紙の本
かつては文壇の貴公子と言われた島田も、いまでは推しも推されぬ本格的な作家の地位にたどり着いたようだ
2009/08/28 00:33
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:JOEL - この投稿者のレビュー一覧を見る
自分の職業の秘密を公にしようという気前のよさを持ち合わせている人は世に少ない。これは作家に限らず、たいていの仕事にあてはまると思われる。
特に日本では、先輩に教わるよりは、その技術を盗むことが、職業人の心構えのように言われることが多いのだからなおさらだ。典型的に見られるのはもちろん職人の世界だが、サラリーマンの世界だって、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニン)の名の下に、「働きながら覚えよ」というように現場に放り込まれてしまう。
これは往々にして、人材を育成する方法を知らず、効果的な研修システムをもっていない。もしくは自分の特権的な地位を、新参者から守ろうとする臆病さによるのではないかと思われる。
ところが、こうしたことからほど遠いところにいて、すべてをつまびらかにする貴人が時に出現する。著者の島田雅彦もそのひとりだ。
島田は、本書を読んだからといって、ただちに作家として成功するとまでは言っていないが、惜しみなく、自分の持てる技量を後進に伝えようとする気持ちがあふれている。これは作家としての島田よりも、大学教授としての島田がそうさせているのではないかと思われる。本書も、大学での講義録が下敷きになっている。
もったいぶることの多い職業上の秘密とは、得てして、大したことがなかったりするものだが、小説の作法はどうだろうか。各章のまとめにある例題を解いていくと、自然に作品が生み出されるようになっているが、果たして・・・。
本書は、作家を目指しているような人は、常に手元に置きたいような内容になっている。
ただし、最終章に来て、島田の議論はがぜん熱を帯びる。持論を展開するさまは、「本気」を感じさせる。そうして、ふつうの人は作家には容易にはなれないと感得させていく。
例えば、デビュー作に持てるすべてを投入すべしとある。ふつうの人ならば、あらかじめ自分の持ちネタを初期のいくつかの作品に割り振って、首尾よくスタート切ろうと考えるかもしれない。そんなにもアイデアがこんこんと湧いてくるものではないから。
しかし、島田はそれは誤りだと説く。出し惜しみをしてはいけない。そうして、デビュー作が成功を収めたとしても、すべてがうまくいくデビュー作というものはないので、そこでの収穫や反省点を次作以降に反映させていかなくてはという。
もうこれ以上書くことがない、というところから作家の本当の技量が試されるとある。たいていの人は干上がってしまうはずだ。最終章を読み終えると、作家というものは特別な職業なのだと気づかされる。
その自信があるからこそ、もったいぶらずに創作のコツを本書で披露してみせるのだろう。島田もまた、稀代の作家の一人なのだと唸らずにはおれなかった。
紙の本
島田の教えてくれる小説作法、そのハードルの高いことと言ったら。アカデミズムからは正統的な小説家は生まれても、世界を変えるような人は出てこないだろうなあ、なんて思ったりして。でも、今の作家たちって、みんなこんな道を辿ってきたのかしら
2009/08/26 20:05
7人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
新装なって久しい新潮選書ですが、いつ見ても深い緑色と龍のシンボルマークが美しいカバーは新鮮です。で、そういうこととは関係なく、文章読本や小説の書き方本に目がない私は、どちらかというと好きな作家である島田雅彦が、『小説作法ABC』というストレートなタイトルの本を出したというので飛びつきました。同じ新潮選書では北村薫『北村薫の創作表現講義 あなたを読む、わたしを書く』に続く二冊目、ということになります。
ちなみに、最近の私はといえば「文章の本=清水義範」といった思い込みが深く、清水の文学関連本として、『はじめてわかる国語』『大人のための文章教室』『わが子に教える作文教室』『スラスラ書ける!ビジネス文書』『独断流「読書」必勝法』『小説家になる方法 本気で考える人のための創作活動のススメ』『早わかり世界の文学』『独断流「読書」必勝法』『日本語のレトリック』『創作力トレーニング』などを読んでいます。
無論、それ以外にも沢山の文章読本を読んできたわけですが、今度の島田本はそれらのどこらへんに位置するものだろう、なんてかなり興味を持って読み始めました。新潮社のHPには
「プロのこつ」は極めてシンプルでありながら、奥が深いものです――。
人は誰でもストーリーテラーになる。「物語る能力」を最大限に生かすための基本的技術とは何か? 一行目をどう書き始めるか、自分の無意識など信じるな、一〇〇字あらすじ企画書法、プロの証は原稿料……最前線の現役作家がすべてを投入して語り尽くした「小説の教科書」。蓮實重彦氏も「21世紀の『小説神髄』」と推薦!
