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イギリスの女性科学ジャーナリストによる革命的な一冊です!
2020/06/02 10:12
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、イギリスの科学ジャーナリストとして活躍するキャサリン・ブラックリッジ氏の作品で、幅広い文献と資料をもとに描き出した革命的な一冊です。著者は「男であれ女であれ、生まれてきたその場所をもっとよく知るために」同書を読んでほしいと述べています。同書の内容構成は、「1 世界の起源―ヴァギナの民族文化史」、「2 性に関する言葉の歴史―ヴァギナの言語学」、「3 ヴァギナの動物学・昆虫学」、「4 イヴの秘密―ヴァギナの解剖学史」、「5 愛の液の世界」、「6 匂える園」、「7 オーガズムの働き」となっており、図解も豊富なので、よく理解できます!
2016/08/25 01:21
投稿元:
大層、人に勧めづらいんだけど、いろんな人に読んで欲しい本。
文化的に下に置かれる立場だったせいで、不当に不浄扱いされたあげく、現代科学的にもちゃんと研究されていないところがあるって、どういうことなんだろう。
いやらしいところだから目をそらしましょう、みたいなことをいう PTA のお母さん方に「自分の身体のことが研究家から無視されるってどうよ?」って訊いてみたい感じ。
ま、作者の思い入れの大きさがちょっと苦笑を招くようなところもありますけどね。(^^;
そのものの写真が載っていたりするので、読む場所にはご注意を。
2011/03/24 22:40
投稿元:
タイトルを見て、敬遠する人は多いだろう。きっとそうだろう。
でも、この本は間違いなく名著だ。目から鱗がぼろぼろだ。「下心」が入り込むすきもないほど、本の内容の面白さに引きもまれる。
2011/04/17 22:17
投稿元:
女性科学ジャーナリストの著者が、タブーとされてきた女性器の謎を幅広い文献、資料調査をもとに描き出した本。以下印象的だった箇所のまとめ。
・ヴァギナは歴史上様々な誤解を受け、科学的に無視されてきた。
・マスターベーションの害を防ぐため、過去クリトリス切除が行われていた。
・ヒステリー治療のためにヴァギナ・マッサージが医師によって行われていた。
・バイブレーターは、ヒステリー治療のための医療器具として販売されていた。
・治療のための医師マッサージによるオーガズムはよいとされたが、女性自身によるマスターベーションは、非道徳な行いだとして嫌悪されていた。
・ヴァギナから子宮にいたる生殖器は、精子を運び受胎するための単なる入れ物でははない。精子の選別や受胎に積極的な役割を果たしている。
・多くの動物は、オス同様メスも、複数の相手と交尾する。
2011/07/20 10:24
投稿元:
とんでもない・ものすごい本を読んでしまったものだと、今さらながら後悔しています。こんな本を読まなければ、私はもっと穏やかでいられたのに。
目からウロコ、というより、無知な私は、唖然・呆然・慄然の連続で、読後は精も根も尽き果てて、ヘトヘトの抜け殻みたいになってしまいました。
この本が悪いんです、自分の言葉で語る気力も何もかも喪失させたこの本が・・・・・・・
だから、しかたなく「訳者あとがき」に代わってもらいます。
★ 訳者あとがき 藤田真利子 ★
本書「ヴァギナ 女性器の文化史」の原題はThe Story of V-Openig Pandoras Boxk 「Vの物語 パンドラの箱を開く」である。パンドラの箱とはヴァギナのこと、人間の災厄も未来もそこから出てくるという意味かもしれない。科学の博士号を持つジャーナリストである著者、キャサリン・ブラックリッジは多方面からアプローチすることによって、ヴァギナの真の姿を描き出そうとしている。
神話や伝承、あるいは民俗学では、恐れ敬われ、魔除ともなる力強い姿が紹介され、あるいは、歯のある恐ろしい姿が示される。言語学的方面からはさまざまな文化におけるヴァギナの名称とその由来が語られる。ヴァギナはまた、歴史上さまざまな誤解を受け、科学に無視されてきた。西洋文明による誤解の例は枚挙に暇がなく、なかには支離滅裂の域に達しているものがある。たとえば、マスターベーションの害を防ぐためにクリトリス切除が行われたかと思えば、ヒステリー治療のためにヴァギナ・マッサージが医師の手によって施された。バイブレーターというのは医療用器具だったというのだから驚く。それが家庭でも手軽に治療できるようにというので小型のものが開発され、二〇世紀はじめのアメリカでは、シアーズ・ローバック社のカタログにも載る家電製品だったのだという。たしかにオーガズムは体によさそうではある。
実際この秘められた部分について、私たちはどれだけ正確なことを知っているだろうか?単純に自分のものを「見る」ということでさえ非常に難しいのだ(と言っても人のものならなおさら難しいわけだが)。そしてどうするかといえば、仮にも知的好奇心の旺盛な女の子なら、鏡を使って調べる。ちょうど、本書に紹介されているアンネ・フランクのように。だが、その奥となったらもう手に負えず、古代の神話ならぬ現代の科学的装いを持つ神話の陰に隠されてしまう。ところが、著者によると最近ようやく女性生殖器の役割に科学の目が向けられるようになり、いろいろと新しいことがわかってきたらしい。
ひとつ著者が強調しているのは、ヴァギナから子宮にいたる生殖器は、精子を運び受胎した卵子を育てるだけの単なる入れ物ではなく、精子の選別や受胎にもっと積極的な役割を果たしているということである。しかも、多数の種ではメスも複数の相手と交尾することがわかり、もともと怪しげだった「・・・・だからオスは多数の相手と交尾するのが自然界の普通の姿だ」というような一見科学的な迷信は、スタートの事実から間違っていたことがわかったわけである。ほら見ろと言わんばかりの著者の力の入り具合がほほえましい。翻訳をしていてよく感じることなのだが、ヴァギナを指す言葉に関しては、日本語のタブー度は非常に高い。お疑いなら、今すぐ「お」で始まり「こ」で終わる三文字ないしは四文字の言葉を口に出してみればいい。予期した以上の抵抗があるはずだ。ウィメンズ・リブ全盛の頃、女性生殖器の新しい呼称を選ぼうという話があったことを覚えていらっしゃるだろうか。
お風呂に入って男の子に「おちんちん、きれいに洗いなさいね!」とは言えるが、女の子に「おまんこ、きれいに洗いなさいね!」と言える母親は(父親もだが)いないからだ。女性のセクシュアリティの権利回復を狙うのなら正しい戦略だったのかもしれない。名づけられないものは「存在しない」ことになるからだ。だが、「われめちゃん」はじめ、さまざまな候補が上がったが、定着したものはひとつもなかった。あまりに恥ずかしくて口に出せないのか、神聖すぎて口に出すのをはばかるのか。いずれにせよ、気軽に名前を呼ぶのを妨げる何かがあるようだ。このように、事実にまつわりついてきた何か、それを文化と呼ぶのかもしれないが、それはまた偏見であったり迷信であったりもする。著者は、そうした飾りや履いを取り去ったヴァギナのありのままの姿を見てほしいと思ってこの本を書いた。ここは間近に寄ってじっくりと見つめてみてはどうだろう。だいじょうぶ、噛みついたりはしないから。
2011/08/17 16:01
投稿元:
科学ジャーナリストがヴァギナについて総合的にまとめた本。文化、歴史、動物学など雑学的な知識が満載。だからどう、、という「結論」に持っていかないところがよいと思った。
2013/03/14 00:30
投稿元:
「ヴァギナは単に受動的な入れ物ではない。ヴァギナは性と生殖をうまく操れる優れた戦略家だ。」
昆虫や動物等の生殖を通して性について客観的にみている一冊。
性器に対する見方が変わり、真剣に研究を進める著者の情熱にも感動。
2019/01/04 11:53
投稿元:
訳:藤田真理子、原書名:THE STORY OF V-Opening Pandora's Box(Blackledge,Catherine)
2021/07/04 23:11
投稿元:
フェミニズムやジェンダー論が盛んに叫ばれる昨今において、中途半端な主張を蹴散らすパワーを持った本。性を生物学的な面と社会的な面の両面で捉え直すことで、「女性らしさ」とはどういうものかを男性も女性も冷静に受け止めることができるだろう。科学的と言われる説も、しばしば時代の価値観に歪められうるものだという気づきも得られる。素晴らしい一冊。
2021/09/11 03:06
投稿元:
何が何でも見られてはならない。
昔は土偶についていた。
陰核には著者は我々の予想外の役割があるのでは?
