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紙の本
冒険も寓意もここに
2020/12/06 17:27
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
少年が鏡の中に迷い込んだら、そこにチェスの駒たちが暮らしている。それは鏡の前に置いてあるチェス盤の駒たちの映像であり、つまり鏡に一度でも映ったものは、鏡の中の世界にも存在するようになるという、トポロジカルな設定だった。時間的には、映るまでは存在していなかったのだから、全くシンメトリな構造とは言い難いが、一度存在すると彼らは独立した人格を持ち、こちら側で鏡の前から離れても鏡の中では存在を続ける。
普通の家の中にある鏡なので、そんなに大勢の人や物が映ったわけではないが、何代も前の先祖の時代の人物もそこでは生きている。鏡にその像を映さなければならない時以外は、世界の奥の方にどんどん行ってしまう。
とにかく彼らは、自分が何かに従属したようなものだとは絶対に認めない。人格を持つ以上、それは当たり前だろう。特にチェスの駒たちは、チェス自体の歴史が人間より古いと主張しさえするが、この宇宙であれば、その真偽も不明ではある。
そういった自己主張の強い人たちが、現実世界のなにかの風刺であるとか、誰かのカリカチュアであるかといったことよりも、ただ主人公の少年がこれから出会う理不尽さの一つの過程とだけ思えばいいかもしれない。
少年は彼らの影を追って、奥へ奥へと進もうとするが、現れる人々の異様さに怯えてためらいを生じる。こういう現実感覚を残しているのが、完全に幾何学的に構築したファンタジーと違うところだろう。鏡の中の世界がどこまで広いのかはさっぱりわからないが、あまりの日常からの乖離があれば恐れを感じるのは当たり前で、そういう当たり前と空想が接触するところに、王道があるのかもしれない。そうやって世界の未知の部分を余韻として残しているとも言える。
なんといっても、これは少年にとっての異世界の冒険であり、不合理との対決である。そこからの帰還後に成長したのかどうかは語られておらず、もしかすると幼い頃の出来事としてだんだんと記憶のかなたに薄れていってしまうのかもしれない。いやこういった異世界、あるいは異端、異邦の論理に触れた経験を、多くの人が忘れているだけなのかもしれない。
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