と書いてあります。で、簡単に言えば、これは本当にプロをめざしている人のための本だな、って思いました。清水の場合は、ともかく書きましょう、プロになれるかどうかは他人様が決めること、そんなことで頭を悩ませるより、書くことを楽しみましょう、書いているうちに何かがみえてきますよ、ふうにハードルを低くして、ともかく文章に親しませることを重視しています。
じつは、この自然体で書きましょう、っていう作家はかなり多い。若干、ハードルは高くても井上ひさしや阿刀田高の読本を読んでも、拒むよりは受け入れる、そういう本です。でも、島田のこの本は違います。拒みはしません。でも、歓迎はしない。まず、プロの厳しさを教えます。
各章の本文は、スラスラ読めます。清水の文章読本よりは本格的ですが、大きく逸脱している気はしません。でも、です。各章の最後についている例題をやろうとすると、文学部出身者ではない私のような人間は、戸惑う、というか大きなハードルを前に立ち止まってしまう。本気でこれをやれって?
要するに、思いつきレベルでやれるものじゃあないわけです。エンタメ系の作家とそうでない作家でここまで違う?なんて思うんですが、島田があとがきに書いているように、これが教育の場で使われることを期待されているとすれば、確かにふさわしいよなあ、なんて思うんです。無論、教育といってもカルチャーも含む大きな枠組みではあるのですが・・・
ともかく真面目です。島田の言に従えば、読書し、真似し、日夜創作、そのたゆまぬ努力があって初めて小説は生まれます。いやあ、これは独学で小説を書こうなんていう人向けでは絶対にありません。この本に従って書いたら、ともかく誰かに添削を受ける、そして徹底的に直してもらって次に進む。本当に教科書なんです。ただし、とびきり読みやすい教科書。
もしかすると、厳しいけれど最も正当で真っ当な「小説の書き方」本といえるかも知れません。時間があれば、このとおりやってみたい。でも、私なんかはすぐに裏道を探したくなります。でも、桜庭一樹の読書日記なんか読んでると、結局、本当のプロはラクしてないもんなあ、なんて、逆に島田本の正しさを教えられた気になります。ま、気軽にブログで文章発表したいような人には、オススメできない一冊かもしれません。プロのハードル、タカっ!
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http://mille-feuilles.seesaa.net/article/120265397.html
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現在連載中の日本経済新聞「私の履歴書:篠原三代平」の中の大熊信行氏の話から、彼を調べて行くうち伊藤整氏に遭遇。「小説の方法」を読んでいる途中で本書に出会う。
氏の作品を読むのは「語らず、歌え」以来10数年ぶりであるが、楽しい時間が経過した。
本書中のマーケティング的な話などは「小説の方法」に通ずるところもあるのかしらん。
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大学の講義を再録・加筆・編集して作ってあるため、極めて実践的な小説を書くための指南書。ただ、読むための作法として、または文学論として読んでもよい。村上龍は青春小説、春樹は老人小説。実況と回想の違いを指摘してて、ウマイなーと思った。
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小説を書く技術についての教科書。
新書じゃなくて選書だけど。ま、いっか。
小説の分類をし、そこで使われている様々な技法について述べられている。
事例(引用)も多く、その中の本で読みたい物もちらほら。
こんな風に考えて書いてる人っているのか〜?
