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オイラはいくつになったら大人の男になれるんだろう。大人にも、男にもなっていないな。今年、伊集院静の本に出会ったおかげで自分がどんな男になりたいのか見えてきた。あらゆる面でスケールが違うけれど……。正しいことばかり言ってるとも思わないし、ダメな人だと思うこともしばしばだ。でも、強くてやさしい。決して頭でっかちなことを言わない。ぶれない軸がある、いや間違っていても俺は俺って言うだろう。時々出てくる「それがどうした」っていう言葉が好きだ。まずは胸張っていこう、オイラ。
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人が人を許すこと、「許すとは高き姿勢や夾竹桃」だそうな。
許すという行為はなぜか少し上から目線のニュアンスがあるというのはわかる気がする。。。
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毎回、カッコいいです。大人の男とは、純粋で真っ直ぐで明るい(悲しくても)ということでしょうか。いつもながら、愛犬や奥様、お母様とのお話はいいですね。「これは許せないなぁ、と呟きポケットに入れる」これが大人の流儀なんですね。
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「許せない自分だけがダメな人ではなく、皆それをかかえて生きていることを知ることである。」
「いつか許せば、それはそれで生きる力になるのだろうが、許せないものも人のこころの中で何かしらの力になっている気がする。」
許せないやつがいるけども、、、そんな俺は俺なんだ。
てか!
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「聞く人に何かを与えるスピーチは、名文を読むことではなく、伝えようとする話の軸をきちんと踏まえ、あとは自分の言葉で、いかに誠実、丁寧に語っていくしかないのではなかろうか。」
紹介されていた松井秀喜さん引退セレモニーのスピーチを観ました。なるほど!でした。
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いろんな事に興味をもつことで人生に深みが出てくる。
人間なんだし許せないことを許す必要はない。大切なのは許せないものをわざわざ目の前に引っ張り出して凝視しないこと。
自分の胸のうちに留めることで漢の色気が醸し出されるのかなと感じた。伊集院さんの他の本も読んでみたい。
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久しぶりに読んだ伊集院さんの大人の流儀。こういう大人の話が最近胸を打つ。許せないものがない人間などこの世にいない。それを目の当たりにしたときにどうするか、そっとポケットにしまう、それだけでいい、なんてカッコよすぎる。それができる力なんだろうなぁ、つまるところ。
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2014年初版。とにかく著者の言葉には力があります。決して優等生ではない著者、今のご時世では憚れる「おんな・子ども」の連発。でも、誰もが許してしまうのではないのか。元旦の石川での地震、著者が存命であれば、どのように思うのでしょうか。報道や第三者をどのように表現するのか。当事者でなければ、他人事。そのとおりだと私も思います。阪神・淡路大震災と熊本地震の被災者も、その日が来るたび思います。歯切れの良い文章、好きです。
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許す力とは何だろうと思いながら手に取った。
許せないことは多々ある。しかし許さずにいることはそのことに囚われているということでもあるのではないか。
許すこととは忘れること、受け止めること。
しかし色々なもの背負いながら生きていき、捨てながらも拾っていくその中で自分の大切なものが残っていくのではないか。
それが生きることなのかな。