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投稿者:咲耶子 - この投稿者のレビュー一覧を見る
抜いても抜いてもいつの間にか生えてる雑草。滅したつもりになってるのはコッチだけで、実は復活のスキを狙ってたとか、強かすぎる。
諦めるしかないのか(笑)
雑草のいろんなことが説明してあって、興味深い。
毎日の散歩が楽しくなる
2024/04/24 11:24
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投稿者:Bess - この投稿者のレビュー一覧を見る
犬を飼ってるので毎日散歩をするが、なんとなく子供の頃の知識のまま、あ、たんぽぽ咲いてる、とかオオイヌノフグリだとかを思いながら歩いていたけれど、もっと色々な草花たちを知ったり、そこに生えている理由を知ったりすると、実際にそこに生息しているのを見るとなんとなく面白くて、感動したりもしてしまう。新しい世界がひらけた感じ。
思わず犬にも教えてあげたりなんかして。
犬は不思議そうな顔をして私をいつも見るけれど。
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投稿者:hamu - この投稿者のレビュー一覧を見る
雑草の強さが伝わってきます。雑学なんですが、雑草を見直すというか強さに感動しました。読めてよかったです。
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稲垣先生の雑草の本が好きなので本書も期待して読み始めた。
20種類以上の雑草について生存戦略の術が説明されている。
ほかの著書との重複もあるが、初めて見る話も多かったため新たな学びを得ることができた。
雑草の性質をヒトの営みに活かす教訓を学ぶような書き方になっているが、全テーマに学びを設定するのは少し無理がある気がするし、説教っぽさもあってあまり好きではなかった。しかしこれを差し引いても十分におもしろい一冊だと思う。
<特に気に立った部分>
・64ページ「花とハチの関係はまだまだ謎が多い。ただ、ホトケノザは蜜の量をばらつかせていることが知られている。」
→有名な心理学の連続強化と部分強化の実験を思い出した。部分強化は人間的な文化だと思っていたが植物でもおこなっているという点は驚きがある。
・78ページ「セイヨウタンポポが増えて、ニホンタンポポが減っているとすれば、それは日本の自然が失われているということにほかならないのだ。」
→この文だけ抜き出すと主張がわかりづらくなってしまったが、要するに外来種のセイヨウタンポポが在来種のニホンタンポポを駆逐して減らしているのではなくて、先に日本の環境の変化があったことで、セイヨウタンポポに有利な環境が増えて、ニホンタンポポに有利な日本の自然が減っていると言っている。視野を広く持たなければならない。
・90ページ「つまり、雑草にとっては、畑の方がより困難な場所なのである。」
→水田と畑の比較をしている。どちらも作物を育てる場所で同じような位置付けに見えるが、管理方法とその時期が大きく異なる。水田の場合は作物が決まっているため毎年同じものになるが、畑の場合は多様な作物を育てる余地があるため、雑草から見ると生存戦略が異なる。同じように見えても本質が異なるという学びがあっておもしろい。
・190ページ「ただやみくもに進化すればよいというものではない。」
・206ページ「常に新しいものがよいとは限らない。ときには、古いシステムの方が力を発揮することもあるのである。」
→非常に共感できる。便利そうな新しいITシステムを導入すれば良いというわけではないし、新しくてイケてると言われている技術が毎回有利というわけでもない。冷静に妥当性を評価する必要がある。
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雑草について、その生存戦略から生態を読み解く本
内容は平易
光合成の回路とか、古の記憶が呼び覚まされた
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https://www.mikasashobo.co.jp/c/books/?id=100304000
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植物学の父と称される牧野富太郎の「雑草という草はない」という刺すようなパンチラインからの導入でワクワクしながら本書を読み進めました。
20種類の雑草から様々な生き方を学ぶ。
生き方に答えがないことを知っている「雑な草」はまさしく現代人の師となる存在だと知りました。
p222からはじまるオニタビラコという雑草学ぶ「個性があるのは多様性の維持が正解だから」。第5章のこの節は
人生観をまた一つ深くしてくれたように感じました。
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『雑草学研究室の踏まれたら立ち上がらない面々』の方が、研究室の学生さん達の様子も描かれていて、さらに読みやすいかもしれない。
雑草学とか、植物とかは全く初めてというような文系さんにはそちらの方もおすすめかも。
でも、もし、高校生の頃にこの本に出会っていたら、こういう研究もあるんだ、研究って面白そう、と思ったかもしれない一冊。
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本書では題名の通り雑草が中心に扱われているが、雑草に限らず植物、そしてもっと幅広く生物の生態や進化は本当に不思議で、そして精密な世界だなと思う。よく言われることではあるが、絶妙なバランスの上に生物の多様性が成り立っていることを考えると、やはり人類はもっともっと環境に配慮した生活をすべきなのだと思う。みんなができることを小さなことでも積み重ねていくだけでも今よりはよい方向に向かうと信じて努力したいものだ。
