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紙の本
昭和期に活躍され、様々な名作をこの世に残された井伏鱒二氏の傑作集です!
2020/08/01 09:36
1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、「山椒魚」や「屋根の上のサワン」、「ジョン万次郎漂流記」、「黒い雨」など数々の名作を残された昭和に活躍された作家・井伏鱒二氏の作品です。同書は、風が吹かないのに風に吹かれているような後姿には、料亭「途上園」に夢を託した骨董屋・珍品堂主人の思い屈した風情が漂っていますという出だしで始まる物語です。善意と奸計が織りなす人間模様を鮮やかに描いた井伏氏の傑作です。同書には、「珍品」、「珍品堂主人」、「この本を読んで―『珍品堂主人』」、「珍品堂主人について」、「能登半島」、「巻末エッセイ 珍品堂主人 秦秀雄(白洲正子)」などのエッセイも収録されています。
紙の本
胸を張れよ、珍品堂。
2021/09/08 03:47
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:123456 - この投稿者のレビュー一覧を見る
わけもわからぬうちに読み終えてしまったにもかかわらず、一体なんの話だったのか、話の輪郭すらはっきりしない。かと言って、単なるエンタメと割り切ったつもりでいると、時間をおいてまたじわじわと意識にのぼってくる。井伏の作品にはそういう印象のものが多いが、「珍品堂主人」もそんな小説の一つ。幻のようで、実は本質のようで。幻ついでに、井伏鱒二という人物自体が実は伝説上の存在だったりして、などとたわけた方向に考えが飛んでいったり。それは私だけですね。
さて物語のほうは、成り行きの連続とともに話の筋も進んでいくという具合で、大きなテーマもなければ、文学上の仕掛けのようなものに突き当たることもない。多少の緊迫したシーンなんかもあるにはあるのだが、基本的には淡々と物語が進んでいく。
ただ特筆すべきは、読み終えた時の清々しさである。奸策にはめられ、自分の築き上げたものを手放さなければならなくなった珍品堂の境遇を考えると、そこで清々しさを感じるというのは、本来ならば妙な話なのである。だが、おそらくそこにこそ、この小説のオリジナリティーがあるのではないだろうか。
この清々しさは何なのだろうと、長いこと不思議に思っていたのだが、ある時なんとなく思い当たったことが一つだけある。
この物語は、実は人間の成長を描いた物語で、人の成長の経過を目の当たりにした時におぼえるあの感動こそ、読後の例の清々しさの正体なのではないか、と。
成長の物語だなんて、珍品堂はページの表面から加齢臭がこみ上げてきそうな程のいいおっさんじゃないか、と考えてもみた。しかしよく考えてみれば、成長というのは必ずしも若者だけの特権とは言い切れないのである。昔聞きかじった話だが、発達心理学では、人の精神的成長というものを年齢に関係なくどの年代においても獲得しうるものと考えているらしい。
珍品堂が料亭の経営に奮闘すれば、こちらもやはり熱くなる。女中たちを守ろうとして正義感を見せれば、おおいにやれと応援したくなる。奸策にやられてしまえば、無言で肩をなでてやりたくなる。物語に幕が引かれ、元の木阿弥に戻れば、なんだか清々しい気持ちになる。例え元の木阿弥に戻ったとしても、そこにいるのは、実際に挑戦を経験した珍品堂だからだ。
そもそも珍品堂は、決してできた人間とは言いがたく、幼児性の強い人間とも思われる。奥さんを放っておいて骨董にうつつを抜かしたり、勝手に銀座の女のところに行っては面倒なことを持ち帰ったり、骨董仲間とひどい喧嘩なんかもしたり。
そしてここはかなり重要ではないかとおもうのだが、骨董やら女やら、この物語のキーになっているものは、ことごとく欲求が絡んでくるものばかりなのである。つまり、そもそもが欲求が絡むと抵抗出来ない人間として、珍品堂は描かれている。
その珍品堂が経営に乗り出せば、金、女、趣味、と、見事に欲にとりまかれることになる。
そんな珍品堂が心を改め経営に乗り出し、乗り出したついでに正義心なんかも芽生え、最後の最後に海千山千の敵の前に敗れてしまう。
やはりこの小説の一番の魅力は、珍品堂の人としての成長というところなのだろう。人間、いつからでも成長可能らしい。敗れた珍品堂の背中に、たとえ哀愁を感じたとしてもそれほど心配する気にならないのは、やはりそういうことなのではないだろうか。
最後に一つ、珍品堂は念仏を唱えるのだけは得意らしい。このあたりの人物描写に、井伏ならではのものを感じる。秀逸だと思う。
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