紙の本
最初から最後までおんなじことばかり書いていたわけですが、それでもディックは面白い。少なくとも、今の時点でやっと人々の現実認識が、ディックの世界に追いついた、っていう感じ・・・
2012/02/07 22:02
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投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
このカバーのセンスは好きです。まず、コテコテしていないのがいい。唯一つ、懐中時計の絵を中央に置いただけ。それも細密描写でも抽象でもない、どちらかというとおう生頼義範がモノトーンでザラっとしたタッチで描いたような、大胆でそれでいてデッサンが絶妙なものを。でも、このカバーのポイントは地の色。グレーにちょっと緑を混ぜたような、なんとも温かみのある色が抜群。カバーデザインは土井宏明(ポジトロン)。
で、P・K・ディック、私にとっては神様のような存在。ま、海外SFを殆ど読まない私が崇め奉っても大したことはないんでしょうが、『ハイぺリオン』のダン・シモンズ、『マン・プラス』以降のフレデリック・ポールと並ぶ重要な存在です。いや、初期から晩年にいたるまで、出来にバラつきがないという点では、ディックがダントツといっていいかもしれません。無論、私好みの世界を扱っているからなんですが。
じゃあ、ディックの世界ってなんだ、ってことになります。私の理解では「いま、あなたに見えている世界は、本当にそのまま存在するのか」というもの。古くは「邯鄲の夢」がそうですし「胡蝶の夢」でもいい。夢だと思っていたことが現実で、現実だと思っていたことが夢ではなかったのか、主体と客体、実はそれを入れ替えるだけで世界が変わってしまう、それを小説に上手く取り入れ、読者を気づかないうちに思わぬところに連れて行く。
なにもSFに限ったことではないでしょう。最近では、ミステリでも同ような手法が使われ、様々な作品が生まれています。そのルーツがディックにある、とはいいませんが、でも影響を与えていることは確かでしょう。早速、収められた13篇すべてを初出とともに簡単に紹介しましょう。
アジャストメント 浅倉久志 訳(「調整斑」改題。“Adjustment Team”オービットSF誌1954年9月―10月号 『悪夢機械』所収):犬が予定の時間に送れた、それが齟齬を産み、男は世界のすべてを陰でコントロールする組織の存在を知ってしまった・・・
ルーグ 大森望 訳(“Roog”F&SF誌1953年2月号 『パーキー・パットの日々』所収):犬の「ルーグ!」の声に応じるように行動する謎のルーグたち。犬の声をただ喧しいと思う飼い主。そにてルーグたちは・・・
ウーブ身重く横たわる 大森望 訳(“Beyond Lies the Web”プラネット・ストーリーズ1952年7月号 『パーキー・パットの日々』所収):乗務員が現地人から50セントで買ったというウーブはどう見てもただのブタ。宇宙で食料にしようと船長は・・・
にせもの 大森望 訳(“Impostor”アスタウンディングSF誌1953年6月号 『パーキー・パットの日々』所収):逮捕された男は、外宇宙からの侵略者はオレじゃあない、自分は本物のオーラムだといい続け・・・
くずれてしまえ 浅倉久志 訳(“Pay for the Printer”サテライトSF誌1956年10月号 『悪夢機械』所収):過去のものをコピーすることで生きながらえてきた人々。しかし、そのコピーも次第に精度を失い、今はなにもかもプディングのよう・・・
消耗員 浅倉久志 訳(“Expendable”F&SF誌1953年7月号 『パーキー・パットの日々』所収):事実を知ってしまった巨人への仲間たちの攻撃が始まった。一方、町では男が蜘蛛の巣に・・・
おお!ブローベルとなりて 浅倉久志 訳(“Oh,to Be a Blobel!”ギャラクシー誌1964年2月号 『時間飛行士へのささやかな贈物』所収):ブローベルと闘うためにスパイとなった男は、戦争後もそのときの改造が元で完全な人間になりきれない・・・
ぶざまなオルフェウス 浅倉久志 訳(“Orpheus with Clay Feet”エスカペード誌1964年ごろ 『模造記憶』所収):現在の自分に満足できない男が見つけたのは時間旅行サービス。彼が思いついたのは、過去に行って作家に有名な作品のヒントをあげること・・・
父祖の信仰 浅倉久志 訳(“Faith of Our Fathers”『危険なヴィジョン』1967年刊 『時間飛行士へのささやかな贈物』所収):抗幻覚剤を飲んでしまった男が見た忠誠を尽くすべき相手の本当の姿は・・・
電気蟻 浅倉久志 訳(“The Electric Ant”F&SF誌1969年10月号 『時間飛行士へのささやかな贈物』所収):自分が有機ロボットであることに気付いた男が始めたのは、胸のテープにちょっとした加工をすること・・・
凍った旅 浅倉久志 訳(“Frozen Journey”プレイボーイ誌1980年12月号 『悪夢機械』所収):宇宙飛行中、冷凍睡眠カプセルで眠っているはずの乗客の一人が、意識だけ目覚めてしまった。あと10年の旅を乗り切る方法は・・・
さよなら、ヴィンセント 大森望 訳(“Goodbye,Vincent”The Dark-Haried Girl(1988年)本邦初訳):大学に行く時に乗せてもらった友人の車、そこには超ミニのセクシーな人形が。リンダという実在の人物について話していると・・・