・・・とか思いつつ、作者の美意識の高さを感じたので、人それぞれだな、というとこに結論。
このセオリーを全て盛り込んだ小説を読んでみたいものだ。
もちろん大ヒット間違いナシ!?
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7月2日読了。島田雅彦氏による、プロの書き手による小説の書き方作法の指南書。私はこの著者の小説は読んだことはないが、独特の着眼点を持つなかなか面白い小説の書き手のようだ。・・・読み手からすると小説に求めるもの・小説にとって大事なものは「ストーリー」「キャラクター」と考えがちだが、ストーリーの類型などは人類誕生以来もはや書き尽くされているもので、何より大事なのは「描写」、これに尽きるようだ。実際、例文として挙げられている谷崎潤一郎や三島由紀夫の文章などは、1ページにも満たない切り取られた断片であっても読むだけでその描写の正確さ(読み手にとっての)、リズムの心地よさからまさに「快楽が立ちのぼる」思いがする・・・。小説とは誰にでも書けるものだが、誰にでもは書けないものだ。
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島田雅彦の法政大学における講義がもと。かなり実践的な内容で、練習問題なんかもあり、読むと早速書いてみたくなる本。島田雅彦のひねくれた感じが面白くて、私は好き
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小説の書き方の基本を、具体例を引用しつつ
わかりやすく解説してある一冊。
大学の講義テキストを編集しただけあって
基礎からわかりやすく書かれていた。
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人は誰もが「物語る能力」を持っている。その技術の集大成こそが文学である。
この本は小説を書く為の基本的技術から心構えまで「プロのコツ」をシンプルに伝授する教科書である。
まず、文学をジャンル分けしているのですが、神話・叙情詩、この辺は分かるのですが、ロマンス・小説、とばして告白と、私が小説の中のジャンルだと思っていたものが小説外とされていることに驚きました。ロマンスは予定調和、小説は自己批評の精神、こうなると小説の数はくんと減りそうですね。
内容としては、実戦的な技術面をもっと解説して欲しかったなと。例として取り上げられている本が、あまり私の好みではなかったのがいっそう馴染めなかった原因かもしれませんが。
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読者はどこにいるのか、、、を読んでいたらこのタイトルがでてきたので、興味本位で借りてみました。やー、この本も良いですねー、お金が無いけど買いたいです。アマゾ○のカートに入れてしまいましたorz(でもお金が。個人的には、ラノベでもないのに企画書について触れられている点がなかなかやるなぁって思いました。なんかこう神様降りてきて書くイメージがありますけど(本書区分の小説って)、やっぱ企画立ててオッケー出てなんぼですよね、商業目的ですし。本書によるところの小説ではない作品では普通の事だと思うのですが、小説もそうなんだーって感慨深かったです。
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小説の書き方をこういう風に懇切丁寧に書かれると島田雅彦てめえ、と思ってしまいかねない部分もあるけれど痛みを覚えるほどの正しさをつきつけてくる、というよりはかなりマイルドに正しさに導いてくれる感じが強くてそこはとてもよかった。語られるべきは技術論だときっぱり言い切ってから、徹底的に読みの技術を叩き込んで、しかしね……と不意打ちをかける構成もいい。そこで勇気付けられたら、とりあえず、書いていきましょう、そういうことなんでしょうね。
一言でまとめると、読みの技術論+自己啓発。でしょうね。
