紙の本
自由から服従へ
2016/01/06 12:02
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投稿者:つよし - この投稿者のレビュー一覧を見る
難解です。はっきり言って小説としては面白くありません。フランスの政治、文学に関する蘊蓄や固有名詞が大量に出て来て、その合間に悪趣味な性描写が何度も出てきます。とはいえ、フランスの同時多発テロや極右政党の躍進の背景にある「空気」のようなものは感じられます。これは日本の新聞やテレビを見ていても決して分からないでしょう。「自由」を尊重する西欧が自壊し、「服従」こそが幸福だと信じるイスラームが支配する未来。舞台を日本に置き換えれば、どのような小説になるのでしょうか。
紙の本
翻訳者の名前より解説者の名前が大きく出されちゃうってどうよ。
2016/04/30 07:25
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投稿者:かしこん - この投稿者のレビュー一覧を見る
本作は<2022年、フランスにイスラーム政権誕生>、という設定でして、「来たるべき近未来の予言書!」という感じの宣伝文句で、ちょうど日本語版が刊行された当時(当日だったか?)“シャルリー・エブド事件”が起こったということもあり(その後もフランスではイスラム過激派によるテロも起こっていますが)、文芸書としては大変タームリーに売れた、という記憶が。 本屋さんでも平台に積まれていたもんなぁ。
遅ればせながら、今更読んでみました。
パリ第三大学で教員をし、ユイスマンスを研究テーマにしている“ぼく”・フランソワは日々を怠惰に送っている。 社会的接点は最小限に、しかし若くて美人の女性とお付き合いはしたいがそのことに情熱を傾けることもできず、漠然と「自分は何のために生きているのか」という虚無も抱えつつ、かといって自殺する勇気もない彼は当然政治などにも関心がなく、2022年の大統領選挙の結果を踏まえ、変わっていくフランス社会を前になす術なく佇み、そして流されていく、そんな話。
ウエルベック、あたしは全部の作品を読んでいないのですが(その昔に『素粒子』、最近のウエルベック文庫復刊ブームのおかげでちまちまと)、あたしの中ではSFと純文学の境目をうろうろしている、というイメージが。
だからこれも、「予言の書」というよりは「ウエルベックの悪ふざけ」という感じがしないでもない。 語り手“ぼく”の薄っぺらさときたら読んでて怒りを覚えるほどで、「あぁ、軽薄でのんきな、しかし自分に魅力があると思っているインテリほど役に立たないものはない」としみじみ感じさせてくれる(勿論、ウエルベックは意図して主人公をそう設定したのだろうけど。 自分の欲望のためにはなんでも自覚なしに売り飛ばす男として)。
なのでキャッチコピー的に期待されていることはほぼまったく書かれていない、と思ってもらって間違いない。 発売当時の熱狂ぶりも、思えば潮が引くようになくなっていったなぁ、と思い返せばそれも納得。 大真面目にフランスとイスラム原理主義について述べている解説が的外れというか、すごく温度差を感じてしまうほどだし。
結局、インテリを名乗っていても男ってダメなやつなんです、楽な方に流されていきます、という自白の書、という感じか。
だから彼の自信を更に喪失させるようなパワフルで魅力的な女性は出てこない(存在はするのだろうが、描写がない)。 イスラムはそのための装置だったのではないか?