女性も射精している。性行為後の膀胱の検査でPAPが増加。男に射精30%がPAP
PAP は潤滑のため。
あるハイエナ雌の陰核は雄の陰茎と同じくサイズ。
出産時、殆どの雌は出血で死亡。
翻訳者はプリンセスマサコを翻訳
表紙をモザイク化を検討後、中止した出版社があった。
2023/11/29 08:15
投稿元:
女性器についての基礎知識とその成り立ちを文化、生物、歴史、神話、民俗など幅広い領域を通し理解できる。
アリストテレスやガレノスの科学的知見が与えた「偏見」が「普通」になる世界の単純さ。
他生物との比較やオーガズムの仕組み等も面白い。
2024/09/02 10:54
投稿元:
キャサリン ブラックリッジ
1968年生まれのイギリス人。科学の博士号を取得したあと、科学ジャーナリストとしてメディアで活躍『ヴァギナ 女性器の文化史 河出文庫』より
★驚くべきことに、最適だとされる二九・五日は月の周期に一致する。新月から満月になってまた戻る周期である。さらにおもしろいのは、男性といっしょにいる女性は、満月に合わせて出血し、新月のときに排卵する傾向がある。反対に、男性といっしょに暮らしていない女性や、女性のなかで支配的な立場にいる女性は新月のときに出血し、もし排卵するとしたら、満月のときに排卵する傾向がある。なぜ月の周期と女性の生殖周期が正確に一致するのかについて、科学ではまだ説明がついていない。しかし、生殖周期が月の相と結びついている動物種が多いことから、なんらかの生物学的関連がありそうだ。また、女性の子宮内膜の着床しやすさは変動することがわかったが、それが新月のときに最も着床しやすくなるかどうかはこれからの研究課題である。おもしろいことに、園芸に関する言い伝えでは、新月のときに種をまくとよいとされている。
ヴァギナ 女性器の文化史 (河出文庫)
by キャサリン・ブラックリッジ、藤田真利子
カタルーニャのことわざがある。「 女陰 を見せれば海が鎮まる」。カタルーニャのこの信仰は、漁師の妻が夫を海に送りだすときに、縁起をかついで、海に向かって性器を見せるという習慣のもとになっている。この信仰の裏にあるのは、当然のことだが、女性が海におしっこをすると嵐を起こすことができるという信仰だ。さらに、伝承によれば、ヴァギナを見てなだめられるのは海だけではない。女性の性器をぱっと見せることには、ほかの自然現象を鎮める力もある。たとえば、インド南部のマドラス(現チェンナイ)地方の女性たちは、性器を見せて危険な嵐を鎮めたことで知られている。紀元一世紀の歴史家プリニウスは、『博物誌』のなかで、裸の女性が立ち向かったら、 雹 や竜巻や稲妻が衰え、消えうせたことを書いている。
伝承や歴史によれば、女性がヴァギナを見せる行為は、自然の脅威を鎮める力を持つにとどまらない。多くの民族にとって、女性生殖器は強力な魔除けの力を秘めたものでもあった。つまり、女性がヴァギナを見せれば、悪いことが起きるのを防ぐことができると思われていたのである。悪魔を追い払い、悪霊をしりぞけ、鬼を脅し、敵を恐れさせ、神々を威嚇する──こうした英雄的で危険な行為のすべてが、女性生殖器の力を示すものとみなされている。その結果、さまざまな文化で女性がヴァギナを見せる勇敢な行為の物語が伝えられている。
葬儀に泣き女を雇うのは、ヴァギナの力によって魔物を追い払うという明らかな目的があった。おもしろいことに、ロシアの伝承では、クマが出てきたときには、若い女性がスカートをまくりあげれば追い払うことができるとされている。女性が何かに襲われたら、スカートをまくりあげるのが最高の撃退策らしい。男性なら、姉妹のそばにいるのがいちばんいい方法となる。
奇妙なことに、ネコは女性器や女性的なものすべてに固く結びつけられている。ヴァギナを表わす言葉として「プッス」がイギリスに初めて登場したのは一六六二年だった。その言葉が現在の「プッシー」となった。イタリアでは、雌ネコを指す言葉、シャットとガッタがどちらもヴァギナを意味している。また、ネコは多くの文化でセックスや女性のセクシュアリティ、また時には売春と結びついている。女性はネコ科の動物で、男性はけっしてそうではない。さまざまな文化で、ネコは魔女の相棒として神秘的な力を持つと認められ、敬意を払われたり、日本のように、ネコが幸運をもたらすというので親しまれたりしている。何世紀が経過しても、古代エジプトの快楽の神バストとヴァギナを見せる行為が結びついていたのと同じように、ネコとヴァギナはいまだに結びついている。
ヴァギナのディスプレイを表わす美術品のなかでも最も驚くべき出土品は、バウボとデーメーテールの神話と、こうした像を直接結びつけるような証拠ともなっている。一八九六年、トルコのプリエネでドイツの考古学チームがデーメーテールを祀っていたとされる大神殿の遺跡から七体の小さな女性像を掘りだした。小像の大きさは七・五センチから二〇・三センチまで、すべて紀元前五世紀のもので、「バウボの美女」と名づけられた。それには二つの理由がある。一つは見つかった神殿から、もう一つはその女性たちが見せているものから、その名がついた。この立像は、驚くような姿をしていた。ギリシャ美術ではほかに見られない。
ここでは、ヴァギナは、聖なる、崇拝される不可侵の偶像となっている。すべての人間の命が生まれでる源泉。あらゆる新しい生命の源。世界の起源である。先史時代のこうしたヴァギナのイメージは、人類最初の象徴の使用であると言われている。これはまた、最も古いヴァギナ観でもある。ヴァギナは豊穣と、創造の力、未来への希望、病や死があっても常に新しい命が生まれてくる──女性から──という信念のシンボルとして描かれている。そこで、あらわにされたヴァギナの力への昔の信仰は、こうした古いイメージに基づいていると考えられるのである。
魔を祓い生殖力を強めもする豊穣のシンボル、ヴァギナには第三の側面がある。これは最も異論の多い見解かもしれない──多くの人が神聖とみなす宗教の領域に踏みこんで、ヴァギナを神のように考えるものである。ヴァギナに神格があるとか、祈りをささげるとか、途方もないことだと思う人は多いだろうし、神への冒涜だと考える人もいるだろう。しかし、世界の起源、生命の源としての女性生殖器への信仰は、古代と現代のさまざまな宗教や信念体系において表現されている。こうした見解が存在するのは当然なのかもしれない。いずれにせよ、女性生殖器は神のような性質を持っているからだ。創造の力を持ち、新しい生命がこの世に現われるときの、目に見える入り口である。だとしたら、ヴァギナを生命力の化身と考えてもおかしくはない。
一方、ハワイでは、生殖器への崇拝が神話のほかにも歌と踊りによって伝えられている。ハワイにはメレ・マイという伝統的な歌がある。王家に赤ん坊が生まれると生殖器をたたえるために作られ、その美しさや能力を祝福する。リリウオカラニ女王の生殖器は「アナパウ」だと言われた。元気で力強く陽気だと���う意味である。なんというほめ言葉だろう。元気で力強く陽気、それだけそろえば十分だ。ハワイ人はまた、子どもの生殖器をよく手入れする。女の子のクリトリスをのばし、男の子のペニスをマッサージして、生殖器の美しさを高め、その後の人生でセックスを楽しめるように準備する。当然ながらハワイの言葉には性の喜びと満足を表わす表現がたくさんある。
