紙の本
誰も一人では生きられない…
2020/07/25 16:33
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:トリコ - この投稿者のレビュー一覧を見る
東條英機の本格的評伝。
東條については、保阪正康氏らの本があるが、本書は歴史研究者による著作。厖大な資料を駆使してまとめているが、いかんせん、分厚い…
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【果たして「無能な独裁者」だったのか?】敗戦の責任を一身に背負わされた東条英機。しかし、その実像は? 「総力戦の指導者」としての東条を再検証する。
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彼の思想は、総力戦に尽きる。
政治とは全体利益を追求するもの。国民一人一人の生き死には捨象される。その究極の形態が戦争である、とういことを改めて認識。
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A級戦犯か股肱の臣か。知られざる東條英機の実像を探る大作。
独裁者として欧米にも悪名を残す東條英機。東京裁判出A級戦犯として死刑判決を受けた開戦時の首相兼陸軍大臣。
その生涯を非常に多くの文献からイデオロギーを排除した東條英機像を提示する。
特に永田鉄山から引き継いだ総力戦思想の指導者としての役割が多く浮かび上がる。竹槍や戦陣訓など精神論的なイメージがあったが、航空戦力の充実など合理的な一面もあったようだ。
戦争に至る道については多くの書籍があるが、本書ではサイパン島陥落後の東條更迭の動きについてが新鮮であった。
一方的に悪役のイメージの東條英機。実像について探る本書の試みはおおむね成功したように思える。
新しい東條英機像を掲示した読み応えのある一冊でした。
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辻さんの「ガダルカナル」に書いてあることを参考文献にもってくるのは、どーかと思うんだけどw
それに、鈴木貞一氏の「朝日号」は富嶽の勘違いではなく、キ-77の勘違いでは?
朝日新聞がからんでいる長距離飛行機なので、この機体のことを言っていると思う。
富嶽なんて知っているわけがないw
ロシア戦争の戦訓で火力軽視が生まれたとする説は寡聞にして知らないが、どこからその結論をもってきたのだろうか。
一ノ瀬先生の本は好きだけども、この本はかなり荒い感じがした。ザラツキを多く感じたし、そもそも東條英機の再評価は手垢のついてしまった内容ではないかと思った。
一般啓蒙レベルではそうでもないのかなぁ~
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2020/12/13東條英機
1.戦略なきオペレーション
東條英機に大局から構想する器はなかった。
それは本来は永田軍務局長がその役割を担う
暗殺されて全てが狂ってしまった。
戦略なきオペレーション屋のみの悲劇
2.反知性
東條英機はインテリ層に受けないので大衆層の受けを狙った。
その点では反知性と言える現代の安倍・菅総理に似ている。
3.政治家不信
(1)近衛文麿公は軽挙妄動、面倒になると逃げる
蒋介石問題、大政翼賛会、三国同盟、南部仏印進駐
近衛内閣総辞職は敵前逃亡!
(2)蒋介石を相手にせず
日中戦争が間違いとしても今さら後戻りはできない
中国撤兵はありえない
9月6日御前会議を無効ー責任を辞職
4.43年資源の制約 軍事か、生産か?