とはいえ文は平易であり、翻訳小説特有の読みにくさはない。 なるほど、ウエルベックがフランス・ヨーロッパで人気ならば、村上春樹が人気があるのもわかるわ、と納得した。
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帯いらない。製本があまいのが残念、ページがきれいに奥までひらけない。(ウエルベック関係ない)
レビュー検討中
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示唆に富む小説である。著者の作品は『素粒子』しか読んでいないのだが、それに比べると、ずいぶん読みやすくなっている。小説の核となる部分は近未来を扱っているが、それほど遠い未来ではない。舞台はフランス。主人公はパリ第三大学教授フランソワ。専門は若い頃から愛読してきた作家、『さかしま』で知られるジョリス=カルル・ユイスマンスである。
ユイスマンスといえば代表作『さかしま』が、あまりに有名なことからデカダンスの作家のように受け止められているが、その後の著作、『彼方』や『出発』などを読めば分かるように、世俗の快楽を追求する生活からカトリックへの改宗に至る、自身の改心を文学上の主題にした作家である。わざわざそういう作家を専門とする大学教授を主人公に据えたのは、当然主人公の生活をユイスマンスのそれと重ね合わせるつもりがあってのことだろう。つまり、世俗的な快楽の追求から宗教的改心へと至るストーリー展開が透けて見える。
事実、主人公の人生はパリ第四大学に提出した博士論文『ジョリス=カルル・ユイスマンス、または長いトンネルの出口』を書き終えた時点で頂点を迎える。論文は高い評価を得て、彼は第三大学准教授に迎えられる。高い社会的地位、安定した収入、学術雑誌への寄稿、フランソワは望みうるものはすべて手に入れた。彼に出世欲はなく、常に社交がつきまとう学内政治にも無関心である。どだい政治というものに関心がない。人嫌いの無神論者で興味があるのはユイスマンスを除けば酒、煙草、料理、と性交の対象としての女につきる。
しかし、さすがに四十台を過ぎると肉体的機能は衰えを感じ、性欲も減退気味。ミリアムという女子学生との関係は保っているが、結婚には懐疑的である。自分の人生はこれからどうなるのかという漠然とした不安を感じはじめた時、突然それは起こる。二〇二二年、大統領選挙で第一党をとった極右の国民戦線を抑えるため、第二党を争う社会党とイスラーム同胞党が手を結んだ結果イスラーム政権が誕生する。共和国政府で長年くり返されてきた、中道右派と左派が政権を交換するというシステムが崩壊したのだった。
イスラーム同胞党を率いるモアメド・ベン・アッベスという人物が魅力的に描かれている。穏健なイスラームであるベン・アッベスは、シャリーア実行を唱える強硬派とは異なり、左派である社会党との連携を保ちながらも、フランスを緩やかにイスラーム化していく。まず手をつけるのが教育である。学内でのスカーフ着用を禁じた報道が世界の関心を集めたが、共和国であるフランスでは教育の場で宗教色を誇示することは禁じられている。それではというので、公立学校に対する国家予算を大幅に減額し、イスラーム教育を行なう私立学校を設立。アラブのオイル・マネーを使い、良質な教育を求める学生を集める。果てはソルボンヌ大学までイスラーム化され、大学では女性教授は講義を許されず、男性もイスラーム教信者でなければ教授になれない。
これらのことがあれよあれよと進む様は、自国のクーデターめいた政局の変化を鑑みるに、なるほど大衆というのはそれまで当然と思っていたことが覆されることに、ほぼ無力であるなあ、とあらためて感心させ���れる。主人公が内戦を恐れ、パリを離れている間にユダヤ系であったミリアムはイスラエルに移住し、同僚の女性教授は退職、自分もまた退職して年金生活者となる。この間徐々にイスーラム化されてゆくフランスの風俗が描かれる。キャンパスではブルカ姿の女子学生が増え、街の女性からはスカートやワンピースが消えてゆく。主人公が食べる物もレンジでチンするインド料理からケータリングできるレバノン料理に変化している。
結果的に主人公は大学に戻ることになるのだが、そこに至るまでの経緯が面白い。ファウストを誘惑するメフィストフェレスさながらのこれもまた魅力的なパリ=ソルボンヌ・イスラーム大学新学長ロベール・ルディジェが登場する。フランソワは、とことん受身でセックス以外にやる気を見せない男だが、能力的には優秀で、例のユイスマンスの論文は学内外で評価が高い。多くの優秀な教授に退職されたパリ第三大学としてはフランソワに戻ってもらいたい。そのためには彼の改宗が必要だ。ベン・アッベスを信奉するルディジェはイスラーム教によってヨーロッパをローマ帝国化するという考えを諄々と説き聞かす。それによれば、キリスト教国家を中心とする今のヨーロッパは最早終焉しつつあり、これを生き返らせるにはイスラーム教しかない。南のモロッコやトルコ、アルジェリアなどはすでに射程に入っており、その規模は北方にも広がるはず、という拡大ヨーロッパの版図は危機に瀕する現在のユーロ圏をはるかに凌ぐものだ。家父長制の復権、家族という単位の重視、と次々に発せられる施策は反動的に思えるものばかりだが、ルディジェの口から聞かされるといちいちもっともに思えてくるから不思議だ。