さらに、女性のクリトリス、つまり海綿体組織が充血して勃起する仕組みは、男性の海綿体組織が勃起する仕組みと同じである(バイアグラが女性にも効果があるのはそのためだ)。興奮状態にないとき、クリトリス組織の平滑筋細胞は収縮した状態にあり、血液はまわりの 洞様血管 を自由に出入りしている。しかし、性的刺激に応えて神経が出す神経伝達物質がメッセンジャーとなって筋肉が弛緩する。そうなると筋肉は膨張し広がって、入ってきた血液をすべて細胞のあいだの空洞にためこむ。その結果は勃起である。クリトリスは充血し、膨らみ、長くなり、この上なく敏感になる。
この仕組みは、女性が意識していなくても働いている。睡眠、とくに九〇分から一〇〇分周期に起きるレム睡眠中に、女性は夜間の勃起を経験し、それはクリトリスと陰唇とヴァギナに影響を与えている(子宮の収縮回数も増える)。生殖器への血流が増加することによるこうした性的興奮は、男性の睡眠中の勃起と同じ仕組みで、小さな子どものときから始まってずっと続く。睡眠中に必ずこうしたことが起きる理由は明らかになっていない。これは「バッテリーの再充電」だという説もある。血流が増加するということは、つまり勃起した器官に新鮮な酸素が送りこまれるということである。勃起性の器官に健康な血液を供給して活性化させるのが重要なことはわかっている。血流を損なったり妨げたりする物質や薬物、病気、習慣は、どんなものでも結局はその人の勃起能力に悪影響を及ぼす。しかし、睡眠中の勃起の生物学的な目的がどうであれ、それにはすてきな副次効果がある。甘く楽しい夢である。
女性の穴のなかにある恐ろしい物体は歯だけではない。民話や伝説のなかでは、ヴァギナの深く暗い穴からはヘビも出てくる。ヴァギナヘビは男のペニスを食いちぎったり、毒を注ぎこんだり、男を殺したりもすると言われている。なかには処女のヴァギナだけにいて、入ってくる最初の男だけを刺すヘビもいる。テンブー族では、性的快感を強く望む女性はインヨカと呼ばれる悪魔的なヘビを引き寄せると言われている。そのヘビはそうした女性のヴァギナに棲み着き、快感を与えるのだという。ヘビを棲まわせている女性は、嫌な男や自分に関心を持たない男がいると、ヘビを遣わして噛ませることができる。ヘビのいないポリネシアでは、貪欲なヴァギナうなぎが登場する。トゥアモトゥ諸島のある話では、ファウメアという女性のヴァギナにいるうなぎは男をぜんぶ殺してしまう。しかし彼女は、英雄のタガロアにうなぎをどうやって外におびきだすかを教え、おかげで彼は安全に彼女と寝る。
ヴァギナのなかにあるものへの恐怖心が、何世紀にもわたって男の想像力をかきたててきた。マレクラ島の男たちは「わたしたちを引き寄せ、貪り食ってしまう」ヴァギナの精のことを謎めかして語っている。神話や伝説のヴァギナのなかには、飢えたドラゴンもいるし、英雄が鋭い歯を持つドラゴンを退治するというたくさんある伝説は、もともとヴァギナに棲むドラゴンの物語が変形したものではないかと考える人もいる。もしそのとおりなら、かの有名な聖ジョージはイギリスのヴァギナの精を退治したということになる。ヴァギナの歯は、イスラム教世界で信じられている、視線を断ち切る能力の暗喩でもある。ヴァギナは、勇敢にもその深奥をのぞきこんだ男の視力を「食いちぎり」、男を盲目にしてしまうことができるという。ダマスカスのスルタンはこうして視力を失い、サルディニアまで旅して処女マリアの奇跡によって癒された。マリアのヴァギナはもちろん、永遠の処女膜によって安全に覆われているからだ。
箱を女性生殖器のシンボルだと読みとる人はたしかにいる。アブラハム・ファン・ディーペンベークは、パンドラの箱を意味ありげに彼女のヴァギナに重ねて描いた。それに、もちろん、箱(box) というのはヴァギナのスラングでもある。この古い謎にパウル・クレーが出した答えは、もっと明白だった。彼はパンドラの箱を真正面から女性の生殖器として描いたのだ。楕円形の彫刻がついた宝石箱で、生殖器の割れ目からは邪悪な瘴気が立ち昇っている(図5-2参照)。この容器についている取っ手はファロピウス管(卵管)のようで、基部はヴァギナ内部の筋肉のようにうねが刻みこまれている。
インドの有名な性愛教典『カーマ・スートラ』には、男女の生殖器がとくに詳しくとりあげられている。古代インドの性愛科学を記述したこの本は、男女をセックスの特徴に応じて組み合わせている。男女は、生殖器のサイズ、情熱、性欲の大きさ、性的欲動の状態(時間的要素)によって分類される。男性によって書かれた女性生殖器の分類は四階層、三質、三種に分かれる。この一〇分類それぞれに当てはまるヴァギナの特徴が記述され、その特徴に応じた男女の性的適合性が助言されている。ヴァギナの深さによる分類は次のようになっている。
しかし、女性の尿道とまわりの構造に関して革新をもたらしたのは、晩年になってからだった。一九五〇年、『国際性科学ジャーナル』に革新的な論文を発表した。タイトルは「女性のオーガズムにおける尿道の働き」。そのなかで彼は、この器官を刺激することで女性が得る快感について指摘している。「女性の尿道は男性の尿道に類似し、勃起性の組織がまわりを取り巻き……性的刺激を受けると尿道は大きくなり、触れてすぐわかるようになる。オーガズムの最終段階では大きく膨らむ」。グレーフェンベルクはまた、尿道の「床」がヴァギナ前壁の「天井」になっていて、「ヴァギナ前壁の尿道に沿って性感帯がある。ヴァギナ全体が感じやすくなっているときでも、この特別な区域は、指での刺激にほかの部分よりも反応しやすい」と書いている。
グレーフェンベルクは、ヴァギナ前壁で最も感じやすいのは、内部に三~四センチ入った部分で、ちょうど尿道が膀胱の出口に達するあたりだということを発見した。これが三〇年後に名前を付けなおされてグレーフェンベルク・スポット、通称Gスポットと呼ばれるようになった部分で、『Gスポットほか、人間のセクシュアリティに関する発見( The G Spot and Other Discoveries About Human Sexuality)』というベストセラーのなかでほめたたえられている。
グレーフェンベルクの論文には論議を呼ぶ部分が二つあった。一つは、女性の尿道が男性の尿道と同じように勃起性の組織にとりかこまれていると指摘したこと。もう一つは、ヴァギナの内部が敏感だと強調したことである。ヴァギナが敏感だという指摘は、当時の考え方に反していた。当時、ヴァギナと尿道は無感覚だと思われていたのだ。今日でもまだ、ヴァギナは無感覚だと主張する人は多い。その間違った主張は、偏見のある偽の科学に基づいている。そもそも、ヴァギナが無感覚だという考えは、女性には性感がないという一八世紀と一九世紀の男尊女卑で偽善的な概念がもとになっている。反対のことを示す証拠が山ほどあるのに、このような見解がまかり通っていた。
この器官の微細構造を調べた最近の研究によって、女性における前立腺の存在に関する論争はほぼおさまったが、まだ決着のつかない大問題が残っている。それは、グレーフェンベルクが一九五〇年の論文で主張した女性のオーガズムにおける尿道の役割に関する問題である。この論争は、女性が快感のあるときやオーガズムのときに尿道を通して前立腺液を多量に噴出させることができるかどうかということである。グレーフェンベルクはこの現象を次のように描写した。
ときおり、液が大量に生産されて、ベッドのシーツを汚さないためにバスタオルが必要になることがある……そのような女性のオーガズムを観察すれば、透明な液体が大量に、ヴァギナからではなく尿道から噴出するのを見ることができる……我々が観察した事例では、その液体は尿ではなかった。女性のオーガズムで尿が排出されると伝えられているのは、尿ではなく、ヴァギナ前壁に尿道に沿って存在する性感帯にある腺からの分泌物ではないかとわたしは考えるようになった。
