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その後時代は急転回する。慶応3年に徳川慶喜によって大政奉還が行われると討幕派は王政復古を主張し対立。継之助は上洛して公武斡旋を試みるが時代は戊辰戦争に突入する。旧幕府軍として忠義を誓い戦うものの旧幕府軍は敗退し慶喜も江戸に逃れるに至って、藩主を帰藩させ、江戸屋敷の家財を売却し暴落した米の売買で軍資金を確保、ガトリング砲などの近代兵器を買込み長岡に帰藩する。
そして一般武装中立を主張し新政府との交渉に臨むが...。
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上司に勧められて初の歴史モノ。
歴史に名を残した英雄ではなく、歴史に埋もれていった英雄を描いたところがいい。武士。サムライ。陽明学。美意識。その時代の考え方が面白い。他の時代や他の国では生まれなかった生き方。カッコよすぎる。
歴史って文学だなぁ、と思う。
誰の視点で見るかによって語り方が変わってくる。名を残したから正しかったと言えるのか?何かを描こうとして、ある側面を犠牲にしてないか?歴史上の記録を紡ぐんだろうけど、それだって何らかの立場の人が書いたもんだろう。
学校が教える歴史、ってのはうまくできてる、のだろうか?
上中下ということで抵抗あったけど、意外と一気読みできてしまった。3冊くらいで、こんな感じの本があればまた読みたい。
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長岡では河井継之助のことを嫌いな人も多かったらしい。後世に名前が残る人というのは何かにつけて極端なんだろうな。幕末の小説を読んでると自分と同じくらいの年齢の人がすごく大人に感じる。
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幕末の越後長岡藩執政、河井継之助の生涯を描いた歴史小説。なにしろ幕末には英雄・豪傑が多いので、地元ではともかく全国的にはそれほど知名度がない河井継之助だが、なかなかユニークな人物だったようだ。そんな人物を発掘してきて、ここまで面白い読み物に仕立て上げる司馬遼太郎の眼力と筆力には感服する。
史料や史実を踏まえながらも、人物描写がとても活き活きとしていて、かなり書き込んでいる。実際の河井継之助がどういう人物だったのかは知るすべもないが、読者にはまさにここに描かれているような人物が実在していたかのような錯覚を覚えさせる。多分この辺が歴史小説の醍醐味なんだろうと思う。
実はこの作品を読むのは、数回目くらいになる。数年ごとに読みたくなる深く印象に残る作品だ。こういうのを愛読書というんだろう。読む側も年月を経るうちに様々な経験を積み、読み方も受取り方も変わってくるものだが、この作品は毎回いろんな示唆を与えてくれる。
http://fionfion.seesaa.net/article/185510123.html
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幕末時の長岡藩はじめ、他の東日本諸藩の混乱を感じることができた。見る面によって、何が正義で何が悪かは常に異なるが、歴史においては「時勢」がなにより勝るということを教えられる作品だった。
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侍、武士道。
いやー、幕末はおもしろい。
「いかに美しく生きるか」という倫理の結晶において、
人間の芸術品とまでいえる域に達する。
私にもできるか。
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ものごとの原理を知るために行動できる男こそ河井継之助という人物。この人物がどういう人生を走ってきたのか、紹介文を読んだときから、すぐに知りたい衝動に駆られ思わずこの本をとってしまった。それも、自身が仕事で何のためにするのか、という一点をまさに探していた姿と重なっていたからに他ならない。
幕末の時代に生きた継之助。他の藩士や明治時代に活躍した将軍と比較して歴史上有名かというとそんなことはない。むしろ知っている人があまりいないのではないか。なぜ、それほど有名にはならなかったのであろうか。
「日本中が京都か江戸かにわかれて戦争をしようというときに、あいつは長岡藩だけはどっちにも属せずに割拠しようと思っていたのだ。」武装独立をした上で、この信濃川沿いの7万4千石の地に継之助の考える理想国家をつくりあげようとしていた。
「きわどい夢というのは、日本中が大火事になっているときに、こんな小藩だけが自分勝手な国を作れるかどうか。そのきわどさに継之助は自分の夢をかけていたのだ。」(P.295)
そう、継之助は長岡藩をいかに強くするか、その一点だけを見つめて走り続けてきた男だったからだ。本文中では、一国の宰相になれる素質を持っていると言われた程。
私が継之助の最も尊敬しているところは、物事の本質(原理)を出発点として様々なことに思考を巡らせることと「書物に知識をもとめるのではなく、判断力を砥ぎ、行動のエネルギーをそこに求めようとしている」ところ。
どちらも、百数十年経過している現代に通じていると言える。むしろ、時間が経過しようが将来に渡り人々が大事だと痛感しなければならない要素である。
個人的には、常に外の世界から自藩の動き・考え方を見つめようとするところ、女遊びに明け暮れながらもなんだかんだ自分の奥さん(おすが)の純粋な心持ちを最も尊敬しているところも魅力的な箇所だと思っている。
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・8/20 読了.最後はそういう結果になるとは意外だった.下巻はやっぱりあっという間に終わってしまったが、どうしてこうも司馬遼太郎の本はクライマックスに向けて読み方が加速してしまうのだろう.
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2010/1/23読了 峠 (上)(中)(下) 司馬遼太郎 河合継之助 北越戦争 サムライとは 人間の芸術品
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幕末期に完成した武士という人間像は、日本人がうみだした、多少奇形であるにしてもその結晶の見事さにおいて人間の芸術品とまでいえるように思える。
あとがきでこう書いてますが、間違いなく裏ベスト。
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2回目か3回目の読了。
物語前半は痛快だが、最期は哀しい。
陽明学徒として行動規範は動くこと。江戸時代最期の武士として、美しいほど自分を律する姿勢は真似したい。
ただ、その美しさを貫いた(過ぎた?)ために長岡藩の民が犠牲になったともいえる。
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ガトリング砲が2門もあったという、
長岡藩の異常な火力。
でも、結果がどうなるのか。
藩主の亡命計画の内容にも驚いた。
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継之助、賛否両論あるだろうが、私は好きな人物である。逝去の日は、8/16で今日は8/15だ。少し驚きがあり、何か深い興味をもつ。
もっと、うまいやり方があったのではないかと思うが、携帯電話やインターネットがない時代。簡単には相手と連絡が取ることができない。継之助の思想と官軍のタイミング残念としか言いようがない。もし、負傷せずに生きてくれていたら、日本の動きも変えれたかもしれないその様に思うことが出来る人物だった。何度も読み返して、この人の思想を読み解き、自分自身を成長させる一助にしたい。
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長岡藩が富国強兵、一藩独立を唱えても業火と化した時勢は中立を貫くという立場を取ることは許されなかった。緊迫した状況下でどちらにもつかずという選択肢は難しいだろう。「いかに美しく生きるか」というサムライを河井継之助を通して描かれていたが、結果的に北越戦争により多くの犠牲を被り悲劇を招いてしまったことを考えると疑問を持たざるをえない。日本国内でこれ程の戦争があったのかと思う程に描写が凄まじい。理想を追い求める為にひたすらに行動を起こし、自分の考えをしっかり持っていて信念を貫き通す生き方に魅力を持った。
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西郷・大久保や勝海舟らのような大衆の英雄の蔭にあって、一般にはあまり知られていない幕末の英傑河井継乃助。
維新史上最も壮烈な北越戦争に散った最後の武士の生涯を描く長編小説。