徹底したノンポリの無神論者で女好き、アルコール好きの元大学教授というおよそイスラム教とは無縁の輩を攻め落とすルディジェの説得力ある議論がこの小説の眼目だろう。最後の決め手は一夫多妻制度、というのも皮肉が利いていて洒落れている。フェミニストならずとも、普通の女性は好感はもたないだろうし、その他の人種にもまずは反感を抱かせるだろう小説を皮肉や諷刺、苦いヒューモアをたっぷり利かせ、読ませる小説に仕立てたところがミシェル・ウエルベックならでは。蛇足ながら、表紙に訳者よりも解説者の名を大きく載せるのは如何なものか。解説自体それほどのものでもない。「訳者あとがき」でよかったのでは。
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2022年仏大統領選。投票所テロや報道管制の中、極右国民戦線のマリーヌ・ルペンを破り、穏健イスラーム政権が誕生する。シャルリー・エブド事件当日に発売された新たなる予言の書。
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『地図と領土』に続き読了。
ほとんど情熱を失っているユイスマン専門家のフランソワ
その研究の完了とともにもはや知的生活への未練なく
人生への心地よい諦念とともにイスラム化を受け入れる。
テーマとしては社会性は高くページターナーであるが、少し単線的で
個人的には『地図と領土』の方がポリフォニックな感があり好きかも。
そういえばさかしま未だ読んでなかったな。
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ウェルベック「服従」http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309206783/ … 読んだ。なんだこれコメディ?男って本当バカ。なんでこれが話題なの、いや話題作や受賞作を読むわたしが悪いか。みんなバラード読んでないのかなあ。バラードのほうが社会的にも心理的にも現実味があるしおもしろいぜ(つづく
まあイスラム云々はおいといて(あれはただの比喩でしょ)経済充足VS知的欲求ならまあアリかもだけどそんな社会はいずれ崩壊する(あ、それが目的か)でも女性が知力剥奪され召使と娼婦以外禁止、そんなことが現代の欧米で実現するかあ?ま一番実現しそうなのは日本だという興味はあるな(おわり
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「服従」は装幀がいい、絡め取られる感じが出てる。実は衝動買いの原因は殆どジャケ買い的な。ただ訳がかなり。。うーん。PCの電池切れとかアルコール抜きビールとか戦時中的な訳語が出てきたりプライヴェートとか日本語上バ行表記スタンダードな単語にヴ多様で目障りだったり。初訳本の素人なの?
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「服従」へ判っているふうなコメント多いけどあれはだから耄碌ジジイ(団塊世代、またはシンタロウ種族)の妄想コメディだってば。コメディと言って差し支えあるならフォビアに言い換える。ゲラゲラ笑って読むのが大人の嗜みよ♡
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帯に色んな人が書いてますが、まあ、その通りです。
それを見て少しでも「ほう」と思った人は一読することを
オススメします。
かくゆう私も、読了後に帯を改めて読み、
ああ、この通りの感想だな…と思った次第。
とりあえず、作者は、
ウェルベックは何も信じてないのだろうなと…。
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ものすごく現実的なストーリーかつ結末でゾッとした
ゾッとするだけでなく、いつかのために心構えをしておかなければ
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アラビア語において、イスラーム(服従)とサラーム(平和)は同じ語源から生まれた言葉であるという事実は印象的だ。絶対者への帰依は性にも政にも絡む話だが、本書の予言はイスラム教だけでなくキリスト教と民主主義が両立する現代西洋への批判も言外に込められているように思えてくる。しかしながらそうしたポリティカルな装いの裏に淀む、知識人層を中心とした人間の歪みを描くのがウェルベックの真骨頂であり、そうした意味では帯や解説で政治的文脈を強調する日本の売り出し方はウェルベックの皮肉対象として見事に成立してしまっている。