その液体は、「性交の相手が男性の射精になぞらえるほど」非常に量が多いこともあるとグレーフェンベルクは付け加えている。 二一世紀はじめの現在でも、女性の射精、つまり前立腺液の尿道からの噴出はいまだに激しい論争の的である。かたや女性の射精を支持する論文を発表する科学者がいて、また、女性の射精は存在しないという学者もいる。こちらの側の学者は、たいていは女性前立腺の存在も否定している。映画や文学にも、女性による射精を支持するものがある。たとえば、二〇〇一年の日本映画、『赤い橋…
それに、女性の射精を直接体験している男女がいる。わたしも実際に見たことがある。初めてそれを見たとき、目からウロコが落ちた。液体の豊富さ、勢いの強さ、麝香のような香り、すべてに感嘆するばかりだった。こんなふうに驚いたのはわたしだけではない。女性が性的興奮状態で前立腺液を噴出させるというのは、…
『素女妙論』にも同じような一節がある。「女の『玉門』が潤み、滑らかになる。そうなったら男は深く挿しこまなくてはならない。最後に、女の『芯』から液体が豊かに噴出してくる」。中国人が「小さな流れ」や「黒真珠」と呼んでいる部分は前立腺を指しているものと思われるが、日本では「みみず千匹」として知られている。中国語にはほかにも、オー��ズムのときの分泌物「月花薬」が宿る場所を指す「陰宮」という言葉もある。
一六世紀インドの性の教典にも女性の前立腺と液体の噴出のことが書かれている。『アナンガ・ランガ』は女性の生殖器をある程度詳しく描写しているが、ヴァギナのとくに性感の強い部分を指して「サスパンダ・ナディ」と呼び、興奮すると大量の「愛液」を出す場所としている。女性の射精の描写は七世紀のカーマ・スートラ注釈書にもある。タントラ教の教典にも、女性の生殖器から分泌する液体として、ヴァギナの潤滑液と、子宮頸粘液についで三番目に挙げられている。
ヴァギナから出る液体には、西洋世界も長いあいだ魅せられてきた。アリストテレス(紀元前四世紀)以来の医学文献には、女性が大量の精液を出すことについて書かれている。アリストテレスの時代には、肉体的な証拠から、女性も男性も性的興奮状態で生殖器から液体を出すことが知られていた。問題は、それをどう解釈するかである。そこで出た答えは、精液であれ、汗であれ、乳や血液であれ、体から出る液体は体内のバランスをとるために出てくるのだというものだった。だから、たくさんの液体が流れでる性交は、体の調和と平衡を達成するのに非常にいい方法なのである。
一九世紀になるまでこのように信じられていたので、女性の精液と、それを上手に解放する方法について書かれた医学文献がたくさんある。精液を体内にとどめることによって引き起こされる病気は、子宮の窒息、ヒステリー、 萎黄病などと呼ばれ、代表的な治療法は、産婆が香油でヴァギナの内部をマッサージすることや、ペニス型の物体をヴァギナに挿入することのほかに、性交が処方されることもあった。
精液滞留で苦しむのは、若くして夫を亡くした人や、結婚可能年齢の処女が多いという記録がある。「ディルドゥルを求める乙女の嘆き」という伝承歌謡は、一六歳の処女が、「ディルドゥル、ディルドゥル、ディルドゥルドゥル」のためならなんでもすると歌っている。一七世紀末には「萎黄病の薬」という歌があった。
女性に快感を与える医療は深刻な倫理上の問題を引き起こした。若い、未婚の女性に精液を排出させるときには、性的快楽やオーガズムを伴うのだから、医師がそうするのは倫理的に正しいのだろうかという問題である。一七世紀の考え方では、滞留した精液は狂犬やヘビやサソリの毒と同じくらい強い毒に変わるわけだから、医師は単に職業上の責務を果たしているにすぎないのだろうか? 一六〇〇年代はじめの医学界では、女性の精液を排出させる治療をほどこすべきかどうかをめぐって活発な議論が交わされた。一六二七年、フランス人医師フランソワ・ランシャンは、「ヒステリー発作を起こした女性の陰部をさすることは許されるかどうか」という論争は「非常に深刻で重要な問題」だと書いた。しかし、「それは有効性が立証された治療法」で、「有益な方法を使わないように勧めるのは人道に反する」と書きながらも、ランシャンは道徳の側に立つことにした。「それでも我々は、神学者の教えに従い、忌まわしい、憎むべきものともなりかねないこうした摩擦を控えることにする。とりわけ、処女に対しては行なわない。処女性を損なう恐れがあるからである」
女性が射精することを指摘しているのは、医学的・歴史的・性的な著作だけではない。女性の性的興奮において尿道と前立腺が果たしている役割に気づいていた文化は多い。ウガンダに住むバトロの女性たちは、村の年上の女性から射精のしかたを教わっていた。この習慣はカチャパチ(壁にふきかける行為)と言われる。アメリカ西部のモハーヴェ族は女性が射精すると信じているし、南太平洋トロブリアンド諸島とチューク諸島の人々もそう信じている。チューク諸島の性習慣を調査した研究では、「何人もの情報提供者が性交を男女の競争として語っている。男は女がオーガズムに達するまで自分のオーガズムをこらえなくてはならない。女性のオーガズムはふつう排尿によってわかるが、ただしそれがなくても、女性はオーガズムの適切な徴候を示す」としている。
すべての女性に射精が見られないのは、骨盤筋肉の強さも理由になっている。筋肉の強い女性は、性的興奮状態とオーガズムのときに筋肉が力強く収縮し、その力によって前立腺から液体が飛びだすと思われる。このことは研究によって裏づけられている。射精する女性のPC筋はしない女性よりも強力(ほぼ二倍)だということがわかった。男性の骨盤筋肉の強さも影響を与えているかもしれない。理論では、男性の骨盤筋肉が強ければ、勃起したペニスの角度は胃のほうに近づく。その角度は、女性のヴァギナ前壁を刺激するのに効果的なのである。
人間やボノボがさまざまな体位で性交することができるのは、ヴァギナの角度に変化があるせいだ。女が上、男が上、後背位、ほかにもたくさんの体位がある。おもしろいことに、ボノボは対面位を好むようだ。メスのボノボが相手を操って好みの体位をとらせるところが観察されているし、驚くべきことに、ボノボは望む体位を伝えるための身振り言語を持っているのである。だが、体の大きなゾウが体位を変えるのはそれほど簡単ではない。メスのゾウの会陰は五〇センチほどの長さがあり、それによって難しい挿入角度を強いられるために、ゾウにとってセックスは複雑で危険の多い行為となっている。水のなかでセックスすることが多いのはそのせいだろう。
前壁の刺激不足は女性が射精できない一因だと考えられるが、対面位では、体位による刺激不足よりも、刺激時間の短さが元凶となっている可能性が高い。性交のMRIを見ると、予測に反して、前壁がとくに刺激されていることがわかった。対面式のセックスでは、言ってみれば円を描くような刺激がある。男女両方が(両方であることが重要)腰を前後に動かすと、その運動は生殖器を通して圧力や触感として感じとられる。男性はヴァギナのつかむような動きや前後の動きを海綿体組織を通して感じとり、深い圧力の感覚は前立腺に伝わる。女性のほうは、ペニスが子宮頸や前壁を押しつけるときに触覚と圧力の刺激を受け、その圧力は前立腺、海綿体、尿道を通ってクリトリスまで伝わり、クリトリスはそうした内側からの刺激と同時に、男性の体によって頂部がこすられることによって、外側からの刺激も受ける。MRIによる研究では、刺激が増えるにつれてヴァギナの前壁が膨らみ、ヴァギナ内部に突きだしていく様子がよくわかる。
