紙の本
あれから30年
2015/08/22 16:48
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
1985年8月12日に起こった日航機墜落事故の時、大阪に住んでいた。事故からしばらくして、お店をしている夫婦がいて、日航機の事故で被害に遭われた家族みたいなことも聞いた記憶がある。あの夫婦はどなたが犠牲になったのだろう。今はどうされているのだろう。
30年が過ぎた。
「まわりながら急速に降下中だ/本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している」。
今年(2015年)、あの事故から30年ということで多くの新聞やTVで特集が組まれていた。被害者の一人河口博次さんの、この機中で書いた遺書も多く取り上げられていた。その都度、涙が止まらなかった。
どんなに悔しかったことだろう。どんなに怖かったことだろう。けれど、河口さんは感謝の言葉で終えた。残された家族の悲しみは計り知れないが、素晴らしい父親であったことに感謝もあっただろう。
事故当時まだ8歳だった著者が、TVの報道という仕事に携わって、その後遺族の方々と交流を結んで一冊の本にした。事故のことなど記憶にないはずだ。けれど、こうして遺族の方々の心に寄り添い、あの時のことを書き遺そうとする心映えがいい。
これからもあの事故のことを知らない人たちが増えていく。事故のことが風化していく。
それでも、著者の西村匡史氏のように、事故のことを書きとめようとする若い人が現れる。私たち読者もそのことをしっかりと受け止めないといけない。
西村氏が日航機墜落事故と寄り添うきっかけになったのは、本書の第1章で紹介されている田淵夫婦との出会いだった。
田淵夫婦はこの事故で3人のお嬢様を亡くされている。取材を拒否する田淵夫婦に西村氏は何年も寄り添っていく。取材という報道関係者が持つ意気込みはあっただろう。
しかし、西村氏は田淵夫婦のその後を取材していく中で、単に伝えることだけではない思いを知ることになる。
田淵夫妻だけではない。
墜落現場となった上野村の人々、加害者である日航社員の人たち、遺族会のメンバー、そして遺族となった多くの方々、西村氏は報道という立場ではなく、一人の人間としてこの大惨事に付き合ってきたのだ。
これからも、この事故がもたらした悲しみを風化させてはいけない。
紙の本
碌なもんじゃねえ
2020/09/05 13:57
1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:キック - この投稿者のレビュー一覧を見る
積読本消化。日航機墜落事故で犠牲となった遺族の30年にわたる苦闘や支援者の取り組み等を描いた内容。余りにも理不尽で突然の肉親の死に、電車の中で何度も涙をこらえました。一方で、こうした悲しみを30年にも亘って商売の種とするマスコミの姿勢に嫌気がさし、積読状態としていましたが、その疑念は最後まで拭えなかったです。「皆さんが事故後の30年をどのように生き抜いたのか。その姿を伝えることで、同じように家族を亡くして苦しんでいる方にとって、何らかの生きるヒントにしてほしい」とのこと。やはり碌なもんじゃないです。
投稿元:
レビューを見る
悲劇の事故から30年。深い悲しみの果てに遺族たちがつかんだ一筋の希望。感動秘話
●3人の愛娘を失った夫妻の慟哭
●慰霊を支えた元零戦乗りの村長
●村一番の暴れん坊から「山守」に
●遺族から慕われ続けた日航社員
●遺族会をまとめあげた母の執念
●事故直後に生まれた遺児の感慨
●新妻を失った男性の「それから」
●あの遺書が自分を育ててくれた
●真相究明を続けた事故調査委員
悲しむ人と寄り添う人の感動秘話
投稿元:
レビューを見る
この書籍は、事故が起きる前の「同機の尻もち事故」のボーイング社の整備(直し)の上層部と直しに来た従業員との連絡ミスなどによる不備(同時期のNHKスペシャル)の原因などによる複合によって、乗員乗客524名のうち生存者4人、死者520人の歴史上悲惨な航空機事故の30年に及ぶ「回顧録」です。
残された遺族側の30年。墜落した群馬県上野村の村長や住民の暖かい心の話。加害者の「企業側の日航」と「従業員」の話が著者の記述で書かれています。
投稿元:
レビューを見る
ブクログさんからいただきました。遺族に限らず、慰霊を支えた村長さんや遺族を支えた日航社員、真相究明を続けた事故調査員など、様々な立場からの日航機墜落事故が描かれています。
なんてことのない日常がどれだけ幸せなのかと思い出させてくれる一冊です。
投稿元:
レビューを見る
2019年10月30日読了。
●P51
「30分以上も操縦不能になった飛行機の中で、亡くなっ
ていった520名の方々と、特攻隊で亡くなったかつての
部下たちの姿が重なりました。死を覚悟しながら生きる
時間ほど、残酷なものはないんです。だからとても他人
事には思えなかった」
●P54
「本気になれ、真剣になれ、人間らしく生きた時間の
合計のみが人間の年齢である」
陰徳を積む…人の嫌うことを人知れずやる
●ダッチロール
…飛行機が激しく横揺れながら首を振り
8の字を描くように飛行する状態。
●荼毘に付す…火葬にする。「遺体を郷里で荼毘に付す」
●蟷螂の斧(とうろうのおの)
…《カマキリが前あしを上げて、大きな車の進行を止め
ようとする意から》
弱小のものが、自分の力量もわきまえず
強敵に向かうことのたとえ。
●ホスピス…末期患者の介護医療
●「事故の後は幸せだと感じることが怖かった。その幸せ
がまたいつか壊れてしまうのではないかと思ってしま
うんでしょうね」
●P224
日本の事故調査の場合、事故調による「事故原因の究
明」よりも警察による「当事者の責任追及」に重点が
置かれてきた。
それに対しアメリカでは。「当事者の責任追及」よりも
「事故原因の究明」を優先させる制度を導入しており
故意や重過失がない限り、真相を引き出すために
当事者の刑事責任は免責されるケースが多い。
●最期の219文字(河口博次さん)
マリコ 津慶 知代子
どうか仲良くがんばって
ママをたすけて下さい
パパは本当に残念だ
きっと助かるまい
今5分たった
もう飛行機に乗りたくない
どうか神様 たすけて下さい
きのうみんなと食事したのは最后とは
何か機内で爆発したような形で煙が出て
降下しだした
どこえどうなるのか
津慶しっかりた(の)んだぞ
ママ こんな事になるとは残念だ さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今6時半だ 飛行機は
まわりながら急速に降下中だ
本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している
●罪を憎んで人を憎まず
●「刑事責任を問われるならば、当事者は口をつぐみま
す。それが人間の性です」
「今後の空の安全のためにも、〜誰かの責任を追及する
よりも、事故の本当の原因を証言してもらい、真相を
究明すること。それなしに、再発防止に繋がることは
ないんですから」
投稿元:
レビューを見る
石鹸工場のご夫妻、ドラマで見て記憶に残っていました。三人娘をなくされたその後を全く知りませんでした。遺族であることを隠し移り住んだ、アル中になったなんて悲しくて悲しくて涙が出ました。つらい体験でもこうして本にすることで私たちはこの悲しい事実を知ることができます。話してくれてありがとうございました。本にしてくれてありがとうございました。亡くなった520人(+胎児1人)の魂よ安らかに。ご冥福を祈っています。
投稿元:
レビューを見る
時の流れは一様な様で必ずしも一様ではない。事故に遭遇された方の時はとまり、残されたものの時の流れも変わってしまう。自然と涙が溢れてしまいます。