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ウェルベックの服従はイスラムへの西洋的な固定観念にまみれている部分が多く、ヘイトに近いような嫌悪感をもよおす作品だった。どう読んでもイスラム政権が与党になったフランスはディストピアとして描かれているし、常に表れている男性的すぎる視点もいささか虚しい。読み物としてはとても面白いけれど…
ただ、途中に出てくる”人間と市民の権利の宣言”の引用は好きだ。
”政府が人民の権利を疎外する場合には、叛乱は、人民とどの市民についても、もっとも神聖なる権利でありもっとも欠かせない義務である”
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もうね、ウエルベックを語るときに資本主義とかイスラムとか言うのナシね。ウエルベック?読んだよ。書かれている内容については性描写しか覚えていない。以上。
というコミュニケーションでいいのではないか。と思わされた。ユイスマンスもそうだが、ルソーから受け継がれる退屈や不安、虚無に対して引きこもるという高貴な態度は、社会との折り合いのために外に出るしか無くなる。そうなると見出されるのは宗教的な服従や隷属で、そこに救いを見出すかどうかが改宗のポイントなのだが、その整合性が延々と語られる本文はさすがに繊細な配慮で書かれている印象ですが、引きこもる、宗教に走るのとは別の可能性を見出したいところ。話題性とか悪意という意味では、イスラムへの改宗の場面は面白いところなのかも知れません(そういう意味では読むまでもないのですが)。
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2022年、フランスにイスラム政権が誕生した…という小説なのだけど、フランスにイスラム政権が誕生したらどうなるかという描写より印象に残ったのは、主人公のしょうもなさ、、。
イスラームの超越神が強いというよりも、主人公の、淡白なような調子のいいような恋愛観。この主人公は教養ある大学教授で文学を教えているんだけども、そういうのも別にイスラームの超越神というより性的な関心の前では特に意味がないということが言いたいのかなと思った。
この本でイスラームは自由と対比される服従の体現となっている。禁欲に挫折する主人公。服従により得る「幸せ」というか資本主義的な努力をなにもしない一夫多妻的な「幸せ」を享受することの楽さ・流されやすさというのがこの本のひとつのテーマだったのかな。上記のような教養あるけどしょうもない主人公の視点を中心に、高尚を装ったすごく俗人的な発想な角度で受け取るイスラム教だと思った。
とりあえず、全体に通底するしょうもないかんじ。でも、高尚っぽさを装ってるかんじ。ホント、昔、高校生のときに、おなじウェルベックの「素粒子」を読んで感じたのが思い出された。
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初ウェルベック。
フランスの多文化生活の描写とユイスマンスなどフランス文学への内省、それに孤独な男の性の問題が加わって面白かった。ネチネチした描写力は楽しい。
ただ、どちらかというと序盤の徐々に移り変わっていく事態の方が繊細で面白かった。後半からどうにもイスラーム政権が万能すぎて、そんな都合の良い展開になるのかなあと思う。ややご都合主義的。
大学に金が行ったり治安が良くなったりするかは分からないし、何より女性の主体性は完全に小説の枠外に置かれてしまっている(途中で出てきた女性教授はどうなったか)。
おそらく郊外のアフリカ系・中東系移民の具体的な憤り(「憎しみ」で描かれたような)は全然踏まえられていないのだろうし、EU拡大やイスラーム政権の飛び火についても全然具体的な過程が描かれていない。
それらを、単なる作家の力不足や作品の欠陥と見るか、ある種の内面的で保守的な男性の思考にとって、イスラームは簡単に理想郷に映りうるのだという事態を批評したものだとみるか。
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2022年、フランスにイスラム政権が誕生。ファシストかイスラム主義か。キリスト教国には苦渋の決断だが、人々は適応していく。否、イスラム主義の寛容さに翻弄されているのかもしれない。ユイスマンス研究者である大学教授フランソワの視点で、逃げ出すユダヤ人、動き出すアラブ国家が淡々と描かれる。特に政治に興味を持たない彼が、いつの間にかイスラム主義の柔軟性に絡めとられる様に妙なリアリティがある。『0嬢の物語』を例に「服従」が肯定されるくだりには、つい納得してしまいそうだ。さて、本名を伏せられた翻訳者はあの人だろうか。