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「思い通りにゆかないもの、それが人生だ」
2011/08/17 20:42
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る
サッカーに興味はないけれど名前だけは知っていたストイコビッチが、旧ユーゴ出身のセルビア人だったとは知らなかった。というわけで著者木村元彦のユーゴサッカー三部作の第一作目を読んだのだけれど、これがとても面白い。
彼の所属していたユーゴ代表チームは、ユーゴ解体によって連邦のなかの国が独立していくのとともにチームメンバーが減っていき、制裁によってストイコビッチは全盛期を祖国のチームでプレイすることができなかった。さらには移籍したフランスのチームで八百長騒動に巻き込まれ、失意の底にあった彼は、気分転換とばかりにやってきた日本で、最初はなじめず不調だったのがだんだんと調子を上げるのとともに、有名な納豆好きのエピソードから知られるような熱烈な親日家となっていく。その後も監督として日本サッカーに貢献していることは周知のことだろう。
世界レベルのプレイヤーでもあったストイコビッチがなぜ開幕間もない僻地の新進リーグに所属し、今や監督にまでなっているのかという門外漢の疑問に答えてくれる以上に、彼の半生を辿ることで、個人の目線からユーゴ解体の歴史を見ることができる。
ある人物はこう語る。
「異なる文化が対立を起こしたんじゃない。むしろ、対立を煽るためにさまざまな違いが利用されたんだ。民族、宗教、言語……。そしてフットボールも」
民族対立と国際政治のなかで翻弄されるストイコビッチたちユーゴ代表だけれども、感動的なエピソードもある。ユーロ92本大会のために訪れたストックホルム空港についた時、ヨーロッパフットボール連盟からユーゴ代表が出場権を剥奪されたことを知らされ、即刻帰還の命令を受けたというものだ。加えて今後一切国際大会への出場を認められないという処分だった。しかも、空港では彼らの帰還のための飛行機が、給油の順番を遅らせられ、ユーゴ代表は帰還さえも許されないのかとストイコビッチは嘆いたという。パイロットは管制塔と喧嘩の末に給油を勝ち取り、彼らを本国へと送り届けた。失意の底にあったユーゴ代表だけれども、彼らを本国で出迎えたのは三千人以上の市民からの激励だった。
もちろん、ユーゴ代表はストイコビッチだけではないし、日本でのストイコビッチのまわりにも数々のプレーヤーがいる。チームメイト、飛行機のパイロット、日本での監督などなど、サッカーがチーム戦ならば、当然彼らと、そして妻ら家族とのかかわりもまた、重要なものだ。
運命といったら過酷だけれども、国の解体、国際社会からの偏見と攻撃、Jリーグを蔑視する監督からの差別的扱い、審判からもまた差別的待遇を受けるなどなど、自分ではどうにもならない不合理の嵐と戦い続けるほかなく、じっさいに戦い続けてきたストイコビッチの不撓不屈の精神がとても印象に残る。
ユーゴ解体、そしてストイコビッチのサッカー人生がさまざまな視点から描き出されていて、圧倒される。サッカーというスポーツを通して、悲劇的な状況のなかで闘う個々のドラマがある。そうした個人から見たユーゴ現代史の一幕が語られ、ストイコビッチ個人について、ユーゴ代表チームについて、さらにユーゴスラヴィアという今はない国についても、非常に興味深い内容になっている。
湾岸戦争時のイラクにさえ行使されなかったスポーツ制裁、そして経済制裁は、小国ながら世界のトップにあったストイコビッチたち球技選手らや庶民やには大きなダメージを与えたけれども、指導者層はそのまま居座ることになった。そういう現地の人々の憤りも取材されていて、つねに地に足のついた個々の人々の声を掬い取るルポルタージュの面目躍如ともいえる。
ユーゴスラヴィアについて、サッカーについて、どちらかに興味があればより面白い本だと思うけれど、両者ともに興味がなくても、ストイコビッチという人物の魅力で一気に読める本なので、誰にでも勧められるきわめて魅力的なノンフィクションとなっている。
何年か前、『オシムの言葉』という本がやたらと話題になっていたのを覚えているけれど、それは著者木村氏による本書に始まるユーゴサッカー三部作の三冊目になる。
ピクシー〔妖精)はテロにも負けない
2000/09/30 19:48
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ロブコップ - この投稿者のレビュー一覧を見る
2000年J-リーグの東西対抗戦を見た。まさにストイコビッチのための試合であった。この試合ではじめて、私は彼が世界でも最高のフットボールプレイヤーの一人である事を認識した。華麗なドリブル、ピンポイントの正確なパス。まさにピクシー〔妖精)の名にふさわしい彼の動きに驚嘆した。政治に振り回される事を人一倍嫌った彼が、名古屋グランパスにいるのはまさに、祖国ユーゴスラビアがクロアチア、ボスニア、セルビア等と分かれて戦火を交えたという国際政治のせいである。スポーツが政治によって蹂躙され、翻弄されるピクシー。のみならず、彼の故郷の部屋には銃弾で頭を打ち抜かれた彼の写真が残されていた。彼はテロリズムのターゲットでもあったのだ。多くの殺戮と憎しみ、ユーゴスラビアの過去の悲惨な歴史が再び繰り返された。しかしそのことがわれわれがこの日本で真近に彼のプレーを見ることができる幸福につながっていたのである。歴史のめぐり合わせの皮肉をおもわざるをえない。分断国家ドイツはすでに統一を果たした。南北朝鮮は今年はじめて歴史的和解と交流の道が開けた。1つの国という意識が両国にあったからその意識が憎しみを克服させた。しかし分割独立したユーゴスラビア諸国に憎しみを克服する時は来るのだろうか。政治に翻弄されながらも、ピクシーはユーゴスラビア代表としてフランス大会に奇跡のカムバックを果たした。ピクシー、あなたのプレーは本当に美しい!あなたの活躍が平和をもたらす、そんな時代に私は生きたいと思う。
私たち日本人にとって、この物語は他人事ではないからだ。
2001/01/23 10:43
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:横山太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
ドラガン・「ピクシー」・ストイコビッチはいくつもの顔を持つ。 世界が絶賛した不世出の天才プレーヤー。ユーゴの英雄。日本を愛するJリーグ最高のワールドクラス。そして「政治」によってキャリアを閉ざされた男。
この本は、スポーツ選手の軌跡を追ったものであるにもかかわらず、政治背景が複雑に入り組み、お世辞にも「軽い」とは言えない。しかし敢えて言いたい。「彼に興味を持つ全ての日本人に読んで欲しい」と。
なぜなら、私たち日本人にとって、この物語は他人事ではないからだ。
日本は彼にJリーグという舞台を与えた。しかし同時に、国連での(スポーツ制裁を含む)対ユーゴ制裁決議案に賛成票を投じて、彼から国際試合へ出場するチャンスを奪った。さらに政治的行動をめったにとらないピクシーが怒りの抗議をしたNATO軍のユーゴ空爆作戦に対しても、日本政府は最後まで反対の態度を示さなかった。
たしかにピクシーが何度も繰り返すとおり、「スポーツと政治は関係ない」。しかし現実は違った。その厳しい現実の中をこの天才がいかに闘い抜いたか、いかに誇り高く振る舞ったか。それを理解することが、キャリア最後の花道を迎える彼への一番のエールになるだろう。