最後に、女性の射精に関する新しい革新的な理論をご紹介しよう。その理論によると、ぜんぶとは言わないまでも、ほとんどの女性は射精するが、その液体の一部またはぜんぶが、外に出ずに膀胱に戻ってしまうことが多いのだという。言い換えれば、射精されるのだが、向きが逆なのだ。男性にはこの逆向きの射精がよくある。これは骨盤筋肉の弱さに直接結びついている。筋肉が弛緩していると、膀胱の…
しかし、鼻で推し量られるのは男性だけではない。女性にも同じことがあり、さらに、鼻と生殖器の関連付けは西洋に限られたことではない。中国の観相術では、男女の鼻は、その持ち主の活力や精力の強さと、性的能力の高さを測るのに利用できると記述されている。鼻は「生命の中心」なのだという。また、女性の鼻の状態は、性的興奮の程度を示しているともいう。中国古代の性の教典『玉房秘訣』では、女性の欲望の兆候は五つあって、その第二のものは「固い胸と鼻の汗」だとされている。さらに、鼻と口を広げているのは「女がペニスを入れてほしいと思っていることを意味する」と付け加えられている。
また、古い中国の経絡術でも、生殖器は鼻と上唇に対応すると教えている。キスしたり匂いをかいだりするのが心地よく、セックスの前戯になるのはそのためだ。この結びつきをさらによく説明するのがタントラ教の教典である。その教えによると、女性の上唇は微妙な神経によってクリトリスと結びついているので、最も敏感な性感帯の一つだという。「賢い貝のような神経」と名づけられたこの神経は、貝殻のような形をしていてクリトリスにしっかり結びつき、オーガズムのエネルギーを伝える。だから、女性の上唇を吸ったりキスしたりするだけで女性がオーガズムに達することもよくあるのだという。
西洋の考え方は、女性の性行動の証拠が鼻に現われるというものだ。中国の教典では、女性が興奮しているかどうかを確かめるために鼻を見るが、西洋の男性は女性が処女かどうかを確かめるために鼻の状態をうかがう。一三世紀に観相術について著したミカエル・スコトゥスは、女性の鼻の軟骨を触ることで、道徳的に堕落したと疑われている女性の性的な状態を言い当てることができると主張したのである。…
鼻と生殖器が結びついているという考えは、子宮内の胚の発達に関する昔の理論にも表われている。その理論によれば、太陽系の惑星が人の形態の発達を支配していて、それぞれの惑星が胚の発達にどんな役割を持つかが割り当てられている。火星は妊娠三カ月目を支配していて、頭の発達に影響を与え、太陽は四カ月目で心臓の形成に影響を与える。昔から性の快楽を伝えるものとされてきた金星(ヴィーナス)は、当然ながら、五カ月目に発達している胎児に性欲を与えると考えられている。中世後期に著された『女性の秘密』には、「五カ月目には金星が外に出ている部分を形作ったり仕上げたりする。その部分とは、耳、鼻、口、男性では…
メヒナクの人たちはセックスそのものを食べることと同じようにみなしていて、それが言語にも反映され、その結果、食べるという動詞はセックスするという意味にもなっている。だから、男女どちらかの生殖器はもう片方の食べ物でもある。メヒナクの神話と儀式にも、ペニスと鼻の対応をうかがわ���るものがある。ほかの文化にも、こうした結びつきを示す儀式がある。たとえば、セックスできるほどに勃起できなくなった男性、つまり性的能力を失った男性をからかう古いやり方は、女性がその男性の鼻に穴をあけ、コヤス貝(ヴァギナと女性の性能力のシンボル)を取りつけるのである。
鼻と生殖器はどうしてこれほどまでに結びつけられるのだろう。鼻を見ればほんとうにヴァギナのことがわかるのだろうか。鼻と生殖器が結びついているという考えは、医学の歴史に起源がある。ヒポクラテスの教えによると、鼻は体のほかの部分に起きている病気の診断に利用でき、とくに、生殖器の病気がわかるという。なかでも、鼻孔は健康の指標となる。男性の鼻孔が湿っていると、精液がたっぷりとある健康な状態だとわかる。性交が過ぎると鼻汁が干上がると言われる。しかし、ケルスス(三〇年頃)は男性に、風邪気味だったり鼻水が出たりしたら即座に温かくして女性を慎むようにと助言している。性的な行為は鼻を刺激して炎症を起こすからだという。
月経の状態も「道」理論によって読みとることができる。たとえば、喉の痛みは月経期間の始まりを示す。鼻血も思春期や月経の開始と結びつけられたり、出産と結びつけられたりする。また、ヴァギナと鼻が直接結びついているので、鼻血は月経の回数が少なかったり出血が少なかったりする女性の経血が鼻から出てきたものだとみなされる。『ヒポクラテスの金言集( Hippocratic Aphorisms)』によれば、「月経に困難があれば、鼻から血が出るのはいいことである」。
ダーウィンは鼻と生殖器の外見が類似していることに注目したが、そのあとに続いて、鼻と生殖器の内部構造も驚くほど似ていることがわかった。一八八四年、アメリカ人外科医のジョン・N・マッケンジーは、呼吸器と鼻の粘膜はクリトリスやペニスの海綿体と同じ、勃起性の組織からできていると指摘した。そして、生殖器にある海綿体と同じように、この組織も性的刺激に反応して充血する。
性的刺激を受けたり、性交したり、オーガズムに至ったりしたあとに鼻が詰まった感じがするのは、鼻の粘膜が勃起するせいなのだ。セックスが鼻に影響するというのは、鼻を使って生計を立てている人たちにはもちろん気づかれていた。聴香師、ワインの検査人、紅茶のブレンダーなどは、「ハネムーン鼻炎」という状態をよく知っている。性行為後に鼻が過敏になった状態のことである。わたしにとっても頷ける話だった。オーガズムのあとで鼻が極端に敏感になった経験があるからだ。それは、鼻が感覚に圧倒されて文字通りに震え、自分を取り巻くセックスの匂いが強烈に感じられるような経験である。もう一度匂いを吸いこめば永遠のオーガズムに溶けてしまいそうな気がした。残念なことにそうはならなかったけれど、その記憶は強烈に甘く残っている。
鼻への血流が増え、その結果鼻の粘膜が充血し、温度も上がる。性交のまえと直後の鼻の粘膜を調べる実験では、一・五度の体温上昇が認められた。クリトリスやペニスの勃起が鼻に及ぼす影響と、低い気温の影響とは同じだ。鼻の勃起性組織の血管が急速に拡張すると、とつぜんの発作的なくしゃみを引き起こし、それには性的な欲望、生殖器の勃起、性交、オーガズ���が伴うことがある。スタルパール・ド・ヴィエルが一八七五年に書いた『医学上の珍しい所見(…
ジョン・マッケンジーは一八八四年に「血気の多い男性で、妻を愛撫するたびに三度か四度くしゃみをする人」のことを書いているし、また別の研究者は、一九一三年に「美しい女性を見るとよくくしゃみをする」男性について記述している。ある友人は、性的なことを考えるだけで同じような現象が起きると白状した。いま友人たちは彼がくしゃみをするたびにひやかすように笑うようになった。くしゃみだけではなく、ぜいぜいいうのも性的な状況と結びついている。あるヴィクトリア時代の女性が患っていた「鼻づまりによる」喘息のような呼吸は、夫と…