米国の戦意は低いと言う根拠なき願望
すべからくこの調子である
科学的根拠のなさ知性の無視は確実にレベルを引き下げる
政治家は反対意見をも包摂して大きな結論にまとめる
これが器と言うもの
東條英機にはそれが全くない
東條の戦争は、最高の政治ではなく、官吏の事務
結局は国民の不幸
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詳細に東條英機の生い立ち・軍人人生・首相就任から敗戦、東京裁判までの経緯を追うことが出来る一冊。参考文献の数から相当調査もしている事が窺える一冊。
難点を上げると著者なりの独自解釈や切り口が足りない印象を受けました。
これだけインターネットで情報が溢れていると、"事実"には簡単にアクセスできるのでその羅列で400ページ近くを占められると食傷してしまう人もいるかもしれません(東條は、石原莞爾のように壮大なビジョンを掲げるタイプではなく、出世に恐々としたサラリーマン的軍人というイメージは割と定説になっている気がします)。
Wikipediaの内容を暑くした印象も否めないので、著者なりの独自解釈や価値観の提示があると良いと思いました。
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●→引用、他は感想
●鈴木貞一は敗戦後「開戦は国内政治だった」と述べた。これは当たっているところがある。まず陸軍の日中戦争早期終結という政治情勢があった。陸軍の強硬姿勢が主として国民の不満の爆発を警戒してのものだったことを思えば、それは国内政治の問題である。この問題はやがて、対米戦備を口実に予算や物資を獲得してきた海軍の利害や面子、つまり政治問題を浮き上がらせた。対米開戦は、短期的には両者の抱える問題をもっともすみやかに解決しうる手段だった。そこへハル・ノートが到来し、全会一致で開戦決断に至ったのである。
●東條が各所で「水戸黄門」的視察を行ったのは、自己を「国民の給養」につき「真剣に検討する」総力戦の「総帥」」に任じていたからではなかったか。もっとも、東條の国民に対するアプローチや航空軍備に関する啓蒙の積極性は、彼の個人的な創意や芝居っ気の発露というよりは、第一次世界大戦後の陸軍が行ってきた国民啓蒙政策の結果とみなすべきである。「総帥」東條の生き方、考え方は、日露戦争後から1930年代にかけてのデモクラシー思想や、第一次世界大戦の総力戦思想の影響を色濃く受けていた。(略)東條をはじめとする戦争指導者層の「総力戦」の認識において最重要視されていたのは、航空戦力と国民の「精神力」の両方であった。後者の象徴たる竹槍のみでは対米戦争は不可能である。航空戦の「総帥」たらんとして結果的に失敗し、敵の空襲で国を焦土と化させた東條を批判するのは簡単だが、彼のやり方を戦時下の国民がどうみていたのか、という視点があっても良いはずである。その国民の少なくとも一部の間には、唯一の軍事指導者とみなす意識があった。東條への批判も、よく読めば航空戦・総力戦の指導者として適格か否かをめぐって繰り広げられていたのである。だが完膚なきまでの敗戦、国民生活の崩壊とともに「総帥」としての東條は忘れ去られた。東條自身は、古い―それこそ同時代人の重光葵からみても古い、大東亜共栄圏の思想に殉じて死んだ。後に残ったのは、国民に竹槍での無謀な戦を強いた愚かな指導者としての記憶だった。
『未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命』(片山杜秀著、新潮社)参照。
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「人情宰相」という日本的な「総帥」像の演出に腐心した「総力戦指導者」としての東條英機の評伝。
東條を軸に太平洋戦争開戦の過程を瞥見し、組織の利益追求や責任のなすりつけあいに終始していたことを再認識した。また、やはり東條は、指導者として「小人」の評価は免れないと感じた。
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東條でなければ違った結果になっていたのか?
恐らくそうではなく、他の人でも開戦に至ったのではないかと思われる。日本全体がそういう方向性であったからだ。
その後の経過は、違ったものになった可能性はあるが、いずれにしても国民が選んだ部分は大きく、東條一人に責任を負わせる事は出来ない。
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既存の研究や同時代の人々の回想手記だけでなく、最新の研究にまで当たっている。これまで一面的に見られがちであった「東條英機」を前述の資料を活用して再考察している。内容的には至極穏当なものとなっているが、一人の人間としての「東條英機」の限界という面を再確認出来る。人物評伝としてはバランスの取れた良書だと個人的には思う。
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A級戦犯だということで、好戦的で残虐な人だと勝手に想像してしまっていたけれど、印象が変わった。
総理大臣になるくらいなので、勉強熱心で人の話を聞く姿勢ももっていることにおどろいた。
太平洋戦争に至った経緯に関しても、陸軍と海軍の両軍が本音で話ができないせいであり、決して東条英機が好んで進んだわけではなかった。
また総理大臣の決定でも、現場の指揮権はなく詳細にコントロールできるわけでないことも知った。
結局は誰か1人が原因ではなく、空気感によるものが大きいのだと改めて理解できた。