人間とアンドロイドと機械 浅倉久志 訳(“Man,Android,and Machine”『解放された世界』(1976年)オーストラリアのSF批評家ピーター・ニコルズが企画したSF作家連続講演企画のために書かれたスピーチ原稿):正直、小説のほうがずっと分かりやすくて面白い・・・
編者あとがき
となっています。よくわからなかったのは最後の「人間とアンドロイドと機械」。コメントにも書きましたが、小説を読んだ方がはるかに面白いです。最後は、カバー後の内容案内。
*
世界のすべてを陰でコントロール
する組織の存在を知ってしまった
男は!? マット・デイモン主演の
同名映画の原作をはじめ、デビュ
ー作「ウーブ身重く横たわる」、
初期の代表作「にせもの」(映画
化名『クローン』)から、中期・
後期の傑作。さらに1972年執筆の
幻の短篇「さよなら、ヴィンセン
ト」を初収録。ディックが生涯に
わたって発表した短篇に、エッセ
イ「人間とアンドロイドと機械」
を加えた全13篇を収録する傑作選
*
紙の本
マトリョーシカ
2024/01/25 17:59
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投稿者:ダタ - この投稿者のレビュー一覧を見る
ディックの作品を読んでいると
自分の知覚している世界が
揺らぎ始めるというか、
迷宮の出口が次の迷宮の入口みたいな
終りのない感じが魅力だと思う。
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〈私〉という存在は何か魂みたいなものがあって、生まれた時から存在するものではない。生まれてからの経験や思考を記憶として積み重ねていく、その積み上がった現在までの記憶の総体が〈私〉として認識されているだけなのだ。
とすると、自分の記憶は本物の記憶なのかという疑問は、〈私〉の存在自体をおびやかす疑問で、本作に収録されている「にせもの」や「電気蟻」は〈にせものの記憶〉がテーマになっていて読み終わっても、う~んと考え込んでしまって答えは出ないんだけど、その考え込むという行為を誘発させる読書というのは非常に贅沢。他にも「父祖の信仰」での共産主義の描き方はなるほどと思えるものがあるし、「凍った旅」は非情な状況の中での救いみたいなものがあってその他の作品とはちょっと違うし、どの作品もすばらしい。
マット・デイモン主演映画の原作「アジャストメント」は設定が同じで内容はまた別物っぽいので映画観た人でもまた楽しめるかも。
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これはすごい… 「人間とアンドロイドと機械」おもしれ〜!異彩を放っとる。「消耗員」が何か好き。
ウーブやブローベルはどことなくかわいい。コミカルで、ちょっと怖くて、面白い短編がぎゅっと詰まってお徳な本です!「アジャストメント」の原作が一番影が薄いかもなあ。他が充実しすぎてて。
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初ディック(正確には、『きょうも上天気』で一編読んだのが最初)。映画『アジャストメント』を観たことをきっかけに手に取ってみましたが、すごく読み応えがありました。とはいえ、表題作「アジャストメント(「調整班」改題)」は、映画にとってはほとんど原案程度みたいですね。
特におもしろかったのは「ウーブ身重く横たわる」、「にせもの」、「ぶざまなオルフェウス」です。
「ウーブ…」は高度な知性を持った宇宙豚の話。人間てどうしてこんなバカなことするんだろう…という落ち込みから一ひねりあるラストにぞくっとしました。
「にせもの」は自分という存在や記憶のあやふやさ、それを証明することの難しさがテーマ。すごく心許ない気分になり、あとを引きます。
「ぶざまなオルフェウス」はこの短編集唯一のコメディ。作家から霊感を奪う「逆ミューズ」になってしまう主人公が哀れだけれど、けっこうありそうな話かもしれない。
総じて一言「好き」とは言いづらいけれど読んでいていろいろ考えるし、惹きつけられる話ばかりでした。ディックの他の作品も読んでみたい。『ブレードランナー』大好きなので、やはり『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』からかな。
しかし早川書房って、こういう良書をきれいな装丁で出してくれるところは本当に好きだけど、映画業界に軽々しく迎合してタイトルを換えちゃったりするところは嫌いだ。「調整班」のままにしておけばいいのに。
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映画の原作みたいだし、読みたいなと思っている。映画はマッド・デイモンが格好良かった。もし、水と帽子がキリスト教で何らかの意味があるなら知りたい。
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今回この短編集を購入したのは表題作である「アジャストメント」を読むためではなく(同作ももちろん面白いのですが)、巻末に収録されたディックの講演原稿「人間とアンドロイドと機械」を読むためです。
「人間とアンドロイドと機械」は、遺作となったヴァリス三部作の執筆中にディックがイギリスで行う予定だった講演の原稿に加筆したもの。体調不良のためディックが渡英を中止したためこの原稿が残された唯一のものとなりました。
ディックが終生作品のテーマとして持ち続けた「アンドロイド」という概念が一体何を意味しているのか。またディックの作品に共通してみられる記憶の改変、真実の隠蔽といったモチーフについてもディック自身の言葉で語られており、少しでも彼の作品を面白いと思ったことのある方なら必読です。