しかし、こうした周期的な鼻の変化に科学的な説明がつけられたのはやっと一九三〇年代に入ってからだった。アカゲザルの鼻と生殖器の皮膚が鍵になった。カナダの耳鼻咽喉科学者ヘクター・モーティマーは、アカゲザルの生殖器の皮膚が膨れて赤くなるのと同時に、鼻の粘膜も赤くなることに気がついた。アカゲザルとほかのいくつかの霊長類では、排卵の直前にエストロゲン・ホルモンの血中濃度が最高になるのに合わせて、生殖器近辺の充血が最高潮に達する。血中のエストロゲン濃度は生殖器と鼻の両方に影響を与えていることがわかった。鼻と生殖器に結びつきがあると考えた昔の人たちは正しかったのである。ヒポクラテスが言った不思議な「道」の正体は、おそらくホルモンのことだったのだろう。
一〇〇年以上前、ドイツの生物学者で哲学者のエルンスト・ヘッケルは、メスとオスの生殖体が結合するときの最大の引力は嗅覚であると考えた。彼の理論は、性腺細胞には原始的な意識があり、匂いによって互いに引き寄せられるというものだった。ある生物が異なる性のある個体にひきつけられるのは、性腺の刺激への意識的な反応だとヘッケルは考えたのである。ヘッケルの興味深い推測にもとづいて考えると、放出された生殖体は相手に出会うために自ら動いているということになる。水生菌類一種Allomyces macrogynusの生殖体は化学物質を放射して、お互いにそれを頼りに相手のところに導かれていく。メスの生殖体はシレニンと呼ばれる化合物を分泌し、そのシレニンは精子誘引物質として働き、近くにある精子の細胞質にカルシウム・イオンを浴びせかける。それが精子の泳動パターンを変化させ、その化学物質の源、つまりメスの生殖体に向かわせる。オスの生殖体もやはり誘引物質を作りだしている。パリシンと呼ばれる物質で、卵子はその存在を嗅ぎつけ、近寄っていく。原始的な生命形態において、ホルモン(生体内に出されるメッセンジャー分子)やフェロモン(生物の周囲に放射される伝達化学物質)といった特殊な伝達システムは、こうした単純な化学物質検知システムだったと考えられている。
女性の生殖器と香りの結びつきは、ヴァギナを呼ぶ言葉によって裏づけられている。「麝香の枕」、「花開く芍薬」は中国語でヴァギナを呼ぶときの言い方で、一八世紀イギリスでは、蜜の壺、薔薇、苔薔薇のような言葉が使われていた。蜜とヴァギナは結びつきが強い。甘い蜜の匂いがするヴァギナについて語っているのは『アナンガ・ランガ』だけではない。月経周期の特定の日には、あらゆる女性のヴァギナは蜜の味がすると言う人もいる。結婚の儀式に蜜が使われることが多いのは偶然ではない。たとえばヒンドゥ社会では、結婚の宴で花嫁のヴァギナに蜜を塗る習慣があるし、新婚夫婦は 蜜月 を楽しむことになっている。蜜は催淫剤と考えられているし、もちろん、愛する人をハニーと呼ぶ。
三番目に好きな香りをあげろと言われたら、ヴァニラの香りということになるだろう。香りの種類で言えば、ヴァニラは芳香あるいは麝香に似た香りである(香りの七種類はのちほど詳述する)。驚くことではないだろうが、ヴァギナを描写するのに使われる香りは、通常この種類に分類されている。実際、芳香というのは、女性の生殖器の香りだと言ってもいいほどだ。麝香、百合、竜涎香、ヴァニラ、すべて濃厚で豊かで官能的な香りである。さらに詳しく言えば、芳香(ambrosial scent) の語源は、竜涎香(amber) という、マッコウクジラの腸管にできる樹脂状の物質である。ギリシャ人は、この魅力的な香りをelektronと呼んだ。こすられると火花を散らす物質のことである。ギリシャ人にとって、芳香は生命の霊薬であり、神の食物でもあった。
霊長類のオスの大半は、メスの生殖器の匂いと味に特別な関心を持っている。毎月何日間にもわたって、頻繁に匂いを嗅ぎ、なめたり触ったりする。この行動が排卵期だけに限られる霊長類もあるし、クモザルのように月経周期のすべての期間に繰り返し性器を嗅ぐ種もある。ある種の霊長類では、オスもメスもお互いに生殖器をなめたり鼻を擦りつけたりすることがよくある。マンガベイ、マカーク(アカゲザルやニホンザルなど)、ヒヒ、ゴリラ、オランウータン、チンパンジーなどでは、ヴァギナを詳しく調べるのが性の儀式の一部となっている。どうするかというと、一本ないし数本の指をヴァギナに差し入れ、引きだした指を嗅いだりなめたりするのだ。アカシカ、ヘラジカ、トナカイをはじめ、ほかの多くの哺乳類もメスの生殖器をなめることに特別な関心を持っている。昆虫のいくつかの種も同じことをする。コウモリの一種、ハイガシラオオコウモリの性生活の特徴は、メスの生殖器に深く舌を差し入れる行為である。残念なことに、オオコウモリが求めているのが匂いによる刺激なのかまったく別のものなのかははっきりしていない。
女性生殖器の分泌物が、性的成熟の度合いを示すと指摘する研究もある。アカゲザルの研究では、ヴァギナの匂いからメスの性的な状態(排卵しているかどうか)がわかり、排卵の時期にはオスの射精頻度が最高になることがわかった。サルだけではなくネズミでも、ヴァギナの分泌物がオスの交尾行動に重要な役割を果たしている。しかし、ネズミの場合にはもう一ひねりが加わっている。メスの発情の匂いに刺激されて交尾行動を起こすのは、性経験のあるオスだけなのである。未経験のオスは嗅覚の呼び声に耳を傾けないようなのだ。メスのネズミがオスを引き寄せる手段はもう一つあり、それはクリトリス腺の分泌物である。この腺は数々の誘引物質を分泌しているが、そのうちの一つはとくにオスをひきつける。驚くべきことに、生殖力のあるメスのこの匂いは、物理的刺激なしでオスを勃起させることができる。
シリアン・ゴールデン・ハムス��ーのヴァギナ分泌物は最もよく研究されている。この分泌物はオスを引き寄せ、性的に興奮させる。排卵の前夜、メスのハムスターは自分の縄張り境界にヴァギナからの分泌液でマークをつける。そして地下にある自分の巣にオスをおびき寄せる。その液体に含まれる主要な誘引分子として二硫化ジメチルがある。ブロッコリーに似た匂いがする化学物質で、自然には非常によく見られる。仔ネズミを母親の乳首に引き寄せる物質であり、人間の歯周病で悪臭を起こす主成分でもある。だが、ハムスターのヴァギナ粘液にはそれ以上のものがある。ゴールデン・ハムスターの求愛・交尾行動の最終段階は、アフロディジンというプロテインによって引き起こされる。このプロテインは、交尾のまえにメスの生殖器をなめたときに摂取したものである。オスがメスにマウントし、骨盤を動かす行為を導きだすのは、このアフロディジンとの物理的接触なのだ。
女性のヴァギナの匂いが男性によってどう受け止められるかについての調査からは、いくつかの相反する結果がもたらされた。とくに興味深いのは排卵前後の匂いである。ある研究では霊長類のヴァギナにある脂肪酸を合成して、月経周期のさまざまな段階にあるヴァギナ粘液を模倣した性誘引物質を作りだした。ほとんどの男性はその匂いを嗅いで不快を感じた。驚くような結果だ。とはいえ、匂いとセックスに関しては、化学的背景も含めて、背景が肝心なのである。男性たちは合成の性誘引物質から顔を背けたように見えたが、女性の写真(あらかじめ中程度の魅力とされた写真)を見ながらその物質の匂いを嗅ぐように言われると、とつぜんその女性が魅力的だと言いはじめた。 性誘引物質の匂いを嗅ぐと、性的な判断が狂ってしまうらしい。さらに、排卵期の液体を模した匂いを嗅がせると、男性のテストステロン濃度が急激に上昇した。女性が発散する化学的なサインは、睾丸の機能を支配する役割を持っている可能性がある。ほかの研究でも、男性は女性が排卵していることを意識していなくても、肉体はそれを知っていて、テストステロン濃度が上昇することがわかった。