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たくましく生きている雑草を取り上げ、その雑草ごとの生存戦略を、なぜ、そういうシステムなのかを推理していくようなスタイルで紹介している。
ただ事実を羅列するより、なぜ?という部分で、考えさせられ、筆者の授業を受けているような感覚になり、印象に残りやすい。
小さな雑草だが、生き残るための企みが想像以上に高度で面白い。それを研究し解明した人もすごいと感じた。
カラスノエンドウが、アリを利用しているが、害虫であるアブラムシをも、意図して利用している可能性についての研究結果が待たれるところだ。
植物の生き方から人が学べる教訓を各章ごとに挙げており、
そんな企みが隠されていたのかと素直に感動すると同時に、人間の生き方に当てはめることで、少々説教くさいと感じる部分もあったが、自分は、植物たちの生き残るための深い仕掛けをシンプルに楽しんだ。
雑草は目的のために手段を選ばず、自分に合った手段をとる。どの植物も同じ手段では生き残れない。
最先端のシステムが適している場所もあれば、古いシステムで生き残っているものもいる。
雑草は雑な草。
たくさんの種類の草たちの成功方法は一つではない。
筆者の多様性が大事で、みんな違うから社会が成り立っているというメッセージが貫かれている。
印象に残ったのは以下の部分。
ホトケノザが、蜂だけに蜜を与えるために横向きに花を咲かせ蜂を同種の花に運び屋として利用するため蜜が多い花と少ない花を用意している。
→蜂にターゲットを絞り徹底的に利用する強かさを感じる。
日本たんぽぽと西洋たんぽぽの棲み分け。
西洋たんぽぽが日本たんぽぽを駆逐しているわけではない。
日本たんぽぽは自然豊かなところ、西洋たんぽぽは他の植物がいないところを得意としている。
→日本人は和を重んじ、西洋人は個人主義というイメージに重なるように思えた。
ツユクサはアブに花粉を運んでもらうため、春ではなく夏にアブが好む黄色の雄蕊を持ち目立たせるために補色である青い花を咲かせる。その雄蕊はダミーで、アブを引きつけ、さらに花粉のあるダミーへ誘導する。ダミーに夢中になったアブに花粉を運ばせる。
→隠し玉を用意し、目的を達成する。植物が動物を動かしている。
草食動物とイネ科の攻防
→敵は虫だけじゃない。植物が身を守る術を進化させれば、食べられるよう動物をも進化させてきた。
セイタカアワダチソウ
原産地のアメリカでは可愛らしい存在。
日本では、アロパシーで競争に勝ったかのように見えたが、相手がいなくなると自家中毒に。一人勝ちは許されない例となった。
→まるで日本の社会のようだと感じた。
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雑草の生き方は適当さが適度
いろんな戦略をとる種がいるが、全ての種で、今の戦略に辿り着くまでに無数の失敗(死)があったのだろう
多様性を保っていれば環境変化にも対応できるって事だけど、対応できないやつが死んでしまうって事
今の人類に当てはめて考えると、多様性を重んじて生活してる多様な奴らは「いざという時」のトライアンドエラーの数になる
自然界では一人勝ちは長く持たないが、今の人類は一人勝ち状態だ。人類が「自然界」の中に含まれているかが論点な気がする。
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日本の植物学の父と称される牧野富太郎は、「雑草という草はない」と言ったという。
著者によれば、雑草が生えている場所は植物にとって過酷な環境であり、そこに生えている雑草とは選ばれし成功者なのだという。
彼らの生存戦略の多様さと奇抜さが、わかりやすく、面白く描かれる。
雑草が、そして生きとし生けるものが、ちょっぴり愛おしくなる本。
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読みやすく植物が好きな人には面白い話が多かったです。本を読んでいる間、庭の雑草取りをしながら「わたしは彼らの生存戦略にまんまとはめられているのかもしれない」などとワクワクしながら楽しく雑草を抜いていました。
個人的にはススキがとても好きで、ススキの話と、外来種セイタカアワダチソウの不思議が面白かったです。
普段から植物が好きで色々育てていますが、雑草の持つ未知数の性質には改めて驚かされます。一つ気づいたのは、私たち人間は雑草をとったりして植物をコントロールして生きているつもりになっていますが、大きな目で見ると雑草はそれに応じて進化しており、そう考えると雑草から見た人間は害虫と変わらない存在であり、人間を含む害虫によって絶滅させられないように常に生態を変化させているというところです。人間も昆虫や家畜動物などと同じ自然物の一つであり、植物によって生かされてるのですね。
これからは雑草の見方が変わりそうです。
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雑草なんていう大雑把な呼び方が申し訳なくなるほど、植物の強さや順応性に感心してしまった。
環境に合わせて進化してきた植物。周りの様子が見えてる?何か聞こえてる?と思ってしまう。
そうじゃないなら、なんでこんなにも巧みに姿を変えていけるのだろう。不思議だわ。
たくさんの植物が紹介されている締めくくりに、◯◯に学ぶという一言があって、それが的を射ていてよかった。
お気に入りは、オオバコに学ぶ「どんなときでもプラスに変えられない逆境はない」。
暖かくなってきたし、じっくり草花を観察したくなってきた。