紙の本
その後の悲劇は準備されている
2023/02/22 10:39
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投稿者:ニッキー - この投稿者のレビュー一覧を見る
満蒙開拓団は、その後の悲劇の元となった。つまり、敗戦直後彼らはソ連兵に殺されたり抑留された者もいる。その満蒙開拓団は、どのように始められ終わったのか、本書は、わかりやすい一冊である。
紙の本
歴史家による通史
2023/11/06 12:58
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投稿者:BB - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本の敗戦時の悲劇として、ステレオタイプに語られがちな満蒙開拓団について政策史を中心に歴史を見渡した通史。
のっけから引き揚げの生き残りの言葉に胸が苦しくなるが、そうした悲劇を生んだ構造を伝える(単に国策だ棄民だと批判するのではなく)筆者の意図が、あとがきの言葉に集約されている。
「人の数だけ記録があり、真実がある。たが痛むジュンしあう記録を突き合わせて事実に迫ることが、満蒙開拓団の歴史に翻弄された人々に対する手向けでもあり、歴史学者としての責務でもある」
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”満蒙開拓団”、戦前に移民として満州にわたり農業に従事するも敗戦後すべてを失い何とか帰国、中には残留孤児問題として後々まで続く悲劇もあった、イメージとして持っていたのはこのようなこと。
本書は、この満蒙開拓団に関する国策が、いかに立案され実施されていったかを、政策史の観点からまとめた通史である。
「はじめに」にあるとおり、「政策当事者は、…その当時の置かれた状況で自身では最善と思われる政策を立案するのであって、むしろ「善意」や「熱意」が政策実現の推進力になっていることが多い。満州開拓政策も農村救済に熱心な人物であればあるほどのめり込んでいった」
満州移民の契機となったのは、もちろん満州事変でありその後の満州国建国である。満州国の人口バランス比からくる日本人の大量移民を必要とする軍事的要請、また折からの農村不況を解決するための方策として移民政策を求める民間有志、それに関係省庁が乗る形で、国策としての満蒙開拓政策が進められていく。
土地買収を巡る現地人との軋轢や武装叛乱による被害もあれば、日本とは異なる環境での農業の難しさもあり、計画は当初の予定どおりには進まなかったにもかかわらず、
対ソ戦を前提とした軍事的要請から、遂には100万戸移住計画がぶち上げられる。
「〇〇要綱」や「△△計画」、□□組織など固有名詞が煩雑なほど出てくるが、通史として正確に事実を叙述することが大事なので、それは致し方ない。その点、各章の冒頭に当該章の内容の概要がまとめられているので、それで全体像は把握することが適当だと思う。
「おわりに」で、「政策は実施当初において、構想段階では想定できなかった事態に必ず直面するものである。その際、適切な政策の見直しと、それを迅速に実行する柔軟性が求められるが、この機会を逸すると、政策が肥大化するにつれ矛盾も深刻化し、見直し程度ではすまなくなる。満州開拓政策も当初に見直しの機会を逸したために、政策の肥大化とともに誰も止められなくなってしまったのである。」とまとめれらているが、至言である。
企業であれば費用上の制約が大きいが、国策の場合、それまでの投資分を無駄にはできないと、中途でストップすることはより難しくなってしまう。これまでの多くの事例がそれを裏付けている。
そして、「文庫版のためのあとがき」でも触れられているが、残留孤児問題である。「一世にとっては日本は夢にまでみた祖国だったが、二世にとって日本は異国でしかなかった。一世の親は国策の犠牲者だったが、その親の選択が子を犠牲者としたのである」とある。
その行為を正当化するものではないが、怒羅権のような半グレ集団が跋扈したのも、開拓団の歴史が今に続いていることを現わしているのではないだろうか、そんなことも考えさせられた。
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満州への移民が,どのような経緯で国策とされたか,を辿る.
発端は,貧困に苦しむ農村を救うという善意と熱意である.そこに,対ソ防衛網を築きたい関東軍と,省益を拡大させたい政府機関とが乗っかり,移民策は拡大してゆく.
そこで起こったことは,都会しか知らない人間が立案した,実情を無視した入植拡大,達成が無理な目標数値,現地に元々住んでいた中国人との軋轢,等々で,最後にはソ連の参戦,および国民党に対する共産党の勝利で,悲劇はさらに拡大した.
戦争が始まって,働き手が残っていない状態で,夢を見て満州に入植する人などいない,なんてことは考えたこともなかった.