女性生殖器の匂いがオスに効果を及ぼすのは確かだが、その効果はそれだけにとどまらない。女性の受胎能力の状態についての情報は、異性だけではなく同性の仲間にも重要な利害関係がある。哺乳類の多くの種では、メスがほかのメスから嗅覚的な合図を受けとり、生殖のために肉体的・社会的な支援を与える。いい季節に、友人たちに囲まれて出産し子どもを育てるほうが、寒く危険な場所で一人で子育てするよりずっと種の生存を確実にするからだろう。出産の協力に向かう第一歩は、メスの排卵周期に同調することである。つまり、メスの匂いは、グループ内のほかのメスの排卵・月経周期を同調させているのだ(旧世界のサルや類人猿では月経が起き、新世界の霊長類でも、いくらか出血がある)。
この排卵同期現象と、生殖器からの分泌物が効果を及ぼしていることにはたくさんの証拠がある。たとえば、カニクイザル、チンパンジー、ヒヒといった旧世界の霊長類では、ヴァギナ分泌物を媒介として月経周期が同調していることがわかっている。ホルシュタイン種のウシでは、尿と子宮頸粘液が混ざったものが月経周期を変動させ��効果を及ぼすと見られている。これまでのところ、最も詳しい研究は、齧歯類とくにネズミとゴールデン・ハムスターにおいて発情周期を決定する尿の役割に集中している。そうした研究によってわかったのは、匂いを通して排卵の周期をほかのメスに伝えるのはいつかということと、尿の匂いは、発情周期のどの時点にいるかに応じて、周期を遅らせたり進ませたりする効果を持ち、できるだけ早く周期を同調させるようなシステムになっているということだった。メスのネズミに排卵前の尿の匂いを嗅がせると周期が短くなり、排卵時の尿では周期が延びる、完全に同調するまでにかかる期間は、平均して三周期(ネズミの発情周期は四~六日間)だった。
驚くべきことに、最適だとされる二九・五日は月の周期に一致する。新月から満月になってまた戻る周期である。さらにおもしろいのは、男性といっしょにいる女性は、満月に合わせて出血し、新月のときに排卵する傾向がある。反対に、男性といっしょに暮らしていない女性や、女性のなかで支配的な立場にいる女性は新月のときに出血し、もし排卵するとしたら、満月のときに排卵する傾向がある。なぜ月の周期と女性の生殖周期が正確に一致するのかについて、科学ではまだ説明がついていない。しかし、生殖周期が月の相と結びついている動物種が多いことから、なんらかの生物学的関連がありそうだ。また、女性の子宮内膜の着床しやすさは変動することがわかったが、それが新月のときに最も着床しやすくなるかどうかはこれからの研究課題である。おもしろいことに、園芸に関する言い伝えでは、新月のときに種をまくとよいとされている。
男性が女性の卵巣に影響を与える最後の方法では、勃起したペニスが利用される。性交の肉体的刺激が排卵を起こさせるという事実である。多くの種では、この考えは目新しいものではない。昆虫やダニ、また、ネコ、ウサギ、フェレット、ミンクなどの哺乳類では、排卵は反射的である。言い方を変えれば、性交によって排卵が引き起こされる。こうした種のメスは、充分な性的刺激を受けなければ排卵しない。非生産的な発情周期に代謝エネルギーを無駄遣いせず、成長と生存にエネルギーを集中する賢い仕組みである。一方、いわゆる自然排卵を行なう種は、ホルモン濃度の変動に応じて卵子を放出する。人間、アカゲザル、ヒツジ、ブタ、ウシ、齧歯類などが自然排卵を行なう種である。
もしもオスが性的テクニックによってメスの卵巣を収縮させることができるとしたら、このことに、LH濃度の上昇が加わって排卵が起きるかもしれない。多数の種を対象にした研究では、排卵を誘発するには交尾のスタイル、長さ、頻度が重要だということが明らかになった。プレーリーハタネズミは、オスのスラスト運動の回数が非常に多ければ排卵する可能性が高くなる。オスによる刺激の程度は、メスが排出する卵子の数にも影響を与える。メスのネズミでは、スラストの回数が多ければ多いほど排出する卵子の数も多い。
性的興奮を阻害する最大の要素は不愉快な体臭だという研究もある。さらに、男性にとっても女性にとっても、ある人がどんな匂いがするかは、関係が始まるかどうかだけではなく、その関係が続くかどうかの鍵にもなっている。相手の匂いが好きになれないと、親密な関係を維持することは不可能なようだ。誰かを好きになるにはその人の匂いが好きでなくてはならないという考えは、いろいろな言葉で表現されていて、たとえばドイツ語では、誰かを好きではないという意味を表わすのに「彼の匂いを嗅ぐことができない(匂いに我慢できない)」という言い方をする。
女性が補完的な遺伝子の相手を息の匂いから選べるというのは確かなのだが、これについて嗅覚に頼ることのできないグループがあることがわかった。ホルモン剤の避妊薬を飲んでいるグループである。ピルは、男女間の性選択にかかわる化学物質に干渉して、自然が数百万年にわたって作り上げてきた仕組みを破壊する。その結果ピルを飲んでいる女性たちは、生殖力を強化するような異なったMHCの持ち主ではなく、自分に似たMHCの持ち主に夢中になる。ピルが媒介したカップルに不妊や流産が多いかどうか、また、そうしたカップルの子どもに健康上の問題が多いかどうかはまだわからない。さらなる研究が待たれる。しかし、補完的なMHCを持つ相手の重要性が認められていることを考えれば、ホルモンの入った避妊薬の嗅覚への影響は問題である。
一般的な香水の成分から好きな香りを選ぶように言われると、類似したMHCを持つ女性と男性は似たような香りを選ぶ。香水は、意識していたら隠すようなことを無意識に明かしてしまうらしい。旧約聖書の愛の詩「ソロモンの雅歌」には、「なんぢの名はそゝがれたる 香膏 のごとし」(「雅歌」第一章三節)とある。このような研究結果を見ると、わたしと二人の妹が大人になって同じ香水を選んでいた理由がよくわかる。わたしたちはよく似た遺伝子を広告していたのだ。一七歳の頃にヴァニラの匂いが好きだったわけも、わたしの姪が同じ年頃のわたしと同じ匂いが好きなわけも、それではっきりする。
これまでに得られた証拠では、人間の鼻は補完的な遺伝子を持つ相手を見つけだし、生殖の成功と種の保存を確実にするために計り知れない価値を持つ器官だということが示されている。女性が(自分にとっての)「正しい相手」を嗅ぎ当てる能力の重要性を考えれば、なぜ女性が男性よりも敏感な嗅覚を持っているかが理解できるだろう。この能力は年齢に関係がない。「自分の鼻に従え」という古い格言には根拠があるのだ。しかし、子どもの父親となる相手を探すのに、活躍するのは嗅覚だけではない。鼻は、生殖器と協力して「正しい精子」を取りだし、選択する。女性の鼻がその人物を嗅ぎだし、ヴァギナがその適性を試験する。鼻と生殖器は生殖が成功する可能性を最大にするために協力している。だから、鼻と生殖器の関係が人間の意識に深く刻みつけられているのは当然のことなのである。
しかし残念なことに、受胎するには同時オーガズムが必要だという考えは生き延びなかった。アリストテレスの説は完全に消えたわけではなく、女性のオーガズムが受胎の徴候とは言えないのではないかという疑いは医学界に流布していたのである。一二世紀に、アラブの哲学者であり『医学百科事典』の著者であるアベロエスが、風呂の湯に入っていた精液によって妊娠した女性のケースを報告した。一七七〇年代にラザロ・スパランツァーニがウォータ��・スパニエル犬への人工授精に成功したとき、この理論は終わりを告げた。少なくともイヌやほかの動物は受胎するのにオーガズムを必要としない、と科学者たちは結論を出した。ある医師は「注射器が気持ちいいはずがない」と簡潔に評した。では、女性の場合はどうなのだろう? 女性のオーガズムと受胎を結びつける考えが民衆の意識からすっかり姿を消すにはもう少しかかったが、一九世紀のはじめには、医学界の見解は統一されていた。女性のオーガズムは生殖に必要ではない。なんと残念な。