後半、ディックの語り口はかなりオカルトめいてきます。デュオニュソス、エッセネ派、死海文書、転生、夢といった言葉が、まるでカルト宗教の教祖が語るような口調で綴られており、これを読まれた方は「果たしてディックは正気だったのだろうか?」と感じるかもしれません。当時のディックは友人の死やドラッグ中毒などでかなり精神的においつめられており、その表れと受け取る方がいても不思議はありません。
しかし、私はこの部分に晩年のニーチェが書いたものとの強い関連を感じます。「私はインドにいた頃は仏陀でしたし、ギリシアではデュオニュソスでした」というあれです。ディックはユングに深く傾倒していたことで知られていますが、おそらくユングを通してニーチェを知り、それを引用した可能性が高いのではないでしょうか。ニーチェ、またその影響を受けたルドルフ・シュタイナーらの著作をフィルターとして読むとオカルト的要素の出所がはっきりしてきます。
ニーチェの晩年とディックが死の直前に置かれた状況はある意味よく似ています。ディックがニーチェに同一化しつつ、意識的にこの原稿を書いたということは十分に考えられると思います。
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ディックには評価が甘いかもしれない私。
だがこの文庫本という意味において★3。
だってまあ買った私が悪いんだけど、
あまりに映画アジャストメントアピールが強くて
何話かの訳があまり好みではなくて
既に知っている短編が入っていて
字が大きい今時の文庫だったから。
なので★4ではなく3なのはディックのせいではない。
あくまで出版社と私の嗜好の問題。
いずれの作品もディック的世界が堪能できてよろしい。
現実とはあくまで自身の認識に基づいているにすぎない、
ということを改めて感じさせる。
でも『凍った旅』は怖かった。
『アジャストメント』はどこをどうやったらああいう映画になるんだ。
そんな感じ。
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近未来・異世界の描き方ではディックは随一である。キングとディックで描かれる歪んだ、変節した日常以外に他の作家はいったいどれだけのオリジナリティを発揮できるのか。
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ディック好きなら迷わず買うべし。内容は既に他の短編集におさめられたものもあるが、小品「さよなら、ヴィンセント」や、講演の原稿でありかなりヤバい内容の「人間とアンドロイドと機械」など、ファンとしては押さえておきたいものが収録されている。「人間とアンドロイドと機械」はディックが「アンドロイド」をどんな視点で見ていたのか分かる一方、彼自身を少しずつ蝕みつつある狂気も垣間見えて興味深い。
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ブラックユーモアの本場
サイエンスフィクションと古典文学の風潮とアメリカ現代社会の英語の潮流、社会的風潮、、、潮?
『人間とアンドロイドと機械』…SF作家のユニークな考え方、隠れた名著、小論文に
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このブラックな感じがなんとも言えない作品。短編集ということもあり、気に入った作品も、苦手な作品も半々といったところでした。とはいっても、これは海外SFがまだ二回目なので楽しみ方がまだ手探り状態ということにも起因しているとは思いますが…。
個人的には、「ウーブ身重く横たわる」「にせもの」「電気蟻」「凍った旅」がお気に入りです。
特に「電気蟻」のアンドロイド?ロボット?の仕組みは最近のSFには絶対出てこないものだったので新鮮で興味深かったです。
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やばい!ディックの悪夢世界から抜けられない・・・
でも、著者の「短期間で量産した」とまで言われる膨大な短編はどんな感じなのだろう?ということで読んでみる。
ここにもあるある!50年代の短編には見られない、精神分裂症的な影が60年代に現れてきているのです。自分が本物であることを信じきっている「にせもの」って今の我々にも悲しく重苦しく響くものがあります。じゃ、本物って何よと開き直る現代がさらに恐ろしく見えます。
きっとコンピューターの仕組みを理解しないで書いている「電機蟻」も気味の悪さは増すばかり。これって自分の脳をカスタマイズするってことじゃないですか!
必ずや発狂する「凍った旅」。傑作です。
う~ん、しばらく抜け出せない・・・
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「にせもの」のスリル、
「おお!ブローベルとなりて」「ぶざまなオルフェウス」の黒い失笑、
「さよなら、ヴィンセント」の切なさが、特にも印象的だった。
小説ではなく、著者の論考である「人間とアンドロイドと機械」も収録されていて
SFを通じて著者が何を熟考し、表現したかったのかが、ひしひし伝わる。
書くことは戦いであり探究、という印象を得た。
「ペンと剣」という言葉を思い出した。
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最近SFを読んでないな~と思っていたら,
図書館の新着棚で目立っていたので借りてみた。
もう古典といえる短編が集まっている。
現代でも十分楽しめた。