大切なのは自己啓発しつつも、それが小説の原理的な部分に関わる自己啓発であることを、巧みに避けているというところ。最後にはそれを出さずにはいられないし、それを完全に無視した記述に啓発される書き手なんてありえないと思うんだけど、それでも、小説の消費のされ方からのアプローチがかなり多く、大局的に、もう文学終わっちゃいそうだけど、まだまだ終わらないよ、と語りかけたりすることは、最後までしない。むしろ大局的に見りゃそりゃ終わっちゃうかもしれないけどさ、現に消費されてるわけだし、どんな風に消費されてるか見りゃ、まだできることあるでしょう、と分析してみせる。結局職業作家になりたいってことはそれで飯食いたいってことなんだから、そのレベルは肯定しなきゃいけないし、あえてそこに乗っかって元気付けるというのはすごく面白いし、効果的だろう。それは同時に職業作家である島田雅彦自身のあり方の肯定も含んでいて、だから筆もどんどん元気になるし、最後には、全肯定的な雰囲気まで撒き散らして筆を置くし、読んでいる方も元気が出ないわけがない。
それでいて、悪いフォームはちゃんと直してくれたりするから、本当に役に立つ本です。つまり、非常に良い本です。小説を書く前、というより、読む前に、ウォーミングアップとして、読んでみるのが良さそうですね。
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小説を書くとは、なぜ書くのかとは。書くときの基本事項とそのためのトレーニング法。
今年は年間200冊本を読むぞ!との目標中。いつかは何かを書きたいなぁ、とモヤモヤするものはある。
ビルマに戦争いってマラリアかかっても帰国したじいちゃんのこととか、
就活でボコボコにされた時のことも忘れたくないし、
いつか書きたい、さていつか。
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ためになる本
島田雅彦の書評はよくよむけど小説はよんだことないのでてにとってみます。関係ないけどかなり男前。
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島田雅彦の小説は、気難しい人なのではないかというイメージを持っており、まだ読んだことがありませんでしたが、この本はさすがは作家だと思わせる、丁寧に分かりやすい文章で、親しみが持てました。
かなり広範囲に渡って小説について語られており、一人でここまで仕上げるのは相当の労を要しただろうと思います。
一つの項目に対して引っ張ってくる例えがバラエティに富んでおり、とにかく話題が豊富。
著者の縦横無尽な知識の深さが随所に感じられました。
起承転結は小説の要だと、さんざん語られてきていますが、数学の証明でも学術論文でも同じだという話になるほどと思います。
小説というよりは、すべての要だと考えるべきなのでしょう。
「日本文学で皇族が描かれることは外国人を主人公にするのと同様、例が少ない」という意見も、言われて気がつきました。
外国人を主眼にする場合、やはり文化や言葉の壁というものがあるのでしょうか。
小説とはあまり関係がなさそうですが、なぜ韓流ドラマで記憶喪失というテーマが頻出するのかということにも言及していました。
韓国には2年半の徴兵制があり、それまでの人間関係や生活スタイルがいったん断ち切られる感覚があるというのがその一つの答えだそうです。
徴兵制のメタファーとしての記憶喪失だったとは、意外でした。
ピアニストのリヒテルは、ワールドツアーに出ていても一日8時間の練習を欠かさないため、ホテルの客室係が部屋の掃除にいつ入ればわからない、というような雑学まで語られており、面白く読めます。
私が好きな中沢新一の『アースダイバー』が紹介されており、嬉しく感じました。
また、芥川龍之介の『羅生門』の意味もその良さも、実は全くわからずにいましたが、人が修羅になり餓鬼に落ちていく堕落の図だという説明に納得しました。
刑期があっていずれ出所できる囚人と、死刑囚とを比較すると、死刑囚の方が創造的なものを作るという話と、小説家を志す人への覚悟を重ね合わせて書いている点には驚きました。
かなり思い切った例えを使っています。
さらに、「覚悟ができたら、果敢に自分の無意識の底まで降りていきましょう。そして、おのが欲望、本能を開放するのです」という、この本の締めの文章も、ほかの本には見られない斬新さを感じて、著者に一目置く気持ちになりました。
柔軟な発想と着実な知識を持つ作家だということが伝わってきた文章。
著者への興味が出てきたため、今度は、著作を読んでみようと思います。