進取の気性に富んだ人々は、オーガズムと受胎の関係についての真実を自分で見つけだした。たとえば、メイベル・ルーミス・トッドがそうである。一九世紀のアメリカ人女性であるトッドは、のちに詩人エミリー・ディキンスンの弟の愛人になるが、自分の性生活、月経周期、オーガズム(マスターベーションも含めてすべてのオーガズム)などについて明確に書きとめた日記をつけていた。一八七九年五月一五日、「不調[生理]からやっと一週間が過ぎたところ」で彼女はオーガズムについての自分の信念をテストすることにした。「わたしの感覚の最高潮の瞬間にしか受胎できないはずだ。その瞬間が過ぎると子宮が閉ざされて、液体が受胎の場所に届かないと思う」
彼女は夫とセックスしてわざと夫より先にクライマックスに達し、この考えをテストしてみた。「情熱を抑え切れなかったからではなく、わたしの考えが真実だと強い確信があったから、わたしの絶頂から少なくとも六拍か八拍置いて、貴重な液体を受けた。そして完全に熱が冷め、満足してから立ち上がって、その液体を…
一八世紀と一九世紀にオーガズムと妊娠の絆が断ち切られはしたが、二精液理論のある要素が医療のなかに残され、二〇世紀に入ると医療の大きな分野へと発達を遂げた。その要素とは、オーガズムは女性の健康を維持するのに必要だという考えである。ヒポクラテスが気づいていたように、オーガズムは男女が溜めていた精液を外に出すのには欠かせないものだった。もしこの精液が規則的に排出されないでいると、精液の蓄積とその結果もたらされる体液の不均衡によって病気になりかねない。たとえば、中世の写本『トロトゥーラ』には、「もし、女性が過度の性欲を持ちながら性交できないとき、欲望を満足させられないときには、重大な病気になる」とある。ところがのちに見るように、この考え方が、女性と女性のものとされる病気をどう治療するかというときの大きな根拠になるのである。
ガレノスの時代(一二九~二〇〇年頃)以降、医学書には特定されない「女性の病気」に対する標準的な治療として、どのようにオーガズムを操作すればいいかが詳しく記録されている。なぜかというと、「子宮栓塞」、「母胎栓塞」、ヒステリーなどさまざまな名前で呼ばれていた病気は、過剰な精液で子宮が詰まり、解放を求めて体内を動いているのが原因だと考えられていたからである。それを解放するための方法のなかに、オーガズムをもたらすことも入っていた。ただし、どのようにオーガズムをもたらすかの処方は定まっていなかった。いわゆるヒステリー性の女性にオーガズムを引き起こすために医学が採用してきた方法のなかには、もし夫がいるなら「夫と激しく性交すること」。もし独身だったり、夫を亡くしていたり、修道院に入っていたりするなら、乗馬、ブランコや椅子やハンモックで骨盤を前後に動かすこと、ヴァギナのマッサージなどが勧められた。このマッサージは医師か産婆によって行なわれた。
この治療は何世紀にもわたって行なわれ、男性の医師や産婆は患者のためにヴァギナや女陰をマッサージしてオーガズムを引き起こす技術を磨いた。ガレノスは、女性が性交のときのような「痛みと同時に快楽」を感じ、濃い精液を排出するまで生殖器をこするようにとアドバイスしている。ほかにもさまざまな方法が提案されてきた。ジョヴァンニ・マテオ・フェラーリ・ダ・グラディ(一四七二年没)お勧めの方法は、女性の乳房をこすり、また、大きな吸角器で乳房を覆い( 真空吸引)、そのあと「産婆は指に甘い匂いの油をつけて女陰の内部で円を描くように動かす」。ダ・グラディ…
ここで言う「別のもの」とは最新の医学器具のことだった。バイブレーターである。レイチェル・メインズの『オーガズムの技術:「ヒステリー」、バイブレーター、女性の性的満足( The Technology of Orgasm : Hysteria, the Vibrator, and Women's Sexual Satisfaction)』という本で美しく紹介されたバイブレーション・セラピーは疲れた医師たちの祈りに応えるものだった。蒸気、水力、足踏み、そして、一八八三年からはイギリス人医師で発明家のジョゼフ・モーティマー・グランヴィルのおかげで電力式になったバイブレーターが、医師と患者が求めていた救済を与えたのである(図7-2参照)。今や女性のオーガズムはスイッチ一つで手に入ることになった。その商売は急激に発展したようだ。一八七三年、アメリカの「医療の四分の三以上が女性特有の病気に専念し」、「医師が女性に感謝しなくてはならない」収入の総計は一億五〇〇〇万ドルに達したと見られている。一九世紀の末にはオーガズムのためのマッサージが医療の主要な部分を占め、週に一度ずつ「治療に」通うように勧める医師もいたのだから、その金額も不思議ではない。儲かる商売だったのだ。
皮肉なことに、西洋の医師と男性の多くが、女性は激しい感情のない生き物で、性欲にそれほど煩わされることはないという見方を主張し、広めていた一方で、オーガズム産業は隆盛を極めていた。健康上の理由で女性にオーガズムを与える医師もいれば、性的な感情を持つ女性は狂っていて、危険で、異常だと主張する医師もいた。一八八六年、リヒャルト・フォン・クラフト=エビングが『変態性慾ノ心理』(柳下毅一郎訳、原書房、二〇〇二年)で、「しかし女性は、肉体的・精神的に正常で適切な教育を受けていれば、ほとんど肉体的な欲望を持たない」と言ったのは有名である。彼はさらに、「もしそうでなければ、結婚や家族はうつろな言葉となるだろう」と続けた。女性が自分たちのセクシュアリティを解放すれば社会はどうなるだろうかという恐怖を表わしているように思える。
治療のなかで女性を操作してオーガズムに至らせる男性医師がいる一方で、女性が自分で(手あるいは道具を用いて)オーガズムに至ることを問題として論文を書く男性医師もいた。一八九二年の『神経・精神病ジャーナル』に載った「婚姻関係嫌悪における神経精神学的���素」は、なぜ女性が夫とのセックスを拒否するかについての論文である。それは、「機械的でよこしまな刺激[バイブレーターとマスターベーション]が正当なセックスよりも大きな満足を与えるという事実」に共通の原因があるように思われると示唆していた。
女性に勝ち目はないように見える。性的快感がないから男性より劣っているか、さもなければ快感を感じ、それを見せるから異常だということになるからだ。多くの医師が混乱を感じたようだ。一九世紀後半の産婦人科医、オットー・アドラーは、女性の四〇パーセントは性的知覚麻痺に陥っていると書いた。しかし、「性的知覚麻痺」に分類された人のなかには、マスターベーションでオーガズムを得られる女性も入っていた。強い性欲を持っている女性(ただし、それを満足させることができない)や、医師の診察を受けたときにはオーガズムを得られた女性も含まれていたのである。アドラーの分類の仕方はまったく変わっていて、しっかりした根拠
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