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紙の本
「そのわれの花埋むるを痴(こけ)と笑え/いつの日かわれを葬るはそも誰そ」──という世界
2001/02/16 21:04
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:tori__ - この投稿者のレビュー一覧を見る
紅楼夢は中国の清の時代に書かれた長編小説です。
舞台は、貴族の豪奢な大観園。そこにすむ宝玉という少年と金陵十二さ(金陵出身一二美人)などをはじめとする膨大な人物が登場する物語……。
……長さも長くて複雑で、人物も多いこの小説ですから一言ではいいあらわせません。
平凡社ライブラリーでは一二巻あります。全部読むのは大変です。
そこで、紅楼夢の魅力を味わえる、紅楼夢全一二冊(平凡社)での一冊……を選ぶとしたら……どの巻もそれぞれ魅力はありますが、十二さのように……一番になるのは、私にとってはこの三巻になります。
主人公たちの年齢は若いです。
この巻におさめられているあたりでは、宝玉は一三歳、宝玉のいとこの美少女黛玉は一二歳です。
紅楼夢は、宝玉の花のような夢のような美しい青春時代だけを描いています。
そこに紅楼夢がなぜ存在するか、ということも含まれていると思います。
そしてその核心が展開されているのがこの三巻に含まれているあたり、第二一回から三一回にあると思うのです。
落花をそのままにしておくのはしのびなく、「これから花を掃きよせたらこの絹の袋におさめて、土のなかに埋めてやりますの」(第二三回)と黛玉がいって、宝玉と一緒に花を埋めた大観園のなかの花塚のあたりで、二七回の終りで、宝玉は、すすり泣きながらぶつぶつと詩を口ずさんでいる黛玉に出会います。
黛玉は、憂愁の詩才に恵まれた美少女です。
汝れの今 身まかりて われの葬る
わが身とて いつの生命と計られず
そのわれの 花埋むるを 痴(こけ)と笑え
いつの日か われを葬るはそも誰そ
見よ春の 尽きんとし花散りしきる
これぞこれ 老いも若きも死する時
一朝に 春の尽き 若きも老ゆれば
花は散り 人も失せ 行き方知らず
宝玉は黛玉の詩句を聞いているうちに「思わず呆けたようにへたへたとその場にくずおれるのでした。」となって、独白します。
考えてみると、あの黛さんの花の容貌(かんばせ)とて、いずれはいずこに
探し当てようもないときがくるのだとしたら、なんと心の圧しつぶされるよう
な悲しいことではあるまいか。黛さんにもついには尋ねるよしもないときがや
ってくる以上、これをほかの人々の上に推しおよぼせば、……
この宝玉の一文が、紅楼夢の核心ではないのでしょうか。
黛さんの花の容貌に象徴されるような夢のような時、過去を留めること……そのために紅楼夢は存在するのではないでしょうか。
だとすれば、この一巻、この二七回の詩や、あるいは二八回冒頭の宝玉の独白は、紅楼夢全体のホログラムの一片のようなものだともいえます。
紅楼夢は著者曹雪芹が書き終わる前に死んだため終りの方は別人が書いたものです。
評判は悪くないようですが、私のこの読みからいくとあまり趣味ではなかったりします。
いろいろな読みがあると思いますが……。
最後の方では分別くさい宝さ(金陵十二さの一人)も、この巻の二七回では蝶々を追って美しい風景の一齣となっています。
……ふと気がついてみると、前方に団扇ほどもある玉色をしたつがいの蝶がい
て、一羽があがれば一羽がさがり、風をうけてひらりひらりと舞うさまが、い
かにもおもしろい。よし、ひとつ遊び半分にうち落としてやりましょ、と宝さ
はそこで袖のなかから取り出した扇子をふりかざし、草地へ向けて打ちかかる。……
花を愛しみ悼むように、宝玉と美少女たちを愛しみ悼むこと……。
その全体の構図がフラクタルのようにはめこまれた一巻だと思います。
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