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著者とはほぼ同年代でしかも同じ年の2ヶ月遅れで私も母を在宅で看取った。鎮魂と自分の心の整理のため、母の看取りの顛末を書きたいと思って未だ遺品整理に追われ書けないでいる。同年代の小説家が母の看取りをどう書くのか参考に読んでみた。意外にも素直に看取りの顛末を主観的に書いており好感がもてた。今どき珍しく兄弟3人助け合ってお母様を看取ったのは素晴らしいことだと思う。これは兄弟のうち2人が独身で実家暮らしだった効能ではないかと推測する。もう少し客観的に現代の看取りについての考察もあっても良かったかもしれない。満足度☆☆☆+0.5
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経歴が最初に目に留まり、どんな人物なのかも気になってた時に積んでる、いつでも母とを見つけた。本当に介護は大変だけど、実際に自分はどれくらい分かるのか、出来るのかと疑問しかないです。真摯に向き合って自分の中で誤魔化している現実を受け入れて弱って行く母親との生活を前向きに受け入れる。4か月半だけと言うけれども、長い生活も入れないと、本当によくやった本当に送れたと思う。山中先生の出会いも大事だけど覚悟を決めてやり切ったんだよ、亡くなっても同じ心の会話しているし、執筆れてるし。心の声がドギツイのは性格かな
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昨年中に9割方読み終わっていたエッセイ。
娘が母親を在宅で看取った実体験を、軽妙で、ときにクスッとくる絶妙なバランスで綴る。
「親の死」という重いテーマをこう書けるのは、著者の力量だと思う。
在宅医療の具体的なノウハウは非常にためになり、この本に出会ったことで、今後の自分や親の最期について、何を求めるのかを考えるきっかけとなった。
折に触れ、読み返すことになるだろう。
恥ずかしながら、著者の小説はまだ読んだことがなかった。(ブクログでフォローさせていただいている方の本棚ではたくさん拝見しているのに!)
これを機会に、小説の方もぜひ読んでみたいと思います!
今年も一年、忙しさに負けず、素敵な本との出会いがたくさんありますように……。
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楽しい文章で書かれていますが…。
内容は壮絶。
我が家はまだ親は元気だけど。
山口先生はお母さんと仲いいけど。
うちは仲が悪い。
でも、山口先生はそれでもいいと言ってくれる。
この本はこれから介護する方、される方みんなに読んでほしい。
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「恒産なきものは恒心なし(きちんとした仕事と安定した収入のないものは精神の安定を保つのが難しい)」
介護の話より、このフレーズが心に残る。
仲が良い親子でも介護となるとこうなる、でも仲がよくなくても在宅介護できる可能性はある、と。
考えることが多い本。
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山口恵以子さんの本は前にも読んだことがあったけど、エッセイは初めて読みました
お母さんを家で看取る
山口恵以子さんとお母さんの関係性
愛情たっぷりの親子だったんだなと感じました。
娘が献身的なお世話をするのは、お母さんが娘に愛情を注いできたから
と言っても介護は大変。私には未知の世界
ピンピンころりが理想です。
解説に「本書は、親をなくすという大切な儀式のテキスト」とかいてあり、なんて的確な表現なんだと感心しました
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『食堂のおばちゃん』『婚活食堂』などのベストセラー著者が、母の認知症発症から、やがて始まった介護の日々と自宅での看取り、そして葬儀やお墓のことまでを、あたたかな筆致で綴った泣き笑い回想録。
(あらすじより)
山口恵衣子さんは、私が大好きな作家さんのおひとりで、本書『いつでも母と 自宅でママを看取るまで』が11冊目の読了となりました。
本書は「タイトル」と「あらすじ」から分かるように、気楽に読めてほっこりとさせられる「食と酒」のベストセラー小説シリーズとは全く異なります。
ですが、山口さんが書いたんだなと分かる作品でもありますね。
最愛の母の最期を綴る内容であり、(私も数年前に母親を亡くしていることも重なって)何度も目頭が熱くなる場面・文章が出てきますが、それ以上に、読んでいてとにかく面白いんです。生粋のエンターティナー(解説より)山口恵衣子さんの面目躍如とでも言ったらいいのでしょうか?
少しだけ、本書の内容に触れておきます。
全体を通して、何といっても山口さんと母親・絢子さん母娘の仲の良さが伝わってきます。
(勿論、優劣の問題ではありませんが、父と息子の仲の良さとは、明らかに異なるように感じました。)
先ずは、頬が緩んだ文章を抜粋します。
私の上には兄が二人いて、私は末っ子で、初めての女の子でした。そのせいもあるのでしょうが、子供の頃から母は私に甘く、私も母親べったりで、有り体に言えば超の付くマザコンでした。そして母は私の夢(マンガ家、脚本家、作家)に賛同し、いつも応援してくれました。・・・
大学四年の時、編集者にマンガ作品を見てもらったら「あまりに絵が下手だ。諦めなさい」と言われました。母に報告すると「だから夢なんか追いかけてないで、ちゃんと就職を考えなさい」とは言わず「そいつはバカだ。あんたの才能を分かってない!」と怒りました。これで母が完全に親バカを通り越してバカ親だったことがお分かりでしょう。
でも、こんなおバカは母でいてくれたからこそ、私は六十年もずっと母を愛し、母と歩んでこられたのだと思います。
次に、母親・絢子さんの最期の場面から
夜になり、いつものように床にマットを敷いて並んで寝た。私には今夜が最期かも知れないという予感があった。尿が止まって四日目とか、肛門が開いたとか、客観的は事実もあったが、それ以上に理屈では説明できない雰囲気を感じていた。
明け方に目が覚め、母を見た。息づかいがそれまでと違う。明らかに呼吸が浅い。いよいよ最期なのだと分かった。
私は母の手を握り、額に手を置いてそっと髪を撫でた。そして耳元で「大丈夫だよ。そばにいるからね」と囁いた。
その朝、六時三十五分に、母はこの世を旅立った。悲しみではなく、感謝の気持ちに満たされて、私は母を見送った。
最後に、山口さんの人生観、死生観が垣間見られる文章を抜粋します。
(共感しますね)
今の私は昔ほど死に恐怖感がない。年を取って、大好きだった人と猫がすでにあの世に行ってしまったせいだろう。別世界というより地続��の感覚だ。だから、ある程度納得できる年齢になって亡くなるのは、見送る側に悲しみだけではなく、想い出とか懐かしさとか、プラスの感情も残せるような気がする。
・・・
もし寝たきりになったら、尊厳死という選択肢を残してほしい。老い先短い命なら、終わり方は自分で選びたい。
・・・
目標は「丈夫で長生き。突然死」
でも、お酒は毎日吞みます!(*)
(*)「私の辞書に休肝日という文字はない。毎日、吞んでるか書いてるかよ!」
と、山口さんが仰っている動画を観ました。
(この注釈は本書には書いてありません)
私は生きている間は楽しい人間関係を保ちたいと願っていますが、死ぬ時は一人の方が気楽で良いように思います。余計な気を遣う必要がありませんから。
・・・
今更ですが、人間、死ぬのは本人です。一人で川を渡って行かなくてはならないのです。代行業者は頼めません。