頁)を志しているのではないかとさえ思わせる。
このあたりの経緯というか「戦略」については、最終章の、本書のタイトルにしてテーマでもある「倫理」にはじめて言及した箇所(本書それ自身の「かたち」に言及したメタ・メッセージでもある)で、著者自身が次のように吐露しているので、引用しておこう。
《とはいえ、倫理の興味深いところは、他の哲学でも文学でも同様なのですが、倫理とは何かという枠組みそのものを同時に問うてゆくところにあるわけで、その意味では、個々の問いを投げ掛けつつ外枠を確定し、あるいは移動してゆくということになるわけです。そして倫理とは、AがBである、あるいはAがBでなくてはならない、なるべきだということですむことではありません。むしろ或る全体的な「かたち」であり、問いはひとつではない──だからこそ「エシックス」と複数形をとる──のです。言い換えれば、複数の問いを種子のように蒔いて、その種子が芽をだして生育したところこそが、その問いの広がりの場なのです。だからこそその場は総体として成り立ちながら、時々刻々と変化し、位置を変え、増殖してゆくはずでしょう。》(270-271頁)
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